神岡軌道 猪谷〜神岡間 第4回

公開日 2008.7.9
探索日 2008.7.3
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 軌道断 | 絶 

 たのしい穴あき堀割


ここまでに発見したものの総数。
 廃隧道3本。
 落石覆1本。
 現存橋4本。

岩を噛む県境の難場を、連続する隧道や落石覆いで突破した軌道跡は、旧神岡町に属する横山の集落裏手の山際を通過する。
古地図を見る限りここに駅はなかったようだが、横山地区で一旦前進を打ち切り、東猪谷に停めてきたチャリを回収しに戻る予定。
戻らずずっと進んでいけるなら幸せなのだが、この先にはチャリがあった方が効率よく探索できそうな箇所が多いので、取りに戻ることは予め決めていた。






2008/7/3 10:39

最も地形の険しい県境前後は雑草にとっても居心地が良くなかったらしく、さほど藪を気にすることなく進めたのだが、そこから少し先へ進むと、さっそくススキなど荒蕪地に強い雑草が一挙に路盤を埋め尽くした。

そんな中、辛うじて発見できた人工物は背の高いものに限る。
それがこの写真の鉄塔。
コンクリートの丈夫そうな土台に、トラス構造の鉄塔が建っていた。
これと同じものはこの後も何本が発見したが、茂住より先で見ることはなかった。




ススキの向こうに、また何かある。

永冨さん!!


また何かあるよ!!!



コンクリートの頑丈な落石覆いが、また現れた。
この区間で2本目の出現だ。
ポンポンと橋や隧道が現れて、とてもたのすぃ。

なお、出口付近に置かれていたものは、大量の薪だった。
シルエットの段階で機関車ではないかと、また -u- を発音してしまったのは内緒だが、洞床にバラストが無く代わりに土が敷かれている所を見ると、近年までキノコ栽培にでも使われていたのかも知れない。




落石覆いを出ると、国土調査の見出標が落ちていた。
毎度お疲れ様と思うが、かなりの廃道にも彼ら調査員の痕跡はあったりする。
さすがに県境部分には無かったが…。

以後この赤いテープは、夏藪に埋もれながらも点々と現れては、我々を横山へ導いた。




二人で探索するとき、先頭を歩いた方が発見の機会は多いが、疲労も早く溜まる。
私とnagajis氏の場合も、ときおり先頭を交代しながら歩いた。




おっ。

これまで現れなかった感じの堀割だ。
ここまで隧道や橋は期待以上のペースで現れ豊作だったが、廃道風景としてはやはり欠かすことの出来ない一つの華である堀割は、ほとんど現れなかった。
しかもこの堀割には、我々の笑いのツボを破壊するトラップが仕掛けられていた…。

つうか、nagajis氏が面白すぎるんだが…。




堀割の最も深いあたりで、突然nagajis氏が矢印のあたりを指差して笑い出したのである。

私には、別に変わったものがあるようには見えなかった。
ただ、サツマイモ大の岩がいくつか積んであるような感じである。
石垣…というわけでもあるまい。

何がオカシイのだ?




「なんやこれ」

「穴あいとるやないかい」


確かに面白いような、不思議なような…。
堀割の底に小さな穴があって、それを塞ぐように石が積まれていたのである。
そして、石を退かしてみると、穴の下に明るい斜面が見えた。

堀割の底は、オーバーハングした崖の薄ーい部分を貫通してしまったようだ。
もっとも、下に見える斜面もさほど高くなく、そこがまた和みのポイントというか、なんというか…。


冷静になって考えれば理解できない地形ではないのだが、確かに何か面白かった。
小さな岩を詰めて隠そうとしていたのが、他愛もないイタズラを隠そうとする子供の様に思えて、微笑ましかったのかも。

