神岡軌道 第二次探索 (土編 第3回)

公開日 2009.10.15
探索日 2009. 4.27

  からの脱出


2009/4/27 15:28 

約45°の斜面を慎重に下り、平場に降り立った。

こう書くと簡単なようだが、憎たらしいイバラが密集する二度とは往復したくない斜面だった。
そして、戻るつもりも毛頭無かった。
戻っても、そこには私がかかった後の草臥れた“罠”があるだけなのだ。



この穏やかだが静かではない草むらの5メートル下を、日本の表裏を結ぶ動脈のひとつが通っている。
その脈動は、ときおり私の足へと伝わって来た。

橋が半分落ちていたことも、隧道が塞がれていたことも、迂回路が経たれていたこと(恐らくそこには旧線跡があったと思う)も、全ての原因は足元のこの道にあった。
彼の安全を担保するために、軌道跡は不要となったその身を切り分けて与えたのだ。まるでアンパンマンのように。
今は、この苦境の原因となった好かぬ道を唯一の頼りとしなければならなかった。





んまあ、こうなるワナ

この段差は、どうやっても飛び降りる訳にはいかない。
だが、そう悲観もしていない。
確信はないが、恐らく路面との間を上り下りするための通路が、どこかに潜んでいると思う。
見える範囲にはないから、もっと山際か。
あの左の高い擁壁あたりにありそうだな。


はっ! 見えている。

巨大な石垣が。

もう少し芽吹きが進めば見えなくなる。

それは、前回我々が気付けなかった物。

そして、これから望むべき場所。




こっちだ。

若葉の向こうには、ほとんど垂直に切り立った白い岩盤が見えるが、そこから目線を横へ滑らせていくと、唐突に石垣が現れる。
路盤は見えないが、石垣の上にあるに違いない。
岩盤は、例の塞がれた隧道によって抜けているのだろう。
なるほど、隧道でなくては抜けられなかったのかも知れぬ。

私としては、ここから直接石垣へ向かえれば言うことはなかったが、それは到底無理な相談だった。

面倒でも、一度は下へ降りねばならない。
国道と同じ高さへと。




降りれねーし。


この界隈。

どうやっても、「スンナリ」やらせる気はないらしい…。




見てくれよ、この惨憺たる状況を。

やることなすこと、全部裏目。
そんな卑屈な気分になってくる。

もっとも、今こんな負けムードなのは、前回の橋で「失敗」を痛感しているからだ。
あそこで青くなったせいで、ここにいる自分が随分と情けないものに思えてくる。
そんなマイナスのスパイラルを抜け出せる突破口は思いのほか狭く、或いは、存在さえしないのかも知れないと思い始めていた。



この長さ100mくらいのシェッドを、とぼとぼと戻る。

南側には降りられる場所が無かったが、北側もチェックしなければ。

当然その途中、前回の“敗北地”を下から眺めることとなった。

私の恐怖が、いま証明される。



こんなに高かったんです!


しかし、橋は上から見た以上に立派だったなぁ。

ツタがいいように絡まって、まるで仕掛け花火の定番の「ないあがら」みたいになっているが、それでも高さは十分伝わってくる。

もし国道にシェッドがなければ、時期によっては車窓からこれが見えたのであるが…、

惜しかったねぇ、みなさん。

(↑思い通りにならないからって、つい嫌味なことを読者に言ってしまう駄目なヨッキれんカワユス)

というか、前回これを見つけていたら、それはそれで大変だったかも。
夏場の藪の中で無理に登ろうとしたら…ねぇ。




あーあー…

前回辿ったところが、頭上で淡々と巻き戻されていった。

まあ、それはいい。
辿っただけでは気がつかぬ新しい眺めを得ているのだから、価値はある。

しかし、問題は別の所にあった。

この辺から軌道跡へは戻れないことが、確定してしまったのだ。

この擁壁の鉄壁なること…。
私が下ってきたイバラの斜面の他、軌道跡と行き来できる場所は無いようだ…。





そして、シェッド北詰めへ。


まさか…

降りられる場所はないのか?!




やった!
ハシゴあるッ!

これでようやく一息付けるか?!






その高さにちょっとばかり気圧されはしたが、道はこれしか無い。



車通りが途切れたのを見計らって、スタスタ下った。

近くで見ると、標識ってでかいな!



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 再始動、  そして 発見…!


15:37

こういうのを「首の皮一枚で繋がった」というのか、最後の最後に救いの通路が出現し、私は危険な罠の連鎖から脱することが出来た。

とはいえ、まだ何も進んではいない。
ただ絡みついた糸を振り払っただけである。
新たな場面は、これからだ。

私は粛々と東茂住洞門1を潜り抜け、ほんの数分前に石垣を見上げたりした洞門南口へ移動した。




そして再び見上げると、

今度は、別の物が見えたのである。





それは、どう見たって橋!

しかも

大きい!!!

…だけじゃなく、この橋脚のカタチは…、

トトト、 トレッスルだぞ…。

珍しいぞ……!




