道路レポート 兵庫県道76号洲本灘賀集線 生石海岸旧道 第5回

所在地 兵庫県洲本市
探索日 2017.12.05
公開日 2024.03.11

 タイト・ブリッジの死闘!


2017/12/5 12:23 《現在地》

長い橋が現れた。

それも、これまでの展開とはおおよそかけ離れた印象を受ける、“今風の橋”であった。
まあ、何を以て「今風」と感じたかといえば、主にガードレールの存在なのだが、現代の道路では極めて普遍的に目撃されるこの種のガードレールが、これまで(欲しい場所だらけだったのに)全く見られなかったにもかかわらず、この橋に限ってふんだんに利用されていることが、とても印象的だったのである。

……まあ、そのガードレールは潮風でかなり錆びて傷んでいるのが一目瞭然だから、「今風」は少し過剰な表現だったかも知れないが…。



奇妙な橋だ。

妙にひょろっとしていて、細長い。
高さの割に長さがあって、何を跨いでいるかと思えば、基本的には何も跨いでいない。少なくとも、川とか、谷とか、道とか、そういった明瞭な障害物を跨いでいない。水域を跨いでいないのであるから、これは一種の陸橋である。

本当に、見れば見るほど奇妙な立地である。
この場面、わざわざ橋など架けず、地形に沿って山肌を迂回したとしても、何も難しいところはないし、距離もほとんど違わない。
これが高規格な道路であれば、高速走行のために直線を重視することも頷けるが、架かる橋の幅は見るからに狭い。



狭い橋だ。

ぱっと見、歩道橋と言われても信じられそうな狭さがある。
まあ、実際は車道橋ではあろうが、軽トラを初めとする小型乗用車向きのサイズ感だろう。間違いなく、路線バスみたいな大型車は通れない。

だが、これも不自然な点である。
ここまでのこの道は、大荒れではあったものの、崩れる前の本来は道幅は、ちゃんと大型車も通れそうなものだった。
例えば、ここまでの唯一の橋だった【立川橋】の幅もそうである。
この橋だけが、妙ちくりんに狭いという印象を受けるのである。



橋の奇抜さにあてられて、なぜか渡る前に下へ潜り込んでいた。

本橋の構造は、連続5径間の単純な鉄筋コンクリート桁橋(RC橋)だ。
5ヶ所の橋脚は全て三柱式で、形状はとてもシンプル。
難所を突破するために特注された新規性が高い構造物のような尖った雰囲気は、特に感じない。
まあ何か曰くはあるんだろうけど。この橋の存在自体が、相当奇妙だから…。

そして、橋の下の様子を観察したことで、この不思議な陸橋の架設目的に心当たりが出来た。
それは、落石の回避だ。
落石回避を主たる目的とした橋は、有名な大崩海岸の石部海上橋などの例が知られている。

見ての通り、大量の落石が橋の下に散乱しており、もしも地上に道があったら、とっくに埋れていただろう。
これはつまり、ここまでの廃道区間でさんざん見たような酷い有様に、現役時代から陥っていただろうということだ。
それを回避すべく、現役時代の後期にこの橋を設置したのではなかろうかというのが、私の予想だ。
ただ、この橋を架設した時点では既に旧道になった後だったのか、もう大型車が通る需要がなかったから、こういう狭い橋を架けたのではないか。
そこまで想像することが出来た。 (答え合わせは机上調査で)

一旦戻って、橋を渡ってみよう。



いざ、橋頭に立つ!

欄干は塩害で酷くボロボロだが、路面には車の轍が残っているわけでもなく、そもそも直前までの道が落石と雑草に埋れた未舗装路なので、橋の存在は浮いている。印象的にも、物理的にも。
また、橋幅の狭さは現役当時から利用者に注意する必要があったらしく、頑丈なガードレールで道の幅を狭めたうえで橋に通じている。
橋の入口付近に、親柱のようなモニュメントや、道路標識、銘板の類は全くなく、残念ながら橋名や竣工年を明確にするものがない。

橋の全長は、目測で50〜60mといったところ。
幅が狭いせいで余計長く感じられるところのある、本当にひょろっとした橋だ。



振り返る、惨憺たる、陸の道。
最近は、これでも道の状態は良かったのである。これでもね……。

そんな陸上のごちゃごちゃに比べると、本当に橋の上は楽園そのものだな。整理されていて、快適だ。
まあ、遮るものなく海風がぶつかってくる立地なので、天候次第では目も開けられない悲惨な状況になりそうではあるが。とりあえず今日に関しては、ここは楽土。



橋によって道が回避している地上の崩壊地の様子がこれだ。
当地における典型的と思える崩壊斜面で、ここまでも似た場面を何度も見てきたし、苦しめられてきた。
かなりの高度があり、特に上部の斜度は凄まじいものがある。ある程度は緑化しているが、完全に崩れ終わった感じでもない。

この現場は、旧道が見舞われた大規模な斜面崩壊の一発目だったのかもしれない。
その時は橋を架けることで何とか復旧させたものの、やがて周辺でも同様の崩壊が相次ぎ、旧道の保存を諦めた結果が、いまの惨状ではないだろうか。
なにせ本日は見覚えがありすぎる、この手の崩壊現場に。



橋の直下は平坦に近いが、海側はまた45度を越える急斜面となって、おおよそ30m下の波打ち際に落ち込んでいる。
寄る辺のない地形に耐えながら、島の外周を巡る一本道を完成させ、そして維持した、そんな過去の苦闘が目に浮かぶようである。

ん! あれは?!



