2009/7/31 13:22
現在地は5.6km地点の大崩壊“赤崩れ・白崩れ”を突破した地点である。
5.3km地点のヘアピンカーブで折り返してから、まだたった300mしか進めていないが、これに1時間もかかってしまった。
自転車を持ち込んだことは、もはや誰の目からも完全にボーンヘッドで、素直に徒歩を選んでいれば、1時間以上前には峠に辿り着けていたのではないだろうか。
もっとも、そういう確信があるからこそ、今さら自転車を放棄する事だけは考えられないのだった。
徒歩に対する“絶対的優位”を最後に体感することで、この鬱積分の溜飲を下げなければならない。
自転車だけに許された“ダウンヒルの快感”を、なんとしても塩原側の大地で体感しなければ!!
…下りも廃道だったら、もう笑うしかないけれど…。
ともかく、距離の上ではもうゴールは遠くないんだ。
GO! GO! GO!!!!!
路盤が復活したそのすぐ先の路肩には、丸太の山が朽ちるに任されていた。
林道端に運び出されるのを待つ原木の山を目にするのは珍しくない(【参考画像】平成24年4月撮影、遠野市内の林道にて)が、何らかの事情(林道の崩壊しか考えられない…)によって、搬出が不可能になったのであろうか。
間近で見ると、丸太はもはや元の太さが分からない程に痩せ細り、全体を覆う鮮やかな苔によって土へと分解されつつあった。
この“林道”で目撃した数少ない“林業の痕跡”であったが、それがこのように不完全な状況を感じさせたことは、印象に残った。
この道は観光道路としても、林道としても、不完全な成績のまま役目を終えてしまったのだろうか。
これまでのところ、読者諸兄からは1件たりとて「現役当時に通行した」という証言が寄せられていないのも、気になるところである。
うあぁ…。
完全に私を狩に来てるだろ、この林道…。
またしても「埋もれ」と「削れ」で分ければ「削れ」に属する崩壊現場が出現してしまった!
長々と法面のコンクリート擁壁だけ健在なのは、良いことなのか悪いことなのか。
ここを原因にして前進不可能になることは無さそうだけど、いったいあと何回、こういう場面を乗り越えさせられるのか。
もう、慣れ親しんだコンビニおにぎりのパッケージを開けるのにも、一瞬どうやって開けるのかをど忘れするくらい、疲労困憊なんですけど…。
黒く着色した部分が、本来の路面の高さである。
そして、私の進路は黄色いラインである。
ところで、この法面擁壁の微妙な水平線や苔の陰影を見て、そこに何を連想するかによって、あなたの性格が判定出来る。
@: 法面擁壁の基礎が意外に深いことや、この道が完全に人工的な盛り土によって建造されたことを、この風景から見て取った人。
→あなたは、オブローダーです。
A: 深爪を思い出した人。
→あなたは、深爪のトラウマを持つ人です。
A: 水着姿の女性の日焼けあとを思い出した人と、太腿チラを無理矢理連想しようとした人。
→ オスぬこ。
ここの斜面も硬く締まった土質であり、
法面沿いの手がかりが皆無の場所を通行するのは、
自転車同伴であることを差し引いても、怖かった。
しかし、どうにかここも突破!
(自転車は分解しなかったが、足場造りと本番と、合計2往復して突破した)
13:33 《現在地》
今回の崩壊現場の突破には9分を費やし、自転車と共に次なるステップへ。
そこは左方向への顕著なカーブになっており、地形図と対照して現在地の同定を行う良い目印になった。
それにしても、前のヘアピンからこのカーブまでの約360mは、本当に最悪の状態だった。
明治の廃道だってここまで荒れはしないというくらいのひどい有り様で、結果論的にいえば、この斜面に林道は立ち入らせるべきでなかったのだろう。
自然破壊のしっぺ返しに道も壊されたと考えれば“喧嘩両成敗”だが、先に手を出したのは林道だからな…。
ともかく、これで恐怖の斜面は乗り越えられた。
だけど、この先の切り返しのカーブで、また同じ斜面の上部に戻るんだよな…。
…怖いよぅ……嫌な予感がするよぅ……。
13:42 《現在地》
おにぎりをひとつ食べて、前進を再開。
左カーブから100mばかり進むと、見えてきた。
2度目の切り返し。
私を再びあの恐怖の斜面へ引き戻すかもしれない“疑惑のカーブ”ではあったが、それでも峠への確かな接近を感じさせる重要なマイルストーンであることと、例によって大きなアールがなだらかで広々とした空間を山中に存在せしめているという二重の意味から、私にとっては好ましい場面であった。
特に、この路肩のカーブに沿った長い擁壁は、苔色の美しさと線形的な造形美が同居する、特筆すべき構造物である。
この線形…
思い出さないか?
