山行が合同調査隊メンバーの3人。
私、くじ氏、細田氏は、夜を徹して数百キロを駆け、朝日と共に福島の地に立った。
目的は二つ。
ひとつ、赤岩地区に眠る奥羽本線の旧線、明治時代の鉄道遺構を巡ること。
もう一つは、万世大路工事用軌道の解明である。
このレポートは、その前者。
探索の初日に行われた、奥羽本線旧線探索の模様をおつたえする。
午前8時、赤岩駅、到着。
早速、探索の火ぶたが切って落とされた!
明治32年(1899) | 奥羽南線 福島米沢間開通。 当地には、赤岩信号所が設置された。 当初、通過線のないZ型スイッチバック構造であった。 |
同38年(1905) | 奥羽南線 北線とつながり、全通する。奥羽本線の誕生。 |
同43年(1910) | 赤岩信号所が、駅に昇格し、赤岩駅の誕生。 |
昭和24年(1949) | 福島米沢間直流電化工事完成。 赤岩を含め、各スイッチバック駅に通過線が新設される。 |
昭和41年(1967) | 福島米沢間交流電化工事完成。複線化工事着工。 避難線隧道竣工。 |
同59年(1984) | 無人駅化。 |
平成2年(1990) | 山形新幹線開業に伴う標準軌化工事が行われる。 スイッチバックは廃止され、駅自体も現在地に200メートルほど移転した。 |
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