廃線レポート 奥羽本線旧線 赤岩地区 その1

2005.1.3


 山行が合同調査隊メンバーの3人。
私、くじ氏、細田氏は、夜を徹して数百キロを駆け、朝日と共に福島の地に立った。
目的は二つ。

ひとつ、赤岩地区に眠る奥羽本線の旧線、明治時代の鉄道遺構を巡ること。
もう一つは、万世大路工事用軌道の解明である。

このレポートは、その前者。
探索の初日に行われた、奥羽本線旧線探索の模様をおつたえする。

午前8時、赤岩駅、到着。
早速、探索の火ぶたが切って落とされた!



 赤岩スイッチバック 突っ込みトンネル
2004.11.20 8:16


 これから、右の地図の範囲に数々の鉄道遺構を巡ることになる。
時折書き足しながら、紹介していくことにする。
まずは、最初の書き足し。

これから紹介するのは、赤岩駅のスイッチバックの名残の一つである。


まず、赤岩駅について簡単に略歴を記すことにする。

明治32年(1899)奥羽南線 福島米沢間開通。
当地には、赤岩信号所が設置された。
当初、通過線のないZ型スイッチバック構造であった。
同38年(1905)奥羽南線 北線とつながり、全通する。奥羽本線の誕生。
同43年(1910)赤岩信号所が、駅に昇格し、赤岩駅の誕生。
昭和24年(1949)福島米沢間直流電化工事完成。
赤岩を含め、各スイッチバック駅に通過線が新設される。
昭和41年(1967)福島米沢間交流電化工事完成。複線化工事着工。
避難線隧道竣工。
同59年(1984)無人駅化。
平成2年(1990)山形新幹線開業に伴う標準軌化工事が行われる。
スイッチバックは廃止され、駅自体も現在地に200メートルほど移転した。


 これが、現在の赤岩駅付近。
架線の見える場所が、現在の線路であり、我々の立っている場所はスイッチバック線の跡。
かつては、ホームもこのスイッチバック線の両側にあったが、今は使われておらず藪に没してる。

現在のホームは、さらに真っ直ぐ200mほど進むと、現れる。
そして、お目当ての突っ込みトンネル(避難線隧道)は、振り向くとそこにある。




 藪と化した線路跡の向こうに、一際大きな口を開けているのが、避難線隧道。

避難線隧道というのは、スイッチバックに不可欠な避難線の、その必要な延長を稼ぐための苦肉の策である。
広い敷地を要するスイッチバック構造だが、それを建設する地形が足りず、その一部分が山に重なってしまったと考えてよい。
その重なった部分が、隧道となっているのである。
そして、このような避難線隧道をもつスイッチバックは、ここから二駅米沢寄りにある峠駅でも見られた。

当初から行き止まりが想定された隧道などというものは、隧道界広しと言えども、特例である。



 隧道へ向けて枯れ藪に踏み込むと、まだレールが敷かれたままになっていた。
しかも、複線分、4本。
レールは真っ直ぐ隧道へと引き込まれている。
避難線隧道前のレールは、なぜか撤去されていないようだ。
単に経費を削減するための“残し”なのか、他に理由があるのか?

分からないが、思わぬ収穫と言える。




 そしてこれが、その巨大な坑門。
滅多に間近で見ることなど無い、複線断面の鉄道隧道である。



 なお、坑門の直上に停められている車は、細田氏のものである。
丁度坑門の直上が車三台分くらいの駐車スペースとなっており、一応は駅前駐車場と言うことになろう。
スイッチバック時代の赤岩駅ならば良かったのだが、いまではちょっとホームまで遠すぎて、まさかここに車を停めて駅まで歩く暇人も少なそうだが、我々は良く状況が分からず、停めてきていた。

何はともあれ、この日一日の探索の最後は、またここに戻ってくることになる。
なるのだが、そこまでの道のりは、当初考えていた以上に…波瀾万丈。
淡々とレポートにしても、その全てを紹介すれば、おそらく20話は下らない。
赤岩だけでなかったのだから、探索は。

話が脱線した。
話を赤岩に戻す。
 


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 坑門の横には、朽ちかけた制御ボックス。

こう言うの、前から開けてみたいと思っていたので、取っ手に力を込めてみた。

が、開かず。

鍵が、掛かっていた。


 中身は拝見できなかったが、付けられていた銘板が目をひいた。

おおっ、大館?