でも、nagajis氏は笑いすぎだから(笑)。
なんだか、完全に笑いのツボにはまったようなのだ。




マント群落にガシガシと通路を掘って進んでゆくnagajis。

マント群落というコトバがまた我々のツボにはまってしまって、また爆笑…。

緊張感のある難所をくぐり抜け、安全な場所へと脱出しつつあることを肌で感じたせいか、我々のテンションの方がおかしくなっていたようだ。


しかし、nagajis氏の動きって、何かに似てるんだよな〜。
見てると和むんだよ。







ネコ科っぽい。




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 横山裏手 


10:56 

横山地区の先まで見晴らせる好眺望地が現れた。

残念ながら山腹を走る軌道跡のラインは見えないが、地図から推測されるルートを落としてみた。
黄色が神岡軌道で、白い破線は国道である。

目の前の杉林の下方、高原川此岸の小さな平地に横山集落はある。
その先で高原川は右へ曲がり視界から消えているが、地図を見るとそこから1kmほどは、県境に次いでの狭窄部となっている。
国道はそこで再び杉山トンネルに入る。
神岡軌道の次駅がある茂住は、その先である。
まだまだ先は長いのである。




杉林が近づくと、軌道跡は造林作業道路として転用されていた。
そして小川を渡る箇所に、枕木上に木道を渡した比較的新しそうな橋が出現。
木橋かと思ったが、即座に下を覗き見たnagajis氏によって、これまたガーダー橋であることが伝えられた。

鉱石輸送を主とする鉱山鉄道の性格上、橋梁はかなりの重量物を支える必要があり、短い橋でも鉄の橋を利用していたようだ。





 覗き過ぎやろ!





軌道の脇に、一風変わった岩山の露頭があった。

手前の白い岩場は人工的な石垣である。
奥の黒っぽい岩場も、nagajis氏には石垣に見えたらしい。
でも、そう見えるのも分かる気がする。




柱状節理の一種か。

確かに石垣そっくりの模様だ。




そして、また木橋… みたいなガーダー橋。
これで現存ガーダー橋の出現は6本目か。
本当に沢山あるな。

橋を渡ってさらに進む。
そろそろ横山集落の裏手を通り過ぎてしまうような気がする。
やはり横山に駅はなかったようである。

しかし、淡々と進むうちに私のテンションが目に見えて下がりはじめた。
置いてきた自転車との距離が増えるにつれ、気持ちが重ーくなってきたのだ。



11:16 《現在地》

東猪谷駅から約2.9kmの地点、横山のチェックポイントだ。
下から九十九折りで一気に登ってきた狭い舗装路が、軌道敷きを呑み込んで小さな広場を作っていた。
これは地形図にも有る道

軌道は広場を突っ切って真っ直ぐ続いているはずだが… さあどうしようか。
この先はチャリを回収したあとに改めて突入するか、突入自体をやめてチャリを取りに戻るか、取りあえず行けるところまでこのまま進んでしまうか…。

どちらにしても、ここまで予想以上の時間が掛かってしまった。これはとても今日中に神岡まで行ける感じじゃなくなってきたぞ。

うーむ…。 そもそもの計画に無理があったか…。




だめだ。

広場の先に続く道は、あんまり気持ち良さそう。

これでは、行かないという選択肢は存在しない。




広場の先に小さな鉄板の橋が架かっていた。

“nagajis eye”によれば、これまた廃ガーダー桁を転用した橋であった。





 横山〜荒田口沢 


広場の先は、自動車の轍が薄く残された極めて穏やかな軌道跡だった。
そして、鉄板の橋をさらにもう一本渡った先、広場から250mほど進んだところで再度の広場。
この広場には何があったのだろう。
意味深だ。

意味深といえば、軌道の行く先もなんか含みを持たせているような…。





また 隧道でた!!


