隧道レポート 島々谷のワサビ沢トンネル 第4回

所在地 長野県松本市
探索日 2014.10.28
公開日 2020.09.26

ワサビ沢トンネルの北口に待ち受けていた衝撃の光景まであと15秒!!!


2014/10/28 7:33(入洞12分経過) 《現在地》

もう待ちきれない! 早く外を見せろ!

そんな心の中の叫びをグッと抑え、自分の冷静さを保つ努力をしながら、ワサビ沢トンネルの最後の20mも、自転車に跨がって前進した。
そしてこの最後の部分にも特筆すべき特徴があって、入洞直後に始まった登り坂が終わり、最後に平坦を取り戻していたのである。
これまでの2本のトンネルと同様、屋外には出来るだけ坂道を出したくないというような思惑を感じたが、外にも坂道はあったので、「出入口だけは坂道にしたくない」と言った方が正確かもしれない。
あと、最後だけ舗装も復活していた。

読者諸兄のコメントの中には、トンネル内を坂道にすることで、凍結や洗掘の起こりやすい屋外の坂道を減らそうとしたのではないかというものが見られた。あり得ることだと思う。だが、雪国であってもトンネル内に敢えて勾配を寄せるような坂道の配分は見たことがない。この道独特の設計思想と言っても今のところ言いすぎではないほどの特徴というように感じる。砂防工事と特に関係があるのだろうか。

それともう一点、壁面に驚愕の数字が刻まれていた。
このトンネルの内壁の覆工の厚み、なんと20cmしかないらしい。
25cmでも初めて見たということを入洞直後に書いたが、写真の手前側の内壁は厚み20cmであることが表示されていた。私の知る範囲内での最薄記録更新だ。
工事用道路のトンネルということで、コスト削減のために巻き厚を妥協したのかも知れないが、崩壊したらもちろん意味がないので、十分に地質が良いということだろう。昔は素掘りのトンネルもたくさんあり、それでも百年保つものもあるのだから、20cmだって必要十分だというトンネルは現代にもたくさんありそうだ。



それではいよいよお待ちかね。

地上へ出るぞ!




マジか。

マジですか…。

マジで坑口で行き止まりっぽい!



↑この地理院地図の描き方が、
正確だったということか?!


いや、このトンネルで整備された道が終わっているにしてもだよ、

何かそこから、工事用道路のような、地図に書かれないような道は伸びていると思っていたぞ。

だからこその工事用道路なのだろうと、ここに来るまでに、勝手にそう納得していたのだが……

現実は、私の想像の遙か上(?)を突いてきた。



……でもとりあえず、外は目指すぞ。




本当に私は何を見ているんだろう。

トンネルの外にある“路面”は、ほんの僅かだけだった。
ちょうどトンネル内が舗装されているので、そうでない部分が外だと区別しやすい。
写真からも容易に、外の路面が幾ばくもないことが分かるだろう。

立入禁止と明示されたトンネルではあったが、このような終わり方とは、さすがに驚きだ。
過去の経験に照らしても、このような道路の終点を目撃したことは、ごく僅かだ。(その僅かな
まず間違いなく、これは未成道なのだろう。その末端以外ではさすがに考えにくい終わり方だと思う。

だが、未成道だとしても、ここから先へ道を延ばすのは非常に難しいように思える地形だ。

そもそも、これは砂防ダムの工事用道路と思っていたのだが、
このトンネルがダムの建設に活躍し終えた姿とは、ちょっと思えない。

まさか、砂防ダム自体が未成なのか…?

……そう考えれば、いろいろと現状への辻褄が合う気がする。



通行人?が外へ誤って出ないように、出口には二重の防護柵が存在する。
おそらくは、赤白塗装の車止め(さび始めている)が先に設置されたが、
それだけでは足りないと考えた何者かが、さらに念入りに全方位の柵を設置したようだ。

で、その外側の柵の外は……(チェンジ後の画像)

のような急斜面。

想像を遙かに超え、地形図から受けた印象も超えて、谷はとても深かった。

明らかに、ワサビ沢トンネルが上り続けてしまったせいだった。

まさか、こんな高い所に出てくることになるとは……。




坑口から正面に見る、北沢対岸の様子。

素晴らしい渓谷美の風景だとは思うが、これを見せたくて488mのトンネルを掘り抜いたわけではあるまい。

自然な道路の流れからすれば、トンネルを出たらそのままの橋を架けて谷を横断、対岸へ取り付くのだろうが、

それは間違いなく大変な難工事になるだろう。半端でなく険しい地形だ。




振り返れば、私の自転車は完全に行き場を失ってしまっていた。

地底より這い出してくるようなカーブ&ロングアップのトンネルを抜けて、
漸く地上に辿り着いた先に待ち受けている光景としては、これが私の考え得る限り最凶のもの。
楽しみながらではあったが苦労して辿りついたのも事実で、もう信じがたい裏切りを受けたような気分だ。

