道路レポート 国道229号雷電海岸旧道群 雷電岬旧道編 第2回

所在地 北海道岩内町
探索日 2018.04.26
公開日 2019.12.07

3つのルート、最適解は?


2018/4/26 6:27 《現在地》

迂回開始から約10分、1本目の隧道こと弁慶隧道の迂回は、ここまで極めて順調に進んでいた。
首尾良く無名の小さな岬の突端へ回り込み、初めて2本目の隧道(この段階で名称は不明)の坑口を目視できる位置へと駒を進めた。

だが、そこで足が止まる。

滝と谷と海と橋と隧道とが絶妙に配された、凄絶な廃道風景に気圧されたのではなく、物理的に、これ以上近づいていくことが難しかった。

事前情報の少なさ(この先の旧道路面に到達したという報告皆無)から、ある程度予感はしていたのだが……、この岬の裏側は、表側と一転して、歩行できる波蝕棚や波打際の礫浜、或いは大岩の磯場といった地形ではなく、切り立った海崖が直接深い海水に落ち込む地形だった。
波があたる辺りの崖はオーバーハングさえしていて、いずれは海蝕洞が誕生しそう。



万事、窮したか?

そんな簡単に諦められるはずがない。

先に見えてしまったブツは、私を容易に引き下がらせない。

私にとって、それほどのものが、見えている。

私はこの状況を前に、3本の“突破ルート”を構想した。

第1は、海中を行くもの。
今日の波の高さであれば、足がつく深さであったなら、これが一番安全だろう。しかし、おそらく足はつかないから泳ぎになってしまう。着衣水泳の経験はほとんどないし、なにより重大な問題は、この方法だとカメラ(一眼レフを使っている)を運ぶことが出来ないので、本当にただ行くだけということになる。果たしてそれに意味があるかと問われると、私は答えに窮してしまう。しかも、このルートで河口まで辿り着いたとしても、橋の上に立てる可能性は低い予感がする。ここからは見えない地形が鍵を握るのであるが…。
最初に思いついたルートではあったが、このルートは良いルートではないと思った。

第2のルートを一旦措いて、先に第3のルートを説明する。

第3は、山越えをするもの。
これは探索当初から構想されていたもので、いま取り組んでいる海岸ルートとの対案としてあった。
弁慶隧道の直上の山を乗り越えようというもので、短距離ながら50mを越える高低差を上下しなければならない、体力と時間を消費すること請け合いのルートだ。



しかし、この山越えルートの最大の懸念点は、尾根を越えた先で湯内川の谷底に上手く下降できるのかということだった。

このルートについてもぜんぜん事前情報がなかったが、地形図には湯内川の谷底に連続して3つの滝が描かれていて、河口からわずか350mで高度50mに達するという急流河川ぶりである。そのうえ両岸には崖記号が櫛比していて、経験上、容易に上下できる場所を見いだせる気がしなかった。まして、崖下に立って登るルートを見つけるよりも、高い位置から崖の下降ルートを探すのは、難しい行為である。

湯内川側の状況が分からない以上、尾根に立つまでの時間と体力の消耗を考えれば、これも気軽に着手できるルートではないというのが、私の出した結論だった。

そうなると、残るは第2のルートである。
第2は、崖をへつるもの。
海崖の中腹を横断していこうというもので、見ての通り、この崖は、「崖」という表現が誇張ではないレベルで急峻だ。
もしこれが、土混じりの崖であったり、ツルツルのスラブであったり、脆い風化した崖であったら、私の考慮に値しない不可能なルートとして、こうして検討されることはなかったはずだ。地形をシルエットだけで判断するなら、かなり無謀に近い。

だが、この雷電岬周辺の火山性崖は、人が移動することに関して、これ以上ないほどに恵まれた“質”を持ったものだった。



この角度の崖を無装備(徒手空拳)で突破しようとするのはあり得ないという、常識の“色眼鏡”を外して欲しい。

冷静になって観察すると、この崖には手掛かり足掛かりが半端なく豊富で、まるでおろし金のよう。
この崖を滑り落ちるなんてことは、突風に煽られるか、足掛かりが突然外れるか、あとは無茶なオーバーハングに突入でもしない限り、まずないと思う。

