11:13 (出発から5時間49分)
前話の最後、私は「道に迷う」という、この道で最も避けたく、そして避けなければならなかったインシデントに見舞われたことを告白した。
その事に気付いたのは正午頃であったから、それより前の11:13時点では、まだちゃんと路上を歩行していた。
正直、10:00少し前からは間断なくSクラスの藪(日本藪協会の藪深度5段階評価の上から2番目…SS=刈払わなければ移動不能、S=抵抗力100g/cm2〜75g/cm2、A、B、Cの5段階評価)が続いており、私の体力も急激に消耗していたし、それに伴って集中力も途切れがちであったのは否めないものの、それにしても道迷いだけは絶対に避けたかったから、注意していたはずだが…。
私は如何にして罠に嵌っていったのか、その辺りを振り返ってみよう。
11:30 (出発から6時間08分) 《現在地》
もはや期待もしていなかったが、11:30の30分刻みのチェックタイムを迎えた場所も、これまでと同じ激藪の最中であった。
また、この時点で横川を経ってから6時間あまりが経過していた。
時刻 | 区間距離 | 累計距離 | 区間比高 | 標高 | 地点 |
---|---|---|---|---|---|
8:00 | 0 | 0 | 0 | 1100 | 基準地 |
8:30 | 900 | 900 | +150 | 1250 | |
9:00 | 500 | 1400 | +50 | 1300 | |
9:30 | 600 | 2000 | +100 | 1400 | |
10:00 | 600 | 2600 | +50 | 1450 | |
10:30 | 350 | 2900 | +40 | 1490 | |
11:00 | 400 | 3350 | +60 | 1550 | |
11:30 | 350 | 3700 | +40 | 1590 | 現在地 |
… |
そろそろこの表も長くなってきたなぁ。
さすがにここまで時間が掛かるとは想定外だったといわざるを得ない。
そして、とにかく10:00以降の進みの遅さが際立っている。もちろんこれはSクラスの藪のせいであった。
でも、どんなに遅速であったとしても、いよいよ私の居る場所の標高は1600mに迫り、塩那道路との比高は100mほどしか残っていない。
このことは絶対に揺るぎのない事実であって、私の努力が実を結ぶ時が絶対に来ると確信していた。だから頑張れる。
説教臭い話しは私も好きではないが、自然を相手にするオブローディングは、登山と一緒で努力した分が明確に成果となるのが心地よい。
正しい道を進んでいたのにゴールに近付いていないなんて裏切りは起こらず、努力はちゃんと報われるのがオブローディングの鉄則だ。
相変わらず路上の笹藪は深いけれども、その周囲の森林は、徐々に隙間から見える青空の量が大きくなってきた。
それすなわち、高山化による森林限界への接近を示唆している。
まだまだ巨大な木々は林立しているけれども、風衝木の立ち枯れも目立ちはじめ、典型的な高山景観を思わせる。
こうした変化からも、着実に私が“天空街道”へ近付いていることを実感する事が出来た。
励まされるぜ〜!!
11:41 (出発から6時間19分)
森林限界が近いのではないかと思っていた矢先であったが、更に進んでいくと、私が思っていたのとは逆方向に風景が変化した。
思いがけない、“巨木の森”の出現だった。
これまではずっと広葉樹メインで針葉樹は少し混ざるくらいであったが、ここに来てヒバらしき(自信なし)針葉樹の純林が現れ、そのどこか神々しい有り様は、“千古不伐”なんていう大仰な言葉を口にしたくなる。
いや、実際にこの辺の森は千古不伐であった可能性も高い。この辺りを通う古い道は知られていないし、近隣に集落も存在しない。
しかも現代では日光国立公園に含まれており、将来的にも伐採される可能性は皆無である。
塩那道路を走っただけでは窺い知れない、塩那道路が“冒した”自然環境を全身で体感できることは、この工事用道路ルートの特典かもしれないが、だからといってオススメはしない。
鬱蒼とした針葉樹の森の中は、幾らか笹藪が浅かった。
そこで約2時間ぶりに「藪が浅い」好感触を味わった私は、そのまま針葉樹林帯の中に道が続いてくれることを願ったが、案の定私の期待は裏切られ、藪の底の微かな地面の凹凸に感じ取れる道は、森から離れて北東方向に進路を取っていた。
だが、嬉しいこともあった。
ここで初めて進行方向に稜線を目の当たりにしたのである。
この稜線は、横川で羨望と戦慄の向こう側に見えた、“黒い稜線”の一角に他ならない!
