2013/5/2 14:18
小坂(おさか)森林鉄道濁河(にごりご)線上部軌道の探索は、「取水堰」まで進んで来た。
上部軌道の起点以来、崩壊地を除けば一度も途絶えることの無かったレールが、遂にここで消失。
現役の発電施設を前に、私の夢のようなハッピータイムは幕を閉じたらしかった。
そこに多少の落胆はあったが、今はまず行く手を阻む取水堰を乗り越え、生還への安堵を確固たるものにすることが先決だろう。
一区切り、付けようじゃないか。
取水堰と私がずっと呼んでいたこの施設の正体は、小坂川水力発電所というようだ。昭和58(1983)年に開設された比較的に新しい中部電力の無人発電所だった。
私が川に沿って施設の反対側へ回り込むと、そこにはまさに安堵を絵に描いたような、舗装された道路が待ち受けていた。
なお、この施設を穏便な方法で迂回するルートは特に用意されていない。
問題はあるが、どのような形であれ発電所の敷地を跨がなければ、こちら側から軌道跡に行くことは出来ないようである。
このことも、冒頭で探索した索道とあわせ、この軌道跡がほとんど探索されてこなかった神秘性の根源だったのだろう。
発電所の門前に立って、濁河川上流方向を撮影。
言うまでもなく、この鋪装された林道が軌道跡の続きなのであるが、
撤去されたレールが周囲に散乱しているようなことも無く、“軌道跡なにそれおいしいの状態”だった。
そして、現在時刻は14:24。
根尾滝歩道の入口を徒歩で出発した時点から、ちょうど5時間が経過していた。
事前情報によれば、今探索している上部軌道の全長は8.7km。
そして現在地はといえば、起点から6〜6.5km辺りと見られた。
右図の昭和25(1950)年の旧地形図には、取水堰も県道も林道も無く、濁河川の上流へ達しているのはこの軌道だけである。そしてその終点の所には「畑サコ谷」という注記があった(図中の黄色の所)。
この地名が、現在の地形図にも存在している。
現在の地形図の「畑さこ谷」の地点までは、ここから推定2〜2.5kmである。
また旧地形図によれば、この先遠くないところで軌道は濁河川を渡り、左岸へ移動するはずだ。
現在の林道はどこまでも右岸に有るので、左岸へ渡った先には、また先ほどまでのような“手付かず”に近い軌道跡が残っているという期待があった。
ここまでが良すぎただけかもしれないが、期待するなというのは無理な話…。
さあ、再び出発しよう。
この区間、残念ながら軌道跡としては面白味がない。
すっかり舗装された林道になっていたのだから仕方ない。
故に私の興味は早くも濁河川の河中と、その対岸に移りつつあった。
見ての通り、これほど山奥へ分け入ってもなお、川の幅は相当広く、水量も多い。
そして軌道は間もなく、この川を渡って対岸に入る可能性が高いのだ。
そこに想定される橋の規模は必然的に大きなものとなる。
もしも現存していたら……、そんな期待は否が応にも高まった。
発電所から200mほど進んだ所で巨大な落が路上に散乱していた。
ここだけを見れば廃道のような光景だが、前後の道はとても綺麗であり、封鎖もされていない。
おそらく、ごく最近に発生した落石だろう。
岩の下のアスファルトには大きなひびが入っており、その衝撃の大きさを物語っていた。
現役の発電所へ通じる唯一の道だけに、遠からず補修されるはずだが、この石の大きさは恐怖である。
探索中、どこからこんな岩が落ちてこないとも限らないということなのだから。
直撃したら運が無かったと思うしかないだろうが。
14:40 《現在地》
発電所から550mほど林道を歩くと、行く手の道が急に勾配を強めて登っていた。私はすぐさま路肩に近寄り、その下にある濁河川へ目を向けた。
やっぱりそうだ!!
軌道はまさにこの場所、標高1150mで対岸に渡っている!
路肩の土の中からにょきっと突き出した、おおよそ30分ぶりに見る愛しい2本のレールが、雄弁にその事実を語っていた。
またレールに会えたことが、本当に嬉しい!エキサイティング!!
そこに道らしいものは見えないが、とりあえずレールの近くまで転げるように斜面を下った!
橋は落ちていた!
