隧道レポート 国道229号狩場トンネル旧道 延長戦

所在地 北海道島牧村
探索日 2023.05.12
公開日 2023.06.14

 トラブルに見舞われた2度目の航海


2023/5/12 5:34

作戦を説明する。

画像にカーソルを合わせたまえ(あるいはタップ)。

これより、現在地(タコジリ)をカヤックで出航し、おおよそ1km南の海岸岩壁に開口しているとみられる、内部が穴床前トンネルと交差する海蝕洞へアプローチする。
そのまま海蝕洞内部へ突入し、穴床前トンネルの下を潜って洞の最奥を窮めることが最終目標である。
関係者からの情報提供にあった通り、最奥は現在の狩場トンネルにまで届いているのだろうか。それも確かめたい。

再三書いているとおり、2018年5月の探索時にもこの海でカヤック探索をしており、今回計画している航路の大部分を漕いでいる。前回は海蝕洞の存在を把握しておらず、そこまで足を伸ばすことはなかったのであるが、距離的には前回よりも200mほど遠くまで行くだけだ。当然、未知の海域を漕ぐより遙かに安心感があった。不安が大きいのは、海蝕洞内部の探索である。



クルマに戻り、自転車を片づけて、代わりにカヤック(インフレータブルカヤック)を運び出す。
前回の経験は、最初に舟を出す場所を探す時点から、大いに活きる。
カヤックは乗船と上陸のタイミングが最も落水の危険が大きく、穏やかな海であっても落水すれば装備品の喪失など多大なダメージを受けることがあるから、慎重に場所を選定する必要がある。

しかしここは一度舟を出したことがある場所なので、勝手を知っている。
八峰トンネル北口前に、磯辺に降りられるしっかりした階段があることも把握していたし、その前の磯場には波の穏やかな天然の“澗(ま)”がたくさんあることも知っていた。

ただ今回想定していなかったのは、前回私が出航に使った澗(小さな入江)の出口の所で竿を出している二人組の釣り人がいたことだ。
釣り人の近くでカヤックをやるのはマナー違反だし、針がインフレータブルカヤックの船体に接触すると致命的なことになる。
そのため、出口に釣り人がいない別の“澗”を物色することから始めなければならなかった。

とはいえ澗はいくらでもある。
この時点ではそう楽観視していた私だが、やがてこの日の磯が持つ予想外の困難を知ることになる。



よし、ここで良いだろう。

八峰トンネルを回り込む小さな岬の一角、階段から磯場を50mばかり歩いた所に無人の澗を見つけた私は、その波穏やかな様子に、ここがカヤックの乗船地点および上陸地点として理想的であると判断した。

すぐさま慣れた手つきでカヤックの準備を始める。
決められた順序で空気を充填し、船体を作っていく。
だがここで、トラブルが発生した。

私が2代乗り継いできたお気に入りの安価な中華製カヤック(Explorer K2)は、大きく船体が3つの空気室に分かれており、右舷、左舷、船底のそれぞれに空気を入れて膨らませる構造である。そのため、最悪どこかがパンクしても、一応海上に浮かび続けられる浮力は維持される仕組みである。

だが今回、約半年ぶりに空気を入れて膨らませてみると、船底部分の空気室の修理不能の部分に砂粒程度のパンクが起きており、船底を膨らませることが出来ないと判明したのである。毎回、探索で使った後は家でよく洗ってから仕舞うようにしていたのだが、このパンクは前回の探索後の清掃で砂粒を落とし切れていなかったのが原因なのだろう、多分。


船底部分に空気が入っていなくても、舟を浮かばせかつ船体の形状を維持するための浮力の大半は両舷の空気室にあるので、浮かぶことは出来ると思うが……、不完全な状態の舟で危険を伴う探索に挑むのは嫌だなぁ。大事な場面で、テンションがダダ下がりだ……。
それに、この探索終わり次第、2万数千円の再出費になると確定したことも、げんなりした。現金だけど。

