8:40 《現在地》
これまでの土山優勢の地形から、隧道の出現は期待薄かと思っていたが、そんなことはなかった。スタート地点から約3.4kmの地点で隧道を発見し、そしていま、苦闘の末に洞内へと辿り着いた!
この写真は入ってきた坑口を振り返って撮影している。地上へ出ると直ちに“二ツ谷”のルンゼを渡る2連の橋である。とても険しく危険な谷で、可能な限り逆走は避けたいところ。
全ては、この先の展開次第となる。
そして入洞の瞬間、隧道の貫通が確認できた!
目測による全長は50m弱で、洞内は直線だ。
直線なのに坑口に立つまで見通せないとか、甘え許さぬスパルタ隧道!
素掘りだが、断面はいかにも林鉄らしい縦長である。未だ林鉄としての運行方法(機関車?手押し?乗り下げ運材?)は不明ながら、まさしく林鉄!と、思わず太鼓判を押したくなる姿だった。
そして、周囲の崩壊の激しさから懸念が大きかった洞内状況だが、これが意外にも非常に綺麗だった。大きな崩れの跡が全くない。枕木とレールを敷き直せばすぐさま運行を再開できそうに見えた。
スパルタだが、やり遂げた者には、慈愛を与える隧道だった。
8:40
乾いた隧道の出口に近づく。
貫通を確認してもなお懸念が大きかった、隧道を抜け出た先の道の状況であるが、幸いにも引き返す羽目になるような地獄ではなさそう。坑口を窓に見える限られた視界だが、入口側よりは優しさを感じる。この先はすぐにホウゾウ沢という支流の沢にぶつかるはずだが、その沢さえ無事突破出来れば、いよいよ“二ツ谷”への引き返しという不安からは解放されるだろう。
ん?! これはッ!!
画像の矢印の位置、ちょうど隧道出口近くの洞床に、2本の空き瓶が転がっているのを見つけた。
空き瓶は、かつでどこかでも見た憶えのある、たぶん各地の廃道探索中に一度ならず目にしたことがあるものだった。
2本とも、いわゆる小瓶と呼ばれる334mlのビール瓶だ。胴部に「キリンビール」「登録KB商標」(このKBは、2文字が重なった独自の字体)がエンボスで刻字されている。他には目立った表示はない。
一見してレトロなキリンビールの空き瓶と分かるが、具体的な製造流通時期は調べられなかった。ネット上では、昭和のレトロ瓶として、オークションサイトなどでしばしば取引されているようである。2本とも全く欠けているところがない、屋外に数十年放置されていたにしては驚くべき美品だった。
興味があるのは、この瓶を残していったのが誰かということだ。
山の仕事人が愛飲するには、小瓶は少々物足りないイメージがあるから、おそらく昭和の2人組渓流釣師あたりが、この“岩宿”に休み魚を肴に楽しんだのかなと。
誰かしらは、こうして軌道跡に入っているんだよな。軌道跡だー!って人に広く伝える意識や手段がなかっただけで。
8:42 《現在地》
廃止から60年以上も経過しているとは思えないほど整然とした東口。
路線の序盤は土山が多く、岩場があっても風化した感じが強かったが、
上流に来て地質が変化しているのかもしれない。ここはとても堅固な岩山だ。
それにしても、もしこの林鉄が地形図に表記されていたら、この規模の隧道も描かれていたと思う。
こういう真に新鮮な発見があることは、地形図にない林鉄を探索する大きな楽しみと言える。
全長9kmを越える規模の路線で、全く地形図に描かれなかったというのは、珍しい。
なおこの坑口、少し離れて見た姿はさらに感動的だった。
超美麗!
“二ツ谷”の危険なルンゼと表裏一体となった、溶岩壁を思わせる突出した絶壁だ。
川岸ならまだしも、白砂川から30mも高い位置にこの壁があるのは意表を突いている。
実はこの崖の下は川べりまで続いているわけではなく、下には森が広がっている。
もしこれが道路だったら、一度下って崖を迂回する選択肢もあったと思うが、
アップダウンを嫌う林鉄だから、真っ直ぐ隧道で貫くより選択肢がなかったのだろう。
感激した!
これは超ご褒美だ!
