道路レポート 林道樫山小匠線 第8回

公開日 2015.5.13
探索日 2014.3.27
所在地 和歌山県那智勝浦町〜古座川町

川を制するのではなく、川と共に歩む道


2014/3/27 10:52 《現在地》

山中に人が住まなくなった集落ばかり点在する地域が相当広大に広がっている。そんな廃村の中でもおそらく一番の僻地だった山手川への長い寄り道を終え、約1時間30分ぶりにここ、小匠川と山手川の出合に架かる出合橋へと戻って来た。

この後は再び本来の目的地である樫山(これも廃村らしい)へ向けて、小匠川沿いの林道「樫山小匠線」を前進する。
樫山までの残距離は約2kmであり、いよいよ終盤戦を意識する距離であるが、冷静に考えれば2kmという長さは侮れない。何があっても攻略出来るなどと思える距離では、まだないのである。

なお、ここから樫山までの道は、昭和28年の地形図には見えず、昭和40年版に初めて登場している。出合橋に刻まれた銘板の竣工年も昭和36年であり、上記内容と符合する。樫山小匠線の中では、おそらく一番最後に開通した区間であろう。



久しぶりの“前進”に、私の心が躍る。

迸るように流れる川が近く、視線は自然とその中へ引かれる。
自転車を漕ぐたびに、全ての河水と逆行して進む感触が、私にエスカレーターを逆に進むような奇妙な感覚を与えた。

支流とは段違いの本流の水量。
雨が上がってそろそろ6時間くらいになると思うが、深い深い山が押し出してくる大量の水は、吾も吾もと先急ぐ。
さすがにもう、あの前半の道も河水に没してはいない頃だと思うけれど、これだけの水が一斉に押し寄せてきた、その中に数時間前の私がいたことを思い、改めて恐怖した。

そしてこの川は、樫山を流れ抜いてきた川だ。
あと少し遡れば、樫山に辿り着ける。




すっげー綺麗…。

この川、この山、この道路。かけがえがない。

目に映るあらゆる部分が美し過ぎて、抽象的な讃美しか湧き上がってこないのがもどかしい。
どこが綺麗だと挙げ始めたら、きっとキリがない。
でも、路肩の川へ落ちる擁壁が描く曲線の美しさは特筆したい。

気付けば、路面が鋪装されていた。
ガードレールが無い事と、道幅が軽トラ向きなサイズであることを除外すれば、がっちりと路肩も路面も固められた、案外に悪くない道かもしれない。
まあ、路上に落ちた石や落葉が轍によって寄せられたり踏まれた痕跡が無いので、相変わらず廃道同然ではあるが、着実に一時よりは路面状況が良くなっており、小匠から見たときの遠地が、樫山からの近地になっていることを実感する。



大胆に割り切った整備手法である。

小さな沢が、路上に直接滝となって降り注いでいた。
渇水の時期には涸れるのだろうが、流れるときは鋪装された路面が真っ向からこれを受け止めている。

大抵の道路管理者は、溝を作るとか、洗い越しにするとか、もう少し手の込んだことをしがちなのに、この道は舗装があれば大丈夫という割り切り。
でも案外その通りであるらしく、滝と一緒に落ちてきたらしい少しの堆積物さえ気にしなければ、遠慮なく通行できる。

こんな場面で日和っているようでは、とても樫山と小匠の間を行き来することは出来ないのである。
一時期に較べれば今は本当に良い道で、身を委ねることへの安心感も感じていた。




息を呑む鮮烈の美が、ひとつカーブを曲がる度に目の前いっぱいに広がる。

だから久々に、滅多に口にしないし書かないことを、述べたくなる。

この道はあなたも来た方が良い、なんて。

でも、訪れるなら2輪車がベストで、それが無理なら徒歩がいい。
4輪だと、出合橋からここまでずっと川縁すれすれの狭路で、待避所も無いので、
万が一対向車が来たら積む。自転車だと本当に楽しい。最高と言って良い。


川縁に長い距離を走る林道なんて光景は、相当に見慣れたものである。
この表現だけでは、全くこの道の特色を表現しきれない。ならどう言えばいい?

大きな特徴を挙げるとすれば、やはりその尋常でない川との近さであろう。
一時期は増水した川の中に呑み込まれてしまったほどの近さが、この道の特異さだ。
川を離れて道を新たに切り開くことを放棄し、川という元々の空間を最大限に活用する割り切り。
川と道を隔てる強固な擁壁を延々と連ねることと、川の機嫌を損ねない程度の極めて
控えめな道幅を厳守することで、車1台を通す事をどうにか川に許されたような道だ。
川を力で克服するのではなく、川と共存するための分を弁えた道といった印象だ。

この道を辿る数時間は、轟々という川の声が耳を離れることは、絶対にない。




11:16 《現在地》

そんな盛大な川の音に混じって、ひときわ大きな瀑音が谷を震わせていた。

音の出所は対岸。

そこには、地形図には描かれていないけれど、場所が場所なら立派な観光名所になっていてもおかしくないような立派な滝が、対岸の少しだけ奥まった辺りに薄暗く見えた。

川を挟んでなおこの迫力である。
もし近づいて見上げれば相当のものだろうが、今の小匠川を横断するのは自殺行為に等しい。
そしてそんな増水状態だからこその滝の迫力というわけで、自然の秘奥は上手く人目を避けるものだと思う。

GPSの画面を確かめると、早くも出合橋から1kmを進んでいた。
自動的に、樫山まで残り1km少々となる。
かつて樫山集落に暮らしていた人にとって、この滝は里の入口を外敵から遠ざける守る掛金(かんかね・鍵)のような存在に思われたかもしれない。



