道路レポート 林道樫山小匠線  第3回

公開日 2014.4.19
探索日 2014.3.27
所在地 和歌山県那智勝浦町〜古座川町

激流の林道 〜樫山街道〜


このまま道が、小匠川に水没してしまうのではないか。

この道を通行する時に、このような不安を抱かぬ者はいないだろう。

最も低いところでは、水面からわずか1mほどの所もある林道樫山小匠線、序盤の道行きである。

だが、なんとか、持ちこたえてくれたようだ。

道は再び水面から離れ始め、路肩にもいくらかの樹木が見られるようになった。
そして、遠方に見覚えのある道路標識が、見えてきた。

…この展開は…… アレが来るな。




2014/3/27 7:13 《現在地》

やっぱりいたー!!

隧道、登場の巻!

ダムを貫くアレは隧道とは言わないだろうから、これが本日初登場の隧道である。
扁額など、名前や緒元を知る手掛かりはなく、とりあえず1号隧道とでも仮称しておこうか。

ご覧の通り、とても短い、しかも出入口に2mの高さ制限が表示されている、小さな素掘隧道である。
ちょうどカーブの頂点にあるために隧道全体もカーブしており、素掘らしからぬ滑らかな曲線を見せる濡れた壁面が、外の光を幻想的に反射していて、美しかった。

だが、こうした外見よりも特筆すべき本隧道の特色は、ダムの貯水によって完全に水没するという事実だろう。





想像してみて欲しい。



← このどこにでもありそうな素掘の隧道が、

ときどき、

路面どころか、隧道の天井まで水に沈んで、

暗い湖底で、人の代わりに泥水を通じているのである。


見たことがないので、

それはぼんやりと想像する事しかできないが、

大変怖ろしい、光景だと思う。


しかも、その場面を現実に間近で目にした人は、

おそらく誰もいないだろうというのが、

余計に怖ろしい気がする……。






そもそも、この隧道は余りに「びしょ濡れ」過ぎではないかという気が…。

一昼夜程度の雨で、隧道のあらゆる壁という壁が、ここまで濡れるものか?

もちろん、あり得ないことではない。
そもそも湧水が多い隧道なのかも知れないし(土被りがごく少ないので、むしろ地表からの浸透水か)…。

――まさか、数時間前まで水中だった

なんてことはさすがに無いと思うが…。
前夜程度の雨は、南紀では珍しくもないんだろうし、ダムは開いたままだったと思うが…。
この特殊な立地条件的に、どうしても、疑心暗鬼に駆られてしまうのだった。
濡れ光る壁面にゾクゾクしながら、1号隧道を通過した。




南口とは左右を反転させただけで、そっくりな姿をした北口。

自然と人工の境界がとても曖昧な感じだ。
コンクリートの吹き付けや、その他一切の補強らしき細工が見られない、純度満点の素掘隧道であった。

そして道は、次なる“瀬”に向かい面を上げる。

私は祈る。
道、下がるなよ。
道、上がってくれよ。 
登り カモーン!




あわわわわ…

水流が、こっち側の岸をもろに“いたぶって”るぞ…

しかも、道がまた低い……

またヤバイのか……2度目の沈水危機か……。



しかし、見渡す限りに石垣あり!!

なんとか死守している、ラスト1m!!

林道偉いぞ〜〜。助かるぞ〜〜〜。



本当に南紀には、とんでもない道があったものだ。

2度目のギリギリ・エリアに突入しつつ、隧道を振り返って現状を噛みしめる。
朝霧の山々は徐々に明るさを増しているが、なおも幻想世界から現実世界へは戻っていない。
こんな美しい幻想の中で、私は現実(リアル)の道と戯れていた。

幸せだった。 私は、一人笑いになるほど楽しくて仕方なかった。
もちろん、道が無くなる怖さはあったが、こんなドキドキは宝物だった。
見たことのない景色が展開していく!
道路の何千、何万キロに1キロあるかという、凄まじい逸材との出会い。

それも、私は特別な機を得ているという実感があった。
この道が、特にこの道らしく振る舞っている場面に巡り合わせていた。
前夜の雨も、今朝の出撃も、偶々だった。
きっと、日照った夏空の下でこの道の輝きは望めなかった。




なんという、ギリギリさ!!

路肩がジャブジャブ洗われている。

部分的には、水面との高低差は1mも無いかもしれない。

でもでも、大丈夫なんだよね?

さっきも、今度も、ギリギリのところで踏みとどまった。

二度も偶然では片付けがたいギリギリさを見せたことが、私にある種の安心をもたらしつつあった。

こんなでも、この道ではきっと平時の風景なんだという、「予感!」





予感はずれ。

道は、100mほど先で、
敢えなく沈水しているように、
見えるんだが!!


マジカヨ…………マジナンカヨ………




7:21 《現在地》

セーフじゃない…。


今度ばかりは、セーフじゃない。


は… 早すぎたんだ……。

来るのが、早すぎた…。




現在地は小匠ダムから1.5kmの地点。
まだまだ樫山は遠く、残りが4.5kmある。

昨日の雨による小匠川の増水は、私の想定を越えていた。
まさか、林道が水没しているなどということは、いくらダムで水没する場所だと言っても考えなかった。

これが大雨警報でも出た直後ならば文句も言ってられないだろうが、昨日の雨は、別に普通の雨だったと思うんだけどなぁ…。


…ともかく、これが現実だった。
私は選択しなければならない。どうするかを。

  1. このまま川へ突入する。
  2. 少し水が引くのを体育座りで待つ。
  3. 迂回、或いは反対側から探索する。



とりあえず、重大な決断は、もう少し様子を見てからにしよう。

確かに路面は完全に河中へ潜ってしまったが、50mばかり先で再浮上しているのが見えた。
そして、そこまでは水の中へ入らなくても、自転車を押したまま、岸辺を迂回して進む事が出来そうだった。

さらなる奥がどうなっているのかはよく見えないが、(実は水面しか見えなかったが、それを信じたくなかった)、まずは見えている次の路面を目指す事にした。

ここの水はまだ浅く、正面突破だって出来そうだったが、出来るだけ濡れたくはない…。
誰だってそうだろう、私だってそうだ。
それに、一度濡れてしまえば、歯止めが利かなくなるような予感が……。




あ!! なんて怖ろしい、息苦しい眺めなんだ!!

こんな大河に挑むなんて、馬鹿げている。
この道、馬鹿だ。
馬鹿の道連れで死にかねない、怖い。




とりあえず、路面までは辿りついたが…。

この場所にいると、地面が動いているような錯覚を覚える。

目眩がしそうだ。
激浪逆巻く荒海に浮かぶ小舟の舳先にしがみついているような心境と言えば、分かって頂けるだろうか。
ちゃんと足元に地面があるのに、大袈裟と思うかも知れないが、現実にこの風景を見れば、怖いと感じない人はいないだろう。
こんな地面なんて、しゃりしゃりと音を立てて流れ始めそうな気分だった。

私はもう、この段階で心底、肝を冷やしていた。 水は怖い。
特に今回はナンの備え(浮き輪とか救命胴衣とか)もない、丸腰。
この心身両面の恐慌状態で、この先…




生還できる?