道路レポート 塩那道路工事用道路 最終回

公開日 2016.01.20
探索日 2011.09.29
所在地 栃木県日光市〜那須塩原市

終章、塩那の曙光に別れを告げて


2011/9/29 5:21 《現在地》

ひょうたん峠、海抜1700mの塩那道路上から見る東の空、夜明け前。

外の音は何も無い。遠い渓流の音も、風のさざめきも、鳥獣の声もまるで聞こえない。
唯一聞こえるのは、私の呼吸する音。唯一動くものは、私の吐く白い息。そんな状況。
ただただ静謐に空気澄みわたり、凛烈に極まり、来たるべき一日の始まりの瞬間を、
地上の全てが、厳かに待っている。

地平線に日が昇るまで、あと10分ほどであるはずだが、
今一番明るく見えるのは、右に被った大佐飛山の肩の辺りである。
ということは、この地点で日の出を観測するまでには、少し余分な時間がかかるだろうか。

正確な時間を予想する術が無いので、見逃さないためには、ただ待つことしか出来ない。
とりあえず、日が昇れば下山し始めるということ以外、特にやることはないので、
のんびりと夜明けを待つのは本来構わないのだが、いかんせん…

突っ立ってるのは寒すぎる〜!(涙)



これは上の写真と同時刻に、望遠にして覗いた景色だ。

左の高い山々は、てっぺんが標高1900mを越える那須連峰の主峰群である。
現在地から東北東15kmほどの距離にある。塩那道路という名前の「那」であり、
具体的にはあの山々の裏側の裾野にある那須高原が、この道(県道)の最終目的地だ。
塩那道路はここから那須連峰の手前にシルエットが見える黒い稜線を伝って、少しずつ下って行く。
昨日は塩那の「塩」こと塩原側の果てしないような道なりを望遠したが、こちらもまた同様であった。

右の大佐飛山と左の那須連山に咬合される木ノ俣川の行く末に広がる下界は、那須野ヶ原である。
しかし今は厚い雲に地平の近くを覆い隠されていて、まさしく雲海と呼べる状態にある。
その天候は窺い知れないが、或いは下界からは見る事の出来ない今日の日の出なのかも知れない。
そんな想像は、私を少しばかり得意にさせた。



私と横に並んで、真っ正面に明けゆく空を見守り続ける、路肩の蛇籠擁壁。
何だか丁寧に真東に向けて設えられた擁壁の段々が、私には劇場の椅子のように見えた。
今日の観客は私だけしかいない。山男達はもっと優れた夜明けをいくつも見てきたのだろう。
だが私にとっては、この場所の夜明けこそ、本当に見たいと思える夜明けだ。

塩那道路がこれまで迎えた朝日の数は、数え切れないほどであるが、
本当の意味では、一度も夜明けを迎えないまま、闇に留まろうとしている。
そんな道だからこそ、日没よりも、夜明けの光景を、より見たいと思ったのだ 。



5:38

本日の(正確には昨日のだが)宇都宮(こことほぼ同じ経度にある)の日の出時刻は、5:30。
既にその時刻を8分ほどまわっているが、まだ太陽を見ることは出来ない。
やはり、ごく狭くしか見えない那須野ヶ原の雲海から日が昇るというのは高望みで、
実際には、そこから少しはずれた大佐飛山の向こうから昇って来ているようである。

しかしそれでも、山頂ではなく、山の中腹から昇ってくれそうだ。
地平線に近い方が、より純度の日の出に思えるというのはもちろんだが、なにより、
ここで出発を遅らせて待つ時間が、寒くて、なかなか耐え難くなってきた(切実)。



5:45

来るぞ来るぞ!遂に来る!