もうすぐこの闇に“帰っていく”以外の選択肢は、与えられていないようである。



なお、誰に見せる気があったのか不明だが、
この北口の坑門にも、南口と同じ内容の銘板と扁額が、ちゃんと完備されていた。
これらはやはりトンネルの象徴的なアイテムであって、トンネルまでは完成済みなのだと思う。

ただただ、トンネルの先は1mも道が作られずに終わっているのが現状なのだ。

しかし、地形図にはまだ少し上流にも砂防ダムらしき堰の記号が1箇所あるので、
谷底へ行く道は、やはりどこかにあるはずだが………、
少しだけ柵の外に出て探してみるか。もう少し周りを見てみよう。



なんてことを考えながら、ここからの景色を改めて観察していた私の目に、

見えてはならないもの

が飛び込んで来た。




おわかり、
いただけただろうか?



対岸に、穴がある。

現在地よりは少し低い対岸の斜面中腹に、ぽっかりと口を開けた黒い穴。

その孤高な姿は、(現在では自然地形と断定しているが)永遠に私を退けた“神の穴”を連想させた。

これまた、極めて紛らわしい場所に偶然開口した自然洞穴なのだろうか?

私は、「そうなのだ」と言いたかったが、




支保工の残骸を思わせるものが、穴の口に見えていて……

どうにも私には自然の洞穴とは思えなかった。

これでは、再びあのときと同じ悲喜劇の轍を踏むことになるのかもしれず、
そうなったらあまりにも進歩がないように思えるが……、しかし私の見る目は、
今回も第一印象として、「隧道だろう」という答えを導き出してしまった。



仮にあれが人工の穴だとして、正体はなんだというのだろう?

一番楽しいと思えるのは、この未成道の第4本目のトンネルの先進導坑という説だろう。
しかし如何せん、ワサビ沢トンネルの北口から見た対岸の正面位置からは、ちょっとズレている気がする。

道路だけでなく、砂防ダム自体も未成なのだとしたら、それ関係の穴の可能性の方が高そうだ。
中でも地質調査用の試掘孔というのが一番あり得そうな説。ダム工事現場でこういう穴をよく目にする。
あと、鉱山の坑道跡という説もあり得るだろうが、さすがに開口地点が突拍子なさ過ぎる気も…。

いずれにしても、“謎の穴”の正体を確かめる一番の方法が、中に入ってみることだというのは百も承知。
しかし、この挑戦に勝機はあるか? 無謀は、そろそろ卒業したい年頃だぞ。



目指していた道路の終点で、思いがけない穴を見つけてしまって、さあ大変…!




北沢の谷底にあった、思いがけないモノ……


7:37 《現在地》

私は、対岸に見える“謎の穴”にもの凄く惹かれた。
あんな道などなさそうな崖の中腹に、忽然と姿を見せた正体不明の穴というだけで、私の好奇心をくすぐる十分な魅力があったのだが、それだけではなかった。
位置的に確率は低いと思うものの、もしもあれがこの道路の続きとなるべきトンネルの未成の導坑だったなら、未成道好きとしては絶対に体験したい未曾有レベルの貴重な遺構である。その可能性が完全に否定できない以上、近寄って確かめたいという欲は非常に強烈だったのだ。

では、実際にどうやって近づくかという話をこれからする。

まず最初にすべきことは、谷を底まで下ること。そして次に流れを跨ぐことだ。
そこまで出来てやっと最後の登攀に着手が出来る。
登攀のルートは、私の技量と装備において、穴の直下から最短距離で崖をよじ登るのは絶対に無理だ。
可能性があるとしたら、穴の左側に見える緑鮮やかな針葉樹の樹林帯を登ることだけだろう。
大きな木が生えているということは、それなりの量の土があるということで、土の斜面ならば徒手空拳でも登っていける可能性がある。また、樹木そのものが手掛かり足掛かりとして活用できるはずだ。

