※ このレポートは長期連載記事であり、完結までに他のレポートの更新を多く挟む予定ですので、あらかじめご了承ください。
2017/4/13 8:49 《現在地》
ここしかねぇ!
私は、自然界には人を貶めるための悪意はないと考えている。ゆえに、ケモノの踏み跡が明確に見えるこの“突破ルート”は、決して罠ではないはずだ。
軌道跡を険しい山中における便利な通路として利用しているケモノたちが、この巨大な途絶に遭遇し、どうにか突破したいと考えた末、人間より遙かに命知らずの道探しを試みた。
その集大成、成果というべきものが、途絶した路盤の20mほど下の崖地に見える、一筋の明瞭な踏み跡の正体であると見る。
これは全く以て人間の関与によって生まれた踏み跡ではないと感じたが(だとしたらピンクテープの1枚でも貼るのが人情だろう)、私とて今はケモノと目的(先へ進みたい!)を一つにするモノである。
この踏み跡に全てを捧げる覚悟を決めた。
早川の谷底まで降りるレベルの大迂回を受け入れるのでない限り、先へ進むために、これ以外の手はないだろう。
斜面へ突入!
「正気の沙汰じゃねぇ!」
ちょっと大袈裟かもしれないが、自分を奮い立たせる意味も込め、そう独りごちた。
でも確かにこれは、セオリーから見て意表を突いたルートではあろう。
崩壊地を越えるのに、先に崩壊斜面を下って途中から横へ逃げるのは、あまりしない動きだ。
まして、その崩壊斜面の規模が尋常でなく、うっかり落ちれば確実に無事では済まない状況で、
自ら落ちに行くような下方への移動を取り入れるのは、過去にやった記憶がほとんどない。
8:50
ここで右へ逃れるッ!
ここが私のデッドライン。この先は斜面が急で、
うっかり入り込んでしまったら、滑り落ちてしまう。
だからギリギリのここ! ここでケモノの道に入る必要がある。
入った! ケモノ道!
あとは、私の背中側に見えるこのケモノ道を、下ってきた高さ分だけよじ登れば……
8:54
断絶したその先の路盤へ見事到達!
やったぜ!!
引き返しての生還がまた一つ難しくなったことを頭の中では理解していたが、
今の私が圧倒的に欲しているのは、この路盤を前進して未知を解き明かすことの快楽だった。
いまは、ケモノ道を自らの力へと変えた知恵と勇気を恥ずかしげもなく自賛する私がここにある。
いくつもの難関、死の匂いのするそれを、短時間のうちに連続して攻略していく体験は、
こういうときにだけ覚醒する、ある種の奇妙なテンションをもたらしていく。
それは自らを、前進を目的として生み出された一個の知性体のように
錯覚させる不思議なハイテンションであり、この覚醒状態は――
恐怖心を麻痺させる効果が…。
8:57
大きな“一難”を退けて、わずか3分後。
行く手に再び険しい岩場が見えてきた。
地形図の地形がよほど不正確でない限り、“尾根A”から“尾根B”までの距離は7〜800mである。そして、先ほどの難所の時点で300mくらいは終えていたので、次の尾根までの半分は既に歩き終えているはずだ。
尾根と谷のくり返しを乗り越えながら山襞(ひだ)を横断していく展開は珍しいものではないが、だいたいは尾根の周囲が緩やかで、尾根と尾根の中間部が険しい。
したがって一般的には、今いる辺りがこの区間で最も険しさのリスクの高い部分である。
直前の恐ろしい難所のこともあって、道の先を見る眼差しが強い緊張を宿したものとなるのは当然だった。
危ない!
が、セーフ!!!
ほとんど垂直な岩場の中ほどに、角ばった彫刻刀を一擦りしただけのような無造作さで、横断する軌道跡が刻まれていた。
仮にその途中に1メートルでも確実な途絶があれば、その瞬間に前進終了を宣告されかねないという、とてもスリリングな場面ではあった。
だが、とりあえず見える範囲内に途絶はなく、強いて言えば、入口の部分の土っぽい崩壊地が少し怖かったが、それとて、ここまで来た人間が足を止めるようなものではない。
……ヒヤッとしたが、これまた前進は可能である!
