http://yamaiga.com/road/momonoki2/ の公開中コメント一覧

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コメント
55,6902024-12-25 08:37:52/road/momonoki2/main9.html10
「現代の日本の世界に誇るべき交通網を、お供えして見せてあげたい相手が、私にはたくさんいる」
最後の一行が痺れますね.
ヨッキさん有難う.
55,6892024-12-25 00:58:23/road/momonoki2/main9.html10
お疲れ様でした。ヨッキれんさんの集大成的なレポートだと思います。ここ最近のレポートの中で一番ワクワクさせて貰いました。
あと、レポート最後の車窓の写真に車内の様子が映り込んでいますが、今はなき東武の快速列車ですね。登山目的でよく乗っていました、懐かしいです。15年以上の時の流れをこんなところで感じてしまいました。
55,6882024-12-25 00:30:22/road/momonoki2/main9.html10
大団円でございますな。

ところで、「第3回」の終盤の追記
https://yamaiga.com/road/momonoki2/main3.html#tuiki_1
で予告していた
「最近見ることができるようになった、次回紹介する“ある資料”」って、
「第4回」のどこの事なんでしょうか?
55,6872024-12-24 17:31:03/road/momonoki2/main8.html10
脱出が心配になるレベルの疲労・・
55,6832024-12-23 20:50:48/road/momonoki2/main8.html10
いやぁ、あの飯場で寝たら、三島への怨嗟を抱えた怨霊たちに「お前たちは死し、道も死したが、三島の志が本邦発展の先駆となったのだ」と説き続けて朝を迎えそうですな。それはそれでよし。
55,6822024-12-23 17:24:56/road/momonoki2/main8.html10
あくまで地形(等高線)に従順なクネクネ道。横から伸びてくる尾根があれば突端まで付き合い、登ってくる脇沢があれば同じ高さに来るまで待ってひょいと越える…。
トンネルや橋梁が贅沢に奢られた現代の山道が抱える“三日月状のプチ廃道”が全て本筋であった原初の風景を見る思いです。
…あぁ、道の先行きがすぐそこに見えてるのにめんどくせぇ!(笑)
55,6812024-12-23 14:25:42/road/momonoki2/main8.html10
みしまぁぁaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!
55,6802024-12-23 12:54:38/road/momonoki2/main8.html10
「桃の木峠、再着」
•••と思ったら、現在地はまだ若見薙の手前じゃないですかw

55,6792024-12-23 12:37:38/road/momonoki2/main8.html10
いまさらですが、沢の水にはお気おつけくださいませ。
例えば日本脳炎は絶滅したと言われてますが、わずかでも生き残っている可能性が無いわけではないので。
55,6762024-12-22 12:39:20/road/momonoki2/main7.html10
おいおいこの状況で寄り道とか大丈夫か…と思ったら
これは二重の意味でありがたい収穫でしたね。
工事中の重要施設跡であった上に、シームレスに本道に戻れたとは。

これがどこへとも知れない山中にひたすら分け入っていく道だったら、どんな選択を取っていたやら。
いやさすがに、これは宣言通り3分で戻りますよね? よね…?
55,6752024-12-22 11:00:14/road/momonoki2/main7.html10
やっぱり、『日本の廃道』時代のレポは良いですね。
毎月、「凄い」!と思いつつ熱心に読んでいたのを思い出します。
最近のレポートがダメという意味ではないですよ。
55,6732024-12-21 16:16:38/road/momonoki2/main7.html10
スパルタフサ、発疹ダニ!

長野県トヤ。
55,6722024-12-21 12:14:44/road/momonoki2/main7.html10
最近ちょうど300(スリーハンドレット)を改めて観たばかりなので、「スパルタ」のワードで脳筋モードになって困る(笑)。
スパルタ人ならばこの局面を乗り越えられる!・・・なんつって。
まあ、結局全滅するんだけども。
55,6652024-12-15 16:17:50/road/momonoki2/main6.html10
野岩羽線ルート絡みの探索を拝見するといつも、野岩羽線が鉄道敷設法に規定されたとおり、茨城県古河駅と山形県米沢駅を結ぶルートでフルに国鉄線として開業していたら…という妄想にかられます。
戦前に開業していたら、当時単線非電化の東北本線を大いに助けたでしょうし、戦後に鉄建公団新線として野岩鉄道の如き高規格で開業していたら、狭軌200km/hの高速運転で史実の山形新幹線に取って代わっていた可能性すらあるでしょう(実際、国鉄は末期に狭軌新幹線の検討を行っていました)。
でも時期が時期だとまさに阿武隈急行のような運命を辿っていた可能性もあり。