(でもここ、反対方向で歩いたら、“美麗”から“地獄”への転落コンボだよな……)
とまあ、本当に印象深い“二ツ谷”から隧道へと絡んだ一連のシーンだったが、
衝撃の連鎖する物語は、ここで途切れることを許さない。
間髪入れず、次の衝撃がやって来る。
その名は、ホウゾウ沢。
このカタコト……じゃなくカタカナだけど妙に抹香臭いネーミングは、なんだろう。
無人の渓流に、かつて誰かが付けた名前。そして地形図に反映されていた名前。
この名前から、何か特徴ある風景を連想するとしたら、あなたなら何を思い浮かべる?
8:43
ホウゾウ沢直前の切り通し。隧道から直線上に並ぶ、これも絵になるシーン。
そしてこの切り通しを抜けたところに、ホウゾウ沢を渡る第12番目の橋があった。
残念ながら橋はもう架かっていない。対岸の橋台が立ち尽くしているのがもう見える。
そしてこれが、初めてまみえるホウゾウ沢の姿だ。
お馴染みの亀甲積みの石橋台が、両岸に向き合っている。
沢は、傾斜の緩い一枚岩のスラブをお椀型に削っている。
水量は川幅に見合った程度で、そう多くはない。
だが、見えない位置から近い滝の音がした。おそらく、橋の直下に滝がある。
その滝は、名前の注記はないが、記号だけなら地形図に描かれている。
ザーーーーーーー……
やっぱり滝がある!
それも地形図に描かれるだけあって、高さのある立派な滝だ!
その落口を橋台から覗き込むような形になっている。
(ここで滝を目にしたものの、この滝への注目は、すぐに中断された。)
(そのため、真に驚くべきものがここにあることに気付くのが、少しだけ遅れた。)
(皆さまは、もうお気づきになられただろうか……?)
眼下にある美麗な滝への注目を直ちに中断させたのは、当然、軌道跡だ。
私にとっては、滝よりも遙かに注意深く観察したい対象。生存と実益の核心。
対岸の橋台から向こうへ続くその軌道跡の行方を、私の目は直ちに追いかけていた。
そして到達する、視線のゴールに――
うおーー!2本目の隧道!
ウヒョー! 未知だった林鉄のお宝度合いが、爆裂し始めている?!!
この先の探索も超絶楽しみだぜ!
(……てなことに、意識を持っていかれたために、気付くのが、少しだけ遅れたのだ。)
(ホウゾウ沢の滝が見せた、真に驚くべき姿に!!!!!!!!!)
?!
( とにかく、上の動画を見てくれ…… 唖然…… )
8:48
先へ進むため、徒渉するべく谷底へ降りた。
足元にナメた滝の落口がある。水は橋台の間をすり抜けて……
ここから落ちて……
“滝穴”へシューット!!!
ホウゾウ沢の“神秘”…!
これは、自然に形成された地形なのだろう。
滝の流れが、岩質の弱いところを集中的に侵食した結果、たまたまこのような姿になったのだと思う。
穴を通るようになる以前の地表を落ちていた滝を想像できる形跡がある。
最初は小さな甌穴のようなものから、穴が次第に拡大して、ついに貫通に至った可能性もある。
自然が作り上げた芸術か、悪戯か。この景色は、さすがに意表を突きすぎている。
これほど特異な滝が、滝の記号だけを地図に記して、名前も書かれていないのは本当に驚き。
中之条町の新しい観光名所になりそうだが、むしろ昔の観光名所だったのか? 情報が見当らない…。
ホウゾウ沢という意味深な名前と、この滝は関係がありそうな気がする。
「ホウゾウ」の音から多くの日本人が連想するのは「宝蔵」の2文字だろう。
「宝蔵」の意味はいくつかあるが、メジャーなのは……
A 宝物を納めておくくら。貴重な物品などを保管しておく建物。宝庫。たからぐら。比喩的に用いて、貴重なものを含む物事をいう。
……この意味か。なるほど確かに貴重なものと認識されてもおかしくない滝の姿だが、
私がこれぞと思った言葉の意味は、日常的にはまず意識されない次の内容だ……。
D (大切にして他人には見せない所の意から) 女性の秘所。
果たして、無人の谷に名付かれた“ホウゾウ”とは、何を指していたのか。 神にして秘である!