しかし、樹林帯の中も相当の急斜面なのは間違いないとみられ、実際は崖だらけなのかもしれない。
そうだったら、多分登れないだろう。
苦労して谷底へ降り、足を濡らして渡っても、最後に登れなければ意味はない。
それは考えただけでも辛さの際立つ敗北になりそうだったが、それでも挑戦をしてみたいと、この時の私は意外に悩むこともなく決した。




結局、このテラス状の道路末端で立ち止まっていた時間は5分ほどで、自転車を路上に残したまま、私は命を擲つ馬鹿者のように柵を乗り越えた。

(なお、後ほどこの行動開始の“拙速”を、大いに悔いることになる…)




柵を乗り越えると、前も右も左も全て北沢へ落ち込む急斜面だった。

写真は右側の斜面だが、ここが一番、マシっぽい。
左と正面の斜面はもっと急なんで、安全に下って行けそうな気がしなかったが、この右側の斜面だけはどうにかなりそう。
…ただ、下の方がどうなっているのかは、まだ全く分からない……。

なお、谷底と現在地の比高は、大雑把な目測で約30m
もとの地形図だと、ワサビ沢トンネル北口はほぼ谷底にあるように描かれていて、比高も10mなさそうなのだが、実際そうではなかった(涙)。(このことについてわざわざ国土地理院に訂正を依頼した人はいないのだろう)



さあ、私はもう道路界の軛(くびき)を離れたぞ!

その事実を強調するようなぶつ切れの坑門風景が背中越しにあった。

今ならまだ簡単に引き返せるが、本格的に下ってしまえば、そうもいかなくなる。
目的としている“謎の穴”への到達は、マストではない。
だが、ここへの帰還はマスト。それだけは肝に銘じて、無理のない範囲で無茶をしよう。




下るにつれて斜面の凹凸がはっきりしてきて、その深い部分はガリーになった。(ガリーとは斜面に刻まれた小規模な谷のことで、雨水によって作られる。雨裂とも)
ガリーは見通しが良く、一見通路然としているが、踏み跡がない場合、ガリー内部を下るのはあまり得策ではない。
そこは周囲より急傾斜であることが多く、またよく磨かれるために手掛かりとなる植物も乏しい。滑落した際のリカバリが困難である。

ガリーの左側の斜面を下ることにする。そこにはパチンコ台の釘のように木々が生えているので、それらを足掛かりにして行こう。




7:44 (トンネル脱出から約5分後)

慎重にガリー左側の斜面を下っていくと、途中で、木の幹から幹へ渡って行く1本の存置ロープ(トラロープ)を発見した。

黒ずんでいてかなり古そうであるが、ここにあるということは、私と同じくトンネルを潜って来た人が残したものだと思う。
工事関係者であれば、このようなもので斜面を上り下りはしないだろう。トンネル完成は平成5年なので、それよりは新しいはず。
とはいえもはや使用には耐えない感じがしたので、私はロープからは勇気だけを貰って、自力で下っていった。

既に谷底までの高度の半分以上、高さにして20mほども下っており、残り15mくらいっぽい。
もう振り返っても坑口は見えない。
そして、幸いにも最後に崖が待っていたということはなく、このまま下り切れそうだ。
とりあえず、第1段階の突破が見えたぞ!

ただ、思っていた以上に北沢の水量が多い気がするぞ。
第2段階に、ちょっとだけ黄色信号かも?




ん?! 何かの構造物が谷底にある!

私が下ってきたガリーよりも少し上流側の谷底に、赤い何かが見えてきた。
もしやと思い少し近づいてみると、コンクリート製の大きな構造物がそこにはあって、その一部が赤く塗られた鉄柱になっていたのだった。

対岸の“謎の穴”の衝撃もあって少し忘れそうになっていたが、そういえば、この辺りに北沢の最上流の砂防ダムがあるはずだ。地形図にも堰の記号が描かれている。
それは、ここに至る過程で、「島々谷第6号砂防ダム」と推定された構造物であり、トンネルを掘った目的と目されていたものだ。

……なんだけど、いま見えているものの形は、砂防ダムではないような気が……。




7:46 (トンネル脱出から7分後) 《現在地》

これは一体なんでしょう…?

分厚いコンクリートの壁で作られた、コの字型の構造物。

川側に開いていて、その開いた部分に鉄柱の柵がある。


…………(考え中)…………


これは、取水施設 っぽい。

水路の入口なんじゃないだろうか?

とりあえず、砂防ダムそのものでは明らかにない!




