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<読者さまにお願いしたいサイト貢献>
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2026/3/16 11:52 《現在地》
濡れた岩場の難所を突破した私だが、依然として予断を許さぬ状況にいる。
間髪入れずに現れたのは、強烈なハングを見せる片洞門だった。
しかも、路肩が石垣になっているという、片洞門と石垣の合わせ技。
この状況で、石垣が失われた崩壊地が再び現れれば、今度こそ完全に進路を失うかもしれない。
そうなれば、一度は突破したはずの難所と再び向き合うという悲劇が生じる。
過去の難所の突破を成果として一旦は確定出来るような場所、すなわち地形が緩み、望めば迂回が可能な展開が現れるまでは(個人的にそれを私は「セーブポイント」と呼んでいる)、緊張の糸を緩めることは出来ないのである。
11:54
毎度おなじみの展開だが、こうなるとオブローダーには基本祈ることしか出来ない。
運良く道が途絶えていないことを祈りながら、ジリジリとヤキモキの隙間を、摺り足で進むのである。
早く“解放”を願っているが、なかなかその時は来ない。
地形図上で川縁に崖の記号が連続している200mほどの区間は、GPSの画面上ではそろそろ抜け出しているのだが、実際に軌道跡を取り囲む地形が緩んでいるようには見えなかった。
それでも着実に前進していることは、主に対岸に見えるものの変化によって察知できた。
対岸の上流200mくらいのところに、真新しいトンネルが見えだした。県道の京田トンネルであった。
珍しく、ここで約2分間、ぶっ通しで動画を撮影しながら前進してみた。
この軌道跡を私の代わりに歩いているような臨場感が得られると思うので、ぜひ味わってほしい。
序盤の20秒過ぎ辺りで対岸の高い所に人家が見えるが、地図によると京田という集落のようだ。
行ったことはないが、あの場所からだと軌道跡がよく見下ろせるのかもしれない。
ちなみに対岸の県道からだと、樹木が多く、軌道跡は見えなかった。
結局、動画のシーン内で、私が望む“セーブポイント”は現れず、緊張を強いられ続けた。
そして動画の最後のシーンが、次の写真の地点となる。(↓)
11:57 《現在地》
前方の路盤に、巨大な岩塊がちょうど通せんぼをするように転がっていて、視界を遮っていた。
その先に前進不可能な大崩壊地が現れるのではないかという恐怖と、崩壊こそが一本道の逃げ場の無さに綻びを生むのではないかという期待の両方が、私にあった。
果たして、見えざる先は、いかに……!
11:59
助かった!
現れたのは、かなり規模の大きな山崩れ現場であったが、川まで雪崩れ込んだ大量の土砂が、河原への脱出を可能にしてくれた。
逃げ道があることが分かったというこの展開こそが、私の欲していた“セーブポイント”です。
おかげで今後何か進めなくなっても、とりあえずさっきの難所を戻る以外の選択肢も選べるようになった。安心だ。
とはいえ、進める限りは軌道跡を忠実に辿っていくつもりだ。
この崩壊地も、頭上に物凄い岩山が覆い被さってくるような恐ろしげな場所であったが、慎重に突破した。
12:00
一連の崩壊地突破の要は、切り立った岩場の合間に、辛うじて木の根によって保存された、この写真のトラバースルートを見つけ出す事であった。
ここを木の幹に抱きつきながら通り抜けると……
12:02〜12:07
ようやく、隧道前から長く続いていた(400mくらいか)川縁の急峻な岩場を脱することが出来た。
前方に久々のスギ林が現れ、私は今度こそ安堵した。
それと引き換えに疲労を感じ、5分間休憩をした。
チェンジ後の画像は、振り返って撮影。
遠くに緑濃く見えるスギ林からここまでの区間が、川の流れに激しく削られて生まれた難所であった。
危険ではあったが、踏破者に隧道や片洞門という褒美が与えられた点において、非常に有意義でもあった。
12:13 《現在地》
地形的困難がないスギ林であっても、歩行の速度以上に早く進めることはなく、ゆっくり着実な前進を続け、ようやく祖谷川が大きく蛇行する曲がりの頂点である尾根を越えた。
今回想定している軌道の長さの最初の3分の1が、ここで終わった。
したがって、大きな地形の流れとしても、進行度合いを測るマイルストーンとしても、ここは重要なポイントだったが、軌道上から観測できる風景は単なる右カーブに過ぎず、スギ林の中で見通しが利かない地味な場所であった。
そのため、ほとんどそれと気付かないうちに通過していたようである。
