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<読者さまにお願いしたいサイト貢献>
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2022/10/8 10:45 《現在地》/海抜170m
富内橋から約8.7km(通行止ゲートから1.2km)の地点で、鋼鉄の砦を思わせる覆道に遭遇した。
鵡川の谷底まで下る急な坂道の途中にある。
扁額や銘板など、名称が分かるものが備えられていないが、全国Q地図で見られる「2024年全国シェッドマップ」を調べると、福山地先覆道という少々事務的な感じがする名称の構造物であった。
「○○地先」というのは、○○という地名の隣接地、近くくらいの意味合いを持つ用語だが、「福山地先覆道」があるこの場所は福山の領域内ではなく、まだ富内であった。じゃあ「富内覆道」でも良かったんじゃという気がしないでもないが、福山を命名の起点に、少し外れた外側にある覆道というニュアンスが強調されている。
10:46
おお〜〜!
照明も反射材もない鋼鉄の骨組みは工事用の仮設構造物を思わせるような無骨さで、1車線しかないので圧迫感も強い。
それがぐねぐねと曲がりながら終わりの見えない坂を下って行く姿は、なかなか迫力がある。
なぜかガードレールはないが、地形は険しく、川に面した崖っぷちのようなところである。
あと、ずっと未舗装だったが、覆道の内部は鋪装されていた。
このような場面では、当然、外の眺めがどうなっているのかを見たくなる。
自転車を路肩に寄せて、
大きな窓から外を覗くと――
あ あ あ
有る〜〜!!!!!
極大崩壊地の下に、道が有る!!!
奇跡、起きていた。
これを奇跡と呼ぶのは、この道を作った関係者にとっては、不本意であろう。
だが私は覚悟していたのだ。道の喪失。
今までの経験に照らしても、このような【極大な崩壊地】
の下に、この程度の道が生きながらえているとは、思えなかった。
15分前にこの崩壊地を【最初に見つけた】
時点から、私の中では、これが長い通行止の元凶になっているものと、道路は大崩壊に巻き込まれているものと、思い込んでいた。
だが予想を覆し、極大崩壊地の下には、宮殿のような覆道に護られた道が、生存しているようではないか!
強えぇ! この道は侮れない!!!
こんなことも稀にはあるのだ。
こういうポジティブ側のどんでん返し!p>
廃道ばかりを探索していると、だいたい予想よりも悪いことが多いから、そのネガティブに慣れてしまっていた。
助かったぁッッッ!!! メッチャ嬉しい!
ありがとう覆道!!!!
なんて格好いい風景なんだろう!!
私はいまこの道に惚れ直している!
正直、ここまで来ながら致命的崩壊と遭遇し、自転車同伴の踏破が出来ず、引き返す(そしてその後、来た道をクルマまで30km以上引き返す)という展開は、想像しても辛すぎた。
だが、今回は道が頑張ってくれていた!!
いつもはだいたいにして、不甲斐ない道の不始末を私が尻ぬぐいをするように踏破するのに、今日は違う。
私じゃなくて、道が頑張っていた!!!
そして、そんな私の感動的なシーンと、別の誰かの愉しみが、偶然に、交錯していたッッ!
こんなところで人を見るなんて!
この辺りの鵡川は、私が道の遠距離から時々見た風景だけでも物凄い迫力がある急流で、私もカヤックを少しだけやるのだが、楽しそう以上に怖そうだった。だから私はこの川をやらないだろうが、川から見える景色には大いに興味がある。
時間も経っているし、気付いて貰うのは難しいと思うが、もしもこのときニアミスしていたカヤッカーの皆さまがこのレポートに気付かれましたら、ぜひコメントをください!
ちなみに、地理院地図だと彼らが休んでいる河原のすぐ下流に、大きな堰堤が描かれている。
また、Google Earthで見ると、破堤しているように見える。
その正体は、昭和47年に廃止された福山発電所の導水用堰堤である。
……とりあえず、先行きの見通しは立ったが、まだ本当に気を抜ける状況ではない。
停滞せず、私は私の道を行くぞ!
外を覗いて大興奮! ……する直前の、この場面に立ち返る。
そして、この覆道自体に再着目。
現地ではその意味を深くは考えなかったのだが、矢印の位置で山側の壁の造りが変化しているのが分かるだろう。
「2024年全国シェッドマップ」によると、この福山地先覆道は、昭和52(1977)年竣工で長さが104mの「2」と、昭和51(1976)年竣工で長さが31mの「1」という2本があることになっている。だが現地を見る限り、2本はここで接続していて、全長135mの1本の覆道になっているのである。これがその境目だった。
つまり残りはあと31mということで、写真奥のカーブを曲がり終えた辺りに……
10:48
出口があった!
