主要地方道小出奥只見線 <シルバーライン> 第三回

公開日 2006.08.27
探索日 2006.08.24

地に巣くう大蛇

徐々にその本性を見せる道


 起点から約3kmを進んだ。
ここまでで既に9本の隧道を攻略。要した時間は約30分、現在時刻は午前7時である。
残りの隧道はちょうど10本。
次の10号トンネルまでの間には、貴重な明かり区間が500mほどもある。



 久々に遠くの景色を見て気付く。
道はもう、思いがけず高い所まで登ってきていた。
地形図で確認すると、現在地の標高は430m付近であり、起点からは150m以上も高度を上げている。
次々と現れる隧道に心を奪われがちで、登り坂のきつさを意識することは無かったが、この先11km地点にある銀山平の標高710mまではまだまだ登りが続くことになる。



 本数上の折り返し地点となる10号トンネルが、やがて現れた。
一番最初の隧道によく似た入り方をしている。



 と思ったら、フェイクだった。
それは種なし(=隧道に繋がらない)スノーシェッドであり、カーブを終えた所で再び地上へ戻る。
そして、今度こそ本物の10号トンネルが現れた。
短いスノーシェッドを従えている。
この坑口前には広い駐車スペースがあり、なにやら赤茶けた鉄屑が置かれていて目を引く。
 古い地図を見ると、この敷地と谷底の国道を結ぶ3kmほどの工事用道路があったようだが、現在その痕跡はようと知れなくなっている。



 どうやらこれは古いスノーシェッドの残骸らしい。
しかし、元々どこにあった物かは分からない。
そう遠くから運んで来るとも考えにくいので、この近くに設置されていたのだろう。
現在は、廃材が立て掛けられたりしている程度で、何にも使われておらず、夏草の拠り所となっている。



 車数台を路外でやり過ごした後、いよいよ10号トンネルへと進行する。
別名「高平トンネル」、銘板によるとその延長は541.1m。
9号の延長を塗り替え、現時点までの最長トンネルとなった。
隧道の長大化の歯車が、遂に回り始めたのか。



 ほぼ真っ直ぐの隧道で予め出口が見えているが、かなりの勾配がある。
 この辺の隧道からは、どこも地下水で湿っている。
そして、路面は滑り易いコンクリート鋪装の上に、水が至るところで流れており、その上轍も深い。
2輪車が通行止めなのは、おそらくスリップ事故が多発したためだろうと思われる。
また、危険なのは2輪車ばかりではない。
両方の壁際から50cmほどの位置にラインが敷かれ、その外が路肩となっているが、狭いだけでなく車道と物理的に分ける構造が一切無い。
さらに壁際には蓋のない側溝が掘られている箇所も多く、歩ける幅はかなり少ない。
観光道路とはいえ、車外に出るのは危険なのだ。



 この隧道にも、3度目の遭遇となる電気室が設置されていた。
おそらく、車の速度で通り過ぎたのでは、存在にさえ気がつかないだろう。
どの電気室も、真っ暗で、目立たない。
ちなみに、入口には「津久の岐電気室」と書かれていた。
鍵は掛かっている。



 登りが続くわりに汗をかかずにすむのは、めちゃくちゃ涼しい隧道の中ばかり通っているからだ。
出口付近にはもわっとした熱気を感じるが、それも束の間である。
またすぐに次のクーラーが待ち受けている。
もし下りだったらもの凄く寒い思いをしたに違いない。

 10号トンネルは出口付近からカーブしており、そのまま真新しいスノーシェッドに続く。
ここには珍しい電光付きの警戒標識が取り付けられており、しかも光りがアニメーションする手の懲りようだった。


 次の11号トンネルとの間にも、約500mの明かり区間がある。
ガードレールの外には、いよいよ人工的な物が何も見て取れなくなってきた。
人跡未踏の山野を掘り抜いて生み出されたこの道の、貴重な見晴らしである。

 それにしても…、計算上ではもうこの先大変な事になっているぞ…。
奥只見ダムまで残りの距離はあと17km(ここまで5km)。
隧道を除いた距離は全線でたった4.5kmだけなのだが、そのうち3.5kmまで既に使ってしまっている。
この計算の通り行けば、残り17kmのうち、16kmが隧道と言うことになるのだが……。
前回の喩え話で言うと、1ヶ月間の無人島生活の7日目にして、食糧は23日分以上食べてしまったことになる… もう生きていけないんじゃ。



 9号トンネル以降、一本一本が長くなり始めた隧道群。
なんども見たような景色の中に再び現れた11号トンネルは、果たしてどんな長さなのか。
期待と不安が交錯する。

 いざ、覚悟の11本目!


 長い! …くない

 覚悟していたのに、長くないな。

 わずか102mあまりの11号トンネル(栃の木トンネル)。
しかし、坑口に取り付けられた電光掲示板は、何故か。
それに、一直線に伸びる照明の行く手に、白い光は見えない。

 疑惑。

 …疑惑の、第11号隧道!