――そして、さらに5分前進。
12:17
しばらく続いたスギ林の平穏は、唐突に現れたオーバーハングする岩崖の宣言によって終わった。
地形図もこの変化を、再びの崖記号の連打によって再現している。
再び、難所が始まったと理解した。
12:21
崩れてさえいなければ、難所こそ探索成果の宝庫であり、喜ぶべきもの。
もし全く難所がなければ、多くの軌道跡探索は退屈の内に終わってしまうだろう。
現れたのは、路肩を守る高い石垣だ。
完全に原型を止めているが、この石垣、通り過ぎてから改めて振り返って確認すると、期待以上の存在だった。
なんと……
とても小さなアーチ橋だった。
石垣の下部に、ぶ厚いコンクリートで仕込まれたアーチ構造物が埋め込まれており、その下は空洞であった。
すなわち、充腹コンクリートアーチ橋というべき構造物なのである。
アーチ部分のスパンの長さは2mあるかどうかといった規模で、こんな小規模なアーチ橋はむしろ珍しいと思うが、この造りはアーチ橋というより他にないだろう。
下まで石垣だけだと思ったら、まさかこんな秘密が隠されていようとは。
なお、アーチ橋と表現したが、橋下の空洞は山側まで貫通しておらず、山側から見ると穴のない築堤である。
したがって、アーチ形式の桟橋というのが、より正しいかも知れない。
12:25
思いがけないミニアーチ橋との遭遇を楽しんでから、再び前進。
さらに長く、高い、石垣による築堤が現れた。
今度はカーブも描いているが、アーチ橋ではない。
完全な形を留めている石垣築堤を横断して、さらに前進。
ここで進行方向である川の上流を少しだけ見通せる場面があった。
相変わらず、上流にある新三縄ダム(軌道の現役時代は、ほぼ同じ地点にあった三縄堰堤)に水を奪われ、全く流れの音がしない祖谷川であったが、この先はよほど深い淵の連続であるらしく、まるで地底湖のように濃い青を湛える静止水面が、薄暗い谷底を満たしているのが見えた。
したがって、この先少しの間は、河原を迂回ルートとして使うことは出来ないだろう。
このまま軌道跡を突破出来れば、何も問題は起こらないが……、タノムゾ……!
12:27
いやいやいやいや……、
そう見えるだけだから。
こういうの、よくあるから。いちいち喜んでたら、ヌカに疲れちゃうからね。
12:33
隧道の坑口のような暗がりの直前には、今度は小木橋の跡らしき橋台跡が残っていた。
写真はそれを振り返って撮影した。
チェンジ後の画像は、同地点から見下ろした深い淵の水面だ。
水が透き通っているので、なおさらそう見えるのだろうが、とんでもなく深そう。
ミリンダ細田氏を連れてきたら、特異の水兵泳ぎを披露してくれたことだろう。
私には、ここを下から抜ける術はないな…。
同じ橋跡のもう一方の橋台越しに、進行方向を撮影。
深い淵を見下ろす岩場に、鮮明な軌道跡が続いている。
そして、その鮮明な軌道跡とは別に、依然として隧道を思わせるような暗がりが、同じ場所に固執している。
騙されるなって。
ごめん、本物だったわ。
またしても、素掘り隧道と、それに依らない旧線跡のペアが現れた!!
2026/3/16 12:37 《現在地》
凄いぞ。また隧道があった! 2本目だ!
今度の隧道も貫通しており、そしてとても短い。
長さ的には、地形図に描かれなかったとしても不思議はないくらいだが、しかしこれが描かれなかった理由は、おそらく1本目と同じだと思う。すなわち、地形図に軌道が描かれるようになった開業当初、この隧道はまだなかったのだ。
ここにも明らかに旧線を思わせる、隧道を迂回する崖縁の別ルートが明瞭に存在していた。
目測だが、隧道の長さは10〜15mといったところ。
こんな短い隧道に、旧線が存在したというケースが、まず珍しいと思う。
その短さゆえに、隧道と旧線に挟まれた岩山の部分は、巨大な岩の柱のように見えた。
狭いスペースに魅力的な要素を詰め込んだジオラマのワンシーンのように思われ、可愛らしかった。
例によって、ここでも旧線側から探索を行った。
チェンジ後の画像は、旧線の路肩から見下ろした祖谷川の深淵である。
落ちたらひとたまりもないだろうが、意外にも今度の旧線は、進行に困難を覚えるような場面は全くなく、隣の隧道を通過するのとほぼ変わらぬ“一瞬”の短時間で、その出口側へ移動することが出来た。
したがって、大きな崩壊があったから隣に隧道を掘ったというワケではないのかもしれない。
間もなく隧道の出口へたどり着き、新旧両線は一つに戻るのであるが、隧道の出現以上に強烈な驚きを私に与えたのは、隧道の出口にあたる、この合流地点の様相であった!