一旦は探索中止を含めて検討したので手も止ったのであるが、この状況での操縦がどのくらい不安定であるかを後学のために確かめておきたい気持ちもあり、再び手を動かしカヤックの準備を完了させた。
目の前の穏やかな澗の中で試験航海を行い、問題がないと判断できれば、海蝕洞へのアタックを実行しようと思う。




では、完成した舟を実際に澗の海に浮かべ、乗艇してみようとなったところで、この日の磯場が持つ“予想外の難しさ”に私は気付くことになった。

ここは典型的な平磯で、水面より上には波蝕棚の平らな面が広がっているが、水面下は浅い部分がほとんどなく、急激に3〜4mの深さまで落ちている。
こういう場所では平磯の縁に足をかけられる部分を見つけて、そこに立って舟を支えながら静かに乗艇するのが作法である。
カヤックは不安定なので高い位置からぴょんと飛び乗るようなことはまずできないし、下船時はより慎重な動作を求められる。また私には撮影機材やザックなどの大荷物もあるので身軽ではない。

だがこの日の磯は、引き潮のタイミングだったのだろうと思うが、平磯の陸地と海面の間の落差が50cmくらいあり、乗艇に適した場所を見つけるのに思いのほか手こずった。
さらに、こちらはもっと予想しない障害だったのだが、もの凄い量の昆布類が磯の隠顕部(潮間帯)に成長していて、これがマジハンパなくヌルヌルするので、これらが生えている部分からは乗艇困難であった。
(これについては後ほど地元釣人の方と話す機会があったのだが、この年は高温のために海藻の育成がもの凄く、釣で磯に降りるのも危険を感じるとのことだった)


6:00

まあそれでもどうにか乗艇できる場所を見つけて、手こずりながらも澗に浮かんだ。
案の定、船底に空気がなくても浮力的には問題がないようで、船体の喫水の大きくなっている様子はなかった。これなら澗を出て多少の波にぶつかっても、沈むような心配はないだろう。

しかし船底がほぼ膨らんでいないため、身体は自然と普段より深い位置に着座しており、そこからオールを漕ぐのは動作的な困難を少し感じたし、姿勢が低いことによる見通しにくさもあった。またこの状態だと海流の影響はより大きく受けることにもなるだろう。やはり故障は無視できない不調であった。

悩んだが、今日の海況が十分に穏やかで、風も弱い南西風(海から陸に吹いている)であること、加えて今回の航路上では海蝕洞の直前まで何度も陸上に旧道が現れるので、航行中の舟に万が一があっても緊急上陸によって生還しやすいということなどを総合的に判断し、この故障艇による廃船前の最終探索、その決行を決断したのだった。

で、結局こうして出艇はしたけれど、事前の経験と、万全な準備、熱心に日和を選んだ海況と、3拍子を揃えて行った探索のハズが、なんだかずいぶんと不穏な幕開けになってしまった。



姿勢の低さに少し戸惑いながらも、具合が良い乗艇姿勢を模索しながら、漕ぎ進んでいく。
八峰トンネル脇の小さな岬は出航直後に越えており、数分後には2本目の第二タコジリトンネルの北口を横に見た。
ここまではほとんどが入江の中だったので、海面は池沼のような穏やかさだったが、この先の地形図に「シッカ内赤岩」と書かれた岬を回って穴床前トンネル北口の入江に迫る部分は、この航程上における最大の難関である。




6:14 (出航約14分後) 《現在地》

案の定、岬の先端に近づくと、遮るものなく外洋よりぶつかってくる南西の風に著しく船速を奪われた。だが逆らって進めないほどではないから、額に汗して黙々と漕いだが。そうして地道に岬を回り込む仕事を続けた。

写真の奥に見える大きな岬(赤岩)を穴床前トンネルが潜り抜けている。目指す海蝕洞はその手前の入江にあるはず。距離のうえでは既に半分以上漕ぎ進んでおり、現在地が最大の難所だろう。もう少し進めば、奥の岬に風を遮られた入江に入る。



