7:44 《現在地》
さて、どうしようか。
この先へ進むルートを、いま見失っている。
もともとあった車道は大崩壊によって完全に寸断されていて、空を飛べない私には辿ることができない状況だ。
振り返ると、覆い被さってくるような猛烈なススキの藪の向こうに、先ほど下ってきた赤さびた手摺りの急階段だけが、視界の中の唯一の“道”として見えていて、「お前はここを通って戻るしかないのだ」と、脅迫してくるようだった。
脅迫に屈して戻るのなんてまっぴら御免だが、かといって右も左もまるで見えないススキの激藪斜面に、なんの導きもなく踏み込むというのはあまりに恐ろしく、禁断の手段めいていた。
さあ、本当にどうしよう。
おおっ!
3月とはとても思えないほどに精力旺盛なススキの葉を必死に掻き分けながら、
私をここまで導いてきた階段の続きを探し求めていた私の腕は、その深い緑海の底から、
工事用の仮設足場を思わせる金属の柱(単管パイプ)を探り当てた!
これは、もしや?!
キター!!!
下り階段発見!
だがしかし、この階段は!
私が思い描いていた港への道からは、あまりにかけ離れた存在。
単管パイプを手摺りに用いたこれは、いかにも工事用の仮設通路じゃないか!
こんな地に足を付けていない、今にも藪に飲まれて見失いそうな脆弱極まる構造物で、
残り170mもの高低差を攻略できるのか!
……あまりにも不安だが、このほかに頼れる道がないのも事実なのだ。
…行こう。 行こう!
ちなみに、この“下り階段”を見つけた場所は、ここ(↑)。
立派なコンクリート階段の終点から、左へほんの少しだけ藪を掻き分けたところだ。
あまりに藪が深いため、こんなに近くても見つけるのには苦労した。それはともかく、
コンクリート階段を引き継いで先へ通じる通路であることを期待させる配置といえる。
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うわぁー、罠かも知れないー!(涙)
この道はやべぇ!
(上の360°パノラマ画像で私の周囲を見渡してみて!! 道はあるか?!)
何がやばいって、斜度と藪の深さが、マジやばい。
手掛かりがなければ、おそらくたちまちのうちにスリップして滑り落ちるだろう斜度だが、
ススキにかわって大量の笹が凄まじく密生しているために、それらを手掛かり足掛かりにして、
どうにか転んだりせず下っていける。しかも、気付いたときには仮設階段もなくなってるし!
あの階段は、私を“禁断の領域”へ踏み込ませるための罠だったのか。(←だったらひでぇよ)
しかし、それでも下れてしまうのだから、もはや容易には引き返しがたい状況だった。
途中で道を失ったとしても、大千代港に辿り着くという最終目標の達成があれば、それは勝利なのである。
しかも、なんとなくだが、かつて刈り払われていたらしき、藪の浅い部分がまっすぐ続いている気がする。
常識的には到底道とは思えない急斜面と激藪だが…、このまま海へ向けて下ってみよう。
途中で振り返ると、こんな景色。この藪を掻き分けて、私は下ってきたのだ。
これは、帰路のことを考えると、本当に辛い状況なのである。
他に道がなければ、帰りはここを登り返さなければ生還出来ない可能性が大。
それは私に課せられた、本当に重い重い業となる。それも進むほどに重くなる。
その帰路が、無事に最終目標を達成した後ならば耐えられもするだろうが、
もし敗走の後だったらどんなに辛いか……、考えたくもない。
私は一線を越えてしまったことを、今さらながらに理解した。
海抜170mの地点が、その線引きだったのだ。
安全圏からの観察と、危険領域に飛び込んでの死闘の圧倒的一線。
やった! 階段発見!
これは嬉しい!
あまりの激藪と急斜面の中で、これが本当に通路であったのか、かなり疑心暗鬼に囚われそうになっていた私だったが、相変わらずの激藪の中でもみくちゃにされている人工物を見ちけたときには、心から安堵した。
このいかにもな感じの金属製手摺りは、私をこの斜面に引きずり込んだ階段通路の続きであるのに違いない。
どうせなら全体に階段を敷いてくれたら良かったのに、なぜ一度途切れてからここで復活したのか。
その理由は分からないが、とにかくこれだ。この道しかない!
某選挙ポスターの名文句が、ここでも私を勇気づける。
ほんと、頼むぞ!
あかん〜
そっちはダメー!!
なぜそっちへ行くんだ、階段!
死にてぇのかよ…。そっちは、駄目だって……。
俺が…、死んじまうだろっ……!
でも、折角見つけた道なのだ。これを辿ることが大千代港への近道である可能性は極めて高いし、仮に辿り切れないとしても、いちオブローダー<廃道探索者>としては、この道の行く末を知りたいと思うぞ。
……ほどほどにな。
うぅあぁ…
これか…、
これが、原因だったのか?
未だに大千代港へのアクセスが不能のままになっている真の理由は。
大崩壊後に、どうにか繋いだ階段通路までもが拡大し続ける大崩壊に呑み込まれてしまい、
そのまま復旧されず放置されているというのが、私がここに至って見出した大千代港の真相である。
ああっ、あれは!
廃道断片「C」だ!
笹藪地帯のため、しばらくのあいだは目隠し状態で高度を下げてきたが、再び大崩壊に寄ってみて、そこに見覚えのある物体を見つけたことで、その進行の度合いが判明した。
これまで、海抜210m付近の【村道上から】と、海抜170m付近の【断片「B」から】、それぞれ見下ろしていた断片「C」だったが、再登場&最接近した今回は、なんと下から見上げる形であった。
お馴染みの“板チョコ”的コンクリート路盤を下から見るって、地面の中から透視するくらいありえないシチュエーションなのに、本当にこの大崩壊地は廃道の常識をも完全に超越した四次元殺法の世界であった!