待ち受けていたのは……
12:38 《現在地》
超豪快なオーバーハング片洞門
(巨大スズメバチ巣付き!!!)
今日これまでの最大を更新するだけではなく、過去の軌道跡探索経験に照らしても、類を見ない程に大きくオーバーハングした、超巨大な片洞門が現れたことにまず驚き、次の瞬間、軌道跡(合流地点)の5m直上であるハング岩の庇に、まるで杉玉のように巨大なスズメバチの巣がぶら下がっていることにも驚愕したのである!
特に後者!!
こちらは命にも関わりうる危険要素なので、即座に息を潜めて、巣の状況を観察した。
結果、春先という探索時期的にそれが普通ではあったのだが、完全にもぬけの殻であると判断され(警戒する蜂の姿皆無)、ようやく緊張を解くことが出来た。
スズメバチは基本的に1年生の生き物であり、女王蜂を中心に建設される巣も、その年の春から晩秋の住み処である。
ただ、何年も昔の巣が風化せず残ることは稀だから、この巣の完全に原型を止めた状況と照らしても、前年の巣であった可能性は高いと思う。
したがって、もしたまたま半年前に探索していたら、最悪の出会い頭で鉢合わせたかもしれない。(翌年も近くに再営巣する傾向があるので、ここを探索する人は要注意)
蜂の巣の安全が確認できたので、改めて、極めて特異で見応えのある地形を鑑賞する。
合流部では、旧線の進路を低い石垣が塞いでおり、その上に隧道から出た新線が存在している。
ここから見える路盤の終わりまで、すなわち30mくらい先まで、道は全て巨大なオーバーハング下に存在しているというのが、圧巻である。
状況から見て、旧線の時代からオーバーハングはあり、後に急カーブの線形を改良する目的で、隧道を掘り足したという感じだろうか。
また、尋常ならざる規模や、形の奔放さに照らして、オーバーハングの全てが人工的な片洞門というわけではなく、大部分は元来の地形を活かしたものだと想像している。
オーバーハングの前半部の路肩には石垣がある事からも、人工的要素は、岩盤よりも路盤の側に多そうだ。
折角現れた素掘り隧道なのに、片洞門の衝撃が凄まじく、そのせいで流れ作業的に潜られて、しかも通り抜ける前に引き返されたのが、なんとも気の毒である(苦笑)。
隧道は10m程度の短さで、洞内は乾いていた。
崩れてはいないが、枕木の痕跡は失われていた。
改めて、隧道の上流側坑口に立って、全天球写真を撮影した。
ぜひ、画像をグリングリンして、私が背にしている坑口の相変わらずの小ささや、隧道と比べて遙かくに存在する岩の庇の威圧感、そこにある蜂の巣の嫌らしさを、感じてほしい。
絶対に地味だろうと思っていた軌道跡が、まさかこんなにも刺激的であろうとは!!!
こういうことがあるから、何度空振りを繰り返しても、未知の軌道跡探索に夢を見てしまって、止められないのだ…。
十分満喫してから、隧道を後にした。
12:42
隧道の上流側坑口と旧線を振り返り撮影。
もしも上流側から探索を進めていたら、片洞門の途中から隧道が始まるという形での“発見”になっていたはずで、これもまた衝撃的であったと思う。
この方向だと、蜂の巣を見つけづらいというのは、酷い罠だが…。
片洞門という半トンネルのため、昼なお暗い状態にある路盤が、川に沿ってカーブしながら30mほど続く。
この区間の川側の状況は、前半が石垣で、後半は浅い切り取りであった。
ここは複線を敷けるくらいに広く、山側は洞窟かと思うくらい深く窪んでいるので、大地震でもない限りは安心して宿れる巨大な岩屋になっている。
特に施設が置かれていた形跡はないものの、敷地全体が路盤の高さで均されている。
振り返って撮影したチェンジ後の画像だと、その奥行きや広がりがよく分かると思う。
もしここが本当に複線で、トロッコの行き違いに使われていたなんてことがあったら、ここは“巨巌直下の全天候型駅”というファンタジー顔負けの存在であり、ストラクチャーとして夢がありすぎる。だったら面白いなぁ…。
なお、もはや人工物ではないと確定的に明らかなくらい、この場所のハングした崖は高い。
これは路盤から頭上を撮影したものだが、どうみても総天然である。
やはり、このオーバーハングの大半は、太古の祖谷川の流れが作り出したものであり、その途中に隧道を掘り抜いたり、地面を均して路面を作った部分に、人の手が加わっているのだろう。
よくぞまあ、最小限度の工作でトロッコが通れる場所を見つけたものだと思う。
ずっと昔から流送に携わる人々がいて、川の地形を知り尽くしていたのだろうか。
12:43
ぐ……。
ヤバいかこれ…。