2014/5/20 10:22 《現在地》
進行方向に背を向けた「この先通行止 島根県」の車止めをすり抜けると、すぐさま道はその様相を大きく変化させた。
それも、予想の斜め下。
あらゆる意味で、“斜め下”だった。
普通ならば、進行方向逆向きの車止めを抜けたら、道の状況はそれまでよりも上等になると思う。
だからこその“車”止めなんだと、思う。
だが、現実はそうではなく、進行方向逆向きの車止めの先に待ち受けていたのは……!
車なんて走れっこない、異常に狭まった道だった。
それでも鋪装だけは止めないのは、信念か。
これまでの視界不良を一挙に払拭するように、樹木のない斜面があった。
奥行きの限られた地面の向こうに見えるのは、大海原だ。
海風が直接肌に触れる海抜80mの山腹に、道は途切れずに続いていた。
私はそこに、予言を越えた、明確な意志を読み取る事が出来た。
どんな姿になろうとも、私はあなた(すなわち通行人である私)を見棄てないという、意志。
塩津集落の地平に確かにあなたを届けようという、意志。
見せて貰おう。その意志の力を。
ミミズのように地べたを這いずる、幅50cmの舗装路。それが紛れもない、主要地方道斐川一畑大社線だった。
この県道のデータに「未開通区間」は存在しない。あるのは「自動車交通不能区間」のみ。
これがその区間なわけだが、あくまでも道自体は開通している前提がある。車は通れなくても、ここは開通した県道だ。
そして、こんな状態でも鋪装されているという事実は、微笑みをもって迎えられた。
日本海を見晴らす奇妙な段々斜面に、のたうつ舗装路。幅50cm。
もしもの話だが、ここに1本でも“ヘキサ”が立っていたら、おそらく全国から道路ファンが訪れる事になる。
「おそらく」ではなく、「間違いなく」だ。
そのくらいにここは日常に近い所にありながら、抜群の奇妙さも有していた。
いわゆる、“おたから”というやつだ。
興奮する。
このシチューエーション自体の面白さはもちろんだが、私の気持ちも凄くリラックスしていた。
なにせもう、この探索の成功が確信出来る。
ここはもう完全に塩津集落の生活圏に入っていた。
ここまで来てしまえば、不通区間の完抜は間違いない。成功だ。
だから、相当に余裕を持った気持ちで、奇妙な道路を120%楽しむ事が出来た。
これがもし反対方向に進んでいたら、この辺りは相当気持ち悪かったというか、先行きに対する悲壮感に満ちた、そんな探索&レポートになっていたと思う。
そして、この辺りで私は理解した。
車止めの地点でなおも残されていた海まで80mの高低差(海抜)は、この“ミミズ県道”で、相当に解消するつもりなのだということを。
ここで強引に下って一挙に集落の頭上を強襲するつもりなのだ。
この県道は、ミミズ型急降下爆撃機!
集落内にある車道と、私が今居る県道23号は、将来的に繋がる計画があったものと考える。
残念ながら根拠は無いが、ここまで接近していて繋がっていないのは、偶然ではないだろう。
完成を目指して両側から工事を進めた結果であろうと考える。
おそらくは、この斜面を九十九折りでもう1往復くらいすれば、車道として繋げることが出来るだろう。
まあ繋げたとしても、既設区間を相当改良しないと、安全に通行することは出来ないだろうが…。
しばらく眼前のミミズ県道に気圧されていて、ほとんど前進せずに写真ばかり撮っていた。
だからそろそろ前進を始める。
まずは最初の段差を越える。
あわっ!! これ、なかなか怖い。
何が怖いかって、急坂道を下手に鋪装しているもんだから、
その上に散乱している大量の小石が、コロのように私を転ばせようとするのだ。
しかも今は自転車という重量物を支えて下っているので、姿勢が安定しなくて
何度かすっころびそうになりながら、なんとか最初の段差をやり過ごした。
そしてまだまだ、半分階段のような道が行く手に続いている。
…怖いなぁ………。
痛ってぇっ!!!!
言ってる傍から、速攻でやらかす。
転倒である。転倒。
レポート中の転倒って、結構久々な気がするが、レポートの外を含めても、躓きとかでなく、完全に地面にごろごろしたのは久々だ。
写真は一瞬だけ地面で仰向け放心状態になってから、立ち上がって、現場を撮影したものだ。
自転車の位置は転倒時のままである。主要地方道で車輌横転の単独事故を起こしてしまった。
←戦犯。
この出来損ないの階段に、やられた。
ステップ部分が全て傾斜しているのは、さすがに酷い。階段の意味があんまり無い。
気をつけていても、やられた。
砂利を踏んだ足が一瞬で空中に滑り上がり、代わりに腰が地面に叩き付けられると同時に、自転車は段差に跳ねて前方へ転がった。
こんなことなら、鋪装なんてない方がずっとマシだが、でも、
鋪装がなかったら、この道は今ほど魅力的ではなかっただろうから、我慢する。
この痛みも、赦す。
しかしこの転倒は、私に確実な変化を与えた。
「恐怖」の2字が植え付けられた。
少し大袈裟と思うかも知れないが、さっきの転び方は、かなり「いや」な転び方だった。
あの、唐突に足元を掬われる、そして全く何も出来ないまま地べたに転がされる転び方は、普通に自転車を漕いでいて、何かに乗り上げて転ぶとかよりも予期が出来ず、そして納得のしにくい怖さがあった。
それだけにこれ以降、私の顔からは、少し前までの余裕に裏付けられたニヤついた表情が消えた。
やっぱり油断は禁物だったのだ。
擦りむいた右掌と、腰の痛みが、私に反省を促した。
くっそ。
この道はなおも執拗に私を転ばせようとしやがるのか?