昨日挑んだビンノ岬周辺の海岸も同じ岩質であったから、十分とまではいえないのかもしれないが、この崖のグリップの強さは経験済みである。そして、昨日は一度もスリップしなかった。一見すると外れそうな足掛かりも、実際は相当に強く基礎の岩盤に固着していて、強固であることを実感している。

さらにこの岩場を容易にしているのが、水平に近い縞模様の存在だ。
この岩石の成因は不明だが、降り積もった高温の火山灰が固形化したものなのか、水平に近い縞模様が無数に刻まれている。
これが、天然のトラバースルートや階段のような役割を果たしうる。

最終的にどの程度の難度があるかは、挑戦した後でないと判断できないが、この第2のルート……海崖トラバースルートに挑戦することにした。



この段階で、さらに選択を迫られた。

崖をトラバースするにしても、どの高さを進むか。

崖の向こう側の状況が分からない以上、ここで選択した高さは、先に進んでからの上下動で無視できない可能性が高い。
写真でハイライトした「尖(とんが)り」の地形も、それを予感させる。

おそらく、海岸すれすれの低い高さを進めば、河口には降り立ちやすいだろうが、河口から橋の上に到達出来るかどうかは、かなり疑わしい気がする。

橋へ立とうとするならば、高い位置をトラバースしていくのが良いと思うが、高い位置取りは、万が一転落した場合の負傷の程度が大きくなりがちで、リスクは高まる。

おそらく今日の状況なら、海に落ちても助かるだろうが、カメラを含む機材一式を一発でお釈迦にしてしまうと、本日4日目となる北海道探索の継続は困難に……。くわえて、撮影データを喪失でもしたら、考えるだけで涙が出そう。 
結論、海に落ちてはいけない。

私が今回の探索の目的である、旧国道の可能な限りの踏破を達成するためには、面倒であっても、両方のルートに挑戦する必要があるかも知れない。
そうなると、どちらを先にするかの選択だが、橋へ登るルートを先にすることにした。
選択に十分説明できる理由はなく、あの橋に立ってみたいという気持ちが先立った。



取り付き。

崖とも斜面ともいえる微妙な斜度だが、前述したとおり、もの凄いグリップ力がある斜面なので、この程度ならば何の不安も感じない。
まずは海面から3mくらいの高さまで進み、そこから2つのルートを派生する。

なお、昨日のビンノ岬周辺のように古道の痕跡がありやしないかという期待は、成果を得られなかった。
古い地形図を見ても、現在の雷電温泉があるあたりより南に海岸道は描かれていない。




無謀ではないと信じたい私の挑戦を、沖合の絶妙な距離から見る(?)漁師の小舟があった。

こういう状況は、安心と憂鬱が微妙に混ざり合う。

万が一の事故があった時、彼が見つけてくれて生還できる可能性が高まるのは、安心の要素。
しかし、私の行為を無謀であると諫めたり、もっと確率は低くとも、地元民の聖域への立入を禁ずるとか、なにがしかの理由から妨害に発展する可能性を想像してしまうのは、憂鬱の要素だ。
私というオブローダーが、普段から後ろめたいことばかりしているせいで、こういう歪んだ思考になる。

だが、気弱な私を一番憂鬱にさせるのは、彼の直接の妨害ではなく、彼が、私の危険な挑戦に気を揉んでしまい、精神を疲労させてしまうのではないかという心配と、私の万一の事故を目撃してしまったせいで、面倒ごとに巻き込むかもしれないという、恐れだった。

他人の助けを借りてまで助かりたい。 < 他人を面倒ごとに巻き込みたくない。
この思考は、私の遭難が現実に及ぼす影響を考えれば、まるきりエゴだと思うが、それでも危険な探索ほど独りでやりたいと思ってしまう。
衆人環視でロッククライミングをしたいと思う人は、きっと少ないはずなのだ。
私の探索は、現場において寸毫もエンターテインメント的ではない、私だけの静かな精神の時間だからだ。

無駄に長文で語ったが、実際のところ、危険の海で孤独の職に専念する漁師氏が、私のような暇人の存在を認識していなかった可能性も高く、それが一番平和である。



6:29

崖に取り付いて1分も経っていない。海面ラインから、10歩ばかり思い通りに移動したのが、現位置だ。

そしてここが、私が勝手に想定した「上下2ルート」の分岐地点である。
具体的に道形があるわけではないので、あくまでも私の想定の話だ。
しかし、地形的な説得力は一応ある。

