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廃線レポート 早川(野呂川)森林軌道 奥地攻略作戦 第15回

公開日 2025.12.12
探索日 2017.04.14
所在地 山梨県早川町〜南アルプス市

  ※ このレポートは長期連載記事であり、完結までに他のレポートの更新を多く挟む予定ですので、あらかじめご了承ください。


 本日2本目の隧道を発見!! そしてヨッキは幸せになりました。


6:50 《現在地》 

カレイ沢から軌道跡を下流方向へ進むこと約500m、そこには鋭い岩尾根を抜く2連続の隧道が待ち受けていた。
写真は1本目の隧道の下流側坑口を振り返っている。
昨日今日に見た隧道では最も保存状態に恵まれており、全く崩れていないし、なんとレールも敷かれている。

トワイラ〜を読まれている方ならご存知だろうが、この林鉄が南アルプス林道によって上書きされている最上流部にも相当数の隧道がある(私も時間が許せば今日後半に行く予定だが)。同書で発見されている数だけでも、間違いなく山梨県営軌道で最も隧道数が多い路線だと思っていたが、私の探索でさらに数を重ねている状況だ。
昨日は4本(うち1本は完全埋没開口部なし)、6年前の偵察探索でも2本見つけているから、今日の2本を合せて通算8本目である。



同地点から見る進行方向。
目測60mくらい先に、岩尾根の突端を抜く短い隧道が見えている。
貫通しているが、内部が崩れていそうである。

隧道に挟まれた短い明り区間を進むのは、思わず踊り出したくなるほど幸せなひとときだった。
昨日から苦しい場面をいくつ通り抜けてきたか分からないが、今は全力で報われている思いだ。
来て良かった! 本当に!!



6:54

あ〜〜、幸せだーー。

前に隧道、後に隧道。そのうえ情景がまた最高。
まるで等身大の盆栽鉢に迷い込んだかのような苔生した岩と針葉樹の織り成しが、2日間の頑張りを讃えるのような高度感を持った雲巻く谷に向き合っている。
そして私が、その先端に特設された表彰台で一番乗りの祝福を受けている、そんな気分。
状況によっては極めて恐ろしい地形だが、2本の隧道のおかげで、最高に幸せな局面へ昇華していた!



6:54

本日2本目の隧道。
天井が崩れているが、貫通状態にはまだ不安はないレベル。
全長は10mほど。洞床がこんなんだから、敷かれたままであろうレールは全く見えない。

地形図で等高線が密に描かれている場所は、当然に地形が険しいわけだが、そんな際立って険しい場所ほど、隧道やら路盤がちゃんと残っていて歩きやすい傾向にあるというのは、探索者だけが知る経験則かもしれない。険しい場所は、中途半端に緩やかな斜面よりも、道形が残っている傾向が強い。
その理由は単純で、極端に急傾斜な地形の正体は岩盤であり、そこは自然に崩れてなだらかに変化しないだけの堅牢性を自然に持っている。
そういう堅牢な岩場に道を通したら、簡単には消え去らないのである。

まあ、こんな経験則を持っていても、私が林鉄の場所を決めるわけではないので、探索上どうにかなるものでもないのだけれど…。



石門の如き洞内を潜る。
潜りつつ、出口の向こうに現われる風景に祈る。

祈るようになったら人間も終わりという名言?もあるが、基本オブローダーは祈るものである。
祈り続け、その結果として"お出し”されたものを、祈りながら、克服して行くより手立てがない。
このとき、祈ることが何らかの効果を発揮しているかは観測手段がないため不明だが、私は常に祈っている。祈る時間の長さだけで言えば、廃道殉教の旅といっても差し支えがないかも知れない。

さあ、直近の祈りの成果を、お出しして貰おう!



6:55

ヨシ! 悪くはなさそう。 むしろ良い!

まだ進ませてくれるという配慮を感じる。そのうえ、情景も相変わらず最高だ。

いま辿っている区間は、往復することがほぼ確定しているので、通りやすいことの喜びと安堵も2倍である。



ちゃんと忘れず2本目の隧道の振り返りも撮影。

天井の低い小断面の隧道だから、トンネルになっているが、一般的な林鉄くらいの天井の高さを求めるならば、ほぼ間違いなく切り通しになったと思う、土被りのとても小さな隧道だった。
でも、とても絵になるね。



隧道のすぐ先、シンプルにレールが2本出ている場所があった。

なんてことはない、よくある路盤の小欠壊現場であり、もちろん通過も難しくないのだが、直前の隧道との位置関係に、私はまたしても小躍りしたくなるほどの喜びを覚えた。
この小さな2本のレールが、次に掲載する1枚の写真を私に撮らせてくれたのである。
これは、もしも私が自分の墓に持ち込める探索写真を10枚選べと言われたら、きっと選ぶだろうという早川林鉄探索のベストショットになった。(↓)



最高に私好みな景色を、ありがとう!

