2011/3/3 6:32 《現在地》
ようやく本題である「草木トンネル」に着いたわけだが、先に立ち入ろうとしたのは、“本坑”(車道)ではなく、その近くに口を開けていた、こちらの“避難坑”らしき坑口だった。
全長1311mと比較的長い草木トンネルは、平成6年の開通当初から平成20年頃まで、高速道路である三遠南信自動車道の先行開通部分として利用されていたのであり、本坑とは別に避難坑が存在するのではないかと、予め期待はしていたのだが、初めてそれらしき存在が確認出来た。
坑内からは緩やかに風が出て来ており、貫通はしているようだが、出口の光は見えなかった。
また、照明器具は取り付けられているが、これも点灯していなかった。
さて、ひねくれ者の私は敢えて本坑ではなく、避難坑から攻略してやろうかと考えたのも束の間、入口の鉄扉は当然のように施錠されており、立ち入れなかったのである。
…ぬーん。
避難坑と本坑の両坑門の位置関係はご覧の通りである。
坑口部において、両者の進行方向は異なっているように見えるが、洞内でこれらがどう結び付くのか、興味深い。
避難坑といえども、そこへ至る道幅と較べてもらえば分かるとおり、車1台分以上の大きさがある。
なお、私が立っている場所は国道152号の路面で、かなりの急坂で左右に通じている。
この国道152号と草木トンネルがある国道474号とは、車1台分の狭いスロープで繋がっているものの、チェーンが架けられていて、車での出入りは出来ないようになっている(特に立入禁止などの表示は見られない)。
避難坑に拒絶された私は、何食わぬ顔で本坑へ戻ってきた。
避難坑同様、こちらも出口までは見えないが、照明が点いているおかげで、500mくらい先のカーブまですっと見通す事が出来た。
ずっとゆるやかな上り坂になっているのが分かる。
また、トンネル内にも車はいないようで、静まりかえっていた。
さて、それでは草木トンネルの内部探索へ参ろうか。
ここから見える範囲には、取り立てて珍しい風景は見あたらないが、我が国唯一の、高速道路から一般道へと降格したトンネル。
避難坑の他にも、何かあるはずだ。
100mばかり進むと、さっそく小さな異変が現れた。
内壁に取り付けられた、非常電話の存在を示す内照明式の道路標識(116の2非常電話)が、白いテープで×印に塞がれていた。
もちろん、中の照明も消灯している。
そして、標識のちょうど真下に、何かの器具が壁に取り付けられていたような痕跡があった。
非常電話機一式が設置されていたに違いない。
トンネル内の非常電話機自体は、そんなに珍しい風景では無い。
だが、それが取り外された痕というのは、そうそう目にするものではない。
まして、廃隧道ではなく現役のトンネルというところが、このトンネルに起きた大きな変化を物語っている。
坑口から離れると照明の頻度が減って、トンネル全体が暗くなってきた。
そして、これまた見慣れた存在である。現在地から非常口までの距離を示す標識(これは道路標識ではなく誘導標示板)が現れた。
だが、その表示されている内容に、小さな違和感。
現在地から避難口までの距離は、戻って185m、行って1125mの表示であり、これを足すと、ほぼトンネルの全長になる。
つまりどういうことかというと、トンネルの内部には非常口がない事を表している。
…さっき見たのは、避難坑ではなかったのか?
そういえば、特にそれらしい表示も見あたらなかったが…。
地図を見ても分かるとおり、このトンネル全体の線形は、大きなS字カーブになっている。
入口から既に400mになろうとしているが、ここまでずっと右カーブが続いており、その結果約90度の方向転換をしている。
そして、ようやくカーブが明けて直線に変わろうとするところに、いかにも高速道路らしい作りの非常駐車帯が現れた。
ところで、この写真には亡霊が写っている。
お気づきに、なられただろうか。
【亡霊はどこ?】
この焼き付いた陰のような路上の染みこそ、自専道時代の亡霊である。
幅2mの歩道が片側に取り付けられたことで、従来は悠々と道一杯に広がっていた車道が、かなり左に寄せられていることが分かるだろう。
同時に車線の幅も3.5mから3mへ大きく縮小されている。
これは平成17年12月に国交省中部地方整備局が、青崩峠道路の新ルート選定に大きな役割を果した「青崩峠道路懇談会」への報告書という形で公表した資料の一部で、ルートの変更により三遠南信道から外れる草木トンネルを将来どうしていくべきかという提案がなされている。
(この公表をもって、草木トンネルの三遠南信道からの脱落が明示された)
そして、実際に平成20年から21年にかけて行われた「一般道化」も、この提案に基づいて行われた。
左が自専道だった当時の図面であり、全幅11m、有効幅員9.5mのトンネルに、3.5mの2車線が左右均等に割り振られている。
対して右が一般道化後の図面で、片側に幅2mの歩道が取り付けられ、路肩や車道の幅はその分狭められているのが分かる。
これに伴い、制限速度も60km/hから50km/hへ引き下げられたが、これは公安の管轄内であり、図には示されていない。
6:38 《現在地》
トンネル内に入って約5分。
入口から約400mの地点にある非常駐車帯に到着した。
時間が妙にかかっているのは、上り坂であるせいもあった。
そして、行く手を見通すと、300mくらい先にももう一箇所、同じような駐車帯があるようだった。
出口はまだ見えない。
白色の照明が居心地の良さを演出してくれる駐車帯は、歩道さえ無ければ、高速道路の一部のようであった。
しかし、わざわざ非常電話の表示だけを消しているあたり、さすがは律儀なお役所らしい仕事ぶりだ。
標識自体を取り替えるのではなく、「消し」で対処しているのも、貧乏くさいけれど、現実感があって大変によろしい。
こういうのは、大好き。 …まったく残念ではない。
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さあて、非常駐車帯は“宝の山”なり〜。
矢印の横坑と、○で囲んだ電話ボックス。
どっちから料理しちゃおうかな…。
こっちからだ ↓
にゃにゃ〜ん!