空から地へと明るさが伝っていく。それと同時に、音のなかった世界に、鳥たちの声が溌剌と響き出す。
こんな劇的な夜と朝が転ずる瞬間が存在する事を、私はいままで意識したことが無かったように思う。

この場所でほとんど身動きせず…は、寒すぎて無理だったので、適当にジョギングしながら待った。
でも本当に待ちに待った、待望なんていうのは容易いが、本当に心の底より待ち望んだ瞬間。
おおよそ12時間30分も続いた長い夜。しかも2時間くらいしか眠れなかった、忍耐の夜。

その暗い檻を突き破って





塩那来光。


この瞬間、私の探索の無事が、また一日長らえることを約束された。

もちろんそんな単純な訳は無いのだが、しかしそう思える瞬間だった。

そして、思い残すことは、これで本当に無くなった。

振り返ることなくここを離脱すると、速やかに下山準備を始めた。




数分歩いて小屋に戻る。
そして、一宿一飯の礼とばかり、室内にあった竹箒で簡単に掃き清める。
明るくなってはじめて気付いたが、換気扇のところから外が見えるじゃねーか。そりゃあ寒いわけだ。結局、外気温と変わらない(0℃前後)ところで横たわっていたことになるだろう。
まあ、昨夜のことは色々学習した。この経験を次の越夜に活かすのだ。
極めて単純な話である。あとはこの経験を持って、生きて下山すれば私の勝ち。
しかも、その勝利がもう本当に間近にあると思えるのだから、喉元過ぎれば熱さを忘れるの喩えの通り、昨日の道を身体が忘れたわけではあるまいに、全く私は単純に出来ていて、嬉しくなるぜ!

でも、帰り道については、完全ノープランというわけではない。
きっと試してみたいと思える“技”があった。
それを実行するのが、楽しみだった。




5:55

全ての荷物をまとめ、おおよそ17時間も滞在した“塩那道路”から、離脱する。

もちろん、向かうのは工事用道路。昨日来た道だ。
分岐地点に張られた“彼ら”の天幕も、健やかな朝日に照らされ賑やかさを取り戻していた。
彼らはむしろ今日が本番で、これからさらに道なき道を遠征し、大佐飛山の頂上を狙うという。化け物め!
私は下山し、今日予定していた別の廃道(細尾峠旧道のサイクリングを楽しむ予定)にアタックせねばならないので(私が塩那を独り占め出来ないのと同じで、塩那とて私を独り占めは出来ないのだ。私を待っている廃道はたくさんある)、彼らとはエールを交わしてここで別れ。




6:00 《現在地》

これから立ち入る下山路は、全て西側斜面にある。
故に、一旦私はまた夜の世界の延長に帰ることになる。
私が次に日の光を浴びることが出来るのは、どこだろうか。
出来る事なら、少しでも下界に近いところで照らされたいと思う。

私にとって、工事用道路の象徴に見える奇妙な形の風衝木の下から、下山を開始。



戻って来たぜ−! 激藪ちゃーん!

一歩を踏み込めば、もうあっという間にマックスレベルの藪の濃さになる。
徐々に変化するような甘さは、ない。
忘れもしない、これが塩那道路工事用道路の真実である。
昨日自分が、そしておそらくはもう3人も付けたはずの踏み跡なんて、ほとんど感じられなかった。見た限り、処女藪に限りなく近かった。




挙げ句の果てに、昨日はカラカラに乾いていた藪が、今は溶けかけた結露という最低最悪のコンディション。
予想できていたことではあるが、歩き出して3分後には、もうパンツの中までぐっしょりと濡れた不快感に包まれた。
もちろん、ガンガンに冷やされるのも苦痛だった。

でも、とりあえず寒さについては心配していない。この藪を漕いで寒いなんていうことは、運動熱量的にあり得ないからだ。
積極的にガサガサと音を出しながら進んだ。
幸い、私の足の疲労も一晩たっぷり休ませたことで、ある程度まで回復しているように感じられた。
もちろん、下りだからこそ楽なのは、疑いのないことだが。



うわ、すっごい!!