実はこの景色、今でも私は夢に見ることがある。
そして見る度に、夢の中で夢と気付いてしまう明晰夢を作る存在である。
夢の中で見た瞬間は、マジか、うわ〜〜!私の理想の風景だ〜! って喜ぶんだけど、直後に気付く。
でもこれって早川じゃね? じゃあ夢じゃんってなるんだ(笑)。
そこまで私の深層心理に刻みこまれた風景が、これなのだ。


……もう少しだけ、語ろうかな?

だってさ、まずこのレールがあることが最高なんだけど、その慎ましさがヤバいわけよ。
絵になる隧道があり、路盤があり、そしてレールがある。もうこれで100点じゃん? 
でも、そのレールが普通に敷かれて堂々と開けっぴろげに露出はしていないんだよ。
そこが、昭和20年に廃止されたまま、撤去の手さえ拒んで放置され続け、もはや熟成を超え、記憶を超え、それでもその存在に気付き命を懸けて求め歩いた者の前にだけ姿を見せた、そんな究極的に閉じた軌道跡の"らしさ”と思われて、私は限りなく嬉しくなったのだ。

まだまだ語れるけど、うざくなりそうなんで、ここまでにして先へ。




まだ行かなーーーい!!(←やっぱりうざくなった…)

近景として、私のベストショットを与えたこの場所は、同時に、とんでもない未来志向の遠景をも、プレゼントしてくれた。

ここから樹木越しに見る遠景は、今までのカレイ沢の埒を出て、早川の上流方向を臨むものであった。

それ自体が、探索の進行を感じさせる新性のあるものだったが、よく見ると……



ずっと先の軌道跡が見えたぁ〜!

白いガードレールが見えることからも分かるように、あの辺はもう、トワイラ〜が平成10(1998)年時点で詳細なレポートを発表した、南アルプス林道に転用された区間であるが、それを非転用の下流側区間内から臨むというのが、なんとも意義深い気のする眺めである。
現状は天と地ほどに異なる状況にある両者が、実は一つであったということが感じられる見え方をしている。

だってそっくりじゃないか。崖にへばり付いて、斜面を真一文字に横切るあの感じ。
延々と早川左岸の山腹を定位置にして、流れ込む全ての支流に翻弄され凸凹凸凹と出入りをしながら、少しずつ少しずつ軌道らしい勾配で高度を上げ続ける、そんな無理が全く利かない賽の河原の積み石みたいな道の在り方が、起点から終点まで始終一貫しているってことが感じられる風景だった。
転用区間も間違いなく素性が同じであると分かる風景。

いま見えている先を歩くときには、きっと格別に誇らしい気持ちになれるだろうな。
実現できるように、今日を頑張ろう。
そう思える風景。




地図上で再現すると、このような感じで先が見えているっぽい。

辿り着きたいねぇ……。

まあ、素直に軌道跡だけを通って行ける可能性がゼロであることは既に判明しているので、どこかで一度は“負け”を選ばないと辿り着けない風景なんだがな。

とりあえず、今はまだこの未来志向の風景に背を向けて、昨日のやり残しを回収する仕事が、終わっていない。



6:57

至福のポイントを後に移動を再開した1分後。

明らかに、ヤバそうな場面が……。



こういうのは、ゲームのトロッコステージだけにして貰えませんかぁ……。

もうサービスタイムは終了なの……? 涙



 幸せになったヨッキのその後……


6:59 《現在地》

遂に探索者の幸せを手に入れた私だが、早川に安全はない(真理)。

すぐさま次の刺客が私の元へ放たれてきた。
まるで絵に描いたような路盤の完全欠壊現場である。
向こう岸まで20mくらいだろうが、見事に杜絶している。
もともと橋があったのかも分からない。石垣も橋台も何もない。ただ、欠壊の両側に切断されたレールの断片が露出しているばかりだ。

さあて、どうやって越すか?

……なんて、思考して選択するような体を装っても、実際は選択肢なんてほとんどない。
現在地から動き回る自由度は、ほとんどないのだ。
だから、もう選択は終わっていた。この突端に立った瞬間に、もし「行ける」と思えなければ、それで終わってしまったと思う。
そういう場所。本当にそういう場所の繰り返し。
「祈るしかない」とは、そういうことであった。



行ける。

即断して正面突破を開始する。

頼みの綱は、微かに存在しているケモノたちの踏み跡だ。
他に道が全くない山域だけに、軌道跡というわずかな傾斜の緩みに多くの野生動物が誘引されている気配があった。
その主な利用者はニホンジカだろう。彼らのコロコロとした落し物が至るところにあった。



7:01

シカのように無鉄砲でも軽やかでもない私は慎重な足運びに時間を費やしたが、ともかく欠壊地の底まで下りることに成功し、その下ってきたところを振り返って撮影した。
こんな所まで往復しなければならないので、苦しみも2倍である。正直気が重いが、仕方がない。



7:03

無事突破。
振り返って撮影した写真と、(チェンジ後の画像)進行方向の写真である。

一難去って……ないなこれは。
今の欠壊は、まだ前哨戦でしかなかった気配がある。
この先、皆さまの目にどう映っているかは分からないし、そもそも写真なんかで判断して貰うのはアンフェアだろうが……