わるにゃんにゃんにゃんにゃんにゃにゃん♪
電話ボックスと、その後ろに鎮座ましますは、警報標示板だ。
標示板。近くで見るとこんなにでかいのかー。
50cm四方くらいもある4面のLED表示部には、お馴染みの「速度落せ」や「通行注意」。
非常時には「通行止」も表示したはずだが、自専道でなくなった今、これは過剰設備に近いものがあるかもしれない。
機材が残っているということは、廃止はされていないと思うが…。
そして、電話ボックス。
こちらは人ひとりがようやく入れるくらいの窮屈なサイズだ。
しかも、既に予告されていたとおり、中に電話機は残っておらず、もぬけの空。
この状態で、電話ボックス自体を撤去しなかった理由は、不明だ。
本来なら気安く立ち入る事など考えられない非常電話ボックスだが、良い機会だから入ってみよう。
電話ボックスの作りは、見慣れた公衆電話ボックスとほとんど一緒。
ただ、さっきも書いたように、サイズはとても小さい。
扉の左端にある小さな取っ手を少し力を込めてスライドさせると、プシュという少しSFチックな気密を破る音がして、意外に重い手応えと一緒に折り畳まれるように開いていった。
狭い〜。
息苦しささえ覚える狭さだが、確かにここなら車通りの騒音を気にすることなく、好きなだけ困り事を訴えることが出来そうだ。
小さいけれど、なかなか頑丈そうな作りをしていて、安心感がある。
そしてこれの置かれているシチュエーションと相まって、“秘密基地心”をくすぐるものがある。
電話機が設置されていた面の上部に、現在地が大きな文字で書かれていた。
「静岡県磐田郡水窪町奥領家 一般国道474号 草木トンネル TN9 51.19キロポスト上り線」という、長ったらしい文字列。
何かのトラブルに見舞われて通報する利用者は、管制官に促されてこの文字列を読み上げ、それから何があったのかを伝えたのだろう。
なお、「TN9」の意味は分からないが、おそらくこのトンネル内にある非常電話の通し番号だと思う。
↓ 次、いってみよ〜! ↓
横坑キタ―!!
やっぱりあった、非常口。
さっきは、これを見て無いのかとも思ったけど、やっぱりあった。
これが本当の非常口なら、鍵が掛かっていることはないと思うが…。
(↑「釜トンネル」で似たような扉に裏切られた経験あり)
今は一般道だし、開けても平気だよね?
開けるくらいなら、 …ね?
特に、開けるなとも立入禁止とも書いてないしね…。
(そりゃまあ非常口だからね…)
ドキドキしながら、
扉に手をかける。
力を、かける。
鍵は、かかってないようだ。
開くぞ、これ。
ガコ… ガラガラガラ……
相当な手応えと共に、扉が動き出した次の瞬間。
カチンッ
「うおっ!」
扉と連動したセンサーがあったのだろう。
灯りが点いた。
真っ暗だった横坑内部に一斉に。
「 やべ… センサー感じちゃった… 」
…だが、こうなってはもう仕方がない。
立入禁止とは書いてなかったし… ね。
毒をくらわば何とやらだ。
行ってみよう!
横坑を15mほど進むと、丁字路で別の坑道に突き当たった。
その坑道には風が吹いており、足元には勢いよく水の流れる暗渠があった。
だが、地底とは思えぬほど乾いた感じのする空間。
左 | 正面の壁 | 右 |
やはりここは、避難坑として使われていたものらしい。
突き当たりの壁に取り付けられていた傷みの目立つ誘導標示板が、その事を教えていた。
そして、この避難坑は本坑よりも少しだけ長い、1340mの長さを有している事も分かった。
それにしても、わるにゃんテメェ…。
私というたった一人の闖入者のために、こんなにたくさんの照明を点灯させちゃって、ほんと申し訳ない。
消す手段があるなら消してしまいたかったが、身の回りには何一つ操作出来そうなものは無く、
ただただ無表情な坑道が、見渡す限りに続いているばかりだった。
ここは、本州の芯(中央構造線)をつらぬく、
私が初めて体験する、新しい景色、新しい土木の空間だった。
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