やっぱりそうだ! 水路トンネルの入口だ!

また、トンネル(穴)を、見つけてしまった私…。

足元には斜坑のように傾斜しながら地中に潜っていくトンネルがあり、
その高さと、得体の知れない不気味さの両面から、ちょっとだけ足がすくんだ。

しかしこれ、使われている(た?)構造物なんだろうか?
とりあえず、現状では全く水が流れ込んでいないのだが…。



7:46 (トンネル脱出から7分後) 《現在地》

とりあえず、谷底に降り立つことには成功した。
周囲の様子をレポートしたいのだが、またも見つけてしまった“新たな穴”が気になって仕方がないので、先にこちらをチェックしたい。

水は流れ込んでいないものの、構造物としては完全に取水口に見える。
コンクリートで頑丈に作られているが、いつ、誰が、なんの目的で作ったものなのか。
ワサビ沢トンネル北口終点のすぐ上流に存在していることから、道路と深い関係がありそうな気がするが、だとするとこれも砂防関係の構造物なのか。

鉄のゲージをすり抜けて、穴を覗いてみようとしたのだが……。




「SD」?!

 「すべり台」!!?

突然の脱力感全開のネーミングセンスに、卒倒しそうになった。
誰だこんな落書きをしたのは?! わざわざこんな所まで白いスプレーを持ってきて。
「すべり台」を「SD」と略するセンスも含めて、ちょっと異次元だ。

それにそもそもの話…… ↓↓↓




こんな気色の悪い「すべり台」があって堪るかよ!(笑)

信じがたいことに、この穴にも先ほど見たものと同じ古び方のトラロープがぶら下がっていて、

おそらく同じ何者かが、この穴に潜ったようである。 (ちゃんと戻ってきてるんだろうな……)

いかにも滑りやすそうな、すべり台……。
どこへ通じているかは、こちらも気になるが、
存置ロープに頼って降りて、万が一その途中で切れて
戻ってこられなくなったら嫌なので、止めておこう。
下に深い水が溜まっていたりしたら、悲劇中の悲劇である。




“すべり台”の前に立って眺めた、谷底の風景。下流方向。

見ての通り、視界の中に人工物は何一つ見当たらない。

左に目を転じれば前述の“すべり台”が口を開けているのだが、それだけが谷底にある人工物だ。
なぜか、地形図にははっきり描かれている「堰」も実在していないようだ。不思議なことに、それが描かれている辺りを見ても、残骸さえ見当たらない。

これではまるで、“すべり台”を作ることが、ワサビ沢トンネル建設の目的だったかのようだ。
ただそれだけのために、こんな大工事を……?

……いや、おそらくそうではないはず。

私には、この“すべり台”の穴の正体に、心当たりがある。
これはおそらく、仮排水路だと思う。

仮排水路とは、ダムを作るときに一時的に川の水を逃がすために作られる、仮の水路トンネルである。
発電用などの大きなダムはもちろん、砂防ダムであっても常時水が流れている沢を堰き止めて工事をするなら必要になる。

おそらく、この写真に書き加えたような感じで大きな砂防ダム(おそらく「島々谷第6号砂防ダム」)を建設する計画があり、その準備工事としてワサビ沢トンネルを含む工事用道路の整備や、仮排水路トンネルを建設したのだろう。
だが、何らかの事情によって工事は中止されたか、長期間中断しているのだと思う。
それが現状なのではないか。




私の想像を地図上に描いてみたのが左図(チェンジ後)だ。

“すべり台”の正体は仮排水路トンネルで、どこへ抜けているかは想像するよりないが、とにかくダムの建設予定地よりも下流のどこかへ通じているはずだ。
そしてダムの建設予定地も、普通に考えれば、ワサビ沢トンネルが工事用のアプローチルートだろうから、その北口付近(北口の真ん前とか?)になると思う。

つまり、上の写真で描いた想像図の位置ということ。

いよいよもって、未成の正体が見えてきた気がする。
未成道が主役なのではなく、未成の砂防ダムこそが全ての元凶だという説が、濃厚になってきた。
(そしてこれは当たっていた。詳しくは最後の机上調査で)





谷底への下降が、ワサビ沢トンネルの素性に繋がる思いがけない発見へと結びついた。

これはラッキーな出来事だった。 しかし、もちろん忘れたわけではない。

ここへ降りてきた目的。

対岸の“謎の穴”への挑戦。


この崖のどこかに口を開ける小さき穴を、探し出すのだ……。




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