だがそれでも、橋の痕跡は明確すぎるほどに残っていた。
なにより驚かされたのは、敷かれたままのレールが亡き橋の幻影を象るように虚空を渡っていたことだ!
なんという粘り強さと執念深さだろう。レールのパワーが半端ない!
そしてこの発見により、私は再び有頂天になった。
木橋としての本橋の規模は、あの有名な定義の橋に匹敵するものだったと見て良かろう。
それが落ちていたのは残念だが、それを補ってなおも私を喜ばせたのは、再び現れたレールである。
これならば、きっとこの対岸も“レールの楽園”であろうと思う。
この先が、楽しみすぎる。
やったぜ!
橋は3径間の純然たる木橋だったようだ。
河中に立つ2本の橋脚は、コンクリートの基礎の上に木材を立てたもので、林鉄で良く見る造りである。
残念ながら上部構造は完全に落下し、斜面に多くの丸太が転がってはいるのは見えるが、元のカタチはもうよく分からない。
此岸の地中から空中へ伸びるレールは、2本ではなく3本見えた。このうち1本は護輪軌条だろう。おそらく本来は4本のレールが渡っていたのだと思う。
そしてそのうちの1本は、重力に引かれて激しく撓みつつも、まだ締結が保たれた状態で繋がった状態で対岸まで続いているようだ。執念だ!
今日のところは、ここまでにしてやる。
確かに今朝出発した時点では一日で全て終わらせるつもりであった。
だが、気付けばもう午後3時近くになっていた。
軌道の残りも2kmくらいだと思うので、がむしゃらに歩けば日が落ちきるまでの4時間で探索を終えられる可能性はあるが、今回は探索後で、さらに車を停めた地点まで自転車を漕いで戻らねばならない。それを考えれば、現時点でも既にぎりぎりかもしれなかった。
幸い明日も探索を続ける事が出来るので、今晩はゆっくり休んで、明日の朝一から軌道の続きをやることに決めた。
意気揚々と木橋の残骸に別れを告げ、まずは今日を生還するべく、鋪装された林道を歩き出す。
今朝、この林道の出口(=入口)に自転車をデポしておいたので、そこまでは歩かねばならない。距離は案外に長く約3.5kmある。しかも全て上りだ。
軌道跡でなくなった途端、もの凄い勢いで登り始めた林道は、あっという間に谷底から遠ざかった。
木々の薄いところを狙って、対岸の様子を覗き見ようとカメラの望遠を何度か向けたが、成果があったのは、この一枚だけだった。
お分かり頂けるだろうか?
苔っぽい色をした石垣と、その上に真っ直ぐな路盤が見えている。
周辺は大量の倒木が散乱しており、路盤上にレールが敷かれているかどうかは、ちょっと確認出来ない。
だが、少なくとも軌道跡はちゃんと残っているようだ。
これは本当に、明日の探索が楽しみだ。
スポンサーリンク |
ちょっとだけ!ヨッキれんの宣伝。
|
以後この章の終わりまでは初日と2日目の繋ぎであり、軌道跡の探索に関係する成果は特に無いので、簡単に経過を説明しつつ印象的な風景を紹介するに留める。
落ちた橋の地点から50分ほど歩いたところで、林道の行く手に、それまで別の山の陰に隠されて見えなかった巨大な山が現れた。
その姿は、周囲の全てを圧するほどに高く白く見え、この山域の盟主たる風格を宿していた。
濁河川の源流に聳える本邦第14位の高峰、御嶽山(海抜3067m)の姿であった。
探索から約16ヶ月後の平成26(2014)年9月27日に山頂付近で水蒸気爆発を伴う噴火が発生し、多くの犠牲者があったことは、まだ記憶に新しい。
16:00 《現在地》
落ちた橋を出発して1時間20分後、長かった林道歩きに漸く終わりの時が来た。
見覚えのある風景と、見忘れるはずのない愛車の姿が、そこにあった。今朝に車でここを経ってから実に10時間20分ぶりの再開となった。
この場所は、林道と県道が分岐するその名も「追分」、海抜1350mの地点である。
明日もここからスタートする予定なので、このまま明日の朝までここで快適に居られるならそれが良かったのだが、残念ながら寝床も食料も用意はない。
だから今から自転車に乗りかえて、ワルクードが待つ根尾滝駐車場へ帰らねばならない。