外へ出ると、直ちに右カーブがあり、そこがちょうど橋になっている。
この橋も、ガードレールの高欄はあるが、銘板など素性を知る手掛かりは現地にない。
しかし今度は、「2024年全国橋梁マップ」によって、この橋が「坊主橋」という昭和42(1967)年竣工の橋であることを知る(帰宅後に)。
そして、この橋がある地理院地図では無名の小谷が、むかわ町穂別富内と、同町穂別福山の大字境になっている。
ここから先が福山である。
覆道はまさに、「福山地先」の位置に建造されていた。
チェンジ後の画像は、振り返って橋と覆道を撮影。
ここが地名の境界であることを伝える案内標識が設置されている。
また、坊主橋のすぐ隣に、古いコンクリート橋脚が1本だけ建っていた。
明らかに旧橋の痕跡であるが、今の坊主橋が昭和42年竣工とのことだから、それよりも古い。
また、道道認定が昭和44年なので、この道が最初から道道として開削されたものではなかったことが分かる。
旧道の時代があって、それから今の道道へ昇格している。
この道の(北海道の山岳道路としては)意外にも古いらしい由緒は、机上調査で調べてみよう。
10:50 《現在地》/海抜160m
坊主橋を渡って、久々に福山の領域へ戻ってきた。しかしまだ目指す国道274号まで、残り7.3kmほどある。
ここまでの距離は、実測で8.9kmあった。(だから、合計すると16.2kmとなり、事前に全長約15kmと考えていたのとは少しズレがあった)
また、帰宅後の机上調査で、この写真の右にある小さな岩山(切り通しによって切断された岩山のてっぺん)に、戦後建てられた五輪塔があったことが分かった。しかし現地では気づけず、現存しているかは不明である。
チェンジ後の画像は同じ場所の振り返り。
「福山」と書かれた案内標識が、ここにこの向きで設置されているが、本来は反対を向いているべきものだ。
しかも単なる標識板の向きのミスではなさそう。案内標識の設置位置は進行方向左側が原則なので、そこから違えている。
余り重箱の隅を突くようなことを言って、今この道に拗ねられても良いことはないので、華麗にスルーして(五輪塔もスルーして……涙)先へ進むと、「31km」ポストが順当に現れた。
道は坊主橋を渡ってからも相変わらずの勢いで下り続けており、さすがにそろそろ底を打ちそう。
その証拠に、川の流れるごうごうという音が、大分近づいてきた。
相変わらずと言えば、各方向それぞれに向けられた各種道路標識の多さや、路傍に連なる謎の電線の存在も、変化がない。
チェンジ後の画像は、逆方向。
しれっとここに最高速度30kmの規制標識があり、たぶん撮影を忘れただけで私の進行方向にもこれはあったのであるが…………ということはつまり、【道路情報板が掲げていた徐行標識】
の効力(=徐行区間)は、いつの間にか終わっていたようだ。(というか、あの道路情報板の徐行標識は、「道路のヤバさ」を強調するための一種の飾り付けだったんじゃ……)
そして、そんな【道路情報板】
が危機を煽った
【“大崩れ”】
の核心は、この先だ!
10:52
ぶふぉ〜!(クソでか鼻息) かっけぇ〜!!!
名にし負う極大クラスの崩壊地「大崩」の直下へと、
覆道の“防空頭巾”1枚に命を託し真っ向突入していく、
道の完全に覚悟をキメた姿が、マジでイっちゃってる!!
ここでの電光掲示板とか、ちょっとばかりハイテクを味方にしたって、大して命を守る役には立たん。
令和の世のまともな道路が絶対に真似できないような、尖りに尖った道路風景が、ここにあった!
ヨッキれん、完全に魅了される。
一車線の砂利道には全く似つかわしくない、立派な電光式道路情報板。
消灯しているが、本来はトンネル内情報を伝える目的であったか。
未舗装路にあるのをまず見ないし、藪の中に建っているというのも、また異様である。
この道と運命を共にするしかなさそうな存在であるが、1台で数100万〜1000万はするというぞ…。
そしてその柱の根本には、一般道路よりは自動車専用道路で良く見るデザインの非常電話機が設置されていた。
使用出来るのかは怖くて確かめられないが、この電光掲示板と非常電話機という一式の存在が、「この先ヤバい」という危機感煽りに一役かっている。
たとえ路上は無事だとしても、とてものほほんと通れるような道じゃねえ!
間髪入れずに現れるのが、ハイテクな電光掲示板から一転して50年も昔に採用が終了している、旧制標識の「注意」であった。
古い標識を撤去しろとは言わないが、同じ路上に平然と同居している新旧のチグハグさが、また異様。
そもそも、この先の覆道に入ってしまったら、通行人が主体的に「注意」出来ることが何か有るのかという疑問。
通行中に覆道が潰滅する不運に見舞われないことを祈るしか出来ないと思う。
だからこれは、覆道建造以前の標識なんだと思う。
それはそれは、今よりも遙かにヤバい道だったはずだから……。
その次は、「制御装置」のプレートがついた制御ボックス。道路上ではとても見慣れたハイテク機材であるが、この道のイメージじゃない!
そして、ここまでずっと道に付き添ってきた電線が、ここに引き込まれていた。
だがまだ先にも続いているようだ。
そして次…… 次は――
「災害を未然に防ぐ」
「大崩山腹工事」
「鵡川営林署」
……【工事の痕跡が見えない】
と言ったら怒られそうだから言わない。
道路にある覆道自体は、この工事の成果物ではないと思う。
でも、覆道が崩れず持ちこたえているというのは成果であり、きっと縁の下の力持ちで頑張っているのだろう。
あと、ここが「大崩」という場所であることが、はっきりと明示された。
「八幡覆道」
惚れ惚れとするこいつに、俺の命は預けるぜ。