道路レポート 神津島の砂糠山にある廃道 第3回

公開日 2016.2.28
探索日 2013.4.01
所在地 東京都神津島村

黒き谷を駆け上れ!


2013/4/1 11:55 (歩行開始から58分) 【現在地(地図)】【現在地(遠望)】

ここまでは海! これからは山!
そんな、今回の探索における最も劇的な遷移点に辿り着いた。
未知の索道遺構を発見するという衝撃と共にである。

地形図に描かれた破線(徒歩道)が山上を目指すのも、この地点からだ。
しかし見たところ、これといった道は見あたらない。

私は、この谷を完全に上り詰める必要がある。
目的地周辺は正面奥に見える稜線の高さである。
ここからは少なくとも80mの高低差があるはずだ。




谷の真っ正面に立った。
谷に水の流れはないが、雨が降ると川になるようだ。
だいぶ浸食されているのが分かる。

今、正面の奥に見えている稜線の最も凹んで見える部分は、この登攀の中継地点になるだろう。
恐らくあそこまでの落差が60mくらいで、その奥のゴールはまだ見えていない。
最終的には、左右の高い稜線と同じくらいの高さに上るはずだ。

よく見ても結局、“地形図の徒歩道”の姿は見あたらない。
いったいどこを通っていたのか。
索道があったとしても、間違いなく陸路もあったはずだが…。



これから、これまで以上の苦闘が予想される状況であるが、今いる場所は足休めの休憩所としては、理想的である。

多幸湾の見晴らしが素晴らしく、あらゆる人家からも遠いこの砂浜は、まるでプライベートビーチのよう。
近くには索道の主塔や、海賊島のような大きな海蝕洞が口を開けていて、磯遊びをするのにも打ってつけだろう。磯釣りも釣果が期待できそうだ。


……

現実逃避は、このくらいにしておくか。
少し空模様が疑わしくなってきた。心なしか風も強くなってきた気がする。(→で、翌日の天気がこれだった…)



砂浜の奥の谷の入口、すなわち“登り口”の所に、巨大なコンクリートの直方体が転がっていた。

近寄ってみると、その上になっている面には、錆び付いたワイヤーや滑車が埋め込まれていた。
この時点で、これが索道と関係するものだというのは明らかで、おそらくケーブルを緊張させるためのアンカーだったと思われる。
アンカーならば地面に埋め込まれて、固定されていなければならないはずだが、その地面を失ったのか、どこかから墜落してきたようである。

これから上ろうとしている谷の中や、上で、何が起きているのか。

不安を感じさせずにはおかない、巨大な残骸だった。




だ、だ、だ、

ダイヤモンド!!

…ではないんだろうけど、石炭みたいな黒い光沢を持った石塊が落ちていた。
触れてみると、ガラス質の堅さがある。
白い砂地の中で、それは良く目立っていた。

こいつの正体は、黒曜石だった。
実は神津島は日本有数の黒曜石の産地であり、この地で産出された黒曜石の石器が約2万年前の南関東にある遺跡でも見つかっているというから、そんなに昔から渡海した人間がいたのであろう。




それでは、いよいよ登攀開始だ。

緊張を失い、地を這うすれすれを通っている索道ケーブルを目印に、上部を目指す。

やはり、道はおろか、踏み跡ひとつ見あたらないので、思いのままに上ることにする。



斜面には、沢山の黒曜石の破片が崖錐となって堆積していた。
砂よりも遙かにグリップがあるので、容易に上っていくことが出来る。
また、藪が無いため、この黒曜石の崖錐は、登攀路として好都合だった。

光沢のある黒曜石の破片は美しく、思わずポケットに忍ばせて持ち出したい心境になったが、やめておいた。
持ち出しは私のポリシーに反するし、ここが石や草を持ち出すことが御法度の国立公園内であることを思いだしたからだ。
手で弄んで楽しむだけにしておいた。




20mほど上っただろうか。
振り返ってみると、思いのほか高度感のある眺めが広がっていて、ドキッとした。
索道の鉄塔が谷の正面の海上にポツンと佇んでいるのが見える。

ここまで順調だが、気を抜くことはできない。
その理由は、相変わらず道がまったく見あたらず、道なき道を進んでいることと、遠目に見る以上に地形が凹凸に富んでいたことだ。

広い谷の内部には幾筋もの崖錐(ガレ場)や雨裂(小谷)が複雑に交錯しており、全体的に流動的で転石が非常に多い。
転倒や滑落、そして落石に細心の注意を要する状況だった。



それからまた少し進んだ所で、谷の中央にある最も深く抉られた部分(雨が降れば水が流れるだろう部分)の近く(←矢印のところ)に…

“コンクリート片”を発見した!


その正体は…

“階段”だった!→

どうやら、地形図には描かれていたが、これまで実在が確認出来なかった徒歩道もまた、先ほどまでの“海岸道路”と同様、怒れる天上山によって、完膚なきまで叩きつぶされていたようだ!

この半分だけになってしまった階段を、“山上の建造物”へ行き来した人々も通ったのだろう。
図らずも、階段の残骸の上には索道の痩せ細ったケーブル(この細さを見る限り、主索ではなく曳索だろう)が重なって死んでいた。



“階段跡”を新たな進路の指針と定めて上り始めるが、それは間もなく地中に埋没してしまった。

空中に途切れていた階段が、今度は地中に埋没する。
それはもう滅茶苦茶だった。
滅茶苦茶に破壊され尽くしていた!

