隧道レポート 金沢市夕日寺町の廃隧道(夕日寺隧道) 第4回

所在地 石川県金沢市
探索日 2018.11.13
公開日 2019.04.12

夕日寺隧道北口を目指して、旧道の峠を越える


2018/11/13 7:26 

戻ってきた、看板の分岐地点へ。

探索開始から1時間が経過。当初の目論見では、そろそろ夕日寺隧道を終了し、御所隧道へという時刻だったが、未だ夕日寺隧道の南口を目撃したのみで、洞内に足を踏み入れることも出来ていない状況だ。
もっとも、廃道探索ではこのように思い通りにならないことは珍しいことではない。これはじっくり腰を据えてヤルしかないと考え直した。もう侮りはない。攻略してやる。

次の目的地は、隧道の北口である。
そこへ行くためには、金腐川と柳橋川の分水嶺を乗り越える必要がある。
これに使えそうなルートは、地理院地図(右図)に破線で描かれている道(赤に着色)があった。そしておそらくこれは、隧道建設以前の旧道だとも考えられた。
この旧道ルートと尾根上で交差する道があって(緑に着色)、三王坂遊歩道と呼ばれている。



看板前の道を左折すると、急坂道が伸びていた。
そして入ってすぐのところに、民有林林道でよく使われている黄色い林道標識が立っていて、「林道夕日寺1号線 幅員3.0m」と書かれていた。

この標識の存在をもって、現在地から三王坂遊歩道へトラバース気味に上っていく地理院地図上の車道は、夕日寺1号線という林道であることが分かった。
注目は、1号線というネーミングだろう。どこかに2号線があることを示唆しているが、先ほどまで探索していた廃道が2号線だったのかどうか……?




そしてこの林道標識前を左折して山手に分け入る踏み跡があった。
これが尾根越えの「旧道」と思われる。踏み跡が鮮明に付いており、かなりの急勾配だが、浅い掘り割り道で、しっかりしている。特に看板などはないものの、夕日寺から遊歩道への近道として、あるいは私と同じように、封鎖された隧道の代替ルートとして利用しようとするする人がいるのだろうか。

一旦はここを登ろうと思ったが、濡れた急坂の土道を自転車で進むのは大変そうだった。そもそも、自転車をこれ以上先へ持っていくべきかを決めかねた。
この決断を先延ばしにしたい心境もあって、私はとりあえず自転車でも楽に進めそうな林道への迂回を試すことにした。



林道夕日寺1号線は、先ほどは見上げた夕日寺観音堂や菅原神社を見下ろす位置を横切った。
すると、これら神社仏閣の裏手辺りの路傍に、横穴がポコポコと開いていた。どの穴も入口が塞がれていて中はのぞけなかったが、ひと一人分くらいの小さなものだ。貯蔵庫かなにかだろうか。


林道は最初のうちだけコンクリート舗装だったが、すぐに未舗装になった。典型的なトラバース路で、とても緩やかで走りやすい。
紅葉が始まっている淑やかな森を疾駆し、テンポ良く尾根へ近づいていった。




7:42 《現在地》

潜り抜けられなかった隧道への鬱憤は、このささやかな峠越えに向けられた。自転車の機動力を活かして緩やかな坂道を力走すると、分岐出発から10分ほどで1.4kmを前進、海抜150mにある分水嶺の峠に辿り着いた。

峠は、見晴らしこそほとんどないが、空が明るく、峠らしい開放感があった。
三差路になっていて、尾根道である三王坂遊歩道が左後方に分岐していた。
ここで林道を捨てて反転、遊歩道へ進路を採った。




遊歩道と書くと当サイトの読者にはあまりウケが良くなさそうだし、私自身もさほど期待しないが、ここは歴史ある道のリバイバルであるだけに、思いのほか癒された。この道の正体は、かつて加賀藩の殿様も通った旧三ノ坂往来だった。

いかにも車両交通以前の道らしく、尾根の縦走路なのだが、その尾根が緩やかなので、軽トラくらいは走れそうに見えた(かすかに轍もあった)。なのでMTBで走るにはうってつけだった。

写真の地点は「大休場(おおやすんば)」と呼ばれている広場で、古碑と解説板(内容はこちらで紹介した)があった。明治初期までここに茶屋があったそうだ。




7:51 《現在地》

さらに遊歩道を西進すると、木のベンチが置かれた「堂屋敷跡」(南北朝期の古寺跡で地名のもととなった夕日寺旧跡地といわれる)があり、さらに進むと小ピーク(海抜170m)の頂上へ。四輪の轍は途切れて急な下り坂になるが、下りきったところが写真の地点だ。
海抜150mにある鞍部で、ここが「旧道」との交差地点だった。
先ほど看板の地点で見送った【旧道】を上れば、ここへ出るのである。

ここに根元からぽっきりと折れた石柱が立っており、どうも石仏だったようで、残った部分に「薩」の一文字が読み取れた。
傍らの立て札に「石頭」という地名が読み仮名付きで書かれていたが、この読みが予想外に難解だった。「石頭」で「いしなづこ」と呼ぶらしい。「なづこ」というのは方言だろうか?