9:00〜9:09
直前に側面から眺めた危険な岩場。
崩れてしまえば地獄だが、そうでなければ逆にこの上なく頼もしい鎧のように思える岩場だ。
岩が崩れない限り、しっかりとした道形はいつまでも残ってくれることだろう。
まあ、道が残ったところで、人が訪れる頻度はもう皆無に等しいようであるが……。
一時は多く見られた軌道跡沿いのピンクテープも、前の崩落地を越えた後は全く見なくなった。とても孤独の道行きに戻っている。
私はこの場所で、やや長めの休憩をとった。
この休憩中にボイスメモを回していて、今日の気候の良さへの感激と、「この先に危険な予感がするから一休みする」という、そこだけ切り取ればただの出来のワルいフラグか不安感の吐露としか思えないようなことを述べていた。だが、これには根拠があった。
右画像の地形図を見て欲しい。
“尾根B”のすぐ南側に、とても大きな崩壊地が描かれているのが分かるだろう。
ここまでだって軌道跡の周囲にはいくつかの“大きい”と思える崩壊があって、私の前進の妨げになったのだが、それらは一つとして地形図に描かれるほどの存在ではなかったようだ。
だが、“尾根B”直前の崩壊地は、わざわざ描かれている…。
その意味を考えれば、ここに大きな進行上の不安……「危険な予感」を持つのは当然のことだった。
しかも、GPSによって描き出された現在までの軌跡をそのまま延伸して考えると、ギリギリで地図記号の崩壊地の範囲より上を通れそうに見えはするが、得てしてこの手の崩壊は上に向かって成長するものであり……、“尾根B”手前の状況には、とにかく大きな不安があった。
……実際の状況は、これから間もなく、この身体でズバリ体当たりの体験となる。
休憩終わり。
前進再開。
9:11
“尾根B”まで、もう200mを切った。
もう、いつ地形図に描かれた“崩壊地”が現われても不思議はない。
前方、やや樹木が多く茂っていて見えづらいが、黒っぽい岩場が見え始めている。
地形図の崩壊地は、おそらく明るく解放的な景観を持った巨大なガレ場を想像していたが、それとは印象が異なる、だが難所になりそうな予感がする岩場が……・
……これは…
………
……
かなりヤバイぞこれ。
皆様にどう見えているか分からないが、たぶん……
今日出会った中で、一番ヤバイ…。
9:12 《現在地》
さほどの幅ではないが、クレバスのように深い谷が路盤を完全に切断している。
即座に突破ルートの検討を始めるが、やはりケモノ道がここでも活きる。
切断の前半部分の土っぽい斜面は、ケモノ道を利用して突破出来そう。
だが、問題はその先の短い岩場の部分だ。踏み跡が短く途切れているのが分かるだろう。
ケモノはおそらく、そこを跳ね越えている。
ニンゲンは、跳ねるのヘタクソなんだよなぁ……。
肉体的にも、精神的な意味でも…………。
上を見る。 巻き道を得ることは現実的ではない高さまで、クレバス状の谷が伸びてしまっている。
(チェンジ後の画像)下を見る。 川まで一直線。まるでボブスレーのコースである。
こういう場所にいると、矢の早さで直撃弾が降ってくるリスクもあるが、
珍しい不運な目に遭う程度の宿運では、既にここに来る前に死んでいる。
運否天賦を探索の成否の前提として語るのは格好よくないが、現実はそうだ。
なお、この撮影の時点で既に前半の土斜面の突破を秒で終えていた。
見た目は急で恐ろしいが、ケモノの足が刻まれている土斜面は案外イケル。
……もちろん、結果の補償はしかねる……。
問題は、この先にある。
これを跳ね越えなければならない。
差渡し50cmくらい。河原の飛石と思えば、まるで平易。目をつぶって飛んでも失敗しない距離だ。
ただ、こちら側も向こう側も平らじゃないのは、恐ろしいところだ。
先細っていて、先端は両足を載せる広さがないこちら側と、
45度以上に手前へ傾斜している向こう側。
飛びついた瞬間に足がかからず滑り落ちてしまうイメージが、脳裏を過る。
跳ねるのは、安定との決別だ。言い換えれば、勇気を試される。
鉄則の三点支持を自ら振り払って、ゼロ点支持の瞬間を作り出すことになる。
そしてその次の瞬間の行動は、一度きりしか挑戦できない恐れが多分にある。
一度きり……
…………
………
……(この先で引き返せねばならなくなる可能性)……
…………
……
明らかに平易な距離だ。 跳ぶ。
9:15
もちろん
< 成功 >
次へ。
9:16
前方、見渡す限り、道が見えない斜面となった。
地形図の“崩壊地”の正体ではないかと思うが……
これなら正面突破が出来そうな気がする。