海上で撮影した動画。
昔から荒れることで有名な茂津多沖の海である。
これでも当地としては十分に穏やな方なのだが、
風も波も心をざわめかせるものがあった。(5年前の海は真に奇跡だった)

背景の陸にはタコジリシェッドが見えている。
その手前が第二タコジリトンネル、奥が穴床前トンネルだ。
5年前はこの入江に入って波消しブロックから上陸して引き返している。

この先は初めての海だ。残り200〜300mだと思う。



タコジリシェッドの入江を素通りし、目指す海蝕洞があると見られる次の入江を目指して、地形図に「シッカ内」の注記がある小さな岬を回り込む。

するとまもなく、立派な海蝕洞が口を開けているのが見えてきた。
遊覧船でもあれば人気のスポットになったかも知れない。
幅も奥行きも大きく、そのうえ奥の方は天井が抜けて空が見えるようである。

が、位置的にこれは目指す海蝕洞の入口ではないはず。

神秘の造形に心惹かれるものはあったが、純粋な海蝕洞相手に故障船の少ない残りライフを捧げている場合ではないのである。
相変わらず風と波も気になるので、素通りして次の入江を目指した。




6:20 (出航約20分後) 《現在地》

出航から約20分後、逆風と姿勢の低さに手こずりながらも、船体の安定性に不安を感じることはなく、私はいよいよ目指す海蝕洞があるとみられる入江の入口に迫っていた。
この写真の岩場(シッカ内という場所らしいが、意味は分からない)を回り込めば、入江に入ることができる。

さあ、るか?!

きっとあるはず!

あとは、カヤックで入れる姿であってくれよ!!

めっちゃ、ドキドキした。




それらしき

海蝕洞発見!




これが世に珍しい、国道のトンネルと交差していた海蝕洞……。

確かに奥行きがありそうだ……。




つうか、こえぇ……。




 海蝕洞内部へ突入!!!!!


2023/5/12 6:24 《現在地》

海に漕ぎ出しておおよそ25分で、私の小さなカヤックは、おそらくここだと思える海蝕洞の入口に辿り着いた。
カヤックはもちろん、小さな漁船なんかも入れそうな大きな洞穴が、岩壁に不気味な口を開けていた。

これまで各地でカヤックを漕いだので、海上から海蝕洞を見るのは珍しいことではないが、
そこにカヤックごと入ろうとするのは、まだたった2回目のチャレンジなのでとても緊張する。
狭い洞内で注意すべきことはいろいろとあるが、私が一番に気をつけなければいけないのは、
尖った岩や貝殻に船体を擦ってパンクさせてしまうことだ。最寄りに泳いで上陸できる地形が
見当らないので、この洞内で船を喪失したら、全く考えたくない事態になるだろう。

幸い、海蝕洞の周りの海は入江なのでとても穏やかで、僅かにうねりによる
海面の上下動があるだけで、入り込む波の動きは全くといっていいほど見られなかった。
これは慎重な操縦を求められる洞内探索では非常に有利な好条件であり、それを狙って今日を選んだ。



内部に大変な“異物””を抱えているとみられる穴だが、入口は完全に天然の海蝕洞そのものだ。
当たり前だが、扁額を掲げていたりはしないし、人為的に整形された様子もない。

今までいくつかの“内部がトンネルへ通じている海蝕洞”を海側から見てきたけれど、
どれも通常は海浜の陸上に開いていて、このように完全な海上にあるものは初めてだった。
周囲には全く上陸できるような地形が見えない、本当に切り立った岩壁の一角である。

ところで、上の動画の最後のシーン。
洞奥へズーッとズームしているが、そこで洞内に人工物が見えていることに気付いただろうか。
私もこの動画を撮影するためにカメラの液晶画面を凝視していて、動画と同時に気付いたのだ。
肉眼のこの距離だと気付かなかった。それで慌てて動画を切って、今度は静止画でズームしたのが次の画像(↓)。



おおおっ! マジである!!!