うっわ…。

海岸に、道の破片や残骸が大量に散乱しているっぽい…。

いま架かっている橋の部材では明らかにないから、これはもう、当所が大崩壊を起こす前に通じていた先代道の残骸と見て間違いあるまい。
そんな崩壊地を渡るために架けられたのが、この橋なのだ。
一見不自然な陸橋の由来が、だいたい見えてきた気がする…。



ここから見える橋の先も、状況は良くなさそうな予感がする…。
中津川集落および現道との再合流まで残り600m程度まで迫っているはずなのだが、なんというかまだ全く、迎え入れてもらえそうな雰囲気というものを感じられない。
ここからどのように、平和を取り戻すというのだろうか……。

先が気になるが、まだもう少し橋の観察を続けたい。



橋上の路面には、錆びて壊れ風で引きちぎられたガードレールの断片が、たくさん散らばっていた。
あとは、丸っこいポロポロとした茶色いドングリかコーヒー豆のような粒が、おびただしい数散乱していた。
開けっぴろげの空の下、どこからこれほど大量の木の実が供給されたのかと思ったが、これよく見るとシカかウサギの糞である。少なくとも実ではなく、何かの動物の糞だった。

探索中は全く遭遇しなかったが、前後の廃道と共に、この橋も野生動物たちの便利な通路になっているのだろう。
特に橋の上は風通しが抜群に良く乾ききっていて、何年も何十年も糞が分解されない環境なのかも知れない。それにしてもこの数は驚きで、全く人間界から切り離されて野生の橋になっていた感があった。



 

橋を渡った先に荷物を置いてから、もう一度同じ方向に渡りながら動画を回した。

見渡す限り全く人気のない世界で孤軍フン闘に殉じた細い橋の末路を、一緒に体感して欲しい。



12:38 《現在地》

渡り終えたところは、こんな場所。
道の痕跡などほとんどない、荒涼とした斜面である。
そして、集落に近い側ということで、いくらか期待していたのだが、やはり親柱や銘板の類は発見できなかった。
このままでは、名無しの橋になりそうだ……。



この橋が架かる前にも、ここには道が通じていた。

それは間違いないはずだが、この風景からそんな“旧旧道”を見出すことは全く不可能だ。
最初からこの橋だけがあったような地形である。
ただ、海岸線に散らばっている人工物の残骸だけが、その痕跡なのである。



………海岸線か……。


正直、行ってみたくはあるな……。

散らばった残骸を近くから見たいことよりも、この孤独な橋を、あの海岸から見上げてみたい気がする…。

完全に寄り道だけど……、いっちょ挑戦してみるか〜?

私の“見たい”を実現する、それが探索だからな!



 寄り道: タイト・ブリッジを豪快に仰ぎ見たい!!


12:39

本日2度目となる海岸への下降を既に始めている。
もう10mくらい草付きの斜面を下ったところで、残りは20〜30mの落差だが、見ての通り、下に行くほど激しく崩壊斜面が露出していて危険な状態だった。
前の下降は「進むためにはやるしかない」状況だったが、今度のは違う。あまり無理はせず出来る範囲で……と、頭では分かっているのだが、実際下り始めて眼下の波打ち際に見える道の遺物たちが鮮明に見えてくると、辿り着きたいという気持ちは強くなっていった。



草付きの斜面を外れると、岩混じりの土斜面となり、浮き石が多く大変に滑りやすい状況であった。
起立するだけでも危険なので、重心を低くしながら尻セードで少しずつ下って行く。動画はその場面だ。画面が激しく縦揺れする。
この探索が終わったときには、ズボンの股間部分の生地が大きく裂けていて処分せざるを得なくなったが、原因の一つはここまでのトゲまみれの藪地帯、加えて決定的なダメージになったのが、この尖った岩片が多く露出した斜面での尻セードだったろう。(ズボンを二重に履いているせいで、探索中は大きな股裂けにも気付かなかった)

この動画を回し終わったところで、海まで残りの高さ5m未満で、目前に“道路遺物”が迫った。



12:43 

おおぉ〜! 格好いいじゃないか!

やっぱり、橋は下から見上げるに限るな!