昭和35(1960)年に宝文館が出版した古い登山ガイド書『日本山岳風土記 第5 (東北・北越の山々)』に、岩手県の早池峰山の登行記があるが、そこにこんな一文を見つけた。
「ナメリ沢を渡っていくこと5分、2合目の石標あり、(中略)案内軍十郎のホウゾウ沢というはナメリ沢を指すもののごとし(中略)この者農を生業とし……
」
岩手県の山あいの村の農民であるガイドが、ナメリ沢という名の沢を「ホウゾウ沢」と呼んでいたという内容。
白砂川は群馬県、遠く離れているが、同じくカタカナのホウゾウ沢で、そしてスラブの一枚岩にあるナメ沢だ。一致がある。
が、もちろん無関係の偶然の一致ということも考えられる。神にして秘である。
9:53 《現在地》
(←)
ホウゾウ沢右岸の橋台より、来た道を振り返って撮影した。
さっき越えた切り通しの奥に、“二ツ谷”の隧道が黒い口を開けている。
この隧道の発見は、その時点では今日の探索を代表する成果になるものと思ったのだが、なんと、隧道をもう1本発見済みである!
ホウゾウ沢越しに先ほど発見した2本目の隧道へは、この橋台を去ればすぐに辿り着けるはずである。今日初めて出会う隧道たちに囲まれるなんて、探索者冥利に尽きる幸せな状況だ。
(→)
そして最後にもう一度、神秘なる“穴滝”の姿を目に焼き付けて。
右岸橋台から見下ろすと、穴の底にある滝壺に真っ直ぐ視線が通り、もう凄いという言葉しか出なかった。
おそらく、一度の人生で二度とは、こんな奇抜な滝を偶然に発見する機会はないと思う。忘れがたい今日となった。
前進再開。
ホウゾウ沢と本流の出合を崖下に見下ろしながら、険しい岩場を回り込んでいく。
岩場を回った先に次なる隧道の坑口と見られる穴を発見済みだが、この場所からは生憎見えない。
見間違いではないことを願いながら、カーブの先へ…。
8:55
キタッ! やはり隧道で間違いなかった!
本日通算2本目の隧道を発見! 願わくは、無事な貫通。
ここで非貫通という事態をあまり考えたくないが、この坑口の様子は、ちょっとよろしくないかも知れない。
前の隧道より地質に恵まれてない予感が…。周りが土っぽく、坑口は下半分が崩土に埋れている。
オッケイ! 風が抜けてきてる!
これは嬉しい、貫通の先告知!
よほど小さな風抜けの穴しかないような状況でもない限り、私の通過も出来るはず。
ただやはり外観からの印象通り、内部も崩れている。それもだいぶ激しく。
そして崩落のせいなのかは分からないが、出口の光は見えない。あるいは洞内にカーブがあるのか。前の隧道よりは長そうな気もする。
入ってすぐの大きな崩落箇所を、転ばぬように気をつけて乗り越えると……
よし! 出口の光を目視した!
ただ、見え方がまだおかしい。光の形が、歪である。
この先が直線ではないようだ。
全長は、ここまで歩いた分と、残りを合わせて、80mくらいかな。体感と目測だが。
これは同じ位置から、入ってきた坑口を振り返って撮影した。
川側の横壁が2箇所大きく崩れていて、大小の瓦礫を乱雑に吐き出している。
現役さながらだった前の隧道とは対照的に、地質に恵まれない感じがする崩れ方だ。見た目にも、壁が風化して砂を吐いているのがよく分かった。
出口まで、残り半分の40mくらいか。
出口の光が歪に見えた原因は、やはりカーブがあるせいだったが、それがなんとも言えない奇妙なカーブだった。
……いや、これはカーブと言って良いのだろうか?