塩那スカイラインが通る文字通りのスカイライン(稜線)が、6年前には見せてくれなかった青と緑の鮮烈なコントラストを示していた。
これが、ゴールまで標高差100m未満となった、なによりも大きな心の支えであった。
しかし、なおも路盤は相変わらず余丈の激藪である。
針葉樹の他は背の高い木が無くなり、広葉樹はみな灌木化しているという高山特有の痩せた林相なのだが、その状況が半永久的に継続しそうな勢いで笹藪が地上を支配していた。
もしかしたら、半世紀前の無計画で乱暴な工事用道路の開削が、この一帯の林相の弱体化と笹藪の跋扈を招いた可能性がある。
もしそうであれば、私が激藪で苦労して容易に踏み越えられずにいることは、破壊された自然の逆襲といえるのかもしれない。
12:00 (出発から6時間38分) 《現在地》
遂に正午という区切りの時間を迎えた。
そして、まさか正午を塩那道路で迎えられないとは、正直思っていなかった。
いくら道が悪くても11:00前後には辿り着けているだろうと予想していたし、今頃は塩那道路を存分に味わって、そろそろ下山の時刻を検討している頃であるはずだった。
しかし、そんなことよりも大きな問題が発生していることを、この時刻に行った恒例のチェックタイムによって知ったのである。
私がいる《現在地》が、GPSの画面上で道から100mほど離れていた。
わずかな距離ではあったが、いったいどこで道をロストしたのか、思い出すことが出来なかった。
時刻 | 区間距離 | 累計距離 | 区間比高 | 標高 | 地点 |
---|---|---|---|---|---|
8:00 | 0 | 0 | 0 | 1100 | 基準地 |
8:30 | 900 | 900 | +150 | 1250 | |
9:00 | 500 | 1400 | +50 | 1300 | |
9:30 | 600 | 2000 | +100 | 1400 | |
10:00 | 600 | 2600 | +50 | 1450 | |
10:30 | 350 | 2900 | +40 | 1490 | |
11:00 | 400 | 3350 | +60 | 1550 | |
11:30 | 350 | 3700 | +40 | 1590 | |
12:00 | 300 | 4000 | +30 | 1620 | 現在地 |
… |
どこで道を見失ったのか分からなかったことや、GPSによって初めて道間違いに気付かされたのは、オブローダーとしては屈辱だった。
だが、改めて辺りを見渡してみると、なるほど私が辿ってきた場所は道ではないし、当然その前にも道はなかった。
私はいつの間にか道を外れて、笹藪の浅い針葉樹の森へ入り込んでいた。
オブローダーとしての藪が浅い場所を求める本能と、私の疲労から来る目の曇りが、このミスの人的な要因だが、地形的な要因も大きかった。
こういうものが、いわゆる“迷いの森”というやつなんだと思う。
稜線に近いこの辺りは、どういう経緯かは知らないが、これまでの山腹とは違って非常に緩やかな地形になっている。そしてそこに鬱蒼とした針葉樹の森が広がっている。
そのため、地形に対して道が取り得る選択肢が広く、消去法的に道の位置を判断することが難しい。
挙げ句に路上と路外を区別しえないほどの激藪であるから、頼りになるのは地面に刻まれた路盤を示す凹みだったのだが、今回ここに来て初めて見失うミスを犯し、しかもそれに気付かぬまま何十メートルも森の奥へ盲進してしまったのであった。
今回はGPSを持っていたから良かったが、そうでなければ、この迷いの森はもっと危険な場所であったに違いない。
GPSがあったことと、ここがGPSの高い精度を発揮できる高所であることが幸いした。
(とりあえず高い方に向かい続ければ、やがては稜線を走る塩那道路に辿り着けるだろうから、致命的な道迷いにまではならないと思うが、それまでにどのくらいの時間と体力を消耗するのかは分からない。)
危険な道迷いの現場であり、本来立ち入るべき場所ではなかったのに、その森は私にとって妙に居心地がよかった。
だが、その居心地にかまけている余裕はないのだと、自分を律して行動を開始した。
そのくらいに強く思い直さなければ、激藪の“正しい道”に戻ることが躊躇われるほどに私は藪に辟易していた。
GPSの画面を頼りにしながら盲進分を戻り、そしてこの写真の場所が誤進地点であったことが判明した。
11:56に到達し、そのまま正面の森の中へ進んでしまったのだが(木立の下の藪が浅いことを本能的に知っている私はまんまとおびき出された)、実際の道はここで左にカーブして、深い猛烈な笹藪に取り込まれていたのである。
おおよそ10分間をロスしたものの、正解のルートへ復帰できた模様である。
しかし、笹だけでなく灌木までもが良いように邪魔をしており、もうやりたい放題である。
挙げ句、悲しいかな道迷いという危機から脱したというのに、「やったぞーー!!」と雄叫びを上げるようなカタルシスのある場面もまだない。
安堵の先には徒労感だけがあるという、本来道迷いなんてヒロイックなものではないのだから仕方ないのだろうが、とにかく絵面が地味だった(笑)。
それと、道迷いに至った理由のひとつとして、自然に足が地形の緩やかな方へ向いていたこともあったようだ。
幾ら周りの地形が緩やかでも、道はずっと上り坂であり、それが地味に負担だった。
ゆっくりしたペースではあるが、既に朝から800mもの高低差を克服してきた足は、それだけでもたっぷり疲れていて無理はない。
神の座に、
6年前に一度は立った、あの神の座に近いと思わせる塩那の高みに、
いま再び近付いている。
それも…
6年前には得られなかった眺めをひっさげて。
ここに至って遂に漏れ出してきた、塩那の先取りである。
だが、それにしてもここまでが遠すぎたし、きつすぎただろう!
