2014/2/1 13:14 《現在地》
今度の隧道は、少しばかり長そうだ。
入口を見てそんな予感がした。
また、貫通しているかどうかも、今度は自信が持てない。
なので今回はまた、自転車を残していくことにした。
もはや、この隧道が水路用ということは確信しており、普段であれば道路沿いの使われていない水路隧道など見向きしないのであるが、今回に関しては特別だ。
というのも、私は“県道の一般利用者の目線”を大切にして探索しているつもりだ。
なので、外形的には県道の分岐、あるいは県道そのもののように見えていて(現に“2号隧道”は県道の代用になっていた)、県道の進路と誤認しうるこの隧道へ潜り込むと、どうなるのかをレポートする必要があると思ったし、私自身も興味があった。
したがって、もしこの入口が真っ当に封鎖されていたら、スルーしたはずだ。
2号隧道では使用しなかったヘッドライトを再び点けて、洞内へ。
入坑時点で風は感じられなかったが、今日は風がほとんどないので、そのことで貫通の有無を判断するのは早計だった。
入ってすぐに左方向へ緩やかにカーブしており、その方向は地上からどんどん離れていくようだった。
これまでと同じように川沿いを進んでいく隧道であるということが、このカーブによってぼかされていると感じたことも、先行きへの不安を掻き立てる一要素だった。
もちろん、この段階で出口の光が見えることもなかった。
洞奥に光を向けると、両側の壁面がコンクリートで綺麗に均されているのが見えた。
その一方、天井は全くの無普請、素掘り状態なのが対称的だ。
この側壁のコンクリートは、水の抵抗を抑えるための工夫とみられ、いかにも水路隧道らしい、私の隧道体験では未知の風景だった。
滑らかな側壁と、頭を押さえ付けられるような低い天井。
この組み合わせには、立ち入る者の意識に訴えかけてくる強烈な圧迫感があった。
心を持たない水は抵抗せず先へ進むが、人間だけでないあらゆる生物が敬遠すると思える雰囲気だった。
写真は起立姿勢で撮影したもので、天井は背丈ぎりぎりである。
歩行時は、ヘッドショットが恐ろしいので前屈みを崩さないのだが、そのことがまた息苦しく憂鬱だった。
この逃げ場のない空洞を、天井に迫る大量の水が、白波も音も立てず整然と奔る風景を想像して、私は震えた。
この隧道に親しみを少しも感じられないのは、ここが人の通行のために作られたものではないからだろうと思った。
私は、この違いには人一倍に敏感だった。
13:16 (入洞2分後)
な、
なんですかね、あれ…。
奥の天井に何かがぶら下がっているのが見えて、気色が悪い……。
近づいていくと、どうもそれは破れた天井から落ちそうになっている大岩だということが分かった。
隧道が崩れかけているのなら、ますます居心地が悪い…。
私が通ったことによる小さな衝撃で落盤が再発するようなことは、さすがに現実的ではないと信じているが…。
また、この不気味な崩壊現場の直前で、隧道の断面の形が変化した。
ここでついに天井にもコンクリートによる巻き立てが登場。
普通であれば、より堅牢な構造になったと安心するところだが、直後に崩壊現場が控えているというのでは、どうにも説得力がない。
むしろ、この巻き立てのせいで天井がさらに低くなっていることに対する嫌悪感が勝った。
のどちんこみたい…。
崩れ方としては、かなり限定的で、それほど心配する必要はないのかも知れないが、形が気持ち悪い。
これ以上進まない方が良いというような、無言の圧を感じる。
通り抜けるときに、ちょうど顔の真横にこの岩がぶら下がっていて、嫌だった。
人が水路隧道へ入り込むという行為は、禁止されているかどうか以前に、理(ことわり)に背いているように思われて、とにかく居心地が悪かった。
13:18 (入洞4分後)
天井の崩壊は、点だけで治まった。
ヘッドライトの光が届く範囲に、整然とした坑道が続いている。
巻き立てのせいで天井が低くなり、いよいよ休憩時も起立姿勢をとれなくなった。
立てないことは、大きなストレスを与える。
洞床にもやや泥濘んだ土が堆積していて、過去に水が流れた痕跡が濃厚だった。
精神面からだと思うが、息苦しくなってきた。
早く出口、或いは閉塞が見たい。どちらでもいい。遠い貫通は、正直御免だ。
地下ではGPSが通用せず、現在地はよく分からないが、入洞直後にあったカーブのため、振り返っても入口はもう見えない。
方向感覚が鈍くなっていて、どの方角へ向かっているのか、自信が持てない。
まさかとは思うが、これまでのような川沿いではなく、内陸へ…、山越えの方向へ向かっているのではあるまいな……。
もしそうだとすると、出口はとても遠い可能性が…。
うう〜ん……。
辛い。
気軽に立ち入れる状況だったが、肝試しにはオススメしない。
あと、なんか地下のくせに妙に暑い……。
荒い息遣い。
望んでいた “光” の出現。
しかし、それがとても遠く感じられたことに対する、落胆。
13:20 (入洞6分後)
出口の光は、たまたま動画を撮影しながら進んでいる時に初めて見えた。
なので、動画の中のリアクションは完全な初見のリアルだ。
光が見えたことは嬉しかったが、同時に、この狭苦しい隧道をまだしばらく進まなければならないことも決まってしまった。
いったいどこへ出るんだろう……?