直前の跳ねさせられた現場よりは遙かに容易そうだ。
なお、この場所から早川の対岸に目を向けると、2本のよく似た滝が見えた。
これらは地形図にも記載がある、こごみ滝(左)と神楽滝(右)で、
それぞれの面前を県道がトラス橋を架けて渡っている。
美しい2本の滝を同時に眺めるこの展望は、軌道跡からの特権だ。
まあ、乗員に鑑賞する余裕があるかどうかは微妙だが…。
9:21
巨大な崩壊斜面へ、例によってケモノの導きを頼りに踏み込んでいく。
序盤は黒っぽい土の崩壊斜面で、そこを過ぎると、今度は細い樹木が疎らに生えた白っぽいガレ場斜面であった。
おそらくここが大崩落したのはかなり昔であり、現在は森へ戻ろうとしている過程ではないかと思う。
崩壊斜面全体の規模はとても大きく、幅100mは優に超える。進めども進めども、それまで路盤の平場があった高さに平場が再開しないので、本当にこの高さで良かっただろいうかと不安になってくるほどだった。
この写真も、突入から4〜5分経過している状況なのだが、まだ終わりの見えない斜面トラバースが続いている。
とはいえ、地形図に大仰に描かれている崩壊地の割りに、突破の難しさは、これまでの地形図にない数々の崩壊地よりも易しかった。
9:24 《現在地》
路盤らしい平場を再びキャッチすることが出来ないまま、尾根っぽい場所に到達してしまった。
全国どこでも、尾根の上の廃道は保存状態が良いことが多く、実際に“尾根A”もそうであったし、この“尾根B”も期待していたのだが、いよいよその頼みの法則すら通用しなくなってきたか……。
尾根は、探索の橋頭堡として、心の拠り所としても大切にしたいところだけに、実際この状況には結構心を折られる感じがあった。
こんな有様で、この先の探索を継続していけるのか。そして、見るべき遺構に巡り会えるのかどうか……。正直不安になる、“尾根B”モドキであった。
そう! GPSが教えてくれる《現在地》を信じるならば、なんとここはまだ“尾根B”ではないし…… … … … … 地形図に描かれた“崩壊地”の直前だった!
(マジかよ…)
そう思いながら、道形の全く見えない偽の尾根を回り込むと――
9:28
ああ…。こっちが本当の地形図に描かれた崩壊地…。
自然にそう納得出来る、現在進行形で崩壊が進む巨大なガレ場が目の前に広がったのだった。
でも、幸いにして、今回も突破自体は難しくはない印象だ。
ただ、斜めになった斜面を長距離横断するので、うっかり捻挫などしないよう、
十二分に注意することに神経を使った。足を痛めたら、この探索は失敗確定だろう。
9:31
50mくらいもガレ場の横断を続けると、今度こそ、
本物の“尾根B”と思われる地形が見えてきた。
本当に尾根の直前まで道形が完全消失しているが、
楽しみにしていた尾根部分だけは――
9:32 《現在地》
素晴らしい切り通しが現存!
ここが、“尾根A”から52分ぶりに到達した“尾根B”だ。
ようやく本日突破目標尾根数6のうち2を攻略できた!
…………きっついな…。
2017/4/13 9:32 《現在地》
仮称“尾根B”に到達。
直前までの状況がまるで嘘のように、明瞭に路盤の痕跡が残っていた。
切り通しだ。
馬の鞍のような緩い尾根に、ゆったりとした右カーブを描く、そう深くない切り通しが刻まれていた。
直前区間との対比もあって、それだけでもたまらなく嬉しく、安堵する風景だったが、切り通しを膳として盛り付けられた奥の山々の眺めが、この切り通しを一層素晴らしく印象深いものにしていた。
最終的にはあの白い峰の頂きとまでは言わないが、その直接の山腹にまで上り詰めるのが、この軌道、早川森林軌道である。
まだまだ先は長いが、一歩一歩着実に迫っている感触はある。
さあ、次の尾根を目指そう!
切り通しの出口(北口)で、下流方向を振り返って撮影。
こちらからの眺めも、山岳回廊って感じで、良いなぁ…。
もちろん行ったことはないんだけど、私の中のイメージ的にはチベットの街道とかそんな感じ。緑の少ない感じが高山感ある。
レールも枕木も残っていないけど、カーブの向こうからひょっこりトロッコ列車が現われそうな風景でもある。
まあ、この区間に入線できる機関車があったとは思えないので、“列車運材”はなく、単車乗り下げ運材だけだったろうけど。
ほぼ同じ場所で、今度は進行方向を撮影。
黄線が軌道跡で、とりあえず見える範囲の路盤はしっかり残っている。
前の区間よりはマシであることを祈りたい。
さて行こうかというところだが、ここで一つ気付いたことが!
ここで改めて振り返ると……
あれ? 道が2本あるぞ?!