例えば塩那道路、例えば日光いろは坂、例えば日塩もみじライン。
栃木県の観光道路では特によく見る気がする、文字通りの“スプーンカーブ”。
前のヘアピンカーブもそうだったが、こちらはさらに大きな円を描いて、ゆったりと曲がっていた。
未舗装の林道には、いささかオーバースペックな線形である。
また、カーブの外側が妙に明るく感じられると思うが、それは霧のせいではなく、そこに巨大なガレ谷が口を開けていたからだった。
地形図を確認すると、その谷は前に渡った「清見橋」の上部にあたっていた。
この写真、ピンぼけである。
でも、このくらいのサイズでピンぼけが目立たない条件の上ならば、我ながら“奇跡の1枚”だと思う。
広々とした路面が醸し出す優雅さと、そこに秩序をもたらす端整な路肩の存在感。そしてそれらを彩る、柔らかな光と緑の奇跡である。
高い標高からくる植生の特性からか、通常は経由する草むらやマント群落という段階を素通りし、道が直接(それなりに長い時間をかけて)森林に変っていく様が、よく分かる写真だと思う。
こんなに見通しの良い廃道は珍しいが、それはここが下草や灌木はおろか低木もあまりない、純粋な高木の森だからだ。
道が出来た後も十分豊かな自然環境が周囲に温存されていたからこそ、道は役目を終えた後、とても自然な形で再び元の森の一部に還ることが出来たのだろう。
もっとも、このような感想はあくまでこのカーブに限ってのことで、暴力的に破壊された部分が多くあることは、既に見てきたとおりである。
もう振り返りたくもない(でも怖いモノ見たさで見たいような…)“前の段”を下に見ながら、いよいよ峠への最終ランディングといえる行程に入る。
残すところ、あと700m!
切り返し後の変化としては、初めて笹藪が路上に出現しはじめたことがあげられる。
とはいえそれは至って浅く、新たな脅威と呼べるほどではない。
それよりも心配なのは行く手の“白さ”であり、さらなる“崩壊”が出現するかどうかだった。
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13:48 《現在地》
切り返しから5分間前進。
この間は大きな崩れに遭遇せず進んできたが、いよいよ道の風化ぶりが、かつてないレベルになってきた。
これまで見てきたとおり、この道の幅は狭くない。
一般的な林道は3〜4m程度だが、この道はおそらく4〜5mがデフォルトで、余裕があった。
そしてその道幅の広さに救われる場面も、何度かあった。
だが、いま私の前にある道は、そんな有利な幅員を全く感じさせない。
というか、今にも山の斜面と一体化して、そのまま掻き消えてしまいそうに見える。
…この美しい疎林の森に。
路上であったはずの位置にも、太さが20cmもある樹木が林立していた。
しかもそれは、予め成長した状態で土砂崩れや雪崩が路上に運んだものではなく、生粋の路上育ちに違いなかった。
路上に立って空を仰げば、幾重にも覆い被さる枝葉によって白い空は遮られ、その上の方はたゆたう霧の中へ消えていた。
麓のうちはあれほどうるさかった蝉の音もいつの間にか全く消え、今は鳥のさえずりさえ聞こえない。
このように美しい山に恵まれた状況を、山好きの私ならもっと楽しめるはずだったが、退路をほぼ断たれた状況下の精神的逼迫により、それはとても難しいことだった。
今はただただ、突破という確約が欲しかった。
祈りにも似た心境で、ノロノロと疲れた足を引きずり歩く私に対し、
この道はあくまでも、非情に徹する覚悟であるようだった。
…信じたくない光景が……。
路盤完全消失。
もし地図がなければ、この光景を見て、
既に林道は終点を迎えたと判断しない人は、いないだろう。
道が、周辺と均質な“斜面”ではなく…、
周辺と均質な“森”になっていた。
…でもっ、俺は諦めないッ!!
あああああぁ…
道がッ…
俺の前から消えいくっ!!
白い世界に、溶けて……っ!
さすがに、戦慄した。
この状況下で、こんなに深い霧に自転車と一緒に巻かれたら、私にはどうやって道の続きを探せるのだろうか、 と。
まるで、この森は心を持っていて、
私が自転車を通すことを、頑なに拒もうとしているように思われた。
森は全ての力を動員し、一致団結して私を排除しようとしているようだった。
そしておそらく、
拒絶されているのは、私じゃないんだ。
この自転車が… 車が嫌なんだって、そんなふうに思った……。
「道」を探さなければ!
この状況になってから、まもなく2分が経過する。
今いる場所はおそらく、“赤・白崩れ”の直上あたりだろう。
私は自転車を小脇に担いだ状態のまま、苔むした岩場を這うように、トラバースし続けた。
高度さえ誤らなければ、絶対この進路上に道は再開されるはず!!
なんか、靄の中に平場が見える気がする…。
うおぁーーー!!!!!
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