そういえば、9:00過ぎにも、これと同じ方角の眺めを緑の隙間に見て、頂上の眺めの良さを想像していた。
だがあれから3時間あまりを経て海抜を300m増した今の私は、もうこの方角に関して、
「比肩する山無し」の無双状態になっているように感じられた。
実際は会津にも標高1600mに勝る山座はいくつもあるが、
彼らも今の私に兜を脱いで絶頂感を妨げない配慮を見せた、そんな圧倒的高度感だった。
12:30 (出発から7時間08分経過) 《現在地》
道迷いから復帰し、相変わらずの牛歩展開に耐え続けて、12:30のチェックタイムを迎えた。
GPSに表示された《現在地》は、しっかり破線の路上をなぞっており、まずはその事に安堵する。
そして、果てしない果てしないと思っていた塩那道路の線が、画面の端っこに見え始めていた。遂に残りが500mを切っていることを理解。
次の30分が最後の30分になる可能性がありそうだ!!
時刻 | 区間距離 | 累計距離 | 区間比高 | 標高 | 地点 |
---|---|---|---|---|---|
8:00 | 0 | 0 | 0 | 1100 | 基準地 |
8:30 | 900 | 900 | +150 | 1250 | |
9:00 | 500 | 1400 | +50 | 1300 | |
9:30 | 600 | 2000 | +100 | 1400 | |
10:00 | 600 | 2600 | +50 | 1450 | |
10:30 | 350 | 2900 | +40 | 1490 | |
11:00 | 400 | 3350 | +60 | 1550 | |
11:30 | 350 | 3700 | +40 | 1590 | |
12:00 | 300 | 4000 | +30 | 1620 | |
12:30 | 300 | 4300 | +30 | 1650 | 現在地 |
… |
気持ちの上では既に苦闘の底を脱しており、全身に回っている気怠い疲労も、口にするのも恥ずかしいような自惚れの中では誇りの証明に他ならなかった。
右図のように相変わらずの進行のペースは、「こいつ真面目に歩いてるのか」と疑われそうな遅速であるが、それさえも誇らしい。
もはや、塩那道路工事用道路の私による2度目の征服は、ほぼ確約されるに至った。
この単純な作業をあと少し続ければ、私はまた一つ廃道界に伝説を刻むのだという気分さえしていた。
冷静になれば、どうしょうもなく見所の乏しい工事用道路を体力と時間に任せて歩いただけなのに、異様な高揚が私を完全に支配していた。
激藪は脳内麻薬か。
標高1650mオーバーの稜線地帯に入っており、もはや目指すべきゴールも高みを持っておらず、自分とそれは完全に地続きになっている。
道の周りに立つ木も痩せっぽちや枯木が多く、青空に際だった悲壮感を見せる。完全に高山の景観だろう。
相変わらず路上の笹藪は解けない呪いのように深いままだが、そこにもちゃんと車道幅の凹みが刻まれており、かつてここを自動車が通っていた事実を物語っていた。
おおよそ3〜4時間ぶりに笹藪の10m以上明けた場所を見た気がした、浅い掘り割り。
ここまで出口に近付けば、普通なら出口(塩那道路)側から入り込んだ歩行者の踏圧で、踏み跡が幾らか鮮明になったりしそうなものだが、これはそういう感じではない。
まあそれもそうか。塩那道路からこの道へ入り込んだ人なんて、6年前の私たちがほんの100mくらい入って以来、一人もいない可能性だってあるんじゃないか。
すぐそこに待ち受けている塩那道路だが、本当に辿りつく直前まで手を差し伸べるつもりはないらしい。
相変わらずのスパルタぶりだが、この神が信者に手を差し伸べないのは予想通り。
…それはさておき、
実は塩那道路の廃道化&緑化工事がもう完全に済んでいて、辿りついても激藪だったなんてオチは要らないからなー。(マジで)
なんか見覚えがある気がする稜線(気がするだけかも知れないが)を目前に、私は13:00のチェックタイムを迎えた。
13:00 (出発から7時間38分経過) 《現在地》
この30分で辿りつけるかな〜と思っていたが、それは叶わなかった。
見ての通り、私の前にはまだ余丈の笹藪が展開していた。
でも、本当にこれが最後のチェックタイムになるだろう。
もう約束していい!
