トンネルの存在を頼って、平坦なまま楽に集落へと入っていく県道を脇目に、我が市道はグイグイ登っていく。そうする100mほどで屋根がいくつも見えてきた。中には見覚えのある火の見櫓の姿も見えた。
……分かっている。
これこそ、我が反撃の狼煙とすべきもの!
集落の上を掠めて通りすぎた市道は、次に現宮沢トンネルの坑門上を横切った。
相変わらず結構な角度で上り続けていて、最終的にこの道は御牧ヶ原の上まで続くようである。
だが、私の目的とする地点へは、もう間もなく辿り着くはずだ。
初めて来る道ではあるが、目的地の予め描かれた地図が手元にあった。
15:11 《現在地》
ここだな。
「現宮沢トンネルの上のほうを通る道からその場所に近づいて
」
と書いていたモル氏と同じルートであろう。
というか、おそらくこのルートの他にはない。
前回の探索では、全く近付く必要性を感じなかったルート…。無知は怖い。
入口についてモル氏から何か目印を伝えられていたことはなく、実際そういう物も特に無い。
強いていえば、市道が大きく切り返すカーブの直前という案内が出来るだろうか。
私はここで自転車を乗り捨て、GPSの画面上に目的地が間近に表示されている方向、
すなわち右の路外(矢印の方向)へと視線を向けた。
そこにあったのは、何の変哲も無い山の斜面。
やや急であることを除けば、本当にどこにでもありそうな山だ。
そして、モル氏の踏み分など、もちろん残ってるわけもなく…。
そもそも、ここには道が見あたらない。
廃隧道へ行くための道など無くて当然と思うかも知れないが、経験的には、
さほどメジャーではない廃隧道であっても、道の近くにそういうものがあれば、両者を結ぶ踏み分けがあるのは珍しくない。
もちろん、それがいわゆる“マニア道”なのか、ある種の必要とされた仕事道なのかは、区別出来ない事の方が多いが。
…この先は、本当にモル氏しか知らない世界なのかも知れない…。
自然とそんな考えに至り、また厳かな気分にもなった。
が、それが足枷となることはもちろんなく、道無き斜面へ足を踏み入れる。
まずは下の見通しが得たいので、出っ張った所に生えた大きな木(黄線の所)を目指そう。
あっ…!
やりました!!健在なようです!
これまで2つしか無いと信じて疑わなかった宮沢3号隧道の坑門。
しかし今、その常識をあざ笑うように、第3の坑門が眼下に出現した。
まだ見えないが、もはや確然的に第4の坑門もある。
しかもこれは6ヶ月前に「画竜点睛を欠く」と評するほどの落胆を与えた、
あの不完全な姿へ化した坑門ではない。完全な坑門だ。
完全…何一つ欠けない無欠の姿。
外見だけでなく、機能としても完全な坑門。立ち入れる坑門。
モル氏ありがとう! これでようやく私は本懐を遂げられる!
… … …
興奮のためか、このあと普段なら逐一撮影するだろう行程を、何もせず前進してしまった。
とはいえ、ほんの僅かな距離である。というか、落差である。
隧道へ近付くための落差は、最初の市道から30mくらいだが、上の写真のところで残り20mになっている。
そこからさらに残り10m未満の所まで近付く行程を、無撮影ですっ飛ばしていた。
時間にして1分弱の行程。ただ斜面を下っただけだが、確かに言われたとおりの急斜面である。
だが慣れた身に難しい事は無い。下草を引きちぎりながら下った。
残り10m地点へ。
“モル氏空間”の全貌が見えてきた!
まだ眼前の藪はうるさいが、向かって右側にも坑門を目視確認!
この段階で分かったことは、坑門と坑門の間隔(旧道の明かり区間の長さ)が2〜30mであること。
旧道のこちら側だけでなく、反対側(千曲川の断崖方向)にも擁壁があること。
そしてその結果、旧道は、左右が擁壁、前後が坑門という、
極めて閉鎖的で特殊な立地にあること!!
え? えぇっ?!
私の興奮と、興奮のあとに覆い被さってきた「戸惑い」を胸に、
残り5m地点へ。
15:14 《現在地》
…………
……
ちょっと、モルさん?
これ、どうやって隧道へ“行く”んスかねぇ…?
これは、ここから見るだけですか……。
これは……。