今通過した切り通しの外側にもう1本、切り通しではなく、尾根の外周に綺麗に沿うような道が、明瞭に存在していた。
幅も勾配も軌道跡と同程度で、まるで少しだけ距離を空けた複線のよう?!
だが、このカーブ外側の路線は、切り通しの南側までは続いていない。
ちょうど尾根の先端辺りで行き止まりになっていて、地形的に、崩れて途切れたという感じでもなかった。
おそらく、最初からここまでしかない短い枝線だったようなのだ。
このごく短い枝線は、なんのためにあるんだろう?
線形的に軌道跡と綺麗に繋がっているので、その一部っぽい。
だが支線と呼ぶには短すぎるので、いわゆる待避線や、積込みのための側線であったのだと推測する。待避線というのは、単線の線路上で車輌を行き違いさせるために設けられる短い側線のことだ。
これより前で、待避が出来そうな広い場所というと、ドノコヤ沢手前の明瞭な複線区間があったが、そこからは1.5km以上前進している。
さらに、この側線のすぐ下に、尾根のてっぺんを綺麗に均した15m四方ほどの広場が残っていた。
建物の痕跡は見当らないが、作業場や宿舎などの建築用地や、伐木を一時的に保管する土場だった可能性がある。
土場が路盤より一段低い位置にあるのは不自然だが、そもそも平坦な土地が極端に得がたいこの山中なら、多少の不利を我慢しても、そのように使われた可能性はあるだろう。
この路線の当区間は林鉄として活躍できた期間が非常に短かった(2年未満)ためか、路盤周辺の全般にわたって開発された気配が乏しいと感じるが、これは数少ない林業としての“実用感”を感じさせる痕跡といえるかもしれない。まあこれとて未成の施設との区別が付くわけではないが…。
9:45
というわけで、若干の癒し空間だった“尾根B”を後に、今度こそ前進を再開。
既に50mほど進んで来たが、まずは順調だ。
前の区間の終盤が極端に悪すぎただけだと思う(思いたい)が、“尾根A”を越えた後もしばらくはこんな感じで平和だったことを思い出している……。
だからそんな“フラグ”になるような考え方はやめるんだ…!
現在目指している次の尾根、“尾根C”を見通せる場所があった。
これまで同様、等高線にしたがってごく緩やかに登っていくと仮定すると、“尾根B”から“尾根C”までの距離は700〜800mといったところで、これは“尾根A〜B”の距離と一緒くらいである。
こういう尾根の遠景が、そこへ至る路盤の険しさを知る手掛かりとしてはあまり参考にならないことは、ひとつ前の尾根で理解したつもりだ。
でもとりあえず、見た目で分かるような大きな崩壊地はなさそうだ…。
また、“尾根C”そのものは、“尾根B”以上に緩やかな傾斜を持った地形のようである。きっと路盤もよく残っていることだろう。問題は、途中の区間なんだよな…。
9:49
順調に前進継続中。“尾根B”から200mくらい来た。
写真は、路肩から遙か眼下の早川を眺めている。
サファイヤブルーの広い水面との比高はさらに広がって、現在130m前後になっている。
間にあるのが単調な斜面なので、そこまで高いように見えないかも知れないが、高いのである。
地形的には、路盤と谷底の間の往復が出来そうな感じがするが(実は下の方は見えていないけど)、こんな単調な斜面を闇雲に上り下りしたら、肉体的にも精神的にもツラいだろう…。できる限り、そんな目に遭いたくない…。たった1回の迂回で1時間以上はかかるだろうし。だからさぁ。起きて欲しくないことを強調して書かない方が良いと思うよ……なんとなく。
9:53
あーー、始まったかな…。
このくらいはまだまだ平気だが、やっぱり浸食を強く受ける尾根と尾根の中間付近は、状況が良くないんだろうな…。
単調だった川側の斜面も、気付けば複雑な凹凸と険悪な傾斜を持つものに変わっていた。
気張っていこう!
上の写真のガレ場を横断したところで振り返ると、歩いているときには存在に気付かなかったモノが見えた。
画像の矢印の部分だが、半ば土に埋れた丸太の一部が露出している。それが路盤の方向に沿って2本並んでいる。
おそらくこれって、軌道時代の木製桟橋の桁の残骸だよね…?