我らの住まう秋田の、あの北の街“大館”だ。

そんな、すこし親近感を感じる発見だった。
まあ、私が無知故に、こんなことで驚いているわけだが。
調べてみると、大館製作所は、決してローカルな企業ではなく、大正に創業し、東京や札幌にも支社を持つ、鉄道用信号機については全国区の企業のようである。
秋田にも、こんな誇れる会社が、あったんだねー。

しらなんだよ。今まで。



 坑門から、数メートル松川の谷側へ身を乗り出せば、、広々した標準軌のレールが並んでいる。
今我々のいる場所と、その一段下にある現在線。
この、たった10m程度の比高が、この大仰なスイッチバック施設が稼ぎ出した高さというわけである。

鉄道とは、本当にままならないものである。
たかだかこれだけ。
これだけのために、こんな行く当てのない隧道まで掘っているのだ。




 坑門脇に掲げられた、銘板。

日本国有鉄道盛岡工事局が設計した、複線形式の赤岩避難線隧道。
これが、正式な突っ込みトンネルの名である。
延長は、122m。


それでは、坑門にありがちな入洞の不安は全く感じ得ない、
その広々とした行き止まりの隧道へ、入ってみよう。



 突っ込みトンネル 内部
2004.11.20 8:20


 延長112mと言えば、まあ長くはないが、それなりの長さとも言える。
場合によっては、長く感じるようなこともあり得る、そんな長さである。

だが、これだけの大断面。
そして、直線。
予め見えている、行き止まりの壁。

この条件では、隧道というよりも、山肌の凹み程度にしか見えないのも、また事実。

先は見えているが、それでも、一応行き止まりまで、 ね。



 坑門付近に設置されていた、信号機。

この信号機について、レポ発表当初は間違った情報を流す愚を犯し、親切な多くの鉄ファンからご教示頂いた。
この信号機は中継信号機というもので、本来の信号機の見通しが悪い場所に設置されるものである。



 全長は112mだが、レールは90mほどで車止めと山盛りのバラストで潰えている。
その先は、凹凸の激しい土と瓦礫の空間である。

昭和42年に完成したこの避難線隧道だが、余り利用されたこともないのか、非常に綺麗なままである。
まあ、排ガスを出したりしない電車が主な利用者だった上に、構造上風や嵐も殆ど影響しなかったわけで、道路用の同年代の隧道と比較するのは無理があるが、それでも、完成から40年近くを経た隧道とは、とても思えない、壁の綺麗さである。
さらに、廃止されて14年も経つのだが、レールも錆は薄く、バラストなど新品のようである。
内壁は殆どが乾いており、そのこともまた、隧道の印象を明るくしている。




 閉塞部分に接近。

ここで気が付いたのだが、なんと、この隧道内に最近まで人が生活していた痕跡があった。
或いは、今も生活しているのか?
真新しいようなペットボトルのゴミや、瓶、それに、歯ブラシなどが、一カ所にまとまって置かれている。
確かに、ここにテントでも張れば過ごしやすい場所かも知れない。
殆ど、その安眠を邪魔する人間が訪れる可能性も低いわけだし。

とまあ、そこまで考えはしたが、寝床が見あたらないので、やはり生活というわけではなく、ただの野宿跡かも知れない。




 閉塞壁。

特に変わった様子はなく、巨大断面を一発で遮断している。
その先に何かがある痕跡は、全くない。



 あっけなく行き止まりまで到達し、引き返しに入る我々。

その時、壁に見慣れない数列を発見。




 なんだろうか、これは。

おそらくは、内壁厚だと思われる。
近年施工された道路トンネルなどでも、「NATM 60」などの文字を、壁に見ることは多い。
先の例は、NATM工法で内壁厚60cmと言うことを表す。

その例に倣えば、この数字も内壁の厚さ。
4つの数字が並んでいるが、左の二つがこの地点よりも左の数字、右の二つは逆に、坑門側の厚さなのだろう。
そして、上の数字は、側壁上部から天井に掛けての数字で、あとはもう言わずもがな。

と、想像してみる。
事実は、不明。



とまあ、こんな感じで、突っ込みトンネル探索はあっけなく終わる。
終わるが、この坑門から直接現在線の法面上を福島方向へと歩き出す。

無論、目的は旧線遺構群だ。
こんな危険な、というか、なんとなく常軌を逸したような場所を往かねば行けないのか?

…。

とにもかくにも、この先に行こうとする場所は、一筋縄では行かない難所である。
それは間違いが無い。
少しカッコをつければ、「大事の前の小事」と言った心構えが、必要である。
そう考えての、余り体裁や楽さを考慮しない、最短接近の試行だったのかも知れない。

とにかく、現在線にそって500mほど進まないことには、旧線との分岐地点には行けぬ。
そこまで、簡単に辿り着く術は、ないのだ。


この時、 すでに
始まっていたのである。

はじまっていた!!






 次回、ヨッキれん早くも悶絶。

 かべのなかに、いる!!!







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