巨大な海蝕洞の内部を塞ぐように横断する、巨大なコンクリートの構造物だ!

ついにやったぞ! 存在を知った瞬間からずっと見たいと思っていたものを見ることが出来た!

洞内を横切る構造物は一つではなく、画像の赤枠部分と黄枠部分の二つあるように見える。

手前の赤枠部分の構造物はなんだろうか。これより内部へ突入して確かめるぞ!




本邦初公開! これが海蝕洞から見る穴床前トンネルの外壁だ!

そして、手前にある妙に赤みを帯びたコンクリートの物体は、である。

このコンクリートの物体、トンネル外壁とは接しておらず、向きも完全な平行ではない。
まるで橋桁のように両岸の間に架け渡されているが、両岸とも崖であり工事用通路でもないだろう。
正体は分からないが、奥のトンネル本体に高波が直撃することを防ぐ効果がありそうだ。
もっとも、冬の日本海が稀に見せる最強クラスの高波なら余裕で乗り越えてトンネル外壁を直撃していそうだ。

なお、手前のコンクリート物体は海蝕洞の入口から約15m、奥のトンネル本体はさらにその数メートル奥にある。



通行を考慮したワケではないと思うが、海面に近い部分には障害物がなく、カヤックは通行可能だ。
しかし入口に比べると、トンネルと交差している部分の横幅は急激に狭まっており、海面の部分で5mくらいだ。
私のカヤックの全長が約3mあるので、5mというのは方向転換に不安を感じる狭さである。
これ以上狭かったら入るのは躊躇うし、最終的に中止した可能性もあるだろう。

また、チェンジ後の画像は船上から見上げた障害物(防波目的の可能性大)の下面だ。
カヤックはとても姿勢が低い乗り物なので通過できるが、もし立った姿勢だったらぶつかる高さである。
そして波が高い状況でも、ここを舟で通り抜けることは不可能になるだろう。

恐る恐る、そろーりそろりと低速で、この最初の障害物の下を潜ると……




キターー!

トンネル本体を潜る部分!

事前に調べても、写真は全く見つからなかった。だから、この実物を見るまで、
どういう構造かを想像することしか出来なかった部分が、遂に明らかになった。
旧国道の穴床前トンネルは、完全なアーチではない角のある疑似アーチで、海蝕洞を跨いでいた。



トンネル? 橋? いやトンネルで良いのか?
とにかくこの海蝕洞を跨ぐ道路構造物は、単線の鉄道トンネルくらいのサイズ感だ。
海面上に出ている部分だけだけど。海面下は自然地形だろうし、深度は不明。相当に深そうだが。
そして、海蝕洞とは直角ではなく斜めに交差しているのが、こうして下から見上げるとよく分かる。

構造物の前後方向の奥行きは目測7〜8mほどで、内部に幅約6mのトンネルが収まっている。
先に内部を探索済だから怖さはないが、もしここをトンネルが封鎖されていた当時に訪れていたら、
もっと遙かに気持ち悪かっただろう。当時は得体の知れない空洞に満たされた“石棺”だったわけで…。

ほんと、凄い体験をしている…。 道路世界の舞台裏を目の当たりにしている気分。
しかも現役の道ではない、何十年も昔に廃止された道路の舞台裏と来ている。
この探索は、私の道路愛好家としての経験値を新たなレベルに引上げるものだったかも知れぬ。



でも、これで終わったわけではない。

穴床前トンネルを潜った海蝕洞の奥を、確かめたい!

この先は、未知ではあるが、部分的に既知な空間でもあるのだ。

先ほどトンネルの【“窓”】から、不自由しながら見下ろした【闇の海】が、ここだ。




6:28 (入洞から約2分) 《現在地》

旧国道を潜った先の洞奥部へ突入した!