GPSで特定された現在地は、この辺りだ。
執拗な九十九折りで下っていた旧道の第4番目となる切り返しカーブが、この断片「C」と思われる。
旧道は本当に大崩壊の主敵とされたかと思われるほど、徹底的に壊されてしまっているのである。
そして、私にとって一番重大な数字である海抜は、約140m付近である。
激藪という大きな後顧のある難場を切り抜けてきたにもかかわらず、未だ村道のバリケード地点から見て、全体の半分も下れていないという状況には震える。
だが、本当の問題はこの先であろう。
これまでも下るほど状況は悪化してきた訳だが、遂にここで命の危険を感じる場面が現れてしまった。
どう見ても、この階段は危なすぎる!
どうやって地面に固定されているのかよく分からないし、
乗ったら体ごとずり落ちて行きかねない気がする。
なお、見通しが良すぎるせいで、海岸やら大崩壊の内部やらが妙に近くに見えるが、
海岸は140m下にあり、大崩壊の内部へも到底軟着陸の望めない崖で隔てられている。
いよいよ、私の進路は先細ってきた。針の穴を通すような進路になりつつある。
階段通路は死の罠と見なし、すぐに手摺りの隙間から外へ出た。
そして、階段の隣にある近い将来に大崩壊に完全に呑み込まれてしまうだろう風前の灯火的な草付き斜面を、草や灌木の幹を頼りに下る策にでた。
この辺りから斜度はおそらく45°を越えており、十分な手掛かりがなければ登降は不可能と思われる。
今日の天気が良いことと、風があまり強くないのは、救いであった。雨の日とか、それだけで死ねるだろう。
最初のうちの半笑いニヤニヤもすっかり剥がれ落ちた真剣マスクで、ここをびびりながら慎重に下降した。…深みに嵌まってきてるなぁ。
あああ… さようなら階段さん…。
ずっとやばい位置でギリギリ斜面にしがみついていた階段さんが、ここで遂に大崩壊に完全に呑み込まれてお亡くなりになりました。
なお、この辺りから大崩壊内部へ入ることが出来れば、これより下は海岸線まで安息角のガレ場斜面なので、どうにかなりそうだと思うのだが、大崩壊の周囲は落差が極端に大きく、転落せず入れそうな場所は全く見当たらなかった。案の定である。
自分は階段の最期を脇目に、ヒヤヒヤヒリヒリしながらの草付き下降中。
大千代港に挑む陸路は、今やここまで狭まった。
最初から1車線の村道だけだったが、もう本当に針の穴を潜るような狭さだ。
ここに先行者の踏み跡なりピンクテープの1枚でもあればだいぶ気持ちは救われるのに、青ヶ島まで来て大千代港に挑む人少なすぎ問題。
孤独感半端ない! マジで未踏峰感ある。嬉しいよりも、恐すぎだ。
海岸線は確かに近づいてきたと思う。
しかし、肝心の大千代港が見えない位置に入り込んでいる。
そもそも、港周辺の海岸線の詳細な地形が分からないので、港の直上以外の場所から海岸に降り立った場合に、
そこから埠頭に行けるのかも分からなかったりする。最悪の場合、海岸に辿り着いても港へ入れない恐れも。
諸々の可能性を考えれば、やはりかつて存在した“正規ルート”を辿って、
正門から堂々と港に辿り着きたいのであるが、現状は全ての道を見失っている状況だ。
とにかく下れば良いと思って、そう信じて下ってきたけど、よく考えれば不安だらけだった…。
地獄の釜底へ下降中…。
死屍累々。親爺の亡骸の隣に息子の亡骸の悲惨な景色。
これだけの犠牲を強いた大千代港は、なんと業深な存在か。
なお、帰りのことは今ちょっと考えたくないです…。
祝!階段復活!!!
一度は絶望の淵に沈んだはずの階段だったが、なんとまた甦ってきた。
そして今度こそ私をがっちり掴んで、新たな“地平”まで連れて行ってくれるようだ。
20mほど下に見える、これまでよりは明らかに傾斜の緩い笹藪の地平へと。
そして現れた、新たなる死屍累々。
海抜100m付近よりも下に点在する、廃道断片「D」〜「G」たちが出現した!
「G」まで辿り着ければ、いよいよ大千代港到達は目前だと思うが、
「E」と「F」の間に、明らかに嫌な感じの落差が……。
激藪&激斜面という“暴風”にもみくちゃにされて、もはや道の姿を保たない階段通路。
それでも私に進路を示してくれるありがたさは、値千金! なんてありがたいんだ!
7:58
廃道断片「D」に到達!!
チェンジ後の画像は、GPSで確認した現在地だ。
海抜120m付近まで来ているぞ!
バリケード地点からの高低差としては、ようやく半分下ることに成功したというところ。まだ半分かよ!!
廃道断片「D」は、階段!
異様な角度で大地に突き刺さっていた廃道断片「D」だったが、なんとその角度の正体は階段だった!!
これまで廃道断片「A〜C」として断続的に見てきた旧道は明らかに車道だったはずだが、この「D」で再開してみると、階段になっていた。
これは要するに、大崩壊以前の村道18号線も、海抜140m〜120mくらいまでしか車道としては存在せず、その先は階段だったということなのだろう。階段でしかアクセス出来ない地方港、それが生来における大千代港の姿だったのだ。
つらたん…。
大千代港の駄目さ加減に、嗚咽が漏れそう。
港まで、残り高低差120m。
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