稀に見る長大現存橋梁を攻略した興奮は、なかなか私の体を放そうとしなかった。
だが、まだ先は長い筈である。
私は上気した表情のまま、再び前進を再開した。
歩き出すと、そこには巨大橋直前の景色によく似た、荒々しい岩場の道が続いていた。
崖側にも岩場が切り落とされずに残っており、まるで天然のガードレールだ。
また、深く降り積もった落ち葉のため、足元の路盤は見えない。
【午前8時53分 前進再開】
もふもふーっ!
間髪いれぬ展開とは、まさにこのようなことを言うのだろう。
まだ、あの震えの余韻から完全に脱しておらず、両足に脱力感を感じながら歩いていた私の目の前に、再びガーダー橋が現れた。
巨大橋の突破からは、なんとまだ2分しか経過していない。
その前の一つ目のガーダー橋から数えても、500mほどの範囲内に3つの橋が集中して現存していることになる。
これは、想像を遙かに超えるお宝路線である!
この橋の規模は、連続する3つの橋の中では2番目。
シンプルな直線の橋で、ガーダーの造りは前の橋と同じのようだ。
一つ目の橋だけが、トラス構造を持たないさらにシンプルなIビーム橋だった。(そして、その構造的が渡るのに一番勇気が要ると思う)
とりあえず、前2つの橋で、このタイプの橋には慣れてきたので、問答無用に渡りはじめる私であった。
この橋は、前2つの橋を渡れた人ならば、問題なく渡れると思う。
特に障害物もなく、イレギュラーは起こりにくかろう。
ただし、変わっているのが橋の下の景色で、写真では分かりにくいと思うが、この橋が跨ぐ谷は、橋のほぼ真下で滝となって急激に落ち込んでいるのだ。
故に、橋から万一転落した場合、右に落ちれば骨折(レギュラー)、左に落ちれば逝き(ビッグ)確定となる。
橋を無事に渡り終えて、今度は逆から谷を見下ろす。
こちら側からの方が、片側の谷が極端に深くなっていることが分かり易いだろうか。
なんともアスレチカルな場所に橋が架けられており、橋自体と言うよりも、その立地に興奮してしまう。
さっさと渡り終えて振り返る私。
1つめの橋では私より先に渡って見せたくじ氏の高所恐怖症は、すでに克服されたかと思われたが、なにやら今度の橋では、もじもじするばかりで渡ってこようとしない。
いや、正確には何度か足を踏み出すのだが、1つ、2つめのトラスの辺りで止まったかと思うと、そのまま摺り足でこちらを見たまま引き返してしまう。
おいおい、引き返す方が怖くないか? 後ろ見ないで後に下がってるし。
ともかく、彼にとってはこの橋は1つめの橋とは、かなり恐怖の度合いに違いがあったらしく、結局迂回して来た。
ところで、先日当サイトが行ったアンケートでは、「探索の疑似体験が出来る」事に魅力を感じている読者がことのほか多いようだった。
それでは、こんな体験もいかがだろう。
ムービーでの橋渡り疑似体験だ。
真似はしないようにしていただきたい。
□ダウンロード□ (wmv形式動画ファイル、1.9MB)
トリプルブリッジを攻略し、このルートのこれまでの展開の思いがけない多彩さには嬉しい悲鳴だ。
さらに、TUKA氏の調査によれば、やがては隧道も現れるというのだから、廃道の三色兼備(石垣・橋・隧道)というやつだ!
(注:恥ずかしいから、学校のテストとか、上司との会話ではこの言葉を使わないように。)
しかも、実を言うと……。
まだ知られていない隧道がある可能性を、私とくじ氏は地形図より疑っていた。
そして、
その箇所はもう、遠くない……。
すでに新田川の水面からは30m以上も高い位置に軌道は達しており、次々に現れる際どい断崖を、切り通しと、コンクリートの路肩工でどうにか切り抜けている。
再び大規模な崩壊現場がいつ現れるやもしれず、殆ど人跡未踏に見える軌道跡に、心地よい緊張感が持続する。
距離が長いとどうしても冗長になりやすい徒歩による軌道探索であるが、この道はいまだ飽きを感じさせない。
相変わらず、落ち葉の堆積がもの凄く、特に深い部分では股間まで埋もれた。
これほど深いのにもかかわらず、泥っぽくはなっておらず、雪の上とは全然違う、快適と言っても良い歩き心地。
マリオがボーナスステージで雲の上を歩くときは、こんな踏み心地だっただろうか(?)。
なぜこれほどに堆積しているのだろう。
深く堆積しすぎた落ち葉の底の方はおそらく酸欠気味で、微生物の活動も鈍そうだ。そのために分解がなかなか進まない。そしてここまで溜まってきたのかもしれない。
もしそうだとすれば、やがては人の背丈ほどに堆積する場所が現れるかもしれない。
怖いな。
もし、地形図が正しければ、この先の軌道跡には、深さ30m以上というとんでもない切り通しが存在するはずだ。
地形図には、大きく蛇行する新田川の屈曲をその基部で一気にショートカットする軌道跡の点線が描かれているが、その線は、一気に3本か4本の等高線を串刺しにしているのだ。
だが、そのような非現実的な光景がもし存在するのなら……ぜひ見てみたい。
そして、いよいよその答えを知る時が来た。
眼前には、川の流れとは180度反対方向にカーブし、掘り割りに突き進む道が見えてきた。
このカーブの先には、果たして、高層ビル並みの深さの切り通しがあるのか、それとも、地形図はミスを認め、隧道という常識的な解決方法を見せているのだろうか?