天井を遮る人工物が消え、入口同様の巨大な空洞の存在が頭上に感じられた。
そしてその空洞の広がり、奥行きの方向にもまだまだ続いていそうだった。

しかし、このとき私はなかなか周囲の状況を掴めずに少し焦った。
船底のパンクのため乗船姿勢が低いうえ、船体全体の蛍光色が、
手にしたライトとヘッドライトを強烈に反射させるものだから、私は目くらましをされてしまい、
一番確認したい周囲の海面の状況が、なかなか目視できなかったのである。

まあ、雰囲気的に浅くはないというのは感じられるし、ほとんど海面の変動や
波がないので、目が慣れてくるまで漂っていられる心の余裕はあったが…、
船体の蛍光色がこういう場面で不利に働くことは、考えたことがなかった。


それから船上での姿勢や光の向きを調整しつつ、ゆっくり洞奥へ漕いで行くと……




うおぉー…!

地底に上陸可能な浜辺が!!!

これは、嬉しい! よもや海蝕洞内部に上陸できる場所があるとは!!!

これより艇を接岸、緊急上陸する!




 深闇の浜辺に上陸、洞窟最深部を窮める!



6:30 《現在地》

うおーーー! 上陸しちまったー!!!

海蝕洞内部で陸地に上陸したのは人生の初体験であり、年甲斐もなく興奮してしまった。

水没した洞窟の奥に舟で行き、上陸してさらに奥地を目指すなんて、まるでゲームの世界だ。

本当にゲームだったら、この先にはきっと苦労に見合うだけの素晴らしいお宝が待ち受けているに違いない。




だがちょっと待て!

さらなる深部へ歩みを進める前に、忘れてはいけない。 振り返ること!

そこには、ある!



世にも奇絶なる海蝕洞内道路トンネルが、私を見送ってくれる姿が!


そこにはあの“窓”も、ホラー映画の中でしか許されないような禍々しさで、口を開けていた。

目測だが、現在地である地底の浜辺は、海蝕洞の入口からおおよそ50mの位置にある。
穴床前トンネルがあるのは、この長さの中間付近といえるだろう。そして、陸地化した海蝕洞は、
ここからさらに奥へ伸びているのだから、確かにここは国内有数規模の海蝕洞なのかもしれない。




“窓”部分の拡大画像。

窓からはどこにも出入り出来ないとトンネル側で書いたが、それが本当だと分かるだろう?
なぜここに窓を残したのかは正直分からない。あくまでも窓だから管理用の通路でもないし、
別に必要性が有ったとは思えないのだが、やはりこの特異な構造の名残を何か一つ残したいと、
道路管理者がそんなことを思ったゆえの遊び心……だったりしたのだろうか?

よく観察すると、今ある窓の隣にも、同じ大きさの窓が埋め殺されていそうな痕がある。
最初はこんな窓をいくつも並べて、ライトアップもして、世に稀なトンネル内海蝕洞の風景を
道路利用者(歩行者)にプレゼントするつもりがあった……、なんて夢のある想像をしてみた。

また将来的に再び穴床前トンネルが封印されたとしても、おそらくこの“窓”は閉じないだろう。
だから、ここから出入りする技さえ持っていれば、いつまでも侵入することが出来るだろう。
そこまでして侵入したくなるトンネルであるかどうかは、後生のオブローダーの判断に任せたい。




さて、私は最後の仕事を始めることにする。

まずはカヤックを慎重に浜へ引き上げた。引きずってパンクさせたらコトである。
かといって引き上げの手を抜いて、離れている間に舟を海に盗られたら私は死ぬ。
その死に様は考える限りの最悪中の最悪、最も苦しみ長引く死になるだろう。
引上げてから、そこにハンドライトを点灯させたまま乗せて、帰還時の目印とした。
なお、現地は干満差が少ないことを知っているのでこの程度の引き上げで大丈夫だが、瀬戸内海みたいに干満差が大きい地域だとこれは死ぬぞ。

チェンジ後の画像は少し離れて撮影したのだが、こういう写真が撮れるほどに
地底の浜辺が広いことに驚愕する。おそらく洞内で最も広いのが、
入口から50m付近にあるこの“大ホール”と呼べる空間だと思う。

