廃線レポート 白砂川森林鉄道 第6回

公開日 2023.11.30
探索日 2021.05.15
所在地 群馬県中之条町

 青い淵のアングラー


10:41 《現在地》

嫌な予感はしていたが、やはり地形図から予測された難所は正面突破が出来ず、「橋14」の迂回に手間取ったばかりなのだが、痛恨の連続迂回を余儀なくされる展開となった。
気分的には、軌道跡から「叩き落されたッ!」って感じである。

だが俺は、雌伏して必ず突破してやる!!

というわけで、本日3度目となる白砂川河床への下降。
ここでの落差は40m程度あり、これまでで一番大きな落差があった。
それでも直前の「橋14」の迂回で地形を把握していたおかげで、下りるのは簡単に済んだ。キツイのは、。軌道跡へ復帰するために上る時なんだよな……、主に体力的な意味で。




広々とした白砂川の谷底だ。
そして、やはり人工物の気配は全くない。

前回下りた地点からは、500mほど上流に移動しただけで、また戻されてしまった。
ただ上流へ向かいたいだけなら、この河床を歩き通せば、足は濡れるだろうが、比較的簡単に進めることだろう。私が軌道跡を辿ろうとするから、このたった500mの間にもミウラ沢との格闘を演じる羽目になったのである。

……気を取り直し、前進再開だ。




10:45〜10:48

おっと!! 釣り人発見!

河床を歩き出してまもなく、単独行の渓流釣師と遭遇した。
しかも古老ではなく、おそらく同年代。
これは貴重な巡り会いだと思い、お楽しみ中にスミマセンと声を掛けた。そして私が軌道跡を歩いていることを伝えると、そこから話に花が咲いた。

彼が地元の住民であるかは聞きそびれたが、この渓流を訪れるのは初めてではなく、軌道跡の存在もご存知であった。そして、私が白砂川大橋にデポしておいた自転車も既に発見されていた。彼は私がこれから向かおうとしている白砂川大橋から今朝入渓し、釣りながらここまで下ってきていたのだ。

釣師との会話から、次のような情報を得た。


  • 川沿いに軌道跡があることは知っている。ホウゾウ沢の穴が開いた滝の上に隧道も、ミウラ沢の橋台も見たことがある。
  • 今いる場所よりも上流の軌道跡は、自分は行ったことがない。この上の軌道跡は崩れすぎているので、歩けないと思う。
  • ホウゾウ沢の上流には、車が通るための林道があり、その道にも隧道があるが、現在は使われておらず荒れ果てている。

2番目の情報は、不安だ。
内容はそれほど具体的でないものの、恐ろしいことをきいてしまった気がする。
まあ、荒れていることは、これまでの区間だって十分荒れていたと思うし、私は苦労しながらもその大半を歩き通してここまで来たのだから、この先だって、自分の目で無理だと確かめるまで諦めるつもりはないが。

そして3番目の情報については、地形図にも確かに白砂川南岸の山中を遠巻きに走る車道が描かれており、森林計画図にもその存在を確認できるが(路線名は世立林道)、廃道状態であることや隧道があるというのは全く初耳であった。軌道跡と直接関係する情報ではないが、興味を引かれた。いずれ探索で確かめる機会があるかも知れない。

最後に、お互いの無事な帰還を言葉に交わしてから別れた。
河床を行けば白砂川大橋まで大きな難所がないことも教わったので、それは大きな安心材料だったが、この先の軌道跡の状況については、やはり不安だ。
ついさっき、上流に【大ボス的な岩場?】も見ているしな。あんな威圧的な絶壁なのに、谷底からだと不思議と全く見えず、むしろ不気味な感じがしている…。

写真は、彼が大物を探っていた、異様に青みの強い淵。前も書いたが、なんでこの川は天気が悪いのにこんなに青く見えるのか。鉱山地帯だけに何か鉱物的な微粒子が多く含まれていて、チンダル現象が起きてるのかも。
そして淵の対岸に見える急傾斜地の上部が、地形図には崖の連なりとして描かれている、軌道跡の大決壊地帯だ。
まずはここをやり過ごし、少し上流の地形の様子を見てから、軌道跡に復帰する場所を探そうと思う。



10:53 《現在地》

淵を越えて100mくらい歩いたところ。
渓流はまだずっと続いているが、私はここいらで川から上がりたい。
地形図によると、この先の左岸(右手の岸)に等高線の間隔が少し空いたところがあり、その地形の緩みを利用して推定40m上部にある路盤へ復帰しようと思う。

チェンジ後の画像が、その辺りの岸の様子。
水のない谷が急峻な山肌を裂くように開いており、その両側に痩せた尾根を形成している。
右側の尾根がやや緩やかで上りやすそうに見えた。
ここを上っていこう!