さすがに大喜びするような成果ではないが、廃止年とされる昭和20年以前に架けられた木造桟橋だとしたら、この程度の残骸でも、残っているのは珍しいと思う。
たぶん、まだ新品の質感を残している時期に、たいして活躍出来ないまま廃止されたんだろうなぁ…。そう考えると気の毒だ。
9:55
チョイ難所を越えて、垂壁のような岩場が見事な路盤へ。
ここが早川林鉄でなければ、この岩場のシーンなんか、もっとでかい写真で「ドーン」とレポートのハイライトを飾ってもおかしくない壮大な場面だと思う。
早川だと、「またあったね」くらいのカジュアルなシーンだが…。苦笑。
ここはちょうど次の尾根までの中間付近だと思う。そして、奈良田橋から推定5kmの地点だ。“尾根C”もだいぶ近づいてきた感じがするぞ。この区間は順調だ。
9:57
おおおっ!
おおおおおっ!!
あの“影”ッ! 絶対に俺好みのヤツだ!!
久々にご褒美的な場面、キタッぽい?!
9:58 《現在地》
見事な岩切道!
これは萌えるなぁ…… えへへへへ……。
地形的には、ちょうどここが“尾根B”と“尾根C”の中間にある谷で、
その一番凹んだところ(水のない小谷だった)の対岸を占める
推定斜度70°くらいのスラブ岩面に、この路盤がまさしく真一文字に刻まれていた!
これまた崩れていたら大変な場面だったろうから、助かるし、
何よりこのような私好みの風景があってくれて、とっても嬉しい!!
ここから眺める早川谷も素晴らしかった。
見よ! この壮大な大峡谷を!!
対岸の県道など、見えるだけでなんら頼りになりそうもない、激しい孤立の中をゆく軌道の栄光が、強く感じられるのではないだろうか。
谷底からは130mも高い所にいるのに、未だ川べりの崖を歩いているかような、川の浸食を直接に受けていそうな急斜面や崩壊斜面が展開しているのは、早川の浸食の凄まじさ、言い換えれば、浸食されているこの山の「されやすさ」を物語っている。もっともっと高度を上げて、川の浸食圏と距離を取れるまでは、危険箇所は多いことだろう。一応、進むほど条件は良くなっていくとは思うのだが……。
なんとなく、路傍の岩肌を撮影したワンショット。
ポヨポヨのシダがかわいいね。
人が削り出した部分もすっかり自然に馴染んで、もともとこういう地形だったような顔をしている。
10:04
ご褒美シーンを過ぎた後も、かなり険しい岩場が続いており、しかも法面の崩壊があるので、ドキドキしている。
先が見える度、進みようのない場面が現われてしまうんじゃないかという不安が強い。
そして進める度に、「だいじょうぶ」「ここはいける」「あぶなかった」などと、足元に独り言をぶつけていた。
思うに、技術でフォローできる難しさの範囲は、実際に現れうる難しさの範囲の中ではとても狭い。
だから結局のところ最後には、私が越せないような難所が現われないように“祈る”時間が増えてくる。
祈りこそ、オブローダーが最後に達する境地だと私は思っている。これはほんとうに…。
10:05
怖っ!
唐突に、怖っ!!
狭いよッッ!!
残っている部分が、狭いッ!
ぞゎーー
でも、完全に切れていなくて本当に良かった。
最後に残された道幅は30cmほどでしかないが、
もしこれもなかったら、もう前進する術はなくなっていたと思う。
ケモノたちが平らにしてくれたこの踏跡に全てを賭けて、進む。
それにしても、でかいリュックを背負ってこなくて本当に良かった。
山中泊探索には必須のデカリュックだと、こういう狭い岩場が通れない。
10:06
焼きたてパンみたいなデカキノコがあったよ。
10:07
うっ!
怖い!!!
今日イチで、シンプルな怖さだ!
あるべき道幅の大半が傾斜してしまっていて、歩けないことはないんだろうが、
眺めが良すぎて怖いよッ!!!
ここまでの行程で、恐怖心が麻痺した自覚があったが、でもこれは怖いと感じた。
足がすくむ。ケモノだったら、数秒先の死を想像して恐れることはないかもしれないが…。
これはちょっと、心の準備がいる。
全天球画像で、この嫌すぎる開放感を共感して欲しい。
山側の崖が、私を押し出そうという悪意を持って膨らんでいるように思えてくるよ…。(完全に被害妄想)
戻れない、……ことはないのだけど、
このくらいは我慢して進まないと、目的を達することは出来なそうだなぁ…。
怖いと言うだけで、道はあるんだもんなぁ。
……マインドセット、できました。
10:09 《現在地》
ふ ふ ふ
ふ ふ ふ ふ ふ
ふひ ふひぃぃー
< 成功 >
決して失敗の許されないところを、また一つ越えた。
(本日最終目的地)
夜叉神隧道西口直下まで(推定)6.2 km
(明日最終目的地)
軌道終点深沢の尾根まで(推定)12.6 km
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