道路レポート 北海道道740号北檜山大成線 太田トンネル未成遺構 第3回

所在地 北海道せたな町
探索日 2018.4.27
公開日 2018.5.07

“未成トンネル”を迂回する、決死の海岸歩行!


2018/4/27 16:00 《現在地》

始まった! 今回の探索の要となる行程が!

内部の一部を太田トンネルに奪われたため、両坑口間の接続を断たれてしまった非業のトンネル――推定全長約700mからなる“未成トンネル”の北口へアプローチするための、海岸線の迂回行程である。

この行程を攻略できなければ、航空写真に写っている“北口と思しき構造物”が、本当にそうなのかを確かめることができない。
また、それが本当にトンネルの坑口だったとして、開口しているのかや、内部に何があるのか。それらを知るためにも、この行程は絶対に必要である。
内容は迂回だが、探索の目標達成のためには避けられない、おそらく唯一のルートである。(これが駄目なら、船で海上からアプローチするくらいしか手はなさそうだ。)

なお、オブローダーとしての自身の経験の中で、封鎖されたトンネルを突破するために並行する海岸線を迂回するという行為の経験値は、実はその大半が、今回の5日間の北海道探索中で培ったものだった。それほどまでに、北海道の海岸にある旧道の探索には必須の行為だった。そして、これは今回の北海道探索の締めくくりであるだけに、有終の美を飾るような結果に期待したいとこだったが、これまでのところ10勝2敗くらいで、悔しいが断念した場所もいくつかあったのだ。果たしてここは攻略できるかどうか。




これは700mを越える長い迂回行程であるが、それを前・中・後の3区間に分けたとして、航空写真を見る限り、この中で一番難しそうなのは「後パート」である。次いで「前パート」で、「中パート」はほぼ問題なさそうだった。

右図は、「前パート」にあたる部分の航空写真の拡大図だ。
まだ実踏前ではあるが、これまで歩いた他の場所の写真での見え方と、実際の難しさを比較してきた経験から、難しそうな場所の見当が付く。
図中に「難場@〜B」と書いた場所が、予想される難場である。

航空写真は真上から撮影されているので、実際の高低差を見極めることは難しいのだが、海面が陸に深く入り込んでいるところは、難所の可能性がある。
そのなかでも、入り込んだ海面に接する陸が一枚岩のように見えるところが危険である。ごろごろと岩が転がっている磯は(高波でなければ)大抵なんとかなるが、一枚岩っぽいところは歩行できる余地が残っていないリスクが高いのだ。

御託はこのくらいにして、前進を開始しよう!




初っ端から私と進路を一にする道が見当たらないので、勝手に道を選んで進む。
天狗山の絶壁に突き刺さっていく「天狗覆道」の外壁にある犬走りというか水叩きというか、そんな段差が通路となった。
おそらく道として使われるための部分ではなさそうだが、使いやすい位置にあったので活用する。

全長60mの天狗覆道を、この“外壁通路”で躱した先が、本番だ。



消波ブロックの列が途切れ、天然の海岸線がスタートした。
ゴツゴツとした火成岩の磯。いかにも荒々しく、起伏も激しそうだが、手掛かり足掛かりは豊富にありそう。つるっとした感じでないのは好感が持てる。悪くない手、いや、足応えだ。

チェンジ後の画像は、事前に航空写真からアタリを付けていた「難場@」と見られる場面である。
この迂回行程の難度を占う最初の場面とみられたが、十分に歩ける余地が残っており、問題にならなかった。今回は確実に往復する行程なので、「辛くも突破」みたいな無理な行動はできる限り避けたい。

今回、気がかりだったのは波の高さである。この5日間の北海道探索は常に海と共にあったが、初めの3日間はこれ以上を望めないほどの無風無波に恵まれた。だが3日目に低気圧が通過し、午後から4日目の朝にかけては10m近い風が吹いて、雨も降った。それが遅れて波を呼んだらしく、4日目の午後から今朝にかけて2.5m以上の波が立った。そのため探索を断念した場所もあったほど。