何と美しい眺めだろうか。この光景は予想していなかったので、感激した。

遠い那須野ヶ原に眺めた雲海は、こちら側の男鹿川の谷間にも、知らぬうちに作られていたのだ。
夜から朝そして昼へと移り変わっていく時限の眺めを、厳しい仕事の合間に眺める、そんな幸せがあった。

だが、これ以降は森林帯へ突入したので、遠くを眺められる機会は奪われた。
したがって、これが塩那からの眺望としては今回最後のもの。粋な餞別であった。


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6:20 《現在地》

工事用道路を歩き出して、20分。
昨日、ただ一回だけ道を見失って肝を冷やした、標高1600m辺りに差し掛かっていた。
同じ轍は踏まないよう、GPSで小まめに現在地をチェックしながら進んだが、なるほど確かにこれは分かりづらいと再認識した。
この写真のような場面がとにかく多く、地形的に道を判別することが非常に困難だった。

だが、昨日の私と今日の私は、実は全く違う。
今日の私は、GPSで現在地さえ把握できていれば、道を見失うことには構っていない。

なぜならば、




下山路は容赦なくショートカットしていくからだ!

大体、右図に示したようなショートカットを計画していた。
その実現可能性については、昨日上ってくる最中、小まめに周辺の地形をチェックして調べていた。
それで概ね下山路としては使えるだろうと踏んでいた。

さらに加えて、彼らである。昨夜に話を聞いたところ、彼らは私のように工事用道路の九十九折りなどに拘泥はせず、地形的に上りやすそうなところを、バッシバッシと直登してきたというのだ。
正直、「うへぇ…」である。この激藪で直登の標高差500mとか、私は頼まれても御免被りたいが、それでも彼らが無事に上ってきたという事実は、重い!

そして現在地はそろそろ、私が計画したショートカット下山コースの入口というわけで、特定の入口がある訳でも無いから、この辺で道を見失うのは別に構わなかった。
ワイルドだろ〜。



そしてそれから10分くらい後には、私はどうやら(本当に知らないうちに)工事用道路から外れたらしかった。

自分でこうしようと決めていたとはいえ、ここでは流石に「怖さ」を感じた。
もはや周囲を見回してみても、道のあった痕跡はどこにもなく、真に独りだった。昨日だったら、完全に「やってしまった!」っていう状況だ。

私は、私がせっかく作り上げた、生還へのただ一つの信頼できる手綱を、自ら手放したのだ。不安に感じて当然だ。
流石にGPSという頼れる相棒がなければ、臆病な私は、この選択をしなかったかも知れない。




このいかにも“オブローダーらしい”弱気と不安は、ほとんど平坦に近いような笹藪を、GPSとコンパスを頼りに進行する最初の数分の間、私を苛んだ。

だが、その最初の数分を超えて、周囲の地形が西へ向かって一方的に下る広大な斜面に変化すると、恐怖はすっかりと息を潜めた。
その代わり、自らの体重がこれほどまでに頼もしい推進の道具になるのかということに気付かされ、昨日の激藪ストレスの発散として、大変爽快に足を進められるようになった。

それに、とにかく傾斜の方向に下ってさえいれば、この斜面を九十九折りで何度も横断している道には何度も交差するのだから、完全に道を見失う畏れはほとんど無かった。



6:51 《現在地》

直降ショートカット作戦は、おそろしいほど順調!

ショートカットを始めてから20分ほど経った時点で、私は始めて道に出会った。
ただ、これを道だと断言出来るのは、私が昨日ここを歩いているからだ。
偶然通りかかっただけなら、この程度の藪の起伏は山崩れに伴う微地形など色々なものと混同してしまい、人工的なものだと区別するのは難しい。
しかし、確信を持ってしゃがみ込んでみれば、明らかに昨日這い蹲るようにして潜り越えた笹藪下の道形があった。

現在地は標高1450m付近であり、昨日はおおよそ1時間半かけて上った区間を、ほんの20分で下ったという事実に愕然となった。
しかも、まだまだショートカットは続く。