 やばいぞ。
やっぱりこいつは只者じゃ無さそうだ。
入洞から確かに100mほどの地点で、両側に退出路が現れた。
古い地図によれば、ここを右に出るとやはり谷底へ工事用道路が延びていたようだ。 (現在は全く痕跡認められず)
そして、そのまま隧道はカーブしながら続いている。
どうやら、銘板さえ見せぬまま、ここから先は12号トンネルにバトンタッチしたようだ。

 そして、
  この12号トンネルが、キレてた!




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12号 津久の岐トンネル


 よーーーく見ると、天井に銘板がぶら下げられていた。
普通は誰の目にも留まらなそうな場所だ。
下に延長が書いてあるようだったが、読み取れなかった。
ただ、これまでのどの隧道よりも長そうだと言うことは、靄の中へ消えていく照明から感じられた。
とはいえ、この隧道が異様に芸達者なキワモノであることは、まだ分からなかった。
分かるはずもなかった。



 煌々と光る天井の標識。
この狭い(おそらく幅は6mくらいだろう)隧道には大型車が転回するスペースが無く、ここから2km先にはそれが出来る施設があるという案内だ。

 …2km。

 こんな隧道が、もう2kmも続くというのか?! 



 これぞ、本性を現したシルバーラインの隧道の姿だ。

 壁は地肌がそのまま露出し始め、それと共に洞内の湿度はさらに上昇。明るさは減。
単純な素堀りというのでもなく、荒々しい岩肌とコンクリートの壁が、交互に現れる。
そのうえ規則性はなく、100mくらい素堀が続いたと思えば、今度は5m刻みでコンクリと素堀が繰り返されるなど、忙しない。
露出した岩盤からは無数の水抜きホースが突き出しており、勢いよく水を吹き出させているものもあれば、埃が詰まっているものもある。
消火栓などの保安設備は、素堀部分に重なった場合、それが壁に沿って独立して設置されている。
路面には、無数の溝や凹みがあり、至る所が水溜まりになっている。
車で走るとよく分かるが、とても鋪装している路面とは思えない部分も少なくない。
ちなみに、500m先には、始めて見る「避難所」なる物があるらしい。



 素堀りに吹きつけの天井に、なにやら無数のチューブが這い回り、その先端は大きなピップエレキバンみたいなものに続いている。
湧水を誘導しているのか。
こんなものが幾らあっても、四方の壁からひっきりなしに水が溢れている。(大袈裟でなく鋪装の隙間からも湧水している)
豪雪地らしく、周辺の地下水はきわめて豊富なようである。
天井からホースで撒くように水が落ちていたりと、他の隧道だったとしたら「異常出水」だなどと通行止めになりそうな場所さえある。

 水を浸した綿の中をくり抜いたような、出水隧道の姿である。



 こんな隧道が…
おそらくは50数年前、土砂や資材を満載したダンプトラックが列を成して通行していた当時と、そう大きく姿を変えていないだろうこれら隧道が、いまはパパのクラウンや、ママのマーチ、そして俺のピーに解放されているのだ。
しかも、長い! 出口が見えない! 
次々カーブが現れるばかりで 終わらない!!



 これは…、まだ避難所では無さそうだ。

 壁の薄汚れた表示を見ると、「12T換気所」と書かれている。
どうやら、この隧道を換気する換気口が、この横穴の正体らしい。

 これまでの横穴は電気室で扉が閉じられていたが、今度は腰丈ほどの柵があるだけで、その奥には空洞が続いている。

 うふふふふふふ。



 入ってみた。

 そこには、水蒸気が充ち満ちており、フラッシュを焚いて撮影することが困難だった。
また、驚くべき事に、洞床には二条のレールが埋め込まれるようにして存在していた。
おそらく隧道建設時に使用したズリ出し用坑内トロッコレールの名残だろう。
さらに、このレールの主たる、平トロッコ一台が、停車していた。
横穴の幅は、トロッコの横幅から大して余裕が無く2.5m程度で、四方はコンクリートに覆われている。
果たしてどの程度の奥行きがあるのか、何かに急かされるように私は前進した。



 30mほど真っ直ぐ進んだ地点で、銀色の扉のような壁に突き当たって、終わった。
そして、ここには外気そのものの暑さが篭もっていた。
地形図を見ても、12号トンネルは山腹に沿っており、この扉の外が野外である可能性は高いだろう。

 さらに扉に近付いてみた。



 そ、外だ!