“大ホール”を境にして、それより奥は陸であるが、同時に――



急激に狭まっていくのだった…。

周りの壁には鍾乳洞のような二次生成物はなく、あくまでも地下にあるだけの多分普通の海蝕された崖面だ。
ただ、同時に左右の壁に手が届きそうな幅と違って、ヘッドライトが届かないほど高い天井には、
飛び交うコウモリの気配が濃密に感じられた。姿も時折見えたが、あまり近寄ってこないのは、
そんなことをしなくても飛び回れるだけの空洞が上空にあるからなのだろう。
また、荒天の度に地面の石浜はことごとく洗われるらしく、グアノの堆積は皆無だった。

この分だと、奥行きはもうさほどはないと思う。

情報提供者に【教えられた内容】“この海蝕洞は、新狩場トンネル掘削時にも確認され、工事が一時止まった経緯があります。”が、目に見える形で判断できれば良いのだが……。



コウモリが飛び交う高い天井。

本当に高い! 結構強力な光量を持つヘッドライトが十分に届かない。

完全に天然の力で生成された洞窟だろうが、海蝕洞が洞奥の天井をこんなに削るとも思えないので、
もともと脆い部分で、地中に巨大な亀裂が隠されていた場所だったのかもしれない。
まあ、私の推測などなんの役にも立たない。道路以外のことは基本無知だ。

ただただ、驚愕することしかできない無能でもここにいるのは、
再び、道路と邂逅している事を示唆された洞奥を、この目で見届けたいからだ。




あ。

人工的な壁!

マジで、本当だった!



6:34 《現在地》

海蝕洞の最も奥……、入口からおそらく75mくらいの地点であると思うが、

急激に低くなってきた天井がゴロタの石浜に接触し、空洞を尽き果てさせようとする刹那に、

確実に人工物である、無骨ながらもどこか見慣れた親しみのある壁面で、鎖(とざ)されていた。

何も地図を知らなければ、なぜ天然の海蝕洞の深奥に人工の石壁があるのか不思議だろうが、

これが、現国道229号である狩場トンネルの地中の外壁を唯一見ることが出来る地点であると、

私は貴重な事前情報のおかげですぐさま理解出来た。

オブ世界の一つの極致である。




狩場トンネルの工事が、この海蝕洞との遭遇によって、一度止った。

この匿名の工事関係者による情報が真実であれば、このことは想定外だったということになるだろう。
2000年代の始めにこの地中を掘っていた工事者にとって、昭和51(1976)年に開通している穴床前トンネルの
工事中に、ここで海蝕洞を跨ぐという奇絶の大仕事をしていたことは、あまり重視されていなかったのだろうか。

かつてとは比べものにならないほど周到な現代の工事であるだけに、単純に予期していなかったとは、
なかなか考えにくい気はするのであるが、とはいえ数十年で海蝕洞がより奥まで進んでいた可能性もあるし、
現代技術を持ってしても想定し得ない出来事がトンネル掘削中に起るのは、各地の工事記録が物語っている。

しかしともかく、狩場トンネルは我々の前には一切の疵を見せずに誕生したのである。
おそらく今いる壁の裏側のトンネル内は、この辺だと思うが、何の疵もないであろう。
遊びで横穴を残すような、万が一にも事故の原因になりそうな愚かで無意味なことは、当然しなかった。

この鉄仮面め……。



さあ、 長居は無用だ。

帰るぞ! 私の在るべき世界に!




帰りは、写真を撮る代わりに、地底の浜に着くまで動画を回した。

しっかり、洞内を見納めてくれ……。

見納めたら、そのまま出航するぞ。乗り遅れたヤツはここ暮らしだからな。




6:38 地底の浜より出航!