道を横断して、また直降コースを進む。
この感触は、ほとんどやったことは無いが、スキーのそれに似ているのかも知れない。
もちろんただのスキーではなく、新雪の山腹を自由に滑り降りるスタイルだ。

もっとも、実際の行動はスキーほど優雅ではなく、胸或いは首、時には頭よりも高い藪を全身で掻き払いながら、体重を最大の武器にして暴走機関車の如く驀進するものであり、飛び散る新雪の代わりは乾いた笹の枯葉である。首に入ると痒くて仕方ない。パキガサゴソパキガサゴソという耳障りな音で私の周りは常に賑やか。

でも、キモチイイッ!



きたなー。

ここから先が、このショートカット作戦におけるほぼ唯一の不安材料であった、急傾斜帯のようだ。

海抜1400mから1250m付近までは工事用道路のある山腹全面が急傾斜であり、地図読みでは平均120mの水平距離に対し100mの鉛直距離がある。すなわち平均斜度は40°(83%)である。
この傾斜の克服に、工事用道路はスケールの大きな九十九折りを描いていた。

勾配の変化は、いかな激藪とはいえ、見た目に顕著だった。
突如、行く手の地平が、世界の端でもあるかのように見えなくなったのだ。しかし、その先にも地面はある。木の上の方だけが生えているのでそうと分かる。

覚悟を決めて(というか、戻るのは相当容易でない)、突 撃!



「うぉおおー!!」

雄叫びを上げて、驀進を続けた。

さしもの激藪も傾斜のために疎となり、いささかブレーキとしては心許なくなる。
それでも、地面には常に土と根があり岩場は一切露出していない。イケルハズ!
万が一、転倒、滑落、加速した場合に備えて、正面に立木を置きながら下降する。
こうしていれば、不測の事態が起きたときにも(ぶつかって)停止出来る。
斜めに進路を取れば勾配は緩和するが、疲労した足首への負担が大きい(捻挫の恐れあり)ので最後の手段とした。


「うぉおおぉぉおおおー!!」

俺を山から出しやがれぇええ!!

もう山も何をしたいのかよく分かってないのだろう。
私を(急傾斜で)早く下山させたいのか、(笹藪で)下山させたくないのか、分からなくなってる(笑)。
だが、それでいい。傾斜と激藪の相克こそ、私にとってはこの急傾斜を安全に降りうる最大の急所だ!
やがて、もはやどちらが上か下かも分からないような超高密度の笹にもみくちゃにされながら…



スッポン!




7:16 《現在地》

急傾斜帯の下段の道に脱出成功!!

か、海抜1300m地点。GPS確認、確認…、うん、間違いない。

間違いなく、ショートカットは成功。九十九折りの2段ぶち抜きで下段に来れている。(なお写真は省略したが7:02頃にも一度道を横断した)

いやはや、これはとんでもない快挙である… 気がする。
だって、昨日2時間半から3時間かかって上った区間を、一連のショートカットにより、なんとたった45分ほどで踏破したのである。
こんなに行きと帰りで掛かった時間が変わる廃道歩き、過去に例が無いかも知れない(笑)。



ただ、逆にここをよじ登っていきたいとは、私は絶対に思わないかな。

鼠返しみたいな笹藪が頭上に櫛比しており、これを上るくらいなら、大人しく九十九折るわ。



ショートカットは、これで一旦終了した。
このまま直降を続ける選択肢もあったが、GPSを見ると現在地は比較的北側の沢筋に近く、素直に道を下っても余り迂回せず下山できるうえに、私が激藪に苦労した区間の大半はショートカットで突破出来た。この先は道なりの方がむしろ安定すると判断した。