時刻 | 区間距離 | 累計距離 | 区間比高 | 標高 | 地点 |
---|---|---|---|---|---|
8:00 | 0 | 0 | 0 | 1100 | 基準地 |
8:30 | 900 | 900 | +150 | 1250 | |
9:00 | 500 | 1400 | +50 | 1300 | |
9:30 | 600 | 2000 | +100 | 1400 | |
10:00 | 600 | 2600 | +50 | 1450 | |
10:30 | 350 | 2900 | +40 | 1490 | |
11:00 | 400 | 3350 | +60 | 1550 | |
11:30 | 350 | 3700 | +40 | 1590 | |
12:00 | 300 | 4000 | +30 | 1620 | |
12:30 | 300 | 4300 | +30 | 1650 | |
13:00 | 350 | 4650 | +30 | 1680 | 現在地 |
… |
←見てクレ見れクレ〜!
「30分間の廃道探索」という肉体の実弾を、まるで湯水のように注ぎ込んで、今ようやく打ち抜けようとしている塩那の鉄板。その苦闘の“地味すぎる軌跡”がこれである。
最後の最後まで、一度落ちたペースは戻る事がなかったな(笑)。
もう最後だと宣言しても間違いはないだろう!
苦闘の動画シリーズ第7弾は、13:02に撮影されたものだ。
私を取り囲んでいる風景はここでも“相変わらず”だったが、肉眼で見るよりも一足先にGPSの持つ神の目が、私が塩那道路へ辿りつく100m手前の地点にいることを教えてくれた。
逆に言うと、最後の100mまで、この状態なのである。
たぶん、この道を踏破するのに特別なオブローディングの技術は要らない。
そういう意味では安全な廃道だ。絶壁とかは全然無い。
でも、4時間前後を激藪に費やすつもりが無いのならば、挑まない方がいいと思う。
この激藪の途中で、塩那を見ずに引き返すなど、他のどんな廃道で断念するより空しい気がするので、完全に余計なお世話だと思うが書いておく。
そして
13:06 (出発から7時間44分経過)
遂に報われる時が来た。
来たッ キタッ きたぁっ!!
やっときたー!!!!
6年前にただ一度訪れただけだったのに、見覚えの有りまくりだったこの広場。
ここはまだ塩那道路ではなく、その前に控えた最後の“間”である。
次のカーブを右に折れれば稜線を極め、同時に塩那道路到達の時を迎える。
“H17 塩那道路植生回復 (2)笹ブロック養生地”
私が辿りついた場所は、確かにあの「塩那道路」であった。
スタートからいまこの瞬間まで、一度も現れなかったこの因縁の名が、
到達と同時に明確に示されるというのも、まさに因縁めいていると思う。
もちろん、それが「廃道化工事」に関わるものだというのも含めての因縁だ。
そして広場から掘り割りとも言えないほどの小さな窪み(これが塩那稜線)を隔てた右カーブの先に、
丁字路型に突き当たる道があって、それが塩那道路(栃木県道266号中塩原板室那須線)なのである。
6年ぶりの塩那道路到達の瞬間を迎える。
塩那道路まで あと0.0km 到達!!!
藪を漕ぎに漕いだ私だけでなく、それに文章の中でここまで根気よく付き合ってくれた読者の皆さまも、本当にお疲れ様でした!!
塩那道路に特別な思い入れのある人は別として、そうでもない限り、この7回の工事用道路編の感想は、「いつ盛り上がるの!」といった感じであったと想像します。
で、結局最後まで大した遺構は無いという、私が一人で盛り上がっているだけという滑りっぷり(苦笑)。
でも、ヨッキが苦労してるのに低得点を入れたら可愛そうだと思う人が多かったのか分からないが、塩那道路を飾るに相応しい高得点をマークしており、皆さまの優しさに感動を覚えた次第であります!
ここまで読んで、私がこのレポートを山行がの逐次レポート形式で書くことを躊躇い続けていた理由が、多分お分かりいただけたかと思います。
正直、思い出しながら書いていても辛い場面が多く、ペースもだいぶ鈍くなりました。(お待たせしてしまいましたm(_ _)m)
でも、ここからは爽快ですよ! きっとそう! そうでなければ塩那じゃない!!!
お読みいただきありがとうございます。 | |
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