廃線レポート 大間線   〈序〉

公開日 2006.06.09
周辺地図

 本州最北の町、大間。
県都青森市から最短の陸路を使って約140km、車なら約3時間、鉄道とバスを乗り継いで行こうものなら日帰りが難しいほど。一方、津軽海峡を挟んで対岸の北海道戸井地区とは約30km、函館までも50km以内という、まさに本州最果ての地に相応しい立地といえる。

 かつて、この地を目指し建設が進められた鉄道があった。

 その形状がよく手斧に喩えられる下北半島だが、この半島が鉄道の便に初めて浴したのは大正10年。半島の付け根にある野辺地から“持ち手”の部分の海岸沿いを伝い、半島最大の街であった田名部(たなぶ、現・むつ市)を経て、海軍の警備府が置かれていた大湊(現・むつ市)までを結ぶ、大湊線(現・JR大湊線)が開通したことに始まる。

 当時、国政の主導権を掌握しつつあった軍部の意向は鉄道計画にも大きく影響を及ぼし、半島の突端である大間(大間町)に津軽海峡を防備するための要塞を建設する計画と前後するように、大湊線終点付近の下北駅から分岐し、大畑(現・むつ市)を経由し大間に至る鉄道が鉄道敷設法における「予定線」に組み込まれた。

 従来、徒歩による交通手段の他を殆ど持たなかった半島北部の各村の人々はこの計画を大いに歓迎した。
下北半島には日本三大美林に数えられるヒバ林などの林産資源が豊富で、また大間は北洋漁業の基地であったし、恐山や薬研温泉などの観光資源にも恵まれていた。
また、国政上でも軍事面以外にこの鉄道には大きな期待が持たれていた。
東京と函館・北海道とを結ぶ最短ルートとして、また青函連絡船の補助ルートとしての役割である。
青森県もこの意義を十分に理解し、鉄道計画の進捗と同時進行的に大間港を大規模に改修している。
いわば、国土の新しい幹線……国幹としての使命さえ期待されていたのである。

 しかしその後は、昭和恐慌の発生や、閣内での政争に巻き込まれたりと思うように計画は進行しなかった。
促成を期待する人々が「大間鉄道発起人会」を立ち上げ、鉄道省の代わりに建設を進めようとする動きも生じた。
そんななか、予算的に厳しい状況を鑑みた鉄道省では、大間線を二期に分けて建設する意向を固めていったのである。
 第一期工事区間として大湊線から分岐する下北から大畑までの18kmを決定し、昭和12年に着工、同14年には「大畑線」としての営業を開始している。

 残る大畑から大間、そして終点奥戸(おこっぺ、大間町)までの25kmだが、このうち中間地点の桑畑(風間浦村)までが第二期工事区間とされ、昭和13年に着工されている。
戦時中にもかかわらず、大間要塞への砲弾輸送を重要視していた軍部の主導で豊富な資金が投じられ、海岸線ぎりぎりまで山が接するような難所に次々と路盤が建設されていった。
そして、昭和16年10月の時点では残り5kmほどを残して竣功していたという。
この時点で、第二期区間の完成は昭和18年とアナウンスされていた。

 しかし、順調に工事が進んでいたのはここまでで、昭和17年には突如予算が半減され、いよいよ本土の近くに米英の影が忍び寄り始める翌18年には工事中止が突如発表されることになる。
現場に人影は無くなり、工事中止の衝撃は沿線の村々にとって、間もなく訪れる敗戦の報と同様の大きな衝撃となった。

 中止の原因が戦争の激化にあったことは疑うべくもないが、特に資材と人員の不足は慢性的であった。
人員不足は「タコ部屋」といわれた社会的弱者への監禁的な強制労働によって賄われていたことは、記録に留められるべき負の歴史である。
また、工事中止後の建設資材は、当時軍部によって建設が進められていたタイ・ミャンマーの鉄道にまわされたと伝えられる。

 こうして、軍部主導による大間線建設の時代は、敗戦と共に終わりを迎えることになる。

 戦後間もなくして、県を巻き込んでの建設再開への住民運動が盛んに行われ、やがて青函トンネル計画のルートとして脚光を浴びたかに見えたが、結局、距離は長くとも工事の難易度に勝った現行ルートでの着工が決定され、一度は国幹として期待された大間線は、なお一ローカル線として復活を待望する住民の声も虚し、やがて国鉄再編の流れの中で完全に消えていったのである。

 工事中止から60年余りを経過した大間線建設の跡を辿る。




大間線 建設予定地図

 このレポートでは、大間線に予定されていた各駅間それぞれを独立したレポートとして紹介する。
 知りたいエリアを下のリンクから選んでほしい。

駅間竣功
大畑 → 釣屋浜昭和16年8月
釣屋浜 → 木野部きのっぷ昭和17年8月
木野部きのっぷ → 赤川着工するも竣工せず
赤川 → 下風呂しもふろ着工するも竣工せず
下風呂しもふろ → 桑畑昭和17年10月
桑畑 →→ 奥戸おこっぺ未着工だが、一部の用地買収のみ実施
※レポート対象範囲外

<参考文献>
 鉄道未成線を歩く (国鉄編) JTB
 鉄道廃線跡を歩く〈3〉 JTB
 大間町史 大間町編