いざ! いざ!いざ!いざ!
穴ぽっこし!
そこには、地形図に載らない隧道が、口を開けていた。
漆黒の口を!
小さな林用軌道車にとっても窮屈だったに違いない小さな坑口は、三方の斜面から集まった落葉や落石に埋め立てられている。
遠くない将来、完全に隠される日が来るだろう。
だが、さしあたっての問題は、この隧道が通り抜けられるのか、どうかである。
切り立った斜面が隧道上部には控えており、この乗り越しは保証できない。
隧道内部を覗き込んだ瞬間、貫通の望みが全くないことを理解した。
これまで軌道に限らずあらゆる隧道で類例を見たことのない、6角形コンクリート断面の隧道は、ガソリン機関車や、丸太を満載したトロッコの断面に合わせたものだろうか。
少しでもコンクリートを厚く巻けば強度が増すと考えての守りと思われるが、その努力も虚し、進むほどに深まる土砂は10mも行かず天井に達していた。
隧道は、完全に塞がっている。
しかも、その天井は内側へと拉げており、分厚いコンクリートが砕けるほどの巨大な地圧が、過去この隧道へと加わったことを示している。
それでも、一縷以下の望みを懸け、土臭い閉塞地点へと潜った。
こんなに短い現存部分であるにも関わらず、地下水が天井から滴っており、この隧道の置かれた地質的な環境が良くなかったことを感じさせる。
坑門の補強によるものと思われるこの特殊な断面も、巨大すぎる地圧の前には無意味だったのだろうか。
我々は、隧道が完全に閉塞していることを確認し、急遽、峰越しによる突破に作戦を切り替えた
巨大な亀裂を頂点に、全体的にやや手前に湾曲してしまった坑門。
崩壊している部分を見る限り、このコンクリートは無筋である。
無筋のコンクリートの場合でも、圧縮力には十分に対抗できるが、引っ張りや捻りの力には非常に脆い。(これをある程度克服したのが、鉄筋コンクリートである)
この分厚い坑門の変形の様子からは、坑門全体が内部から手前へと押し出された事を想像させる。
おそらくこれは、隧道の最期において刻まれた傷跡だろう。
【午前9時07分 未知の隧道に遭遇するも、閉塞を確認。 現在位置】
そして、これが塞がった隧道の直上。
まるで、もう一つ隧道でも隠れていそうな不自然な窪地が目を引くが、まさにこれぞ、隧道落盤の紛れない痕跡である。
これだけ巨大な陥没が起きるほど、大規模に隧道は閉塞しているのだ。
もとより、さして長い隧道ではなかったはずで、この地中に残存空洞が残っているとしても、それはかなり短いだろう。
……それは願っても永遠に到達できない場所ゆえ、想像するだけ無駄だが。
地形図の等高線は正しいようで、たしかに3,40mは、道無き急な斜面を、這うように登らされた。
急ではあるが、木々が多いので、手掛かり足掛かりには不足しない。
青空目指しぐいぐいと登るのは、閉塞隧道を乗り越すというシチュエーションと相俟って、なかなかに冒険心を充たしてくれる。
息を弾ませたどり着いた稜線は、痩せた背骨のようにゴツゴツしていた。
ここでは、登っている最中には感じなかった強い風が吹いており、みるみる汗が引いていく。
道らしい物はなく、私もくじ氏も好き勝手に登り、そしていま下ろうとしている。
こういう自由なルート設定がまた、楽しい。
谷間からは見えなかった広々とした空と、向かいの峰々。
この景色からは、この場所が海岸線から20kmと離れていない「沿岸部」とはとても思えない。
特に我々二人は、福島県の沿岸部(阿武隈高地)はなだらかな丘陵性の山並みだとばかり思っていたので、これまでの険しいV字峡谷もそうだが、日本海側に広く分布する出羽丘陵との山容の違いに、少なからずギャップを感じていた。
太平洋側と日本海側とでは、同じ隆起による山地地形であっても、その潜在するエネルギー量には大きな違いがあるようだ。
稜線からは、当然反対側の坑口を目指し、上った分と同じだけ下らねばならない。
しかーし!
こっち側はさらに険しい斜面だ!!
くじ氏は、崖になると途端に身軽になって、私が稜線に付いたときにはもう遙か下まで下っていた。
一人おいてけぼりを食らった私だが、この斜面をどんな風に奴は下ったのだ?
めちゃめちゃ急なんですけど……。
まるで、
落ち葉のゲレンデだ!
軌道跡は下の方に真っ直ぐ見えているが、そこまで一直線に45度を余裕で超える急斜面が落ちている。
まさに、ビルの上から下を見下ろすような迫力。
見通しが良すぎるのと、斜面が滑らかすぎて手掛かりに乏しいこともあり、こいつはかなり、怖い!
怖いが、絶景でもある。
いまだかつて、これほどドラマチックな隧道乗り越しの景色があっただろうか!!