小坂森林鉄道 濁河線 第11回

公開日 2014.12.23
探索日 2013.05.02
所在地 岐阜県下呂市

進め進め進め! 前進あるのみ! 


2013/5/2 12:50 《現在地》 

約700mにもわたって続いた緩斜面地帯の杉植林地だったが、濁河川の蛇行によって、その終わりの時を迎えた。
既に標高は1000mを超えており、5月だというのに広葉樹の多くが全く葉を開いていない。今朝のスタート地点よりも明らかに季節が遅れている。
標高の差もあるだろうが、それ以上に海抜3000m級の御嶽山へと全力で近付いている事が、山の冷気を強めているような気がした。

かれこれ上部軌道の起点から数えて4.2km前後を進んでいるが、私が今日この軌道跡を歩いた距離はそれよりも2km近く多くなっている(一部区間を往復しているので)。
そろそろ足への疲労の蓄積を感じ始めていたが、これまでの実りの多さを考えれば、気安く疲れたなどというのが、不謹慎な気さえした。



植林地帯を抜けると、私の耳が新鮮なものと取り替えられたのかと思うほどに、川の音が鮮明に大きく聞こえるようになった。
それもそのはずで、路肩から直に水面を見る事が出来るまでに濁河川との比高が縮まっていたのである。

これは私の実感として、「いつの間にか」と驚く変化であったが、軌道が緩やかに杉林の中を走っている間にも川は着実に山頂を目指して上り続けていた。
その“頑張り”の差が、いま一気に見える形で現れたに過ぎなかった。




小さな橋の跡を通過した。
(写真は振り返って撮影)

残念ながら橋そのものは落下していたが、レールだけは、見えない橋桁に固定されているかのようにピンと張って、空中を走っていた。




13:02 《現在地》

GPSで現在地を小まめに点検し、着実にゴールへと近付いている事を励みに、黙々と歩いた。
しばらく路盤の状況に大きな変化は無い。
写真のようにレールや石垣が綺麗に残っている場所と、レールは残っているが笹の進入のため見通せない場所、そして中小規模の土砂崩れに路盤が埋没している箇所がランダムに現れたが、いずれも私の足を長時間留めさせるような変化ではなかった。

また、ときおり川の方に目を向けたが、近頃は河川勾配と軌道の勾配とが拮抗しているようで、まだまだ手が届く位置ではなかった。
だが、そんな勾配の緩やかさに反するように、両岸の傾斜の厳しさは一時よりも確実に増している様だった。それが不気味だった。


更に進むと、あの根尾滝の上部を通過したときよりも遙かに大きな瀑音が聞こえてきた。

その音の源がやがて足元の谷底へ移動したので見下ろしてみると、50mほど離れた崖下に、案の定、巨大な滝があった。
根尾滝は見る事が出来なかったが、今度の滝もおそらく20mでは利かない大きな滝である。
滝は薄暗く、悽愴な凄みが感じられた。




滝の上部を通過する軌道カーブの美しい線形。
この路肩には、頑丈そうなコンクリートと石垣による2段積みの擁壁が設けられていた。
下は目も眩むほど高い。

歩いている私とは違い、ブレーキの操作だけですぐには止まれない列車を走らせねばならない林鉄機関士(或いは運材台車の操縦者)にとって、路盤の堅牢さは即座に命の守りであった。

林鉄の路盤は、明治馬車道などと呼ばれる近代車道と線形的には似ているが、そこを走る車両の重さや速度の大きさ段違いである。
その違いが、林鉄跡では随所に見られる堅牢な構造物に現れている。
例えば馬車道の石垣は空積みがほとんどだが、林鉄の場合はモルタルで目地を固められた練積みが多い(特に路肩)。石垣一つでもそうである。

そして、この地点を通過して間もなく、久々に私の足が止まった。




13:12 《現在地》

これ、隧道埋もれてるよね?

いきなりの衝撃展開。

予期しなかった。
これまで同様、素直に回り込んで通過すると思っていた小さな尾根にて、突然の隧道の疑惑。
というか、これはほぼ“あった”と断定して良いだろう。
ここが終点でもなかった限り、この線形は隧道以外にあり得なかった。

…興奮でちょっと写真の説明が疎かになった。
まず左の写真。
「破線」の位置(路肩)に、上の写真のカーブから続く綺麗な石垣が積まれている。
この路肩の石垣を、「★印」の地点から見たのが、変化後の画像である。
明らかに路盤は尾根の中腹に突き刺さって終わっている。

右の写真は、隧道が想定される尾根の斜面。残念ながら、隧道は土砂崩れで完全に埋もれたようだ。




だが、希望はまだ半分残っている!

速やかに崩れた尾根を乗り越し、反対側を確かめなければならない。
これは単に隧道の安否を確かめるというだけでなく、先へ進むためにも必要な行為だ。

道無き斜面を適当に上り、尾根に立った。
ここから右側の斜面を下る。



うおおぉお!

この場面、興奮するわ!

尾根の反対側に、明らかに路盤の続きと思われる平場が存在していた。
あの平場が手前に突き刺さっている部分に隧道が口を開けている可能性は、極大!

キターの準備は、よろしいか?





13:19 《現在地》

キター!!

してやったりだ! 何もかも上手く行くな、今日は!!!

隧道2本目、ゲットだぜ!



久々に現れた隧道。
長さ3〜40m程度の短いものだが、西口は落盤のため閉塞していた。
この東口からも、暗がりの奥に閉塞地点の壁が見えていた。

そしてこの隧道、起点付近で見た1本目の隧道と異なる特徴を持っていた。
すなわち、コンクリート製の坑門工を持ち、内壁もコンクリートでしっかりと覆工されていたのである。

通常、覆工や坑門は林鉄用隧道としてはオプションであり、地質に不安がある場合にのみ施工された。
落盤によって閉塞してしまったこの隧道だが、建設当初から地盤の悪さが露呈していたことになる。

地盤の悪さは、表土に近い部分が最悪なのも定番で、西口は落盤閉塞。
東口についても坑門工の傷みがひどく、地山の風化も進み、半分近く地山から脱落していた。
この隧道の完全なる消滅は、そう遠くない気がする。



地下水の漏出などは見られないが、壁面全体に白化が見られ、いかにも強度が弱っていそうな洞内。
しかし洞床の路盤は、雨風を凌げる分だけ保存状態が良い気がする。
線路が敷かれたままの林鉄隧道は、全国的にも数がとても限られている。また一つ出会えたことが、嬉しい。
旧版地形図にも描かれていなかったから、本当にひとしおの嬉しさだった。

そして閉塞壁。(→)

針穴ほども地上へ繋がる空洞は残っておらず、完全閉塞である。
閉塞壁付近は壁面の老朽化も最悪の状態であり、いつ再び崩れても不思議はないと思えるほど。
すぐに安全な位置まで後退した。



改めて、第2号隧道(仮称)を突破する。

現在地で、上部軌道の起点から、おおよそ5.5km来ている。
計算上、終点までは残すところは3.2kmくらいであるが、その前に
あと1kmほど進めば、発電関連の取水施設があるはず!
そしてそこまでは、追分から林道が通じているはずだ。

あと1km!
いよいよ、上部軌道の突破が、現実のものになりそうだ!!