ここまでわざわざ遠回りしてまで自転車を連れてきたのは、この探索が終わったあと、次の探索地である御所地区へ、そのまま尾根沿いの遊歩道を走ろうと思ったせいもあった。
実際にそれをした結果、首尾良く御所隧道のレポート開始地点になった「さくら公園」へ辿り着けたのである。

……という話は、夕日寺隧道の探索とは本来関係がないことで、重要なのはここから。
これから旧道を柳橋川の谷へ向けて下り、地理院地図に描かれている北側坑口へ向かうのである。

チェンジ後の画像は、遊歩道から見る、柳橋川へ下っていく側の旧道入口だ。
微かに刈り払いされた跡があり、道が見分けられた。
私はここに自転車を残し、身軽になって分け入った。




おお! なかなかいい雰囲気だ。

隧道がいつ作られたのか、まだ分からないが、その前日までこの道が活躍していたのだろう。
現代的な要素の全くない素朴な土道で急坂だが、意外にしっかりとした道幅と土工があり、かつての往来が盛んであったことを伺わせた。
鞍部から谷底まで60mほどの高低差があるのだが、この道に任せていればちゃんと谷底へ連れて行ってくれそうだという安心感があった。




下りはじめて5分もすると、目指す谷底が見えて来た。
地理院地図では、この谷底の低地の一面に「荒れ地」の記号が描かれているが、それらは耕地跡と予想していた。

果たして、そこに見えて来たのは、稔りの稲田を思わせる黄金色をした葦の原だった。水田跡と確信した。




8:06 《現在地》

ショートカットしたい気持ちを抑えて蛇行する道形を忠実に辿ったおかげで、首尾良く谷底へ辿り着くことが出来た。周囲の藪は濃く、道形をロストすると面倒だったろうが、微かに刈払いの跡が残っていたのは幸運だった。

この谷底には、地理院地図では実線の「車道」があるが、実際はご覧の通り、完全な廃道であった。もっともこれは予想通りで、もしここに新しい轍があったら逆に驚いただろう。
この地は、夕日寺隧道によってのみ外界の車道と接続していたのだ。
隧道が埋め戻されてしまったいま、柳橋川の谷と支流に沿って、哀れな孤立車道が、ぜんぶで2km近くもある。
地理院地図を始とする全ての地図が、過ちを犯している。隧道と共に、これらの道がいまもあるもののように描き続けている。



そしてかくいう私は、数ある廃道のシチュエーションの中でも、他の車道と隔絶して“孤島化”してしまった廃道が大好物だ。

ここは休耕地という地味な場所だ。盛り上がりに欠けると思われるかも知れないが、私の“大好きシチュエーション”には合致している。
それだけに、ここにかつて車道だった証しといえるコンクリート舗装の路面を見つけたときは、高揚した。

せっかくならば、この車道に相応しい車輌……私の自転車を再度の通行人としてもたらしたかったが、それだけのためにわざわざ自転車を峠に取りに戻ることは出来ず、その乗り心地を想像しながら、舗装を埋め尽くしつつあるセイタカアワダチソウを掻き分け掻き分けて西を目指したのだった。




8:08 《現在地》

かつては美田であったことも想像できる、広々とした柳橋川の谷底だが、ことごとく雑草の原と化していた。
古くは山越えによって耕作され、その後は夕日寺隧道の貫通が大きな利便を与えたはずだが、それでも維持されることはなかったのか。
あるいは、隧道の崩壊や老朽による危険化が、耕作を放棄させたものか。
どちらが先かは分からなかったが、隧道がいまなお地図に描かれ続けていることを考えれば、おそらく先に耕作の衰退があった。

休耕地の対岸に道の続きが見えたが、こちら以上に猛烈なジャングルに覆われていた。



幸い、対岸のジャングル廃道を歩く必要はない。
私が旧道から降り立った地点から、目指す隧道の北口までは、200mほどしか離れておらず、間もなく到達するのである。
前方に見えて来たこの濃いスギ林の奥が、北口がある谷だ。北口まで残り50mを切っているはず。
北口の前で道は二手に分かれていて、一方がこの道、他方が対岸に見える道なのだ。

遠回りの多い探索だったが、ようやく決着を迎えようとしている。
緊張に口の渇きを覚えた。
この北口が現存・開口していなければ、洞内へアクセスする術は永遠に失われてしまう。
南口を掘り起こしたときに感じた“呼吸”のような風が幻ではなかったと、早く確かめたかった。
わざわざ手間とお金をかけて、どこの集落にも面していないこの北口を埋め戻したりはしないよね。

さあ、どうなっている?




スギ林に入ると、舗装された路面を水が流れ始めた。

土石流でもあったのか、大量の岩石が路上に散乱していた。

……不穏である。 この水の出所はどこなんだろう……?

隧道が開口していたとしても、水没の可能性もあるんだよな…。



そして、呆気なく突き当たる。



8:13 《現在地》

・・・・・(無言)

マジでか…。



いや、でも、風が吹き抜けていたんだよ……?


まだどこかにひっそり開口しているのでは――



どん詰まりに出来た濡れ土の山へ、祈るような気持ちで上ってみると……





北口開口を確認。



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