既に夕方と言える時間に入ってから始まった、本日はじめての自転車走行は、しばしの退屈な林道歩行の鬱憤を晴らすように爽快だった。
この県道441号は全体に道幅が狭くブラインドカーブも多いため、車で走ると気を遣う嫌な道だと思ったが、自転車にとっては、「御獄パノラマライン」という愛称に相応しい景観を存分に楽しめる、快適な山岳道路と思われた。
この道で圧巻なのは、振り返り見る御嶽山の威容は当然として、路肩から見下ろす濁河川の一大景観にこそあった。
尾根の近くを通る県道と谷底の高低差は400m近くにも達している。
さすがに肉眼ではそれらしい物など何も見えないが、あの谷底には今日の全ての発見と歓びが詰まっていた。
そう思えば、ますます愉快な眺めであった。
追分から4.5kmで今回行程における最高所、海抜1452mの大平展望台に到達した。
写真は同所より眺めた御嶽山と、脚下に広がる怖気のするような大森林地帯。
この巨大火山が作り出した深い山域は、わが国を代表する林産地となり、名だたる数多の林鉄をはべらせた。
その代表は誰もが知る王滝森林鉄道であろうが、この小坂森林鉄道も全国屈指と言える規模を誇っていた。
中でも濁河線上部軌道こそは、最も盟主の懐へ深く迫る果敢なる挑戦者であった。
展望台以降は下り坂となり、劇的にペースアップした。
写真はその途中で振り返って撮影した濁河川の谷だ。
軌道が通じていた谷底と、現在の県道が通る尾根の高さの違いを感じて欲しい。
両者を繋ぐために歩いた林道の長さが、身に染みた。
16:58
追分から約7km、自転車で1時間を費やして、一ノ谷林道の分岐地点に辿り着いた。
左の道が一ノ谷林道である。入口にゲートがあるので一般車両は通行出来ないが、二輪車ならワルニャンが可能。
この道を利用すれば「落合」まで県道の6割ほどの距離(9.5km)で行ける上に、県道にある登り返しが無く一方的に下り続けられるという、お誂え向きの道だ。
…と、目論んだので、進入した。
17:23 《現在地》
このルートセレクトは大正解で、目論み通り気持ちよく下り続ける事が出来た。
面白かったのは、この林道の中間付近の海抜1180m、地図に乗越峠と書かれている地点にあったゲートだ。
左右の写真は同じゲートの表と裏なのだが、書かれている内容が違っている。
この場所が国有林と民有林の境であるが故にこういう表示になったのだろうが、他の同じ条件の場所では見たことがない。
2013/5/2 17:50 《現在地》
車輪かブレーキがぶっ飛ぶんじゃないかと思うほどに下り、下り、下りまくって、あっという間に海抜600mの落合に下った。
今日の行程における最低地点である。
集落に入ったのも、自分以外の人影を見たのも、冷たい炭酸ジュースを口にしたのも、今朝出発してからはじめてだ。
だいぶ夕日の色が濃くなっており、足元から長く伸びた影を見ながら、しみじみと生還を噛みしめた。
今日の旅は、なかなかにか細い綱渡りであったと思う。
その始まりが索道のタイトロープだったというのは、いささか出来すぎの感もあるが、そのお陰でレールの楽園が温存されていたのだろうから、敢えて茶化すまい。
19:18 《現在地》
…なんて、まるで落合で探索が大団円を迎えたような書きぶりだが、実際はそれからまた延々と林道を上る時間が待っていた。
距離にして約8kmを90分かけてトロトロと上り続け、海抜950mの根尾滝駐車場に辿り着いたのは、すっかり日が落ちた後だった。
車に乗り込むと、すぐに寝てしまいたいほど疲れているのを感じたが、腹は減っているし、明日の食い物も買い足さねばならない。
高山市内のコンビニへ向け、誰もいない駐車場をすぐに発車した。
明日の探索開始は、午前6時予定! ハヤクネロ!
お読みいただきありがとうございます。 | |
当サイトは、皆様からの情報提供、資料提供をお待ちしております。 →情報・資料提供窓口 | |
このレポートの最終回ないし最新回の 【トップページに戻る】 |
|