本日に限って言えば天気明朗、風と波も時が進むにつれ穏やかになっている。とはいえ凪とはいえず、今も磯場に砕ける波飛沫がときおり濃厚な潮気を顔に当ててくる状況だ。首に巻いたタオルで、カメラのレンズをこまめに拭いて歩いている。
波のない状況は進路の選択肢が最大化するので最も望ましいが、全てが理想的な状況は理想でしかなく、現状のなかでベストを尽くすよりない。



ひとことで言って険しい行程だ。
大きな危険を覚えるほどではないが、頻繁に岩場を攀じたり下ったり、脚力だけではない全身運動になっている。
廃道探索ですらない、まさに自然界の跋渉の様相を呈している。道らしい道はない。一木一草見当たらない磯場であるがゆえに、人の歩いた痕跡も容易に刻まれることはないのだ。ただでさえまとまった往来のなかっただろう場所である。

しかし、人跡未踏ではない。
その証拠に、岩壁に打ち込まれた金属のボルトや、それに結ばれたトラロープの残骸を見た。
この大袈裟さは冒険者や釣り人が残したものというよりは、まさに私が相手にしている“未成道”の工事関係者が往来した名残ではないかと思う。
道が作られた以上、それに先駆けて道路予定地近辺には、測量や地質調査など様々な目的を持った関係者が往来したはず。険しさによっては陸路皆無もありえるが、基本的には、どうにかこうにか往来できる道があったと見る。



その後も、

(←)こんな登山者好みのしそうな岩場をへつり歩いたり、

(→)こんな波と潮だまり(ロックプール)の間の狭いところを歩いたりと、

とにかく先の読めない変化に富んだ岩場を、都度ルートファインディングを楽しみながら歩くのが、「前パート」の全体に通じる内容だった。



16:16 《現在地》

ほとんど足を止めることなく順調と思えるペースで歩いてきたが、やはりほとんどまっすぐ進める場面がないために、時間がかかっている。
迂回開始から15分あまりを経過した現在、まだ「前パート」を終えていない。いま前方に見えてきた、おそらく「難場B」と思われる岩脈状の部分を乗り越えて、ようやく「中パート」かと思う。

必ず明るいうちにこの迂回区間を往復する必要があるので、最遅でも17時30分には戻りに入らなければならない。これは、予約済である今夜のフェリー便に乗るためにも必要なことだ。




越えるべき“岩脈”は、上の写真のように遠目に見るとほどほどだが、実際に近づいてみると、こんなに迫力がある。

先端部ほど低くなるが、そこは完全に波を被っている状況で滑りやすく、見るからに立ち入りは危険。
そのため、この写真くらいの高低差のところで、強引によじ登って突破することに。

ここにはアンカーのような残留物も見られなかったが、関係者も同じようによじ登って突破したのかな。そもそも、工事用通路があったというのが私の妄想という可能性もあるが…。

岩脈をよじ登ったてっぺんは、ちょっとした天然の展望台。
この写真は、来た道を振り返って撮影した。
もう、自転車を置いてきた未成道は全く見えない。

チェンジ後の画像は、進行方向だ。
私が「中パート」と表現している、この迂回行程の中盤のエリアが見渡された。
そこは航空写真で見た印象通り、絶壁と汀線の間に幅広の潮間帯(波蝕棚)が展開しているようで、前進を妨げるものはなさそうである。



16:23 《現在地》

迂回開始からまもなく25分が経過する現在、おそらく迂回行程の中間地点を通過して、後半へ。
「中パート」は、この写真のようなゴロ石の場面が300mほども続き、難しい場所はないが、快適に歩かせてもくれない。そうして逸る心を邪魔するのだった。




さらに5分後、景色に変化。

無闇に広かった波蝕棚が収斂を始め、汀線と崖線が砂時計のオリフィスのように迫ってくる。
もっと大きなスケールで見た海岸線の凹凸も変化に差し掛かっており、目の前の海面はちょっとした湾のように凹んで見える。
湾の先に見える陸の果てが、陸路到達不能とされる尾花岬(北海道本島西端)で、いまはまだ見えない湾の最奥に、目指す場所があるはずだ。

ここを限りに、迂回行程はいよいよ「後パート」へ! 距離のうえでは、あと3分の1!!