あまりに急勾配のため、おそらく階段には手すり代わりのロープがセットされていたようだ。
階段の残骸と共に、ちぎれたロープが地中から出ていた。

山上の建造物が放棄された理由は不明だが、本当に困難な立地であったことが、よく分かる。
全く他人事で無く、私には分かりすぎる!




なおも谷底を進行中。

足元の崩壊は止んだようだが、その代わり両側の草藪が谷底まで迫り、足元がほとんど見えなくなった。
しかも胸くらいまで圧せられる高さがある。
相変わらず急勾配なので、上っていくのには大変な抵抗を感じる。
途端に息が上がってくる。

遠いッ!

当面の目的地と定めた“中段”でしかない地平が遠いッ!
別の楽なルートもあるのかもしれないが、谷底にいるので左右の見通しが効かず、探すことが出来なかった。



ぬわ〜!

草藪が、木薮になったッ。いわゆる、灌木帯だ。

全然、背景の景色が進んでいないことにも注目いただきたい…

イタイイタイイタイイタイイタイ! 痛い!刺さった、なんか!!


…これは…


無理ッ !!






12:20 (登攀開始から13分経過)《現在地》

あまりの激藪に正面突破を諦めさせられた私は、少し行程を巻き戻して、灌木帯を避ける為の高巻きルートへと転進せざるを得なかった。

地形の険しさと藪の濃さはトレードオフの関係にあり、崖際の高巻きをすることで、落石や滑落の危険を受け入れる代わり、藪には苦しめられずに済んだ。




これが、私の新しい進路だ!
このガレ場をよじ登ることで、激藪を回避することが出来る。

そしてこの右側の崖は、信じがたいほど巨大な黒曜石の大露頭であった。
麓で見た黒曜石の崖錐や石片の供給源である。
海岸から砂糠山を見上げたとき(写真)、まるで黒雲の層のように、あるいは煤煙で燻されたかのように黒く見えた部分まで上っている。
海面から50m前後の高さだ。現代、黒曜石にどれだけの価値があるのか分からないが、ここならほとんど無尽蔵に採掘できそうである。

あとで知ったことだが、砂糠山は神津島の中でも代表的な黒曜石の大産地であるという。
石器時代のクラフターも、この岩盤から採取していたのだろうか…。



高巻き作戦が功を奏し、さらに高度を高めた私の前に、いよいよ、

“天空の牙城”が姿を見せつつあった!

先ほどまで“中段”と呼んでいた部分、すなわち海面から60mほどにある谷底の小地平と、

ほぼ同じ高さまで到達していた。ここからは谷底に堕ちた索道ケーブルを見下ろしながら、トラバースで進む。



トラバース中に見下ろした海岸方向は、目をみはるほどの絶景だった。

既に砂浜は見えなくなっていた。逆に言えば、下からは見えなかった領域に立ち入っていることになる。

人の名残を求めて山を上っているはずが、周囲の景色は、もはや人跡未踏を切り開く探険者の目に映るものだった。

神々の集いし島の、険しさを乗り越えた先にある美しさは、私の脳を蕩(とろ)けさせつつあった。



が!

次の瞬間、

凄まじい衝撃
私の身体の前面を襲った!!!



↓ 再生時、音量注意! ↓



ここで私を襲った衝撃の正体は、

“空気砲”だった。

動画の中でも(大変聞き取りづらいが)言っているように、私は凄まじい突風を突然身体の前面にぶつけられ、
足が地面から離れかけた。もしも膨らんだジャンパーでも身に着けていたら、ムササビのように滑空したのではないか。
それも、崖下のトラバースの最中にである! あのとき、転倒していたらと思うと本当に怖ろしい!



↓ 再生時、音量注意! ↓


猛烈な逆風のため、前進困難!!


“風の谷”は、本当にあったんだ!




私に決死の“台風レポーター”体験をさせた“空気砲”は、この場所の特異な地形が生み出したものだろう。

稜線上の鞍部を頂点とする、まるで高山の圏谷のような地形は、全く風を遮るものが無い。
さらに両側に高い断崖があるために、風力は非常に圧縮されている。
そのうえで、稜線の両側がそのまま海面に向いているという、特殊な立地!(→)

今日の神津島は、ちゃんと定期便が運行しているくらいには平穏で平常な天候なはずなのに、この風なのだ。
おそらく観測施設が無いから知られていないだけで、ここに観測所を設置したら、日本国内の最高記録を樹立できると思う。
地上の風速が5m/sくらいしかないのに、この地の風速は大人の私を吹き飛ばしかねないほど(20m/sは越えている)なのだから!




← これは、
どういうことなんですかね…?


私が目指している逆風の吹き出し口である稜線上、格好いいからって勝手に“天空の牙城”なんて呼んでいた場所に…

何か本当に“城壁”のような擁壁が、見えるんですけど…。

まるで、万里の長城でもあるかのように……。




あれは(→)

ガードレールの支柱…? 


ま、まさかな…。