隧道レポート 葛野川ダム仮設道路2号トンネル(再訪編) 中編

所在地 山梨県大月市
探索日 2011. 9.16
公開日 2011.10.28


浮き輪と救命胴衣を組み合わせた、全く新しい水上移動術!(←ちょっと大袈裟)

通称“WFK”によって、遂に前人未踏、禁断の湖上へと歩み(つうか浮き)を進めたヨッキれん。

目指すはただひとつ。

入水地点から直線距離で約150m離れた湖畔の絶壁に存在する、ダム建設当時の仮設道路(国道!)トンネルの坑口である。

いざ参らん! 結着への執念を見よ!





水面移動の前進と誤算




2011/9/16 5:47 《現在地》

この日のために、準備をしてきたのだ。

躊躇いは、今ここですべき事ではない。

波のない水面へ、ジャブジャブと音を立てて入っていくのは、一種異様な興奮事であった。

そして連日の猛暑のせいか、巨大な溜まり水は温く、火照った身体に心地よかった。

腰と胸とを、それぞれ緩やかに圧迫して来る浮き輪と救命胴衣。
後はこれらの浮力を信じ、全く遠浅ではない汀線から、一歩一歩離れていく。

1メートル…2メートル……おふっ…

3メートルほど進むと、湖底に足が着かなくなり、代わりに何とも愉快な浮遊感が両脇の下に発生した。

これはこれは…

なかなかの居心地。

浮力という慈母の手に、抱き抱えられるかのようではないか。

ぷかりぷかーり。


実は私、高校生以降は一度も浮き輪というもので水に浮かんだことが無かったが、
これはおどけたフェイスに似合わぬ、なかなかに有能な道具である事に、今さらながら気付かされた。
以前、救命胴衣のみで水に浮かんだときは、喫水線が首のあたりまで来たので、非常に息苦しく、
かつ如何にも「緊急」な感じがして、全く落ち着かなかったが、浮き輪は流石「水上レジャー」の王道である。

ここでのんびり浮かんでいるだけならば、不安はほとんど感じない。
そしてもちろんそれには、安心が“W”であることも、大きく貢献していた。
救命胴衣のみではもちろんのこと、浮き輪のみであっても、この行動は躊躇われただろう。



ヘッドライトは既に頭部に装着しており、手持ちの装備は防水デジカメ1台のみ。
替えのバッテリーやメディアを持ち込めなかったのは、少々不安材料ではあったが、探索自体は短時間に済むはずだ。
しかし、普段はサブのカメラであるため、ネックストラップを用意しておらず、手首に通すストラップだけなのは、水よりも比重が重いカメラを水中でうっかり手放したら一巻のオシマイで、かつ前進するためには、カメラを持った手を激しく動かす必要があるという、悩ましさがあった。
この点では今後このスタイルに改良の余地を感じた。
(前回の動画の終盤にカメラが突然水没したのは、カメラを持った手が水の中を掻いたためだ)

また、湖面の移動は最短距離を狙っていくのではなく、出来る限り湖畔を迂回しながら進むことにした。




この迂回を欲した最大の理由は、この“WFK”スタイルが持つ推進力の圧倒的不足である。

追加で足ヒレでも装備すればかなり改善もされようが、浮き輪の巨大な浮力と流体への抵抗は、手の“掻き”と足の“バタツキ”というW推進機構を持ってしても、容易に打ち破る事が出来ず、自分でも驚くほどスローリィな速度しか出せなかった。

ほんの少しでも流れがあろうものなら、それに打ち勝って前進することは、まず無理だと思える推進力不足であった。
これは、多少の誤算であった。

そしてこの推進力不足を補完する策が、岸辺に近い所を進路とすることだった。
底に足が着くならば水中歩行で移動し、それが出来ない場合でも、岸辺のゴツゴツした岩場や立ち枯れ木を腕で引っ張りながら、推進力の補助とするのである。

また、この迂回には安全上の意味もある。
それは、ダムの排水や取水によって湖面に流れが生じた場合、それに抗うためには、岸にあるものを掴む必要があるということだ。
揚水式発電の貯水池ゆえ、通常のダム湖よりも激しい湖水の流動が想定され、突発的な水位変動(=流動)への対策は、極めて重要だと考えていた。



ただ浮かんでいるのとは違って、目的を持って移動を始めると、なかなか笑ってもいられない感じになってきた。

第一は、前述したとおりの推進力不足のため、最低150mもこのスタイルで湖面移動を行うには、それなりの時間と体力を要するであろう事が分かったこと。
特に時間は問題で、ダムの管理者たちが出所してくるであろう午前8時よりも前に、この探索を終える必要がある。(一応管理所からは見えない位置だが、真っ正面の排取水所などに点検のため人が来れば発見されうるし、何より観光客に見つかることも出来る限り避けたい行為だ)

第二は、2週間前の台風豪雨の影響か、そもそも水位変動の大きな揚水式発電用ダムの宿命なのか、湖水の透明度は極めて低く、上の写真のように水深が50cm程度の場所でさえ、何メートルもある場所との外見的な違いが無かったということ。
そのため、浅深を問わず泳ぎのスタイルで行く必要があり、より多くの時間を要したことである。




これが水中の映像である。

上が水面で、下が湖底。

水中30cmくらいの位置で、ほぼ水平方向にカメラを向けて撮影したが、ほとんど上下も分からない。

ちなみに、WFKの前では全く障害たり得ない要素だが、湖水は極めて深かった。

湖岸は絶壁であり、汀線から1m離れた水深が、5m以上ありそうだった。

もっとも、究極的には、この湖の最深水位はダムの落差である105mから、
堆積した土砂の高さを差し引いたくらいはあるわけで、
もし自然湖だったら“全国有数”というレベルの深さなのである。