見る角度によっては“昼行灯”の雰囲気を漂わせていたこの無名の橋だが、海岸近くから見上げると印象は一転、人を守るために戦うものの勇ましさに満ちている。 尻を痛め下ったガレガレの急斜面を高らかに跨ぐ、空を背負う橋の姿は、男も惚れる男らしさであった。

その足元には―



かの橋に後を託した前任たちの死屍が累々!

ひとところに、三者三様の外観を持つ擁壁残片が、集まっていた。
位置的に、ここも高波の度に洗われているはずで、これら以外の残骸は、既に完全に崩されたり、海底に持ち去られたものと思われる。
興味深いのは、ここに散らばる擁壁の外観の間に、大きな時間的隔たりが読み取れることだ。

一番古そうなのは、現地採取の石材を用いた間知石の石垣で、目地をモルタルで埋める補強があるお陰で、ある程度の塊を保っている。
それよりも新しいと見られるのが、コンクリートブロックの谷積み擁壁で、板チョコを砕いたような無造作さで散らばっている。
そして最も新しいと考えられるのが、場所打ちされた重力式コンクリート擁壁の巨大な断片だ。他の擁壁より頑丈だった思うが、それでも道を守ることは叶わなかったのだ。



一番古い石垣断片には、色鮮やかな陶管が埋設されていた。
一方、コンクリート擁壁から覗いていたのは、見慣れたビニールパイプであった。
前者の構築時期は戦前にまで遡れそうである。



ここに散らばる三者三様の擁壁だが、どれもここまでの旧道路上でも目にしたことがあるデザインだった。
こうした年代が異なる構造物の併存は、土木の材料が変遷するほどの長期間にわたって旧道が維持管理されていたことや、大崩壊によって“橋”に代替を求めたこの現場において、それまで様々な年代に繰り返し補強や改修が行われていたことを物語っている。
ここは目に見える難所であったのだろう、現役当時から。

「道に歴史あり」。 使い古された言葉だが、こうして中身までさらけ出して歴史を実見させてくれるのは、破壊された廃道の特権だ。



様々なアングルから、“名不知”の廃橋を堪能した。

既に通行人を失って相当の年月を重ねていようこの橋も、いずれは大音響に葬送され、海の藻屑の仲間入りとなるのだろう。
思えば、日本列島が軋みを上げる中央構造線の最前線、常に崩れ続ける断層崖の中腹に、道を作ったことがそもそも無茶の始まりで、それを車道の規模で維持し続けることは、現代の技術を持ってしても割に合わない無理であったのだろう。
おそらく最初ここに道を作った誰かは、地球の中身に意識を向けなかったと思うが、それが瑕疵であったと言えば厳しすぎるだろう。
むしろ、大変な苦労を共にしつつ、昭和40年頃までここに道を維持し続けた関係者の弛まぬ努力を、心より称えたい。

ナイスファイトだ! 格好いいぜ旧道!!



12:49 《現在地》

さて、素晴らしい鑑賞が終わったので、残りの旧道探索へ復帰したい。
これからまた30〜40m上方の旧道路盤へ戻るが、降りてきた斜面は登りにくそうだったので、別の場所を探している。
登りやすい斜面と下りやすい斜面は特徴が違うのである。

周りの地形を品定めしながら波打ち際を西へ少し進むと――、あおーーっ!と、思わず雄叫びを上げたくなるものが見えた。

待ちに待った旧道突破のゴール地点、中津川集落の人家や迎えに来た現県道の姿である。
残りだいたい500mの距離だから見えても不思議はないのが、いままで旧道上からは全く見えなかった。
ゴールは近いぞ!! ってか、このまま海岸を歩いて行けば何の苦労も無さそうだ。



だが俺は旧道を全うする!

ここだ! この岩脈を上ろう!
非常に急傾斜だが、一枚岩なので、上りやすそうだ(逆に下るのは怖いと思う)。
右奥に橋が見える。上ってあそこへ戻るぞ。

うおーーー!



 地理院地図にある小さな違和感は、橋の存在を暗示していた?!

複数の読者さまから、最新の地理院地図において、この廃橋のある場所だけ“軽車道”の記号になっているとのご指摘をいただいた。

確認すると、たしかに前後の道は破線の“徒歩道”であるのに、橋の周囲だけ実線の“軽車道”になっているように見える。
通常、橋を描くには“橋”の記号を用いるはずだが、それをせず敢えて軽車道になっているのは、現地調査のない空撮による作図の段階で、橋の部分に鮮明な車道が見えたことを単に表現したのだろうか。

ちなみに一世代前の地形図、最後の紙媒体地図だった平成26(2014)年版の2万5千分の1地形図も同様の表記であった。

これが意図した表記だとすると、こんなに短い軽車道の記号というのは特筆に値すると思った。
まあ、それだけですけど。(笑)
つうか、みんなよく見ているな。






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