そして久々に道を歩き出すと、すぐに見覚えの強い場面が出迎えてくれた。
往路で、本格的な工事用道路との闘いを前に武者震いしながら、上に乗って飯休憩を取った路上の大岩だ。
2度目だからなのか、征服後だからなのか、恐らくその両方で、岩は前よりも小さく見えた。
多分、私はもう2度とこの道を通ることはないだろう。
この岩を目にする事も、もうない。

表面を軽く手で触れてから、過ぎた。



7:55 《現在地》

その後、私は2度目のショートカットも成功させ、工事用道路区間を脱出。
下界から伸びてきた男鹿山林道白滝沢支線の終点部に到達していた。海抜1100m。
そしてすぐに見覚えのある木橋で沢を渡った(ちなみにこの沢は鹿又岳山頂から出ている)ところで、遂に、背負った山の上から、“本日2度目の太陽”が顔を出した。

「よう。遅かったじゃねーか。俺はもうすぐ自転車だぜ〜。」

ようやくやって来た陽気に、今さらながら眠気が湧いてきた。
私は相変わらず全身びしょ濡れのままだったが、既に冷気も和らいで、乾いた空気は、この季節らしい熱を含み始めていた。



8:01 《現在地》

自転車の回収まで、もう秒読み開始だ。

昨日は自転車を乗り捨てた沢底から山肌を数十メートルよじ登り、この長い石垣のある道に出たところから一連の廃道探索が始まったのだった。
したがって、いまそっくり逆コースを辿れば、たぶん1分で自転車の回収が出来る。自転車をゲットしてしまえば、もう歩く苦労は終わり。全ての苦難も去る。ブレーキを操作するだけで、後はらくらく下山だ。生還確定だ。

だが最後に一つだけ、悔いの残らぬよう、“昨日の宿題”をやっておこう。
昨日はショートカットしてしまった本来の林道区間を、踏破する。




今回の探索における最終殲滅作戦となった、僅か400mだけの未踏破林道区間。

もはや何事も無く終わってくれればそれで良く、それだけ果たされれば、私は大満足して下山する。
いささか探索の姿勢としては後ろ向きというか、そこまでは酷くないにしても、ちょっと牙が抜けている状態である。

ただ、そんな私を慰撫するかのように、道は緩やかな下り坂として、大きな障害物もなく、美しく続いていた。
廃道状態であることに変わりは無いが、工事用道路区間の激藪と同じ山とは思えないくらい、歩きやすかった。




無名の小さな谷筋を渡る地点では、洪水のためか、完全に道は消えていた。
橋の跡さえ無い。
余計な事は、しなくていいんだぞ。素直に終わっとこうよ?

綺麗なところはあっても、やはり年季の入った廃道らしい。
果たして、工事用道路の運用が終わってから、この辺りの林道が林道として働いた実績はあるのだろうか。
周辺に植林地があるわけでもなく、今後も人が入りそうな要素がない。




そうそう。それでいい、それでいい。

荒れた沢筋を越えると、また幅広の歩きやすい廃道となった。

ただ、どうやらもう一度沢を渡るようだ。
さっきの沢よりも少し大きい。
まあ、今さら何があっても、私の勝利は揺るがないがな。

最後の沢、越えてやるぜッ!




現存木橋きたー!!

ただの消化試合では終わらないのが、塩那だろ? 笑

完全踏破に拘った私への、ご褒美ってヤツですか!?

ありがたく、頂戴致しましょう!!

ささやかな木橋。ありがとう。



据え膳喰わぬはナントヤラで、ヘトヘトにへばった足と、やはり疲労のために衰えたバランス感覚を総動員して、朽ちた木橋の丸太を一本橋の要領で渡ってやったさ。
ここで落ちて打ち所わるくて下山出来なくなるようなマネ、あるわけ無いだろ。
つつがなくこいつを渡橋し、完全踏破へと王手。

と、ここで自衛隊員(?)からの朝の差し入れでございます。(→)