入水地点の正面に見えていた岬に接近しつつある。

あそこがだいたいの中間地点であろう。

まさしく湖畔一帯は死の世界そのものであって、芽吹いている草木は、ひとつとして無かった。

この松姫湖が湛水したのは平成11年であるが、それまでこの場所は、険しくともシンケイタキ沢左岸に位する森林地帯の一部であったはずで、当然のことながら野生の動物の生活圏であったろう。

普段は陸上で生活し、また探索の舞台として湖上を選ぶこともほとんど無かった私にとって、これはとても新鮮な眺めであった。
まさに荒廃の二文字に集約されたような景色であり、もしもこのような環境に、自分の住み慣れた土地を明け渡すことを要求されたら、例外なく抵抗を試みたいと考えるのも宜なるかな…。そう思った。




“岬”に作られた、何らかの人工物。

鉄パイプと木の板を組み合わせたそれは、工事中の仮設落石避けのように見えたが、
水底の様子が不明なので、正体も分からない。

今となっては、触れる者も滅多にない、忘れられた遺跡であった。

そしてこれを回り込むと、いよいよ恋い焦がれた最終の目的地が…




見えてきた。


5:55 《現在地》

入水から8分後、目的地はかつてない近さに現われた。

直線で一気に泳ぎぎってしまいたい衝動に駆られたが、
そこはグッとこらえて、急がば回れの精神をもって、再び左へ進路を取った。




振り返る入水地点。
少し前まで私がいた林道の橋は、もはやそこに引き返すことが出来ないのではないかと思えるほどの高みに見えた。

確かに、ある意味ではそうなのだ。
手軽な湖上移動の術を身に付けてしまった私は、今後もことある毎に、悩まねばならなくなった。
今までならば、ボートがないから辿り着く術もないと納得して諦められた攻略対象が、これからはそれが“逃げ”のように考えてしまう気がする。
常にWFKを持ち歩くわけはないが、可能か不可能かという意味では、湖上探索の不可能性は一気に減少したのである。

行動範囲の拡大やそれに伴う新たな成果は喜ばしくも、同時に私は鉄の十字架を背負ったかも知れない…。
そんな心境が反映され、平穏な橋は“戻り難い”眺めに思われたのである。




水没から12年目の湖畔には、いくらかの立ち枯れ木が存在した。

これらは湖畔スレスレをゆく私にとって、良い手がかり(支点)になってくれると同時に、水面下に隠れている隠顕木が浮き輪に接触することが何度かあり、ひやひやさせられた。

WFKでは、万が一浮き輪が機能を失っても、救命胴衣がしばらくの間浮力を持続してくれる。
しかし、その場合は現状よりも遙かに息苦しい状況となり、もちろん危険度も格段に増す。
とはいえ、実を云うと私の安全は、W(ダブル)ではなく、T(トリプル)であった。
というのも、この浮き輪は2室構造になっていて、万が一どこかに穴が空いても、ある程度の浮力を維持するような構造になっていたのである。




湖岸の絶壁から水面下へと垂らされた、一本のロープ。
その行く末を見上げてみると、なにか鉄パイプ造りの、骨組みだけとなった構造物が見えた。

今まで漠然と「そうだろうな」と思いつつも、実際に目にすることの無かった光景が、こうした眺めであった。
それは、ダム建設工事によって一時的に用いられ、最終的には不要となったものもまた、工事以前にそこにあったものと同様、打ち捨てられているだろうということだ。

湖底や、湖面によってアクセス出来なくなる地上に取り残された工事の名残は、いったい誰によって見届けられたのか。
ある意味では、最も幸薄い土木構造物といえるかもしれない。

そして、今私が近付こうとしている対象も、そうした“仮設構造物”のひとつであった。




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ここも、一気に向こう側へと横断してしまいたかったが…



あくまでも湖上での私は、超初心者であることを肝に銘じ、

喫水線ぎりぎりを、着実に迂回していった。


【動画2】

↑この動画の途中で一箇所、コンクリートの吹き付けで岸壁が固められている箇所が出てくる。

これは当初岩場の陰にあって見えなかった場所なのだが、この吹き付け部分が私をかなり苦しめ、また焦らせた。

なぜならば、コンクリートが吹き付けられた斜面には、これまでのように手がかりとなる凹凸がほとんど無く、
前進のためには、ほとんど素直に“泳がねば”ならなかったからだ。
前述の通り、泳ぎは非常に鈍足であり、

「いまもし湖水に流れが出て来たら、オシマイかもな…」

という焦燥が、私を苛んだ。




だが、それでも引き返すワケがない!

とうとうやってきた!

「仮設道路」の路肩と思しき斜面が、岸壁に出現!!




路肩かッ! そこにあるのは路肩なのかッ!!


きっとそうであるはずだ。

対岸から見た眺めと、目の前の地形とは、ぴったり合致する。

これは間違いないはずだ!



だが、今一歩の所で手が届かぬッ!!

水中では踏ん張りが利かないし、しかもここに来て苦手なコンクリート岸壁。

気は急くが、少しも岸壁の上の状況を見る事が出来ないまま、1メートル、2メートルと、岸に沿って、

牛歩ならぬ、水に墜ちたワルニャンよろしく、バタ足のスイムスイムスイム!



6:04 入水から17分後。

わずか150mばかりに思いのほか時間を要したが…




シャアアッ

ワルニャン湖、

いや、ワルニャンコが、新たなステージへ上陸。



「フハッ フハッ」

いいながら、濡れたレンズを拭いもせず、カメラのシャッターを切る。

ゴックンゴックン呑んでるし、上陸するときに鼻から湖水。


興奮の極みッ!!

至福!!!



ついに辿り着いた。



仮設道路2号トンネル、西口。