隧道そのものが曲がっていると言うよりは、壁に妙な出入りがあって、そのせいで断面が一定でなくグネグネと波打つような感じになっている。
チェンジ後の画像に引いたラインが、隧道の幅の変化をなぞったものだ。ちょっと普通ではないと思う。
また振り返ると、こんな景色だ。
いつの間にか、入口の光は見えなくなった。
なんとも表現しづらいクランク状の屈折のせいである。
設計時点で意図的にこのような線形とする理由は、ちょっと思いつかない。
後年の崩壊によって曲がったというのでもあるまい。
両側の坑口から掘り進めたときに誤りでズレたのとも違うと思う。こんな短い隧道でズレるのは、少し考えにくい。
個人的に一番考えられると思ったのは、隧道の工事中に地質が悪いことに気づき、特に悪い部分を避けるように無理矢理曲げたという説だ。
そしてこの隧道、終盤にもさらなる“奇妙”が待ち受けていた!
なんと横穴がある!
それも、かなり小さな横穴だ。
断面自体は、横穴がある終盤は平静で、地質条件も改善しているようなのだが。
“隧道ヌコ用”にしては大きいが、人間が出入りするには不自由だ。
高さ幅とも50〜60cmといったところ。
いったいどこに通じているのか。
行ってみよう!
外は崖!!
まるで鳥類専用出入口。
坑口に近く、わざわざズリ出し用の横穴にも見えないので、
崖のギリギリに隧道を掘って、うっかり貫通してしまったか、
工事中に崖の厚みを調べるため測量目的で開けたものだと想像する。
9:03〜9:14 《現在地》
少し怪しい隧道だったが、無事に通り抜けることが出来た。
これでまた一歩、奥地へ歩みを進めるパスを手にした形だ。
地上に出てみると、久々に森の緑が視界の大部を占める風景だ。
地形の険しさが久々に緩んでおり、セーブポイントを見つけたような安堵を感じた。
安堵しているうちに、GPSの測位が終わって、現在地が確定する。
6
ここはホウゾウ沢と、次の名有りの支流であるミウラ沢の中間付近だ。
おふぅ!(吐息)
振り返り見た隧道の姿が美しすぎて、思わず変な声が出た。
隧道の他には通過の方法が思いつかない、そんな岩場だ。垂直の岩の壁。
その一角には、鳥しか通わぬ?あの小さな横穴も確かに見える。
よし! 、この美麗な景色を眺めながら休憩だ。10分休憩!
……そしてこの休憩中、気象台の予報を裏切って、パラパラと小粒の雨が降り出した……。
まあ、どうすることもできないので探索は継続するが…。正直、斜面が濡れるのは嫌だなぁ…。
9:14
休憩を終えて前進再開。最後にもう一度、隧道の名所を振り返る。
森の中に、唐突に垂直の岩崖が現れる感じは、上州の山っぽさがある。
火山性の地形なのか、浸食性の地形なのか、私には分からないが、面白い。
9:16
幸い、雨は本降りという感じにはならず、今はまた上がっている。
たまにパラつく程度なら、探索を劇的に難しくする障害にはならないか。
むしろ平穏な山歩きであったなら、変化のスパイスとして楽しめたかも知れない。
ただ、危険地帯が今後もあるとしたら、雨そのものというよりも、濡れた地形を相手にしたくない…。
早速、この先また険しい予感……。明るさが不穏だ…。
ぬわーー!!
道が次第に横向きになっている?!
バンクどころの話じゃねーぞ! なんだこりゃ?!
ギャーー!
中途半端に抗う気さえ起こさせない、絶望的岩壁!
さっき隧道があった場所に、似た地形だ。だが、今度は隧道がない。
いや、もしかしたら直前のバンク斜面に【埋れている】のだろうか? 気配はないが…。
最近崩れて露出した岩場でもない限り、隧道以外に通過手段が無さそうに見える。
だが、ないものは仕方がない。先へ進む手段を考えよう。
傾斜が険しすぎて、高巻きは絶対無理なんで、
下りて川側から迂回するしかないわけだが、
先端付近から見下ろす崖は、ご覧の通り、死ぬほど切り立っている。
垂直な崖の下には、樹木がまばらな急傾斜の岩場が広がっていて、川はさらに下だ。
相変わらず路盤と川の間の落差は30mくらいある。そこまで下りないと、通れなそう。
ここから下へ下りることは不可能なので、一旦さっきの休憩ポントまで戻りだな。
距離的に、そろそろ後半戦に入ったと思うが、いきなり路盤から振り落とされる展開。
まだまだ、前途は多難か。
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