足元の暗さと興奮のあまり、舟の前後を逆転させたまま出航している(ヒデェw)が、まあ漕げるので問題なし。

動画に撮ったのは、道路を潜って外へ出る一連の部分だ。スケール感が分かると思う。




6:46

無事地上……ではなく、海上へ。

外へ出るとかなり強く雨が降っていた。濡れるのは今さらだが、海上で雨に降られたのは初体験で新鮮だった。
幸い、真上から降る静かな雨で、荒れた感じは全くない。西の空は既に明るく、予報通り、短時間の通り雨だった。



おそらく、オブローダーほどこれを珍重して喜ぶ人はあるまいという、
やや特殊性癖じみた秘密を隠した海蝕洞に、振り返って最後の別れを告げる。
2本の道路トンネルと接続した海蝕洞は、多分日本中でもここだけだろう。 たぶん…。


このまま帰航する。




7:13 出航地点へ帰還。しかし最後にまたトラブルを起こしてしまった。

上陸時、昆布類が繁茂してヌメリの強い海岸線から舟を引上げる際、長年連れ添ったヘッドライトをロストした。
彼は電池の重みに引きづられてサルガッソー海の藻屑となった。とても発見できるものではないので諦めた。

落胆も束の間、探索終了の気の緩みからか、上陸直後に今度は足元の確認を怠り、
磯場に開いた1m四方の海水で満たされたポットホールに転げ落ちた。
下半身がびしょ濡れになり、すぐ上がったので機材は故障しなかったが、打ち身をした。
難しい場面ではミスをしていないのに、陸上でのこの体たらくは、探索4日目で疲れていたんだろう…。

それから、人なつっこい地元の釣り人から、今日の海が数年に一度の穏やかさであることや、
この昆布の大発生は最近の気温が高すぎるせいであることなどを教えられつつ、
カヤックを片づけて、この場を辞した。それが7:30頃だった。

探索は、いちおうにおいて、無事終了したが、
カヤック本体はこの航海で引退となり(3号機スタンバイ済)、
直前まで未知の洞奥を照らしてくれた相棒のロストも痛かった。




 文献により海蝕洞の名称や規模が判明した!
2023/6/15追記


この探索、きっかけは読者様からの情報提供にあったが、探索の対象となったトンネルと海蝕洞の規模や、それと交差しているトンネルの特殊な構造は、文献としての記録が残されていても不思議ではないと思える、非常に希少性を感じさせるものだった。
さらなる情報の獲得を目指して帰宅後に文献調査を試みたところ、数は多くないが、関連する記述を持つものを2点ばかり発見できたので、ここで紹介したい。


1点目は、以前に雷電岬の探索でも引用したことがある『北海道景勝地概要』だ。
これは昭和9(1934)年に北海道景勝地協会が発行した、未だ十分に開発されていないが将来観光的な有望性を見込まれる道内の景勝地55箇所を報告した記録である。
同書の後志の章に、羊蹄山、ニセコアンヌプリ及び雷電海岸、積丹西海岸などと並んで、狩場山の項が設けられている。

狩場山の項目内では、千走滝や狩場山などと共に、茂津多岬周辺の岩壁海岸の景勝も多数紹介されているが、そこに今回探索した海蝕洞とみられる次のような記述を見つけた。

チブタラケより床前に至る海岸線は数十丈断崖相重なり、峨々として海に面し高く聳える天狗嶽がある。全山トドマツ、ブナノキ、其の他の草木に包まれこの海岸の背景をなして居る。又穴床前と称して海岸に数十畳の洞窟があり、付近には上述せる如き赤岩が点在し、又大小幾多の洞窟、小嶋が相錯雑して、其の風景も亦絶佳である。

『北海道景勝地概要』より

今回、海上から探ったのは上記引用のの範囲であり、穴床前と称する場所に数十畳の広さを持つ洞窟があるほか、大小幾多の洞窟があるという。
確かに今回海上から複数の海蝕洞を目撃しているので、記述と合致している。
内部についての記述はないものの、海蝕洞が沢山ある床前の一角を穴床前と名付けていたようで、これが後にトンネルの名前にも採用されたのであろう。