オブローダーの特技、ゴキブリプレーを再開。

現在地は、ここだ。 →《現在地》

コンクリートの高い擁壁の裏側には、恐らくそれよりも前からある丸石練積みの擁壁が存在した。
さらにその擁壁の上部にもネットの柵が張り巡らされている。

頭上にある遺構へ最短で辿り着くには、この石垣と柵を越えて、国道敷きからの飛躍を果たさねばならない。




先ほど降下を諦めた隙間の一番奥へ到着した。

そしてすぐさま、私は賭けに勝ったと思った。


この終点からは、上へ出ることが出来そうだった。




このあと間もなくから、画像がしばらく大きめになります。
ダイアルアップ接続の読者さまには、あらかじめお詫びいたします。




土の斜面としては、限界とも思えるほどの急傾斜。

しかし、手がかりがいくらかあるおかげで、這い登ることは可能である。

右手のネットを回り込めば、きっと国道から見えたトレッスル橋が全面に現れるはず。

いま少しも見えないことはむしろ、約束された勝利をより甘美にする、極上の仕掛けのように思われた。






ここから、ちょっとの間うるさくなります。
お許しを。







キタ―――!!!!











キタ―――!!!!
キタ―――!!!!







やってくれるぜ神岡軌道!


国道から見たときにも只ならぬ物を感じはしたが、近寄ってみると、美しすぎて圧倒されて、言葉も出なかった。

「キター」の絶叫は本当に口を突くことがあるのだが、今回は叫びも忘れた。

苦労の全てが報われると思える眺めだった。


橋は、トレッスルに近い寄せ棟型の橋脚を有していた。
そしてこれが本橋最大の特色であるのだが、橋脚同志を結んでいるのが桁だけでなく、中ほどの高さに太い水平材が渡されている。
三角形を構造の基本とするのがトラス橋なら、四角のそれをフィーレンディール橋という。
この橋は、両者の要素を併せ持っている。
スーパーコンピューターでもなければ正確な力学的計算は不可能と見える形式なのに、全ての部材は豪快に剛結合され、一種のラーメン橋となっている。

前の橋も不思議な形ではあったが、本橋もまた奇橋だ。
ただし、神岡軌道にはこの形式の橋が複数あった。
残念ながら私自身はまだ実物を見ていないが、「鉄道廃線跡を歩く 8」によると、「神岡〜浅井田間」にもこの形式の橋の一部が残っているようだ。





遠目にはスレンダーに見えたが、近寄ってみると意外な重厚感と迫力が感じられた。
それは年を経たコンクリートの醸し出す、一種の視覚的エネルギーだった。

前の橋とは違い、この橋は途中で破壊されることもなく完全形で残っていた。
それがまた堪らなく嬉しかった。

こんな巨大な物が道ばたに残っていて、どうして前回気付けなかったのか。
その理由は明白で、夏場は叢樹の影に隠されてしまうのだ。

橋も、

その背後に存在する、石垣も。




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この橋には、別に旧線が存在していた。

円弧状にカーブして橋を迂回する旧線の法面に、羊歯を纏った野積みの石垣が続いていた。
ただし、前に見えた大きな石垣はここではなく、橋の向こう側の新旧線共通の路肩だった。




この橋は下から仰ぐ景色が一番だと分かっていたが、いつまでもここで取り憑かれているわけにはいかないので、もっと眺めて撮影したい気持ちを抑えて旧線路盤へよじ登った。




15:44 《現在地》

15:24にこの隧道の閉塞させられた北口を確認しているから、ちょうど20分かかって50m足らずの隧道1本を迂回したことになる。

かなりの苦戦といわねばならないが、今となってはそんなことはどうでも良いかもしれない。

案の定、この南口もコンクリートで完璧に封鎖されていた。
ここまで厳重に塞がれているからには、内部も空洞ではあるまい。
土砂の充填も行って将来の崩壊による読者←土砂(素で間違えました…)崩れ誘発のリスクを回避したのであろう。
その主眼はもちろん、下にある国道の保全だ。





 渡橋して赤沢へ


先へ行くには別に橋を渡らずとも旧線路盤を容易に迂回し得るのだが、渡れる橋は渡るに決まっている。

そんなわけでさっそく渡る。

全長30mほどの橋を。







桁は十分に幅広で平坦なので、特に怖いと言うことはない。
風もないので尚更だ。

そして、橋の上からの見晴らしはなかなかの物だった。
もう少し芽吹きが進めば、国道と軌道の視線の交換は全く不可能となる。
その事は、私とnagajis氏の身を以て確かめている。




このアングルからの橋の眺めもまた格別と思うが、いかがか。

アングルが良いというか、自然との一体感がいい。

緑色のコンクリートがあるというような景色だ。





まだ興奮冷めやらないが、どうやらインターバルとなるようだ。
橋の南詰めには、こんな色気のない場面が展開していた。
むしろ、この状況で橋が破壊されなかったのを奇跡と喜ぶべきかも知れない。

この軌道跡に設置された防護策の谷側に、遠目にも目立つ白い大きな石垣が存在していたようだが、それを近くで確かめる事をしないまま…




完全にセパレートされてしまって、もう戻るのも面倒だったので、先へ進んだ。

基本的にこの柵がある限り、私の楽しい場面は訪れないだろう。




15:49

微かに見覚えのある場所に出てきた。

前回、nagajisさんと赤沢にかかるガーダー橋の「スティフナー」が見えた見えないと大騒ぎして、笑いながら引き返したのがこの広場ではなかったか。

今さら詮無いことを言うようだが、さっきの“名橋”へは赤沢から軌道跡を3分歩けば済んだのだった。
前回、この広場を見て、この先は(今回の動線から言うと手前)比較的単純な地形だろうと読み違え、特に遺構は無いと判断して引き返したのであったが、実際にはこの小区間(2)のわずか500m内外に、橋2本、隧道1本があった。




15:50

予想通り、すぐに赤沢のミニガーダー橋へと到着した。


次回は、

この「茂住〜土」の区間では最も大きな未踏破区間、

小区間(3)に挑む。