奥会津の広大な山中に、ひときわ濃い青色の湖面を湛える沼沢(ぬまざわ)湖は、天然の流出河川を持たない神秘のカルデラ湖だ。
そしてこの湖畔を掠めながら、隣り合う三島町(みしままち)と金山町(かねやままち)の中心部間を結ぶ道が、全長約17.5kmの一般県道237号小栗山宮下線である。
もっとも、三島町と金山町を結ぶルートとしては、この地方の大動脈である国道252号が別にあるため、冬期間は一部区間が閉鎖される本県道は、沼沢湖を訪れる旅行者や、湖畔の沼沢集落住民が利用する、かなりローカルな道にすぎない。
だが、この県道にある唯一のトンネルである沼沢トンネルは、はじめて通る誰もが驚く特徴を持っている。
既にご存知の方は、この段階で「ああ確かに」と、モニタの向こうで頷いていることだろう。
そして、まだ知らなかった人は、このレポートで驚いて貰えると思う。
右図は、最新の地理院地図に描かれている沼沢トンネルの姿である。
この地図を見て、いかにも旧道がありそうだなと思った人はなかなかに鋭いが、今回の本題は旧道ではなく、あくまでも現道の沼沢トンネルだ。
繰り返しになるが、この沼沢トンネルには、初見の誰もがあっと驚くような珍しい特徴がある。
だが、いくらこの地図を穴が空くほど眺めたとしても、地図上の描かれ方だけで、このトンネルの驚きの全てを予期することは不可能である。
また、お馴染みの『平成16年度道路施設現況調書(国土交通省)』に、沼沢トンネルのデータは大略次のように記録されている。
ヌマザワトンネル
昭和53(1978)年度竣工 全長485m、幅4.5m、高さ4m
このデータ(およびここでは省略した原典にある全てのデータ)を見ても、やはり、このトンネルの驚きは予期できないであろう。
別に特別長いわけでも、短いわけでも、狭いわけでも、古いわけでもない、現代の普通のトンネルっぽいデータだと思う。
さてこれはミニレポなので、あまり勿体ぶらず、沼沢トンネルに登場していただこうと思う。
以下の現地レポートは、平成21(2009)年6月27日の“探索サイクリング”で、同県道を三島町宮下から沼沢湖方面へたどった際に、沼沢トンネルと初遭遇したシーンである。
2009/6/27 13:20 《現在地》
ここは県道237号小栗山宮下線を、三島町役場近くにある国道252号の交差点から約3km、只見川の右岸に沿って金山町方向へ進んできた地点だ。
ここに界橋という橋が架かっているが、その名の通り、三島町と金山町の境界である。この先は金山町大字沼沢の区域で、あと1.1kmで問題の沼沢トンネルが現れる。
ここまでの道は基本的に1.5車線で、特別に険しいわけではないが、交通量は少ない。
ただ、序盤はJR只見線の線路と併走するので、休日などは鉄道の写真を撮る人の姿を見ることがある。
しかし今はもう線路は対岸へ渡っており、しばらく沿道に集落もないから、緑濃い右岸にあるのは県道だけという状況だ。
界橋は只見川の水面から60mも高い山腹にあるが、渡って少し進むと下り坂が始まる。
金山町に入ってからは地形もやや険しくなり、法面に高い岩肌が露出している場所があったり、頑丈そうなスノーシェッドが現れたりと、道は変化に富んできた。
下りが続いているので、自転車の私にとっては展開が早く感じられた。間もなく沼沢トンネルに辿り着くだろう。
そもそも、私がこうして自転車を漕ぎ回している目的は、熱い旧道や廃道を探すことであり、それらがありそうな場所を選んで走っている。
沼沢トンネルについても、地図上の描かれ方や昭和53年竣工・全長485mといったデータから、経験上、旧道の存在を確信に近いレベルで期待していた。
そしていまちょうど、ロックシェッドの隙間から、沼沢トンネルの旧道が期待される辺りの只見川岸が見えはじめた。↓↓↓
13:26 《現在地》
沼沢トンネルが地中をショートカットしている辺りの川岸は、周辺に増して厳しい傾斜を持った山脚が、下流の宮下ダムによって堰き止められた湖面へ落ち込んでおり、まさに絵に描いたような交通の難所に見えた。
そして、旧道の存在が期待される一帯には、そのような道ではなく、もっと巨大な人工物が幅をきかせていた。