なお当時の道路状況については、「原歌町より瀬棚郡界の海岸景勝地に至る道路は、準地方費道を栄浜まで延長せられ目下工事中なるも未だ全通に至らず、浜沿いの細道があるのみで車馬の交通は不可能である。栄浜、瀬棚郡界間の海岸景勝地に達するには、栄浜からオコツナイに至る間に開設された林内歩道を行くか、又は磯舟で遊覧するより他はない。」と記載されており、ずっと後の昭和51年までこの海岸を車で通れる道路は存在しなかった。

当時は全くの原始境に近い状態であり、海蝕洞もまた原初の姿を保っていたのである。
そこに初めて手を加えたのが、北海道開発局の地方建設部局である小樽開発建設部の工事関係者たちであった。
発見したもう1点の文献は、彼らの記録であった。


小樽開発建設部が平成元(1989)年に発行した『後志の国道』は900ページを超える大著であり、最近古書店で発見して入手した。
同書は路線ごとに整備史をまとめていて非常に有用な情報に満ちているが、特に難工事箇所が多く距離も長い国道229号の記述は充実していた。
建設中は茂津多道路と称されていた島牧村から茂津多岬(郡境であり支庁境)までの整備についても、個別の項目が設けられているほどだ。

この難所に着工したのは、昭和41(1966)年のことであった。昭和45(1970)年12月28日付、小樽開発部報に当時の寿都道路改良事務所長・高橋潤也が、着工に至るまでの地域の沿革と、茂津多道路改築の進捗状況を詳しく掲げており、転載する。

『後志の国道』より

このような書き出しで、着工5年目で完成の6年前という昭和45年に工事の陣頭指揮にあった所長が記した貴重な工事記録を転載しており、そこに『北海道道路史』を含む他の文献では見つけることが出来なかった穴床前トンネルの特殊な構造に関する記述を、唯一見つけることが出来た。
ちなみに、実際に穴床前トンネルが完成したのは昭和51年であり、この昭和45年の時点では掘削を始める前だったようだ。その計画段階での話である。

原文は3ページ分もある長文だが、ズバリ本編に関係する部分を次に引用しよう。

“茂津多国道開通を目指して”    寿都道路改良事務 所長 高橋潤也

(中略)

オコツナイトンネルを抜けると“ツブダラケ”。アイヌ語でチップダラケ(魚が多く集まる所)
(中略)
タコジリ工区に入ると「メノコゾリ」(娘のいた岩礁)「舟かくし」と名所がありますが特筆出来るものに鹿内の洞があります。岩壁の一部が、ぽっかり空洞になっており、その奥は極めて広く奥行80m、巾15m、最大高さ25mもあり、空洞の中に砂利の浜が出来ております。入口が小さいため内は真暗で極めて珍しい蝙蝠の大群が各所におり、少人数ではとても気味悪くて入れない所です。若し冒険好きの方がおりましたら、小舟を持って一度探検を行うべきです。

『後志の国道』より

これだっ!

この記述によって、あの海蝕洞の名前が、“鹿内の洞”であることが初めて判明したほか、奥行き80m、巾15m、高さ25mという規模も改めて数字で知ることが出来た。
当時の工事関係者は、当然の如くこの穴の存在を注視しており、計測までしていたことがよく分かる。探検もお勧めしてくれてありがとう!笑

そして記述はさらに続く……

工事の計画では穴床前トンネルの通過点なので空洞の中に橋梁を架ける案もありますが非常に不気味な所です。

『後志の国道』より

これはあくまでも工事中に編まれた文書だ。
だから、「案もある」という所で終わっているし、実際にどのような工事が行われたかという記述は、本文にもないので、工事の詳細は依然として不明である。そこはいまある構造物から想像するより手立てがない。

ともあれ、あの特異な構造を考え出した第一線の人物が書いた生の文書を読めたこと、そしてそこから海蝕洞の名前や規模が分かったことは、とても大きな収穫だった。
せっかく判明した「鹿内の洞」というキーワードでもいろいろ検索してみたのだが、今のところ新たな情報には巡り会えていない。
追記は以上である。




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