シルバーライン最長の17号トンネルであるが、中程には洞内分岐があり、そこから外へ出ることが出来た。
しかし、全線を全うしようとする者は、なお暗闇の中を走らねばならない。
17号トンネルにはまだ、1.7kmあまりという十分すぎる距離がある。
な、なんだこれは。
右側の側壁に口をあける、もう一回り小さな隧道坑口。
立ち入り禁止の表示と、簡単なチェーンで塞がれているが…。
これまで見た電気室や換気所のようなスイッチや配線などが何もないし、銘板のような物も見当たらない。
一目見てこれまでとは異質な、怪しげな小隧道である。
行くしかない!
いや、銘板はあった。
これまで見た物の中でも一際古びて汚れた、タイル製と思われる銘板が、坑口の上に、まさしく隧道扁額の様に取り付けられていた。
そこに読み取れる文字は…
荒 沢 横 坑
これは、何のためにあるものなのか…。
何だか、今までになく廃っぽいムードが溢れている。
弛んだチェーンを跨いで進むと、そこには車一台がようやく通れるくらいの小断面隧道があった。
壁はコンクリートで覆われているが、見るからに草臥れている。
また、やはり照明の類は一切準備されていない。
入口から僅か10mほど先に、なにか広場のような空洞が見えた。
進んでみる。
その広場は、奇妙な場所だった。
左の図の通り、広場からは合計3本の隧道が三方へ伸びていた。
一本はいま私が通ってきたもので、もう一本はそれと90度直交する方向へ向かい、シルバーライン本坑へ戻っている。
この坑口の造りは私が入ってきたものとそっくりだが、銘板は見当たらない。
そして、残る一本は本坑と直交する方向に出て、約50mで光の元へ達している。
外へ続く通路は、少し天井が高いものの幅は狭く、中程は素堀に吹き付けとなっていた。
現在使われて無さそうだと踏んだ横坑であるが、その内壁には完成後の補強と思われる多数のボルトアンカーが見られた。
また、隧道本坑内の他の場所でも見た、隧道補強工事の工事銘板が取り付けられていた。
現在この横坑が何に使われているのかは不明ながら、このような枝の隧道まで管理されていることは、少し意外な感じがした。
なんだかんだ言っても現役の道路の付帯施設なのだから、当然なのか。
横坑内の枝分かれ部分から本坑側を見る。
路面には、私が辿ったルートに従って、キャタピラの轍が残っていた。
本坑に向かって左右に分かれているこの分岐の様子から想像されるのは、この横穴もまた建設当時ズリ出し用のトロッコ軌道跡ではないかと言うことだ。
或いは、奥只見ダムの原石山がどこにあるのか勉強不足のため分からないが、ダム建設のための資材運搬ルートだったのかも知れない。
この枝分かれした穴は、明らかにレールを意識している気がする。
午前9時5分。
思いがけず早く地上への再会を果たした。
坑口付近では、隧道内の湧水が通路の3分の1ほどの巾の流れとなっている。
そして、流れは鮮やかな夏草の原野に吸い込まれるように消えていく。
坑口の外にはおおよそ道らしい痕跡は認められず、奥只見湖畔に面した草原の一角らしい。
背丈以上もある夏草の向こう、対岸の山裾に電柱が立っているのが微かに見えた。
周囲を覆い尽くす草いきれの中に取り残されたような小さな坑口。
こちら側には銘板らしい物は見られない。
ここからは、この季節いずこへも行くことは出来なさそうだ。
大人しく隧道へと戻った。
約10分を横坑の探索に要したが、午前9時9分、本坑の進行を再開。
全長約4kmとべらぼうに長い(開通当初日本最長道路トンネル)17号トンネルだが、その内容は先ほど通過した洞内分岐を境に異なっている。
分岐より起点側は山脈を貫通する直線的な隧道であったが、現在いるその終点側については、シルバーラインの他の多くの隧道と同様、地中にありながら山裾にある程度寄り添った、カーブの多い線形となっている。
シルバーラインの長大隧道はどれも、最長でも2km程度の隧道を複数組み合わせたような構成になっている。
これは、当時の技術力では、換気対策や開通後の保安が難しかったからであろう。
例えば、シルバーライン開通の9年後となる昭和41年には、国道13号福島米沢間に、一般道路トンネルとしては当時最長級の東・西栗子トンネルが貫通している。
これは全長約2.5kmのトンネル2本を繋げた構造になっているが、計画当初は約4kmの一本のトンネルとして検討されたものが、換気等の問題から変更されたという。