ねっとりと、やべぇ

パッと見て分かりやすいド派手な崩壊ではないんだが、ねっとりとしているヤバさ。
端的に言って、平らな場所がどこまで行っても見えない。
どこもかしこも、滑り台みたいな滑らかな急傾斜に見える。滑りやすそうだ……。
連続隧道があった辺りとは雰囲気が違う。いかにも崩れやすいエリアに入ってきた感じがする。



案の定、てこずりつつあるぞこれは……。

進めないことはないんだが、常に傾斜した斜面を歩かされており、しかも凄く硬く締まっていて、体重を掛けても爪先がろくに刺さってくれない。
セメントで固めた斜面に砂利と落葉が適当に乗っている所を、爪先歩きで突破しろと言われたら、たぶん誰もが厭がるだろう。それに近い。
ケモノたちの蹄的なものも、この斜面にはあまり形跡を残せないらしく、頼りない。

そんな斜面が、現時点で見通せる景色の最後まで続いていて、正直、うんざりしてしまった。(往復だしな…)



7:05

これが今回の難所の核心部…。

行けるのは行けるだろうが、もうどんだけ崩れてるんだよっていうな……、呆れる。

そりゃあこんなの3年保たずに廃止されるよなって思う。
この手の崩壊地の数が多過ぎるのだ。
一箇所崩れただけで林鉄としては杜絶されるのに……。
根本的に、早川や野呂川を幅2m足らずの手押し軌道1本で制そうというのが、無理なのだ。
いくら戦中、その場しのぎ的緊急増産の為だったとしても、工事という重大な労働力の投入を行うには、地形の見通しが甘すぎたと言わねばなるまい。こんなのたぶん建設の最中から崩れっぱなしで、全く手に負えなかったと思う。



この崩壊地、写真だと特に、なだらかで与しやすそうに見えるかも知れない。
実際、命を取られるか取られないかだけで難しさを決めるなら、ここはそこまで恐ろしくはないだろう。
だが、長い探索の中にある難所としては、ボディブローのようにぐっと効いてくる痛みがある。

確かにここなら滑り落ちても死なないだろうが、それでどれだけ心に痛手を負うか。
こんな所でコケる経験をしてしまったら、もうこれ以上に難しい、バックアップの全くないところなんて、怖くて一歩も踏み込めなくなるだろう。
それってもう、帰ることさえ難しいのだ。

そういう意味では、ヒヤリハットさえ許されないのに、しかし相手は徹底的に消耗戦に持ち込もうとしてくるといういやらしさ。
ずっと知っていたけど、本当に嫌らしいです早川は。



見てこの必死な足を感じ。

全然足が刺さんないんだもん! 凍ってんのかってくらい硬かった。

それでも落ちたくないから、何度も何度も爪先を蹴り込んで、自分が往復するためのステップを刻んでいった。
(なお、こういう場面では簡易アイゼンが有効であり、現在は採用しているが、この当時は未採用だった)



7:08

突破!

写っているレールとか木とかとサイズを比較して貰うと分かりやすいが、ちょっと滑り落ちても身長の何倍も落ちるというスケール感だ。
ミスは絶対に許されないよ。



7:09

ここで久々(本日1本目)のボイスメモ代わりの動画撮影をしていた。
特別なものが写っているわけではないが、周辺の地形の臨場感を伝えたい。
なお、私が「573地点」云々と言っているのは、適宜GPSを操作して入力しているポイントの通し番号であり、現地の風景と地図との対応を付ける助けにしている。



7:10

ああっ、小さな岩の庇の下が、ありがたい!
ちょっとだけだが、足を平らにしておける安地である。
レールもあるし、死闘で荒みそうになる心が少しだけ癒やされる。

けれども、前方の風景は宜しい感じがしない。
ちょうど先ほどの隧道があったところとよく似た感じの急峻な岩尾根が目前に来ているが、どうも今度は幸せとは縁遠い感じがする。
消耗がきつい。



うん、やっぱり尾根に隧道はないようだが、代わりとなるような切り通しも見えないし、どうなってんだ?

どこもかしこも落葉色の斜面である。
見通しが良いのは助かるのだが(こんなに藪の全くない山も珍しいのでは)、皆さま騙されるな。
落葉の下は、大抵どこもかしこも硬く締まった礫斜面で、これが滑りまくる。
早川に安全はない(重言)。


で、この数秒後、問題の尾根と向き合った。



7:12 《現在地》

…くふっ!

お、思わず笑いが出てしまった。

何だよこれwww おまっww 

このヒョロガリレールだけで、70年以上虚空に架かり続けていたのかよw

橋も枕木も橋台も、ぜんぶな〜〜んにもなくなってるのに、もうこれはレールという名の山に刻まれた呪縛だな。

林業関係のみなさん、レールはちゃんと撤去しないと、70年後こういう姿になって、失笑を買いますよ。

気の毒だと思うなら、ちゃんと撤去してね。 (しなくていいよ!!)