近隣の台湾や韓国や中国では今も鉄道への積極投資が続いている中、なんとも言えない気持ちになります
55,6602024-12-15 00:47:21/road/momonoki2/main6.html10
そういえばズボンが破けてるんでしたよね、マダニが侵入してないか不安です。
55,6552024-12-12 15:52:43/road/momonoki2/main6.html10
みしまーーーー!!
今年の秋に萬世大路で叫んできました。
単調な展開からの石垣はさぞかし心が震えたことでしょう。
峠までの到達が楽しみです。
55,6512024-12-11 17:44:36/road/momonoki2/main6.html10
マダニ地獄を乗り越えて終盤での素晴らしい発見!最後まで雷雨にあわず無事帰還されますよう!!
55,6502024-12-11 17:23:05/road/momonoki2/main6.html10
素晴らしい石垣
55,6482024-12-10 23:50:29/road/momonoki2/main6.html10
お疲れ様でした
マダニ激甚地に突っ込んでいく姿に感服しました。
55,6472024-12-10 22:01:26/road/momonoki2/main6.html10
みしまーーー!!!
石垣回廊美しすぎます!
55,6462024-12-10 19:31:17/road/momonoki2/main6.html10
栃木県塩谷郡上塩原村新道の内字若宮の図 [11-9]
この付近の番号が逆順じゃないか疑惑の通りだとして、
谷に沿って道がカーブしているんじゃなくて、
谷の最奥で渡っている、今回の石垣回廊だったりして。
55,6452024-12-10 15:49:55/road/momonoki2/main6.html10
すごい発見だ!
「現地にあったものだけで造られた道は、異形であっても異物ではない。廃道になってもそれは変わらない。
萎れたつぼみが自然と実を結ぶように、この地の景色に根付いて見えた。」
ここの表現好き。
55,6422024-12-09 23:06:16/road/momonoki2/main6.html10
カケスの羽かな。
55,6402024-12-09 15:54:38/road/momonoki2/main6.html10
カケスの瑠璃色の羽根は珍しい。体のわずかな部分にしか生えていない。
55,6372024-12-09 11:07:55/road/momonoki2/main6.html10
マダニまじこわい!
もちろん現在もお元気に活動されているので致命的なことはなかったと分かってはいるのですが、こわいものはこわい。
そしてこわいけど、どんどん続き読みたくなる魅力あるレポートです。
55,6362024-12-09 07:06:07/road/momonoki2/main6.html10
それにしても、なんで善知鳥(ウトウ)沢なんでしょうね。
北国の(宮城県が繁殖地の南限)海辺に住む鳥の名が
栃木の山奥の峠へ向かう谷に付けられた経緯とは… 
長野県にもこの鳥の名前のついた峠があるそうですが、
どうにもお辛い伝承が纏わる名のようなので、
何かしら『悲しい過去』でもあるんでしょうか。
55,6262024-12-05 14:48:38/road/momonoki2/main4.html10
いつも面白いレポをありがとうございます。隣の会津地方在住の者です。
「三島」と聞けばピクッと反応してしまうのは会津人の性でしょうか(笑)。
栃木県のこの地域には、道に関する「呪い」の様なモノを勘ぐってしまうような不遇の道路ばかりがある様に思ってしまいます。
例えば、今回のレポの塩原新道 桃の木峠や塩那道路(廃道)、大塩沢林道(廃道)や旧深山隧道(廃道)とその旧迂回路(廃道)、栃木県道369号黒磯田島線(通年通行止)など、いずれも手強い道が揃っていますよね。
塩原新道は栃木県令、塩那道路は栃木県知事と奇妙な符合を感じます。
まあ、三島県令の場合は(手法は強引ですが)周辺地域の永続的な繁栄を視野に入れていたと思うので同じく語るのは適当でないかも知れませんが。
山いがのレポを読む様になって年数が経ちますが、何気なく通る道の歴史まで興味を持てる様になれたのはちょっと嬉しく思っています。
55,6222024-12-03 23:30:44/road/momonoki2/main4.html10
高橋由一氏が描いた絵に紅白の幕を垂らした四阿が出てくるのは、「この道路は整備されていて、通りやすい道ですよ」というアピールをしたかった三島の意向ではないか。現代の私たちは道路建造物をもってしてその道路の快適さを計る癖があるが、それは自動車での走行を前提にした意識であって、徒歩や馬車による通行を当然としていた当時の人にとっては、切り通しや橋は地形が厳しいことを連想させるものでしかなかったと思われる。
55,6212024-12-03 20:55:30/road/momonoki2/main4.html10
五人揃ってッ ゴラカンジャーーーー!!  
いいわね! 行くわよ!  
 ドカーン!!  (仰ぎ見る桃ノ木峠)
55,6202024-12-03 20:50:35/road/momonoki2/main4.html10
次回予告とは、良きかな。

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