目に見えるほど沢山の「ビフィズス菌」が詰まった、「森永ビヒダス」瓶。
朝からコイツを決めれば、今日も整腸一発快調ってわけですな。

つうか、結構良く見るよな。瓶の中で自然に水耕栽培されてるコケって。
一体何を養分に育ってるのか分からないけど、光合成だけでこんなに育つのか。案外ギチギチになっていて、居心地良さそうに見えるから困る。



ほらー。

気持ちよく終わるところだったんじゃないの、ここは。

折角オチもついたのに、なんなのこの道無き急斜面は?
どこ行っちゃったの、道。
なんか、工事用道路区間にさえこんな酷く崩れてる場所は皆無だったんだが(藪のお陰だろうか)。
木とかも普通に育っちゃってるし、ますますこの区間の廃道化は早いと思う。塩那道路の工事が終わったら、即廃道じゃないか。




最後の崩壊斜面は、時間にして3分もかかるほどに続いて少々ウンザリしたが、まあ塩那道路は爽快でも工事用道路はそうじゃないので、最後はこんな感じが、この道らしいのかも知れないと思った。

やがて、下から上がってきたワサビ田へ通じる道が、進路を奪うように合流してきて…




8:18 《現在地》

完全踏破達成!

そして、廃道からの脱出!!

工事用道路だけでなく、塩那道路も全て廃道だったと見做せば、25時間ぶりに生きた道へ還ってきたことになる。
いやー、よく頑張りましたよ。




もう流石にゴールして良いよね。

下り坂を勢いだけで下っていたときは余り感じなかったが、平坦に近いところに来てみると、自分の足がフニャフニャに疲れているのを思い知る。
はやく、一秒でもはやく自転車を!! 自転車こそは救世主!

果たして、25時間ぶりにまみえる我が愛車。
予想外に一晩を捨ておかれたくせに、当然のように待ってくれていたうえに、淋しい顔も見せない愛車に、思わず歓喜のガッツポーズ。
それでこそ、我が愛車。頼もしすぎる!



8:51 《現在地》

ヤツさえいれば百人力!!(かっこ、下り坂限定)
というわけで、あれよあれよという間に、最後のバリケードがある横川キャンプ場まで到達。
そして、嬉し恥ずかしのゲートアウト。

っと、その前に、昨日も見上げた同じアングルで、27時間ぶりに、塩那道路のある稜線を見返しておこう。





絶景だな。

2時間半くらい前には、この谷は厚い雲海の下にあったはずなのに、今となっては雲一つ無い青空。山も見てくれと言わんばかり。


つうか、人体も凄いな。

今からほんの3時間前までは、あの上にいたんだ。
それが、まあ終盤に自転車の助けも借りたとは言え、これだけの時間でこんなに下り、遠ざかる事が出来たのだ。

工事用道路は、塩那道路への登路としては正直オススメしないし、再度使うことも無いと思うが、下山路としてはまずまずいい(かもしれない)。
笹藪に抱かれながら、体重という弾丸になったつもりで奔放に斜面を下るのは、気持ちよかった(かもしれない)。

つうか、見えるんだな。



条件が合えば、横川集落からも見えるという塩那道路。

私は今までその条件に合ったことが無いが、集落から2kmだけ塩那道路寄りのここからこれだけ見えるなら、
集落から見えるのも納得出来る。というか、これは見えて当然というレベルのあからさまさだ。よく、見える。
中央の尖った山が、鹿又岳の三角点ピーク。その手前を横切る顕著なラインが塩那道路に他ならない。

今日も幾人かの山男たちの命の道として、空の上に存在する。

私もまた行こうとするんだろうとなと、そう断言出来るだけの道。



今回も、私の勝ち。



9:06 《現在地》

私の愛車2号“ワルクード”も、昨日と変わらぬ姿で横川集落の路傍に、いささか… 馴染んでいた。

こうして探索は無事終了。予想外の山泊のため4時間遅れとなってしまった“2日目”の探索行程へ、

速やかにエンジンスタートを切った。今夜は気持ちよく眠れるに違いない!