この先、崖の斜度は急速に増大し、10mばかり先にあるルンゼ状の部分の前後が特に急角度だ。
もはや上下動は自殺行為の斜度だが、カニの横渡り状態で進むことは、この岩質であればこそ、おそらく可能であると判断した。
ここがもっと高い絶壁ならば、外見の怖さに怖じ気づいてしまっただろうが、ここは万が一落ちても、命までは取られない。その安心感もあった。

ただし、無謀な難しさではない。



なお、“分岐地点”でも既に海面辺りはオーバーハングしているので、見下ろす岩場と海面は不連続だ。
恐ろしく青々としていて、一応海底の礫が見えてはいたが、深さは読めず。足がつかないのは間違いないと思う。
これで波があったら、怖さ5倍増だったな。精神の平穏を維持できないかも。




さて、ここでのルート選択については、(最終的には両方やる羽目になりそうだったが)先ほど述べたとおり、まずは橋への到達を優先する「上ルート」を採ることにした。

上方は、登るほど斜度が増す傾向があり、登りすぎると危険だと思ったので、先ほど目にした“尖り”を高さの目安に、それを目指して登ることにした。(ただし、この写真に“尖り”は写っていない)

登り始めてすぐに実感したのは、目論見の正しさだ。目論見の通り、この岩質は登攀に最良のもので、不安を感じなかった。
帰路のことも考えなければならないので、梯子の姿勢で安全に下降も出来る地形だということを念のため確かめてから登った。




万人の目には届かない、新たなる雷電岬の風景をどうぞ。

弁慶隧道がある小さな岬を越えただけで、雷電岬の先端に聳え立つシンボル・刀掛岩は、ほとんど見えなくなってしまった。
やはりあの姿は、カスペノ岬から眺めるのが、一番だったと思う。
しかしその一方、新たな滝を前景に配し、あらゆる人工物を排したこの風景の凄みもまた、筆舌に尽くしがたい。
海面から直に高さ200mの崖がそそり立つさまは、大袈裟ではなく、本当に山脈が海没せる姿であった。

私はこの地形を、もう一つ先にある無名の岬の裏側まで進みたいという欲を持っている。
そこが、第2・第3の隧道に挟まれた、最後の明り区間の在処である。
果たしてそれが可能であるかは、ここからではもちろん判断できないが、使えそうな波蝕棚が点在している様子は見て取れた。
しかしいずれにしても、いま取り組んでいる崖を越えられないと、「詰み」になりそうだ。




6:30 (取り付きから2分後)

良い調子だ! グッジョブ!

とても首尾良く、目印としていた“尖り”の直前まで到達した!

ここは海面から10m弱の高さで、“尖り”の裏側は最初見えなかった領域だ。
草付きが現われた。普段ならば、裸の岩場よりも草付きを喜びそうなものだが、
この時に限ってはむしろ反対で、崖に浅い根で張り付いた草が、ありがたいとは思えなかった。

とはいえ、これは大きな大きな一歩前進。
あと少し進めば、第2の隧道の坑門(矢印)や、その直前の橋が、よりはっきりと鮮明に見えるだろう。
到達の筋道が、見えるようになるはずだ!



んほぉーー!!

すまん、興奮のあまり、いささか下品な奇声を上げてしまった。

薄っぺらすぎて、何かの悪い冗談かと思うような橋だが、欄干らしきものが並んでいるのが見えた。
しかし、本当に平成14(2002)年という“ごく最近”まで、アレが、大型バスも通る雷電国道だったのか?!
いや、状況的にはそうとしか考えられないのであるが、あまりにもヤバい形をしているんで、にわかに信じがたい。

あの2本目の隧道は、あとほんの少し山側に移動させることが考えられなかったのか?
あの位置のせいで、無理矢理に薄っぺらな橋を必要としているように見えるのだが。
ほんと、坑門が崖に転げ落ちてきそうな……、林鉄でもなかなかないような隧道の立地だった。

なお、この2本目の隧道の名前、『道路トンネル大鑑』に記載があったので、事前に調べられたのだが、
探索時は敢えて失念していたというか、旧地形図には記載がなかったのをいいことに、
扁額か何かで知りたいと思っていた。そのため、望遠で扁額が見えたことに興奮した。
あれを、あの橋の上で読みたいと、心底から思った。

が。




駄目ッ!