道路トンネルにおけるトンネル換気の問題が一応解決されるのは、昭和40年代以降にジェットファンなど、大型送風装置が実用化されてからである。
その意味でも、このシルバーラインの各隧道に見られる換気所や電気室という構造物は、長大トンネル黎明期の苦肉の策だったと言えるだろう。
シルバーラインや先に挙げた大町トンネルなどは、国是たる電源開発の必要性から、技術的早熟を圧して着工された先進例なのである。
次々に現れるカーブをこなしていくと、またしても右側に分岐が。
17−2T換気所とある。
思いがけず長く暗くて辛かった「17−1T換気所」を思い出し、ちょっと侵入が躊躇われた…。
しかし、もう二度とここに来る機会も無いだろうからと、時間も押していたが我慢して入った。
横穴は真っ直ぐ奥へ伸びていた。
洞床には前にも見たレールが埋め込まれている。
ここもズリだしトロッコ跡なのか。
内部は水蒸気が溢れており、視界が殆ど無い状態。
ふぅ。
良かった。
ほんの50mほどで、真っ暗な壁に突き当たった。
例によって、今までの換気所で見たのと同じ銀色の壁だ。
そして、ここには生暖かい空気が立ち籠めており、おそらく外も近いのだろう。
最長の隧道だけあって、本当に寄り道が沢山ある。
既に入洞より48分を経過している。
立派なフェンスが閉じられた換気所より、本坑へと戻る。
ちょうど車が左から近付いているようで、威圧的なその音がぐんぐんと接近してくるのが分かった。
そして、間もなく現れた車を目にした瞬間、私は硬直した。
あっという間に通り過ぎていったのは普通車だったが、その車体は、黄色かった。
その屋根には、黄色い回転灯がまわっていた。
側面には黒いラインが一文字に引かれ、
そばに「道路パトロールカー」の文字が見て取れた。
それは、国道や県道を走っていると時々出会う事がある、道路パトロールカーに間違いなかった。
彼らには、道路交通法違反を取り締まる権限はないが、道路の管理者として、必要に応じて通行止や制止などの処置を行う権限が認められている。(道路法37条『道路の占用の禁止又は制限区域等』)
具体的に、私がこの探索中に最も遭遇したくなかった相手の一人である。
だが、奇跡的に、私はちょうど、横穴の中にいた。
本坑に戻った私は、ドキドキで肩が震えたが、既にあの黄色い車は遠くへ行って見えなくなっていた。
行く手は行き止まりのダムであり、いつかは戻ってくるのだろうが……
す、 進まねば。
私は、残り2本のトンネルを味あわねばならない!!
隧道内にペイントされた、力強い「15K」の文字。
すなわち、残りの距離はあと、7キロ。
ここまで来たんだ!
行かせてくれ!!!
見逃してくれ!!
これまで最大の戦慄に震えた私は、雨のそぼ降る夜道のような景色の中を、一目散に駆けた。
後輪が巻き上げる飛沫が背筋を濡らし、毛髪からも顔面に水が垂れたが、首に巻いたタオルでグイグイとしごいた。
既に路面の勾配は、殆ど水平に近かった。
それは、山岳道路とは思えぬ、平らな道のりだった。
きっ、きたぁっ!
光だ!
最長の隧道を突破できる!
やっとだ! やっと突破だ!!
横穴盛り沢山の17号トンネル、その地図は右の通り。
現在地は図の右下の、極々短い地上部分である。
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18号トンネル(荒沢) 3057.2m
ま、またしても、3000mを越える超長大トンネルが出現…。
しかも、この2つのトンネルを繋ぎ合わせる地上部分など、無いに等しい短さ。
こんなの、ただの窓でしかない!
そもそも、どう身をよじってみても、人一人外へ出られるスペースはない!!
これまでの常識では測れない現実が、今まさに目の前に起きているのだ!
全長3989mの17号を出ると、その10m先には、全長3057mの18号が現れるという、現実。
この2つのトンネルを繋ぐ僅かな明かり区間から、外へ出ることが出来ないという現実。
すなわち、ここにあるのは、長さ7000mの隧道なのではないのか?!
そうでないと、誰が否定できるのか!
出られない!
昭和32年開通当時の日本最長と、第3位の道路トンネルとの隙間、延長4kmと3kmの隧道の隙間、その無情なる姿。
ここからは何人たりとも外へ出ることは出来ない!