これでもう隧道は4本目だ。

一体、終点までには何本の隧道が現れるのだろう。
もう見当が付かない。

なぜなら、私が今回最大の拠り所としていた昭和22年版の5万分の1地形図に描かれている「猪谷〜神岡町間」の隧道は、わずかに4本。
しかも、これまで現れた隧道はどれも地図に描かれていないものだった。




なんて幸せなんだろう。
未知の土地で、未知の隧道が次々と現れるなんて、オブローダー冥利に尽きる。
しかもこの隧道、すっげー奇麗。
坑口前に一本だけ育った木の太さが、廃止40年という時を物語る。
苔生した石垣や坑門は、さらに長い月日をこの地に過ごしてきたものである。

風景に溶け込んだ隧道って、本当に心が安らぐよね!






 未踏の大橋梁 


この隧道も危なげなく貫通しており、現在も利用されている感じもあった。
全長50mほどである。

そして、出口に近づくと沢の音が聞こえてきた。

地形図を見ると、この先は荒田沢にぶつかるはずである。
しかし、河床との高低差はかなり大きく、沢の上流へとある程度巻いてから渡るものと予想していたのだが…。




うわー!

隧道を出た軌道跡は、そのまま真っ直ぐ谷へと立ち向かって行くではないか!

おいおい。そこはかなり深いんじゃ…。

巨大現存橋梁の出現を予感し、我々は構えた。

来るのか! 巨大現存橋梁!!




 残 念 !

谷に橋は現存せず。

コンクリート製の大きな橋台と、上路トラスを想起させる橋脚が1本残るのみであった。

nagajis氏はしばし橋台に佇み、この失われた巨大橋の姿に思いを馳せていた。
全長40m高さ20mを越える、神通川橋梁に次ぐ大鉄橋があったと想像される。




しかしここに橋がないということは、オブローダーとしての探索成果云々ということ以前に、道を行く者にとって最も根源的な障害の発生を意味していた。

これでは、進めない!!

この谷を這い蹲って登り降りするのは、相当に困難である。
もし成功しても、かなりの時間を要するに違いない。

しかも対岸の猛烈なブッシュ、マント群落に覆われた急斜面に道は微塵も見えず、我々に撤退の2文字を突きつけてきたのである。




この付近には、地下を通る発電水路の放水口があるらしく、橋台脇から河床へ降りるコンクリートの階段が有った。
作業道は河床に下りたあとも、険しいV字谷の上流へさらに続いていたが、この入口にも旧橋の跡を我々は発見した。

もっとも、おそらくは木橋であったろう旧橋は当然のように現存せず、橋台らしき石垣の一部が、辛うじて斜面に引っかかっているような有様だった。(→)

ここも草付きの崖であり上部の崩壊も酷く、渡河は出来ても登ることは難しいと思われた。




この荒田沢にも、隧道と橋をセットにした新線に対し、より地形に素直な旧線が存在していたようである。
そして、旧線の一部が発電水路の管理歩道として使われている。

荒田沢の突破を断念した我々は、横山から国道へ下り、横山トンネルを経由して東猪谷のチャリのもとへ戻った。
これにはたっぷり1時間を要し、チャリに着いたのは正午をまわった12:37。
この時点で、踏破目標24kmに対して実際に終えたのはわずか5kmほど。

計画の練り直しを迫られることとなった…。






そこでまことに口惜しいのだが、午後の探索は茂住から神岡へ向けてはじめることにした。
つまり左図に示した横山〜杉山〜茂住のあいだ約1.8kmは、国道から見上げて“全容を把握”したという事で…お茶を濁したのである。

もちろん、ロックシェッドが連続する国道から軌道の何が見える筈もなく、ここはそっくり「やり残し」となった。


この『stage-3』については、再調査を予定している。
旧地形図には淡々と山腹を行く軌道が描かれているだけだが、探索済区間の地形と比較してもかなり嶮岨な風景が予想され、まず間違いなくここにも隧道やロックシェッド、小さな橋などもあると思う。

完全踏破を期待される読者さんには申し訳無いが、次回は『stage-4』、茂住付近から再開する。





不本意だが、茂住へワープ!!







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