そこまで甘くはない!!

こんな、見てくれは怖いが実際には容易く上り下り出来る岩場を一つ乗り越えただけで
辿り着けるというほど、「この雷電甘くはないぞ!」と、
なんか、ちょんまげを結った筋骨隆々大男に叱られた気分だ。

そうか、甘くはないのか……。

状況が分かりづらいかもしれないが、最初に目印にしていた“尖り”から、草付きをトラバースしていった結果、
踏み込めば滑落が確定しそうな、ほぼ垂直の岩場に、行く手を阻まれたのである。
そして、この先の目印(辿り着きたいというのではなく高さの目印)になる突角を、“尖り2”と命名した。



6:31 (取り付きから3分後)

ただのトラバースでは、橋や隧道へ辿り着けないことが分かったので、
毒を食らわば皿までじゃないが、さらに高巻きを実行することに。

この先も、最初によじ登った岩場と斜度は変わらないか、少し緩いくらいだが、
草付きが混じることが、大きな違いである。
個人的に(いやおそらく万人にとって)、ここでの草付きはありがた迷惑で、
草が抜けて転落したら、さすがにこの高さだと、下が海でもシャレにならない。

慎重に行こう。



怖くなってきた。

これは、草付きをよじ登っている最中に、登ってきた斜面を見下ろして撮影したもの。
文章では上手く伝えられない高度感も、この写真だとくっきりだ。
湯内川河口の丸石が積まれた礫浜が、あんなに低い。怖い。

左側は切り立っているので、近づけない。
もっと離れたいところだが、地形の関係、ルート選択の余地は広くない。
ほぼ無風で、風に煽られたりはなかったが、帰り道のことも考えると、良い気分はしなかった。



しかし、ガシガシ登った甲斐あって、あっという間に目印としていた“尖り2”を、見下ろすようになった。

同時に、原始郷を思わせる湯内川河口の袋じみた地形も、眼下に一望されるように。

対面に見える滝ではない、もっと豪快な滝の音は、間違いなく湯内川から聞こえている。
地形図にも滝の記号があったが、間違いなく大きな滝が、“尖り2”がある岩場の背景に隠されている。
すなわちそれは、旧国道の直下でもあるはずで…、ああ……、凄いなぁ……。




6:32 (取り付きから4分後)

湯内川に架かる旧橋を、初・視認!!

湯内川河口のおそらく滝の落ち口に架かっている橋は、やっぱり薄っぺらで!
だが、先に見た橋が鋼鉄の雰囲気なのに、こちらは見るからにコンクリート橋であった。
そして、なぜか欄干的な物が見えないが、これまでの旧道の例に漏れず、撤去されたのか。

しかし、架かっているだけでも御の字だ。あらゆる旧隧道が封鎖されるなか、この橋まで撤去されたら、
踏破は困難を極めすぎる。架かっていて、本当に助かった!
これで、2本目の隧道の坑口にタッチできる可能性は、だいぶ高まった

が。




行かせてはくれないのか?!(涙)

一つ前の写真の所から、前方にトラバースすれば、すぐに橋の真横に辿り着けそうに見えたのだが、
実際は、その手前にこの写真のルンゼ状地形が横断していて、一応そこを草付きが横断しているのだが…




絶対に、罠だと思う、これは。

この草付きが、いかにも横断路のような感じであるのは、俺を嵌める罠だ。
これ以上登りたくないという、人間心理を絡め取って、死なせる罠。
当然、こんなものは踏みとどまる。もう、落ちたら海が受け止めてくれる保険も解約済みだった。


ならば、何ができる?




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もっと高巻くんだ!

もはやカメラのポジション取りをする地形的余裕がなく、全天球カメラで撮影した画像を使うが、
この高さでのトラバースも無理だとなると、完全に旧国道よりも高い位置へ入り込むことになるが、
岩場の頂点である灌木が生えている辺りまで、さらに高巻きをするよりないだろう。

ただ、この辺りは非常に傾斜が急で、草付きも途切れがちで、主に心理的な意味で恐怖だった。
岩質を、己の眼力を、脚力を、そして不幸でないことを信じ、最終登攀に挑む。






6:37(取り付きから9分後) 《現在地》

俺の勝ちだ!

(たぶん)