恐れていた山越えを果たすほどの長距離ではないが、かといって1号2号隧道のように短くもない。
おそらく、この隧道も川沿いをキープしているのは確かだと思われるが、地上の状況を事前に把握しているわけではないので、どこへ出るのか全くピンと来ない。
そして、この後さらなる苦闘が…!
うー! 天井低い〜!
堆積した土砂に洞床が埋立てられていて、その分だけ天井が低くなっている。
ここに来て、中腰の姿勢を余儀なくされている。
しかも、なぜかこの隧道は凄く蒸し暑いのだ。
2月1日という寒い日の探索なのに、汗まみれになった。
しかも、光は出口じゃなかった!
遠くに見え始めた時点では、間違いなく出口の光だと思ったのだが、
近づいてみると、そうじゃないという、
最悪の知らせを受けた。
まだよく分からないが、どうもこの光の入り方は、天井に穴が開いているらしい。
手前と奥に2つの天井穴があって、そこから光が漏れているようだった。
これで洞床がぐちゃぐちゃの泥濘だったら、さすがに無理をせず撤収したと思うが、幸いにも、天井が低くなった洞奥に堆積していたのは、主に乾いた砂だった。腕を押し当てるとひんやりして気持ちが良かった。
しかし、このように大量の砂が堆積していることは、洞内を勢いよく水が流れていた状況では考えられない。
廃止後にも洪水か何かで外部から水と土砂が流れ込み、土砂だけが残ったのだろう。
あらかわいい。
地底の白浜に、漂着した椰子の芽のような、可愛らしい命がニョキニョキしていた。
洪水で砂と一緒に外からもたらされた何かの種子が、僅かな栄養と光を頼りに、一足早い春の温かさに目を覚ましたものか。
荒らさぬよう、身体をねじって脇へ回避し先へ進むと、ようやく光の正体とご対面。
13:25 (入洞11分後) 《現在地=不明》
光が最初に見えた地点から、こうして間近になるまで、5分くらいかかった。
この間ずっと中腰姿勢での行動を余儀なくされた。
普通に歩けたなら1分か2分だったろうが、本当に苦しかった。
戻りたくはないだけに、この光の現れ方は私を酷く焦らせた。
やはり光の出所は、天井に開いた穴だった。
しかも、破れているわけではなく、人工的な穴の形をしていた。
出られるだろうか?!
ドキ ドキ
(頼むぞ…!)
よっしゃー!!!
這い上がれそうだ!!
天井の向こうに見える空が、本当に嬉しかった。
隧道を探索していて、天井裏に開いた穴から地上へ戻るなんていう珍妙な体験は、過去にもほとんどなかったが、
救いを求める今の私にとって、そのことは重要ではなく、来た道を引き返すことなく地上に戻れるだけで満足だった。
頭上の穴から脱出できると確信したので、最後に穴の下に座り込んで、息を整えた。
もうこれ以上付き合う気力はないが、隧道にはまだ奥行きがあった。
しかし、気力があってもなくても、貫通することは無理そうだ。
奥にはこれまで以上に大量の土砂が堆積し、天井まで迫っていた。
一番奥は砂ではなく瓦礫の山であり、おそらく閉塞していた。
この大量の土砂の供給源かは分からないが、閉塞地点の天井に亀裂があるようで、一筋の光が入り込んでいた。
だが、私の頭上にある穴が意図的な構造物であるのに対して、向こうの穴は破壊の結果に見えた。
また、辺りの壁面には、赤いペンキで何かが書き残して。
両側の壁にいくつもの痕跡があり、消えかけているものも多かったが、鮮明なものもあった。
しかし、何一つとして読み取れなかった。
えらく気色が悪かったが、なんだったんだろう……。
さあ!
脱出の時だ!
県道脇に何気なく口を開ける坑口に立ち入ったらどうなるか、もう十分思い知った。
このままだと、またいつか誰かが同じ目に遭うだろうがな……。
うおおおおぉー!!!!!
県道745号片野飯高線の路上に出たー!www
なんて所に飛び出しやがるんだwww
ちょうど車が走ってたら、エグい潰され方しそうだw
一応、穴の周囲に出っ張りはあったけどさぁ…。
ここから突然、オブローダーが ニョキニョキニョキ してきたら、
県道の利用者は心臓が止まるだろッ!www
あの世界のク●ボーやノコ●コの心臓が如何に強いか分かる、今回の体験だった。
冗談はさておき、あんな苦労して、地中のどこを彷徨っているのか分かんないって思っていたのに、
地上へ出てみれば、まあなんてことない、ただ県道のすぐ地下を通ってきていたようである。
土被りが極端に浅いから、日光の熱で隧道内が蒸されていたわけだな…。地熱かと思った…。
これが進行方向。
いっとき、【軽トラが見えた】辺りだな、ここは。
ある程度まともな道が復活していた。轍がある。
自動車交通不能区間を、こんな奇妙な方法で無事に突破したらしい(笑)。
自転車が置き去りなので、取りに戻る必要はあるが。
…ピッ!
13:27
私の地上への顕現を待っていたGPS衛星の信号がキャッチされ、現在地が判明。
私を12分間にわたって閉じ込めた3号隧道によって、おおよそ140m移動した。
もっとも、これは本来の隧道の全長ではない。
私は閉塞により離脱したので、本当の全長と行き先は不明だ。
しかし、状況証拠的に考えて、
閉塞の奥は、現在の立梅用水の立梅隧道に争奪されていると見て良いだろう。
この県道沿いに水路跡を見て取った時点で、内心で立梅用水の旧水路を想定していたが、
3号隧道の末端の状況は、それを裏付けていたと思う。旧水路は故意に閉塞されている。
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