10:58

ふひーーー。また、疲労を蓄積させておりますよ。
さほど危険を感じる場面ではないが、踏み跡のない急斜面を脚力だけで上ることの連続に、疲れている。

そして、休み休み5分近くも使って上ると、ようやく見えてきた。軌道跡の続きが上方に! 何やら切り通しらしいものも見えるぞ!
やっと路盤に復帰出来ると思うと、疲れが吹っ飛びはしないが、とても嬉しい!
だから今度こそは、長く居させてくれよ……、この高さに。



11:00〜11:08 《現在地》

よし! 三度戻ってきたぞ! 軌道跡!

(←)
危険を予感させる釣り人の言葉とは裏腹に、とても穏やかな軌道跡だ。
まあ、ここだけかも知れないが。

(→)
先へ進む前に、迂回してきた大崩壊地の方に少し行ってみよう。
すぐ先に切り通しが見えており、おそらくその裏側に大崩壊地があるはずだ。
ってここ、メッチャ枕木並んでるじゃん!(嬉)

いや、苦労して見つけたせいもあるだろうけど……、本当に綺麗だな、ここ。
直線に整然と並ぶ枕木の列は、レールがなくても鉄道の残り香を濃厚に感じさせる。
半世紀を遙かに超える昔に役目を終えた枕木たちが、それを求める者にだけ見せてくれる、淑やかな行進だ…。



枕木の残された切り通しには、こんな石垣もあった。
玉石を手作業で積み上げただけの、いかにも素朴な石垣だ。
こんな地味なものまでが愛らしい。

穏やかさで満たされた、切り通しを抜けると……。



即・修羅場。

うん。これは間違いなく、渡れなかったな。

深入りする前に、察して、撤退(迂回)を決した自分の判断を、誉めてあげよう。

しかし、踏破うんぬんではなく、単純に軌道にとっても致命的な感じのする崩壊地だ。
いつ崩壊したのか分からないのでなんとも言えないが、仮に現役時代のことであれば、
それが原因で奥地側の4960m区間がいち早くに廃止されたのかもしれない。

もっとも、崩壊地より奥のレールも撤去されている様子であることを
判断材料とするなら、上記の可能性はあまり高くなさそうだが。



11:13 《現在地》

軌道跡への上陸地点へ戻った。今度はこのまま前進する。

まずは涸れ沢を軽く巻く。道は切れておらず、等高線に沿って巻いていける。

さあ、この先には何が待っている?!



11:15

上陸地点から谷を回った次の尾根の様子。
この辺りから一気に川側の傾斜がキツくなり、容易に行き来は出来ない様相。
先ほど使った上りルートは、なかなかピンポイントな好条件だったようだ。


それはそれとして、この尾根の先の見えなさ、

なんか怖い…。


フラグとかではなく、「橋14」から「大崩壊地」と、ごく短い距離の間で2連続の大迂回を演じた直後だ。
険しさが、ことごとく自分の行く先を破滅的にしているような被害妄想? 少し臆病な気分になっていた。
戦って勝てるって感じがしない崩壊地が、地味に多いんだよな、この路線って…。
軌道跡と川の高低差がとても大きいだけに、一度の迂回の身体への負担も大きいし。


恐る恐る、回り込んで先を見ると…



切り通しがあることは、すぐに分かった




切り通しの奥に、

何か黒いものがある。


また隧道じゃないかって?



いや、

その傾向は強いが、

それだけじゃない、未知の景色の気配がある。




今すげービクビクしながら、ちょっとずつ、距離を詰めているところだ。

まず、崩壊した土の斜面があり、その先に鋭い岩の切り通しがあることも確定。

問題はその奥だ。切り通しの間の僅かな視界から見える岩場の陰影は、

何か尋常ではないものがあることを窺わせるだけで、その答えが分からない。



先ほど遠望した、私が何気なく“大ボス感がある”と表現した絶壁が、

この先で私を待ち受けているらしい。

この探索の勝者を決するボス戦の予感がする。

切り通しはその前衛で、背後の得体の知れない部分が、その本体の雰囲気だ。

前方の樹木の枝葉の切れ間から、岩の垂壁のシルエットが見え始めた。



切り通し到達!