日本百名道を私に決めさせて貰えるならば、ここはかならず入れたいな。

この写真の場所は確かに綺麗だし、風景も奇抜だと思うけれど、
やはりこの道の真価というか凄さというのは、
出合橋からここまでの1km以上にわたって、
延々、ほんとうに 延 々 と、余地皆無で路肩無防護の1車線道路が
川との位置関係を全く変えずに続いている事である。その連続性こそが特異。

川は激しく蛇行しているが、道は素直にそれに付き従っている。
曲がるときも、まっすぐなときも、私はあなたを愛し続けます。そんな一途道。



11:19 《現在地》

樫山まで残り800mほどになったところで、橋が現れた。
この道に入ってから初めて目にする、小匠川の本流を跨ぐ橋だ。
このような1スパンの橋でも跨げる程度まで川幅が絞られてきたことに、感慨を覚える。
ほんの5kmくらい前には、山中にありながら滔々たる大河を思わせる姿であったが、それぞれに廃道を従えた高野川や山手川をはじめとする無数の支流を分けた、文字通りの渓流へと変わっていた。

そしてこの橋は本線ではなく、支線である。
親柱は無論、欄干さえない酔っ払いには極めて危険そうな橋だけに、橋名も路線名も分からないし、地形図でもこの本線と同様に破線で描かれているに過ぎないが、旧版地形図に描かれていた、山手川とも樫山とも異なる“別の廃村”へと通じているのではないかと思われた。

しかも山手川のように遠くは無さそう…。

……おそらくこれが最後だし、寄り道、してみようか? ここまで全ての脇道へ入ってきたし、「完全攻略」という響きは甘美だよね。


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最後の脇道 白洞支線(仮称)攻略


欄干の無い橋の上からは、これまで一度も見る事が出来なかった、小匠川上から見る谷の風景が堪能できた。

写真はまだ走っていない上流方向を眺めているが、谷の中からはもの凄い瀑音だけでなく、水気を帯びた冷たい風が頬を触るように吹いてきている。
日の射し込まない谷底は、すぐ近くに道路があるのにも拘わらず、何とも怖ろしい気配を纏っていた。
そして改めて、そんな河中に立つ道路が延々と連ねられていることに畏怖を覚えた。

これがわずか数世帯の樫山の為に作られたとすれば、行政の仕事としては美談を通り越し聞こえが悪いのかもしれないが、本来の公共サービスはそういうものかもしれない。
はっきりいって、木材を運搬した大型トラックのような産業用の車が通れる道ではないので、やっぱり根っからの生活道路にしか見えない。




橋を渡ると即座に余地の殆ど無い直角カーブで、進行方向が下流になる。

このカーブだって、ちょっと車で走るのは勇気が要る。
左の後輪が脱輪して、そのまま川に連れて行かれそうだ。

支線は、さすがに砂利道のようだが、そんなに荒れても無さそうだ。




うお〜〜!

支線はまるで展望台だ。
今まで谷底にへばり付いて味わうしかなかった“希有の川道”を、鳥さんの目になって悠々と俯瞰できるだけでも大いに価値がある。
ただでさえ面白い道に、そんなバリエーションを加えてくれる道。

だが、そのぶんだけ上りが厳しい。
短距離だからと入り込んだのだが、あっという間に私は息を切らせる羽目になった。



風景には「うお〜〜!」なんて歓びながらも、少しの距離でさっき通りすぎた滝の落口を左に見下ろす場所まで登ってしまう支線には、すぐに苦悶の吐息しか出なくなった。
何度も言うが、この探索時の私は既に4日目で、疲れもピークに達していたのである。

急坂故に、コンクリート鋪装が打たれていたが、そんなものあってもキツイものはキツイ。
昭和28(1953)年の地形図に「白洞」という地名が書かれた、現在の地形図でも3戸の建物が描かれた場所に行くらしかったが、良く地図を見ればその場所は谷底から40mくらいも高い山の中であって、川の近くと油断した私は馬鹿だった。

この辺から頑張れば例の滝を間近で眺められそうだったが、そんな元気はなく、自転車をひーひー押し上げるのが精一杯だった。



11:32 《現在地》

分岐地点からおおよそ400m、急坂をひたすら登って、鬱蒼とした杉の植林地へ辿りついた。

山手川の時もそうだったように植林地というだけでも廃村跡っぽいし、地形も急になだらかになっていて、やはりここが白洞と書かれた集落の跡だと思う。
何か前方に小屋のようなものも見えている。

地名の読みは「しらぼら」とか「しろぼら」だろうか?
洞を「ぼら」と読ませる地名は中部地方の谷間に多いが、ここの白洞の由来は皆目見当が付かない。
元々小さな集落だったようで、明治44年版や昭和28年版地形図には辛うじて描かれているものの、昭和40年版で消え、現在の地形図では建物こそ描かれているものの、道に日常的な通いの轍が見られない以上、やはり廃村のようだ。



そして道の終点の広場から振り返ると、先ほど見えた小屋は道のすぐ上だった。

小屋…というか、やはりここに最後の頃まで住んでいた人家の廃屋のようだ。
杉の森に射し込んだ日光が、浮遊する花粉のために光線となって目に見える。
花粉症の人には堪らない風景だろうが、廃村を包み込む淡い光は綺麗だった。

やはりここにも立ち寄って良かったな。



本線への戻りは本当にあっという間だが、杉の枯れ枝が散乱した坂道で
うっかり路外へ逸走しないよう、ブレーキ操作に専念した。

白洞支線、攻略完了!