手元の地形図を見ると確かに、「第2沼沢発電所」という注記のなされた施設から延びる2本の水路トンネルが、あの場所で只見川と合流するように描かれている。
だがそれはもっと小さなものだと思っていただけに、旧道を破壊・寸断していそうな状況に、少なくない落胆と不安を覚えた。
それに、水門の上には地形図に描かれていない道路用(というか施設の通路用)トンネルの坑門も見えており、それがこの施設へアクセスする唯一のルートであるように見えた。
少なくとも私が期待していた旧道が、アクセスルートとして使われている様子はなかった。果たして旧道はあるのだろうか。
13:28 《現在地》
どうやら沼沢トンネル周辺には、ちょっとばかり複雑な展開がありそうだ。
そんな予感を胸に再びブレーキレバーを緩めると、わずか2分後には問題の沼沢トンネルと遭遇した。
トンネルは界橋辺りから続いていた下り坂をそのまま引き継ぐように、内部も下り坂になっているようだ。
センターラインはないが、道幅はこの手前辺りから2車線分用意されている。
この段階では、特別変わったところのない“普通のトンネル”という印象だった。
それだけに、私の注目は早くもトンネルから離れ、“旧道の有無”へと注がれることになった。
旧道は、やはりありそうだ!
それも廃道に違いない!
トンネル脇の“いつものポジション”に、やるの気の感じられない車止めと、「東北電力社有地」と書かれた看板が並べられていた。
どちらも道がないならば、特に必要のないものだろう。
緑は濃いが、奥へ道形が続いているのも感じられる。
さあ! お目当ての廃道探索の始まりだぜぇ!
なお、突入にあたってちょっと悩んだが、自転車は置いていくことにした。
理由は、先ほど望遠したこの先の状況からして、おそらく通り抜けができなさそうだと思ったことと、見えている部分の緑が濃く、さっそく自転車が邪魔になりそうだったからだ。
旧道へ向かおうとしたちょうどそのとき、トンネルの中が急に騒がしくなった。
どうやら反対側の坑口から自動車が進入したようだ。
旧道へ入るには坑口前を横断する必要があるので、安全確認のため、初めてトンネル内をのぞき込んでみたのだが――ちょっと驚いてしまった。
対向車のヘッドライトが見えている位置に注目していただきたいが、このトンネル――
すっげぇ下ってんぞ!!
こんなに急なトンネル内勾配は、久々に見た。
それこそ、前年に体験した新・旧釜トンネル以来ではないだろうか。
急勾配トンネルについては、手作り感のある素掘隧道とかだと結構見るが、このような2車線のちゃんとしたトンネルだと、とても珍しい。
やはり“釜トン”のイメージが強い。
え?
でも、「初見が必ず驚く」って煽っていたほどではなくないかって?
既に“釜トン”知ってれば驚かないだろだ??
ノンノンノン!! (←うぜぇ) このトンネルの真の驚きポイントは、まだ開陳されていない。
この洞内には珍しい急勾配も無関係ではないが、真の驚きポイントは、別にある。
だが、私もそれを坑口から予期することはなく、旧道探索を始めたのだった。
13:28
沼沢トンネル東口前より、旧道と思われる道への進入を開始した。
道幅は案外広く、現道の大半の区間と同じ1.5車線分ありそうだが、コンクリート擁壁やガードレールのような、使われていた時代をある程度特定できるようなアイテムが出てきていないので、なんとも素性が知れない感じだ。
普通に考えれば、昭和53(1978)年に現在の沼沢トンネルが開通するまで使われていた県道(ただし県道小栗山宮下線の認定時期は不明)だと思うが、沼沢トンネルの開通から時間が経過しているせいか、下草や落石の侵入が多いために路面も見えず、轍跡のような使用感も伝わってこない。
う〜ん、私をアンニュイな気分にさせる、素性不明感だ…。
しかし、素性不明ながらも、入口の草むした感じから受けた第一印象よりはだいぶ通行しやすかった。
少なくとも最初の100mほどを進んだ時点ではそう思った。
これならば怖じけず自転車を持ってきた方が良かったかなと、軽く後悔を始めた辺りで、前方に気になる明るさが見えてきた。
そうだった!