その奥は――





超美形な連続隧道!

想像を超える美麗な景に、しばし言葉を失った!




 “白砂川の大ボス”との決戦!


11:00

本日の通算3本目、
そして同時に4本目の隧道発見となった!
(「隧道3」の擬定地を含めれば、4と5本目の発見)

上部にリーゼントを彷彿とさせる岩の出っ張りを持つ、なんとも威圧的なルックスの坑口だが、
その存在は秩序にして善。次の隧道にバトンを繋ぎ、この難所の踏破を可能化する役割を担う。
しかも、この隧道を発見したことそのものが、私に多大な幸福感をもたらすのである。



なお、珍しく地形図は、この場所ではほとんど無能だった。
2本の隧道が連なる凶悪な岩場が山腹に突出しているが、
その存在は、直線的に並ぶ等高線の列の中で全く黙殺されている。



なんと手前の隧道、またしても“窓”のような横穴を持っていた!

隧道と片洞門という選択肢から、紙一重で前者を選択したような、
崖際のぎりぎりに掘られた、極めて側面の土被りが薄い隧道だ。
そのため、特に薄い部分が貫通し、窓になっている。
窓より手前の側壁は、壁よりも柱といった方が適切な肉の薄さだ。

そしてこの坑内には、何者かが焚火を熾した形跡があった。
どうやら枕木を集めて燃やしたようである。林鉄ファンならお行儀が悪い。
釣師だろうか。釣師と言葉を交わした後だけに、自然と連想したが、
確かにここは素晴らしい岩宿で、準備さえあれば私も泊ってみたいと思った。



一歩一歩を噛みしめながら、岩宿の隧道へと足を踏み入れる。
これは本当に短い隧道で、10mもなさそうだ。
“窓”は、入ってすぐの場所にあり、大きさは「隧道2」のものより大きい。
やはり、わざと開けたというよりは、「開いちゃった」印象である。

当然、首を突っ込んでみると……



岩壁のただ中から、白砂川峡谷へ理外のコンニチワ。

撮影した全天球画像(↑)を後から確認した時は、
あまりに突飛な景色に、笑いがしばらく止まらなかった。
ロッククライマーが見る景色を、今だけ借りてきたみたい。



やべえ…。

“三連殺”の恐怖再び……。




11:21

またこの展開かよぉー!!!

またやらされるのか…。

坑口下の岩場を斜めに攀じ登る、失敗の許されない試練…!



ここには本来、短い「橋15」が架かっていたに違いない。
橋の上に敷かれていた枕木と思われる木材片が、坑口部分に散らばっていた。

それにしても、見下ろした崖の険しさがヤバい……。
次の隧道へのクライムに失敗すると、最悪、あそこへ落ちるのか……。



今日イチで、美しい。

オブローダーが見る夢の具現化した景色みたいだ。

凄まじく美しいが、魔性を全く隠していない。

到達の対価に命を要求している気配がある。



震えた。

この奥の岩壁が、先に遠望した“白砂川の大ボス”だった。
【あの眺め】の隣席に、私はいま、命がけでへばり付いている。

緊張と興奮で、身体の震えがマジで止まらねぇ。
43歳の身体が受けていい刺激のレベルを超えているかもしれん。



11:25 《現在地》

一歩一歩、近づいております。

いよいよ本日2度目となる、失敗が許されない数歩が近づいてきた。

これ以上、間を引き延ばせない。あと1枚だけ撮影したら、挑戦する。




突入前の最後に、この全天球画像を撮影した。

既に繰返し述べているが、ここは(これまでの隧道と異なり)昭和24年にいち早く廃止された区間である。
戦前に、国と地方を共に潤す国有林事業として、伐木運材の目的を果たすべく、
遠大な白砂川の峡谷を攻略する戦いが、地図にも載らない密かさで、繰り広げられていた。
その鉄路が活躍した時間も短かったが、磐座に刻まれた偉業は、こうして永久となった。




― 準備完了 ―




― 成功 ―



10:30

“奥の隧道”(隧道5)へ、到達。

坑口付近に崩れている様子はないが、出口の光は見えていない。

確実に前の隧道より長い。

風も感じられないが……。

大 丈 夫 だ よ な ?



11:31

あ。




終わった…。

完全閉塞。



してやられた…。



-->