猛獣の檻の如きは、この場所にあるのが不条理と思えるほどに堅牢であり、如何なる緊急事態といえども、ここから出入りすることは不可能である。
通行者は、よほど頭上に注意していなければ、薄汚れた18号の銘板を見ることもないだろう。
ただ、一瞬だけ外の光を横っ面に浴びるのみだ。
また、ここで隧道が切り替わることを知り得ても、出来ることは何もない。
18号トンネルは、全長3057mもありながら、ただ一本の直線だけで構成されている。
しかし、かといって隧道内を通して出口を見ることは出来ない。
これは、微妙に勾配が変化していることと、坑口付近に発生している霧のせいである。
現在時刻は9時17分、ダム到着のタイムリミットまであと13分。
この同じ道路内をパトロールカーが徘徊していることを知ってしまった今、もはや余計な時間は一切使えない。
特に、脇道ならばいざ知らず、本坑内は常に緊張である。
シルバーライン全線でもたった2箇所だけの、大型車転回所、その2カ所目が18号トンネル内にある。
もう、今の私が欲しいのは、次々に勿体ないほどの長大隧道でもてなしてくれる貴方には悪いのだけど、突破したという、完結という二文字だけである。
凄く身勝手なことを言うと思うのだけど…、●●●には長すぎた。
ここの隧道達は。
見渡す限りに、まっすぐ伸びる隧道。
何度も同じコメントをしている気がするが、これこそ全線で最長の直線だ。
行けども行けども、景色に変化がない。
特にこの隧道は風通しも良く、ダム方向に向かって追い風なのはとても嬉しいのだが、立ち止まっていると寒い。
ちなみに、これまでの写真に較べ、この右の写真は薄暗く見えるかも知れないが、このくらいが本来の明るさに近い。
これ以外の殆どの写真は、カメラ備え付けの「高感度モード」で撮影しており、余計に鮮やかに写っているのだ。
また、それでも明度が足りない写真については、PCで画像処理を施して使用している。
シルバーラインの各隧道は、おおよそこの規模の隧道とは思えないほどに薄暗い。
そもそも、照明の数が絶対的に少ないのだ。シングルラインだし。
素堀の壁もまた照明を吸収してしまい、暗さの大きな要員になっている。
行く手の地名が一つだけに変わった青看、気がつけばその指し示す距離も一桁になっていた。
一つ一つの隧道を抜けるたび、大きく数字が減っていく。
シルバーラインに残された隧道も、あともう一本。
この次の19号が最後である。
見えてきたか。 ようやく…。
見つけてしまった…。
「18T換気所」と書かれた、これまで何度も見たような横穴。
ここまで、一箇所だけだが全長500mくらいもある換気所に遭遇してしまい、それ以来換気所が怖くなった。
正直、この換気所隧道というのは、余り面白いものではない。
暗いし、狭いし、うるさいし、それなりに管理されているし。
だが、これらの横穴の現状を知る機会は、もう私には二度と訪れないに違いないのだ。
待ち合わせには遅れる可能性が高くなったが、すまん、行かせてくれ。
午前9時24分、もう何度目とも知れぬ横穴へ、逸れる。
フェンスをブツごと乗り越えて(前は歩きだったのでうんざりするほど時間がかかったことを反省し…)、内部へ進行。
すると、そこにはバイクの化石が転がっていた。
一体、どこをどうすればバイクがこんな異様な物体に変化するのだろう…。
ナンバープレートが取り外され、横穴の素堀の壁により添って廃材と共に置き去りにされたバイク。
見るに忍びない屍の姿だった。
最後に地上を離れてから一体どれほどの時間を、この車のライトも当たらぬ暗がりで過ごしてきたのだろう。
ま…まさか、2輪で通行しているのを管理者に発見されて、ライダーがその場で粛正されたんだったらやだな…。
これは…、あの長かった17−1T換気所にそっくりだ…。
本坑を分岐するとすぐに左45度にカーブし、そこから急な上り坂が始まる。
あとは、車一台分の舗装路が素堀と覆工を小刻みに繰り返しながら続く。
路面には点々と反射材が取り付けられている他は全くの闇で、その奥行きはようと知れぬ。
また、長いのにぶつかってしまったらしい…。
湿度が高すぎてまとわりついてくるような感触の冷気を吸い込みながら、私は進んだ。
上り坂とはいえ、足に力を込めてグイグイ進んでいく。
しかし、それでもなかなか終わりは見えてこない。
もし終わり自体に光がなければ、この手持ちのライトが照らせる範囲まで近付かぬ限り知ることは出来ない。
照らし甲斐の無い闇に光を当てて走っていると、今度は地に足が着いていない事もあって、突然目の前に壁が現れてぶつかるのではないかという、本能的な不安を感じるのであった。
普段の生活ではおおよそ感じる機会のない、真闇と呼ぶべきもの、その内に入り本能的な不安を覚える。
本坑にはこの時も、私の存在など知らん顔で車達が通り過ぎている。その音は反響し奇妙なほど耳元に聞こえるのだが、脇道の闇は想像以上に深かった。分岐から650mを示す表示があった。
道路トンネルとして当たり前にそこにある照明が無いだけで、人は隧道に地底本来の暗さを感じることが出来る。
地球内部の光のない世界は、我々が普段知覚していないだけで、人智をこえて茫漠と存在しているのだろう。
深い闇は、時として私をスピリチュアルな世界へ連れて行こうとする。
700mか、或いは800mも来たかも知れない。
時計を見ると、分岐から7分を要していた。
午前9時31分、案の定光の全くない終点が現れた。
そして、例によってそこには銀色の壁と、温い空気があった。
銀の壁の横に、赤色の扉を発見。
しかも、一体どんな力が加わったものか、上部がかなり拉げている…。
ここはとても暑く、洞内との急激な気温の変化によって、カメラのレンズがみるみる真っ白になってしまった。
あ、開いた…。
扉はカギ穴が無く、いとも容易く開いてしまった。
ギーーっ と、不快な軋みを上げながら…。
…この先は…、 や、やや、 やばくないか……
次こそ、本当に最終回です。
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