そんな疑心暗鬼にとらわれるほどに、いやらしい激坂&激狭の道が、うねりながらまだだいぶ下に見える海岸めがけて続いていた。
どこまでこのような状況の道が続くのか定かでないが、もし海岸近くまで続くとしたら…
そう考えて、少しウンザリしたのも事実であった。
この道は、自転車を押しながら通行するのが、辛い。
まず一度、路上の砂利を全て退かして戴きたい。
話はそれからだろう。
私がここを通行している時に思い出していたのは、かつて探索した、「山寺の滑り台」だった。
この道は、コンクリートの滑り台みたいだった…。
そもそも、この道が通っている場所って開けているけど、何だったんだろう。
ミミズ道の両側に、家を建てるには少々狭過ぎる段々が、法則性なく並んでいる。
この光景から一番考えられるのは、段々畑だろう。
所々に、あまり野山には自生していなさそうな草花や、低木が生えているのも、その事を裏付けるように思う。
塩津という集落は、漁港を持っているようだ。
だから、昔から海に生業をもって暮らしてきたものと思う。
そして海の他の三方は急な山に囲まれていて、水田は少しもない。
僅かに自給自足を助ける程度の畑が、この道路沿いの斜面にあったのではないか。
しかしそれも集落まで(この県道ではない)車道が開通したことで、非効率な斜面耕作を中止したものと想像する。
また嫌な感じの階段だ…。
そこまで嫌なら、道を外れて周りの土の地面を歩けばいいような気もしたが、それをしたら負けという気もしたので、自己満足のためにこの幅50cm内外の道からは外れないように頑張った。
それにしても、背景に見える家々の屋根に注目して欲しい。
正確には、その見え方に注目。
私が「急降下爆撃」と表現したのが、大袈裟ではないと感じて戴けるのではないだろうか。
まさに集落の頭上へ、急転直下の勢いで転げ落ちるように下るのが、この県道だった。
少しだけ道幅が広くなったが、それでも1m程度である。
それと、久々にガードパイプも現れた。県道らしさがある?
そして、なぜかこの道は、横断歩道橋の上り下りする階段のように、階段の隣にスロープが設けられていた。
この姿から想像するのは、自転車を押して歩くための構造だが、多分そんなことはないんだろう。
道の上にあったのが畑だったと考えるならば、この路面の構造は、猫車のような一輪の荷物車を行き来させるためのものであったと思う。
それにしても、これはよい“階段県道”である。
皆さまの多くも知っているだろう有名な“階段国道”は、今や観光地となって久しいこともあり、確かに国道と言うに相応しい程度に、階段としては立派な道だ。
だが、未だ観光地として誰も知らないに等しいこの塩津の階段県道(階段主要地方道)は、かつての純粋な生活道路であった時代の階段国道を彷彿とさせる、私にとって好ましい姿をしていた。
この顕著な階段区間を目にしたことで、さらにこの道が好きになった。
私は今日の“階段国道”には、あまり興奮できない。
それもこれも、道路を道路として使う以上の身の丈に合わないものが、今のあそこにはあるからだと思う。(ベンチとかね、擬木手すりとかね)
しかし、道が観光の対象になるという事実を日本中に知らしめた功績は大きいので、私の好みを度外視すれば、素晴らしい功労道路だ。
対してこの“階段県道”には、全く身の丈にあったものしかない。
しかも、シチュエーションは階段国道とよく似ている。
海、山、集落の位置関係と風景。よく分からない国道/県道指定の背景。どちらもよく似ている。
“階段国道”で満足できなかった人は、ぜひこの“階段県道”を味わってみることをオススメしたい。
ただし、はしゃぎすぎないように。転ぶから…。
10:30 《現在地》
ミミズ県道、急降下爆撃県道、階段県道を8分間で攻略し、
遂に峠以来のまともな車道が現れた。
現在地の海抜は約40mだから、一挙に40m下ったことになる。
やっぱりちゃんと繋がっていてくれたのだ。これで不通区間は完抜だ!!
「この先 通行止め」
ってあるけど、典型的な「雉も鳴かずば打たれまい」だ。
こんな表示が無ければ、誰もこの道が県道の不通区間だとは思わないだろう(笑)。
それでも敢えて表示せずにはいられない律儀な島根県が好き。抑えきれない主要地方道力を見た!
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