私が自転車の持ち込みを躊躇った最大の理由は、【遠望】で見えた水門施設のために、旧道が寸断されている可能性が高いと思ったからだった。
あの明るさは、道が只見川の川縁に出ることを示しているのだろうが(ここまでは支流の小谷に沿っていた)、きっと良くない変化があると思う。
大抵、廃道で見る明るさは、良くない展開の前触れだから…。
う。
まさか、いきなり道がないのか…。
13:42
うわ 出た!
遠望で見た水門施設だ!
巨大な4基の水門(矢印の位置)が、まるで兵器のような物々しさで、静まりかえった只見川(すぐ下流にある宮下ダムのせいで水位が高い)と無言で向き合っていた。
この思わず胸襟を正したくなるような壮大な施設を、陸上から間近に見た人間は、関係者意外あまりいないかも知れない。
そもそも、この施設の存在自体があまり著名ではないのだろう。
これは、山上のカルデラ湖である沼沢湖と、低地を流れる只見川の間に、落差240mほどの地下水路を設置し、落水の威力でタービンを回転させ発電を行う、東北電力が所有する第2沼沢発電所の一部である。
施設の中核をなす発電所本体は、ここから300mほど西の地中に存在しており(地形図(→)でもそのように描いている)、全国でも珍しい地下式発電所である。
なお、流入河川がほとんどない沼沢湖から水を出して落とす一方では、すぐに渇水しそうだが、電力需要が少ない時間に電気によるポンプアップで水を汲み上げ、それ以外の時間に落水して発電するという、いわゆる揚水式発電を行っているため、この施設は単なる排水用ではなく取水用でもある。
だからこそ、水門があるともいえるだろう(排水だけなら自然排水でも可能)。
そして、心配した旧道通行の可否だが――
ぎりっぎりで、どうにかなりそう。
とりあえず、本来の路盤の位置は施設に横取りされて、空中に消散していたが、
削り取られた法面の縁を掠めて、どうにか向こうに見える専用道路の坑門上までは行けそうだ。
おそらくこれは野生動物への配慮でもあるのだろうが、良い具合に犬走り的ステップが残っている。
坑門上部の先がどうなっているか全然分からないので、まだ予断は許さないが、行ってみよう!
施設が無人であるのを良いことに、じっくり高見の見物をしながら、通過する。
基本的に人が通ることは想定していないようで、転落防止柵とかはないし、足下も草むしていて、落石も散乱している。
…でもそれって、ここまで歩いてきた短い旧道と変わらない(笑)。
ただ、狭くなっただけである。
一番狭いところは、人(獣?)1体がぎりぎり通れるくらいしかなかった。
13:44 《現在地》
2分ほどで首尾良く水門施設の上を通過し、その西端付近に位置する専用道路のトンネル坑門上に着いた。
間近に見る坑門は、いかにも業務用らしい無装飾の姿で、扁額もない。
出入りする車はちゃんとあるようで、舗装路面に少なくないタイヤ痕が残っていた。
そしてこのトンネルは、位置的に見て、県道の沼沢トンネルと洞内接続している可能性が極めて高い。
ダム脇のトンネルでは結構洞内分岐を結構見かけるが、それ以外の場所にあるのは珍しい。まあ、発電所関連施設というくくりでは同類になるのだろうが。
ますます、猛烈な下り坂で地中へ落ちていった沼沢トンネルの内部探索が楽しみになってきたぜ(笑)。
少しだけ(少しだよ)、私の心が現道への浮気を強めている中で、
足下の旧道は開発という魔手から脱して、従来の廃然たる道を(無事?)再開させた。
この先は、【遠望】では緑が非常に濃く、道がまったく見えない部分だったが、川岸の険しさは際だっていた。
沼尻トンネル西口まであと200mもないと思うが、通り抜けられるだろうか。旧道探索、再開!