 僅かだが、揺れる緑の葉が見えた。
空かない扉には、紛れなく外界が接している。
扉が閉じていては換気所とも言えない気がしたが、実はこれは密閉された扉でなく、メッシュ状の隙間がある扉なのである。

 私は、初めての横穴に納得し、引き返した。
しかし、12号トンネルのイレギュラーは、こればかりではなかった。





 12T換気所の入口は、排気が篭もりやすいカーブの頂点に口をあけていた。
その坑口から隧道内を見回すと、そのカーブがこれまでの隧道内道路線形の常識を覆すほど、大きな大きなカーブである事がよく分かる。
右を見ても、左を見ても、カーブの終わりは見えない。
地図で確認すると、この12号トンネル最初のカーブは90度の曲がりを見せている。
曲がりながら、まるで立体駐車場かスパイラル斜坑のように、登っている。
それが、この12T第1カーブの凄まじさだ。
私は、興奮した。


 古びた注意書きが壁に取り付けられている。
「注意急勾配」とあるのだが、カーブの先の景色を見て驚いた。

本当に急勾配だったからだ。



 惜しむらくは写真で分かりづらい事だが、後で動画を見ていただければ、この坂の急さが分かると思う。
それまでとは、明らかにぐいっと勾配が変わって登っていく。
隧道は狭く路肩が無く、代わりにある側溝には、透き通った水が勢いよく音を立てて流れている。
そして前方、登り切った先には、これまで何度も見た、カーブの外壁に明滅する赤色灯の列がある。
この長い直線登りでさえ、隧道内のワンシーンでしかないのだ。

 この12号トンネル、というより津久の岐隧道と言った方がなんとなくしっくり来るが、これは本当に凄まじい隧道だと思う。
出口側の坑口には銘板がちゃんとあって延長を知ることが出来たのだが、それによると全長は1602.1mもある。
文句なくこれまで最長である。
それに、洞内の3次元的な線形がまた突出している。



 登りの先の再びの急カーブ。
誘導灯に誘われるように、視界の利かないカーブを進んでいく。
隧道の中では、想定された範囲以外の景色が飛び込んでくる事はなく、きわめて不自由な視界が世界の全てである。
そのことが、時として不可思議な事故の原因となることがある。
人間の精神に、隧道は大きく作用するのだ。

 そんな不安定な状況下、ぼうっと明滅を繰り返す赤い光りの列は…。
頭に来る。異様な感覚が体を支配する。
大袈裟でなく、こんな景色が延々繰り返されるシルバーライン独特の、これは催眠感というものだ。
やはりここは歩く場所ではないだろう。生身の体には、きっと効き過ぎる。



 入洞より16分。
上り勾配に息を上げつつ、1000mほどは進んだと思われた。
しかし一向に日の光は現れず、淫催効果でもありそうな杏色ネオンだけが、全ての物理的事象を覆っている。
再び横穴が現れ、避難所という案内標識があった。
これは、我々一般ドライバーのための避難所なのだろうか。
それさえ疑わしく思えるほど、異様な雰囲気に全てが包まれている。
車が一台隧道へ入る度、隧道内全体に1分以上も爆音が轟くのも、車外の人間には拷問だった。



 避難所と書かれた通路は、隧道と直交する方向に真っ直ぐ登って10mほどで、出口らしい扉にぶつかって終わっている。
きわめて殺風景な通路だ。
ゴミ一つ落ちていないというのが、逆に気持ち悪い。
こんなに往来がある道路に面しているのに、誰も来たことがないのか…。


 扉。
それは、重い鉄扉だった。
やはり鉄製の重い閂がしっかりと銜えさせられている。
避難所を名乗るなら当たり前だが、鍵は掛かっていない。

が、
大人一人の力では、開かない!
下の手動のストッパーが地面に強く食い込みすぎていて、動かせないのだ。
あなたがこの隧道を通るなら、万一事故があったとき、この扉からは一人で出られないことを、肝に銘じておくべきだろう…。



 入洞より21分経過。
寄り道が過ぎて、なかなか出られない。
しかも、未だ行く手には出口など見えず、勾配を変化させながら再び左にカーブする隧道の姿があった。
この隧道は、何度カーブすれば気が済むというのか… 右に…左に…。


 やがて近付いたカーブの外側の壁には、なぜか木製の板が取り付けられていた。
その内の1枚に亀裂があって、そこから僅かに日の光が覗いていた。
隧道は想像以上に地表すれすれ、山腹すれすれを通っているのだ。
この隧道が極端にカーブばかりなのも、生粋の隧道と言うより、山腹の多数のスノーシェッドを繋げたような構造物だからではないかと思う。
ここまで2箇所あった横穴は、いずれも30m以内で地上に通じていた。



 出口なのか?!
 …ようやく。

 行く手の路面を、懐かしい日の光が照らしているのが見えた。
しかし、同時に私は見てしまった。
優しい白い光りのむこう、更に深い闇が待ち受けているのを。



 これだけなのか!

 20分以上も延々と地下を駆け、ようやく脱出と思いきや…。
その私に許された光りは、骸骨のようなシェルターから漏れ来る、こんな僅かな陽光だけだというのか。

 背後には、今ようやく通り抜けてきた12号トンネルの銘板が、その長大なる延長 1602.1mを掲げている。
そして、行く手には見えていた… 

 13号トンネル… 延長、2252.0m

  す、 すす ……

  凄いところへ、来てしまった!



 必見!
■動画:12号トンネル(津久の岐)〜11号…13.4MB




シルバーライン 残り、15km