さてこれが、「後パート」の拡大した航空写真だ。

予想される難場の数は2箇所!

そして、そのいずれもが「前パート」にあった3つの難場よりも難しい予想だった。
まず、「難場C」だが、ここは見るからに海面の陸地への侵入度合いが大きい。陸側にも顕著なガレ場斜面が見て取れ、おそらく浸食が選択的に進行した脆弱な地盤なのだろう。深く入り込んだ海の周りは相当急傾斜に切れ込んでいるように見え、いかにも難しそうである。

最大の難関と目されていたのが、最後の「難場D」である。
ここは、やばい。
なにせ、航空写真では陸上に全く歩ける余地がなさそうに見えるのだ。
薄い草付きが見える絶壁が、そのまま海面に接しているようで、緩斜面らしい部分が少しも見えない。
これについては、実は崖がオーバーハングしていて、航空写真では見えない波打ち際に緩斜面が潜んでいるか、もしそうでなければ、海上の飛び石伝いに移動できるかを、期待するしかなさそうだ。高巻きも無いではないが、それは相当に難しいのではないかというのが、航空写真から受ける印象だった。

そんな2つの難関を秘めた「後パート」だったが、それは私を否が応でも盛り上げる、そんな劇的な眺めによって始まった!

↓↓↓



見えたーっ!!!



うおーー! マジであった!! 辿り着きてーっ!

本当に、全く人工物の存在を感じない原始海岸の風景に、忽然と、豁然と、“人口島”のような存在感で、

現代土木の整然たる“ひとかたまり”が、現われたッ!

まさに、出色の場面であった。



……にしても、航空写真では“未成トンネル”の坑口に違いないと思っていた中央のコンクリート構造物は、
確かにそのようではあったのだが……、なんなんだ! あの見たことない形状ッ!!
まるで、ラッパのように末広がりな形に見える。同トンネルの南口にあたる天狗覆道はこんな形をしていなかったぞ…。

おいおい! 未成道のくせに、飾っちまってるんじゃねーだろぅなぁー!(←とても悪い顔)

これは、ますます正面に辿り着いて拝みたいぞッ!!




だがしかし!



彼我を隔てる、瑠璃色の海面! 難場Cだ!

越えられるのか、これは?!

よ〜く見て!

…………

……



駄目だ。

今までのようには通れない、この海岸線。

難場Cの貫入した海面は二又に分かれているのだが、
こちらから見て奥の支湾の奥側の壁が、直接海面から切り立ってしまっている。
そこは、どう見てもへつって歩けるような状況ではない!


このうえは――


あのガレ場を使って、高巻きで突破するしかないだろう!

さっそく、行動開始だ! あまり時間に余裕がない。



比較対照物が写っていないので、この高巻きのスケールが分かりづらいと思うが、おそらく高度差20mないくらいだ。
典型的なガレ場で、今も新しい崩壊が起きているのか、大きな石も踏むとぐらついた。
しかし、そこにさえ気をつければ、安息角になっている斜面をよじ登ることは、難しくなかった。潮騒を背にぐいぐい登る。

そしてチェンジ後の画像は、このガレ場の頸と言うべき狭窄部だ。
ここに自動車ほどの巨石が詰まっていて、天然の砂防ダムのようになっていた。
これがもっと大きな岩だったりして、ここでガレ場が完全に堰き止められていたとしたら、これより下の緩斜面が存在しないわけだから、おそらく登ることができなかったと思う。
その場合、私はここで撤収せざる得なかっただろう。
特殊な技術があればまだしも、私の技量では、この狭いガレ場斜面以外に先へ進む道が見いだせなかった。