うわーお!
マジ険しい!
木も生えない垂直の絶壁の直下を、道は何ら頭上の守りを持たず平然と(いや無策に)通り過ぎているが、ここだけ草生えが遅れているのは、6月末であるこの探索の直前まで残雪があった証しだろう。また、大量の枯れ草や木っ端が堆積しており、雨天時にここが滝壺化していることも示していた。
この場面の雰囲気は、以前探索した駒啼瀬(こまなかせ)の旧道と、やはりよく似ていると思った。
駒啼瀬は、ここから7kmほど只見川を下った所にある、同じ右岸沿いの廃道だ。
道幅が結構広いことが救いではあるが、ここも現役時代は相当の難所であったに違いない。こんな岩場によく道を通したものだとも思う。目下の水面は15mほど下にあるが、宮下ダム完成(昭和21年)以前はもっと遙かに深かっただろう。せめて、ガードレールくらいあって欲しい所だな…。
本当にこんな岩場の道が、昭和53年まで、自動車も通る県道として使われていたのだろうか。
道幅だけは案外しっかり確保されているので、多分そうなのだとは思うが、
ここを自動車が通っているシーンをイメージするのは、なかなか難しい。
(←)岩場を過ぎると、旧道へ入ってすぐの辺りによく似た、鬱蒼とした樹陰の道が再開した。
路上には太い木が育っていないところからも、やはり3〜40年前までは現役の道だった感じがする。
また、旧道はこれまではほぼ平坦だったが、ここで緩やかな上り坂が始まった。
(→)そしてさらに100mほど進むと、上り坂の先に現県道が見えてきた。
どうやら私が想定していたとおり、沼沢トンネルの西口で合流しているようだが……、ちょっと……まさか……これは……!
13:51
沼沢トンネル、やべぇ。
まだ内部に入っていないけど、初遭遇の私はこの段階で、沼沢トンネルが持つとても珍しい特徴に驚いた。
これはちょっと説明をしないと伝わりづらいかもしれない。
まず驚きの前提として、先に見た沼沢トンネル東口の光景がある。【思い出して】いただきたいが、東口はかなりの急勾配で洞内へ向かって下っていたのである。
そして、今いるのが同じトンネルの西口だが、なんとこちらも洞内へ向かって下り勾配になっているではないか!
つまりは、
↑こういうこと↑
このトンネルの勾配は、両側の坑口よりも洞央部が低い、“突っ込み勾配”なのである。
ここでそのことに気付いて、私は大いに驚いたのだ。
この特徴を持つトンネルの代表格は、青函トンネルや関門トンネルのような海底トンネルであるが、
それ以外の陸底にあるトンネルでは非常に珍しい。なぜ珍しいかといえば、突っ込み勾配のトンネルは、
工事中も完成後も常に洞内へ水が溜まってしまうという宿命的な欠点があるために、滅多に建設されないからだ。
水没を避けるためには、常にポンプを作動させて、機械的に排水をしなければならないので、コストが余計に掛かるのだ。
海底トンネル以外の“突っ込みトンネル”の例としては、真鶴新道の真鶴トンネルや、
JR.横須賀線の横須賀トンネル(いずれも神奈川県)などが著名だ。いずれも機械排水によって維持されている。
また、トンネルではないが、アンダーパスのような地下道の多くも“突っ込み勾配”だ。
そのため、大雨の時に冠水して通行止めになっているのを、よく見るだろう。
次回の「後編」では、
世にも珍しい陸底にある突っ込みトンネル、沼沢トンネルの内部へ!
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