このガレ場自体はまだまだずっと上まで続いているが、私はトラバースできるところまで登って、速やかに脱出した。
写真はこのトラバース中に見下ろした、脚下の「難場C」だ。
こんなに狭い海のくせに、簡単に私の進路を阻みやがった。同じ幅の川にはない難しさを感じた。

そしてチェンジ後の画像は、これからの進路だ。
いま登った分だけ足元のガレ場を下り、ふたたび海岸すれすれを前進しよう。
しかし、この段階で早くも次なる(そしておそらく最後の)難場である、「難場D」が不気味な姿を見せつつあった。
「難場C」よりは小さな海面の貫入だが、その海を受け止めている山のそそり立ち方が比べものにならない。今度は、いまのような迂回ができそうには見えないのである。

頼むぞ!



この小さな岩脈を登れば、最後の難場だ。

マジ、頼む!




16:42 《現在地》

マジかよ!

無理だ、これ……。


なんだよそれ……

もう、すぐそこに見えてるのに! 道の続きが!!

荷物も何もなくて、ただ突破するだけなら、泳ぎ着ける距離ではあろう。
まあ、波が渦巻いているので、飛び込んだ後に死にながら後悔する可能性もあるが…。
しかし、私にはそんな度胸も無謀もない。そもそも、カメラを持って行けないのは致命的に「ない」選択だ。

どうするよ… これ……。


高巻きは……↓↓


無理くせぇよなぁ、やっぱり……。



う〜〜ん……


う〜ん………



Post from RICOH THETA. - Spherical Image - RICOH THETA

いや、ひとつだけ、まだ可能性があるかも知れない……。

高巻きできる、可能性が。


それは、この場所からちょっと戻り…、
さっき下ってきたガレ場を上り直すのが、最初のステップ。
その先は、頭上にある岩場を高巻きで越えるのである。

そう言われても、このアングルだと明らかに無理筋に見えるかも知れない。

だが――




先ほどの高巻き中に撮影したこの写真のアングルで見ると、そこを通れと言わんばかりに絶壁を横切る草付きの一本道が、はっきりと見て取れるのだ。

ここに進入し、難場Dを高巻きで突破しようというのが、私が考えた最終手段である。
これが駄目なら、私の手には余ったのだと認め、大人しく撤退する。
泳ぐ気はない!


そして次の写真は、
16:47に撮影した、右写真★印地点の模様だ。



うおー! 存置ロープあり!

この瞬間、なんとなくだが、自身の目的の達成を確信した。

今度のロープは、いかにも登山用っぽい手触りの良いロープである。岩角に晒されて痩せほつれ、もはや体重を支える力はなさそうに見えるが、狭い草付きの中だけはロープなしでも登っていける傾斜であり、ロープには片手を添えるだけ。それでも堪らなく心強い存在。

私と同じ目的を持つ者か、北海道の最西端を踏みたいと思った冒険者かは分からないが、確かに誰かがここを越えようとした明確な証拠であった。それも、あくまで自らの目でルートに見当を付け、この狭い斜面に取付いた者だけが、ロープに出会って正解の自信を深めることができるようになっていた。
何者かよ、ありがとう!
どうやら、遣り果せそうです!



16:49 《現在地》

この高巻きの最高地点付近。海抜はおそらく40mにも達する。

狭い草付きに、隠れがちな存置ロープが横たえられている。
歩ける範囲はとても狭く、その外側は洒落にならない傾斜である。
そのうえ、海風が容赦なく吹きさらしており、気をつけていないと、
口からするりと魂を零してしまいそうな強烈な向かい風だった。

これが、わずか幅5mに過ぎない「難場D」の海を突破するための代償とは…、恐ろしい。


そして登り切ると……



未成道探索者冥利に尽きる瞬間が!

なんという、道路世界の末端風景!!

ここが、マジで最後なんだな……。もう絶対に道はない。

トンネルを抜いたところで、力尽きたんだ……。

しかも、あのトンネルはどこにも繋がっていないんだ……。