千頭森林鉄道 逆河内支線 第9回 

公開日 2011.11.23
探索日 2010.04.21
所在地 静岡県川根本町


次の攻略目標は、これだ!
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場所はここ
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千頭林鉄逆河内支線の終点から約1kmの地点に存在する、

5号隧道(仮称)」。

その西口は、前回確認したとおり、瓦礫の山に埋もれていて所在不明。

対して東口は、開口していることが日向林道上から容易に目視出来るが


地形的に近付き難い。



まさにこの、“見ゆるも近付き難し”は、

私が最も向こう見ずになってしまう、

禁断のシチュエーションであった。


このパターン。古いところでは「赤岩の第5号隧道」が思い出される。
偶然だが、またしても“5号”なのか。




復路ターゲット:5号隧道(仮称)


2010/4/21 15:19 《現在地》

このカーブの下に5号隧道は埋もれている。
その長さは長くても100m、おそらくは7〜80mと言ったところだろうか。

前方の路肩に、来るときにも見た謎の小屋(雨量観測所?)が見えるが、今回はそのあたりから、5号隧道東口への接近を模索した。




小屋の近くの路肩から、“源平クズレ”と呼ばれる巨大なガレ場を見下ろすと、谷底に転落した赤錆色の鉄橋が、まるで“ゴミのように小さく”見えた。

またその橋桁の少し上には、対岸側の橋台が、俎板のような崖から少しだけ突きだしているのも見えた。

私が目指すべき5号隧道東口は、角度的にここからはまだ見えないが、無惨な姿を晒している鉄橋や橋台と一連のものであって、此岸に存在する。
つまり、足元から続くガレ場斜面の下に、それは眠っているのである。




「現在地」と「目的地」の位置関係を別アングルの写真で確かめつつ、どのような下降ルートが考えられるかを検討しよう。

なお現地でこの作業は、往路に済ませていた。
往路のレポートで書いたとおり、源平クズレの核心部を林道が通過する箇所は、常時落石が発生している最悪の危険地帯であり、何度も不用意に往復したり、立ち止まってのんびり写真を撮影する場所ではないからである。

林道と軌道路盤(坑口)の高低差は、目測約20m。
坑口は源平クズレ右岸の急峻な岩盤の一角にあり、ロープを用いない私のような徒手空拳にあっては、接近可能ルートは限られている。
ないしは、接近不可能である。

この状況で接近の可能性があると思われたのは、坑口の向かって左側のガレ場斜面だ。
反対の右側は一枚岩であり、手がかりもほとんど無いので、入り込んだら最後、一気に谷底まで滑落するだろう。
そしてこの下降可能性があるガレ場斜面の林道側目印は、小屋のすぐ隣の路肩が丸石練積になっている箇所だ。

往路でインプットされたこの記憶を頼りに、復路では迷わず小屋脇の路肩に寄った。
そして撮ったのが、次の写真。






これを降りろと言うのか…。


斜面はまるで、すり鉢だった。

一枚岩ではないから、しっかり足をグリップさせながら下れば、何とか下降は出来そうではある。
しかし、途中でスリップしてそのまま勢いが付いてしまったら、もう止まれないだろう。

この谷の底、斜面が見えなくなっているあたりから先は、スキーのジャンプ台のように切り立っており、
そこまで行ってしまったら、転落死を免れないかも知れない。

また、目指すべき坑門は、ここからだとほんの僅かに角が見えているに過ぎない。これも不安だ。
仮に近づけたとしても、正面に回り込むことが出来なければ、坑内に立ち入るという真の目的は果たせないのだから…。




一歩目の踏ん切りが付かない…。


これ、本当に大丈夫か?

行って、戻ってこられるか?

そうこうしているうちにも、少し遠くから聞こえてくる落石の音。



今までもきっと、何人ものオブローダーが、この斜面を見下ろしたことだろう。

あわよくば、隧道に入ってみたいと志して。

そんな先人達が、どんな決断を下したかを私は知らない。

知らないが、ひとつだけ言えるのは、


いま私が試されている。




15:22 下降開始。

ガレ場斜面の芯部を直接下降するのは、精神的に耐え難かった。
万が一のスリップ時にも、よんどころがなさ過ぎる。

ということで向かって左側、坑門直上のやや出っ張った部分を進路に選んだ。

まずは、10mほど離れた「★印」の所を目指す。
あの茂みが、次なるステップへの橋頭堡となるだろう。

トラバース気味にガレ場斜面を下っていく。
はじめの数歩は、スリップしないか胸がバクバクしたが、グリップは悪くなく、ホッとした。




15:24 《現在地》

ガレ場斜面の隅に残された、僅かな“林”。

年がら年中砂埃や落石の洗礼を受け続けるこの地の矮木は、まるで自らの運命を呪うかのように、怪しげなツタ状に変じていた。

しかしそれでも、私にとってこの“林”は頼れる橋頭堡であり、今ならばまだ安全に引き返しうると言う、心の拠り所ともなった。

こうして少しずつ自らの安全が担保された“領土”を広げていけば、いたずらなリスクを抜きに、目的地まで辿り着きうるはず。

この場所では、臆病を自負することが唯一、勇気を振り絞る糧であった。




次の一手は、あそこ(★)まで。

今まで矮木に遮られていて見えにくかった谷底の状況が、いよいよ明確になってきた。

此岸の坑門(裏面)と、それに続く橋台。
対岸の橋台と、谷底に墜落した橋桁。

自然が非情に徹した風景。

人が懸命に通した“一線”は、今や千々と千切れて、

絶望に塗り潰された。



15:27 《現在地》

下降開始から5分後。

目指す坑門の裏面が、もう少しで手の届く位置まで近付いた。
しかし、斜面の傾斜はこの辺りから一層と険悪化し、頼れる草付きは…絶無。

全てが斜面。

そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

地形の全ては、100m下にある逆河内の波濤めがけて、右へならへだ。
それは人が入り込む事を元より拒絶し、無理矢理侵入する愚か者へは、いかなる破壊的鉄槌を下ろす事も躊躇わない。

ひとことで言えば、死地ということ。

次は、3m先に見える“唯一の良心”(★)を目指す。
この辺まで来ると、、あとはもうアドリブだった。





最後の良心!

15:28 《現在地》

坑門への最後のステップとなった、ありがたい1本の立ち木。
ここから下は、入り込んだがもう最後、谷底へ落ちるよりない一枚岩の岩盤だ。
その高度感に、今さらながら戦慄を覚えた。

それにしても、この木がここに無かったら、下降劇は敗北に終わっていた可能性が大だ。

土などほとんど無さそうなガレ場に育った太さ10cmほどの幹には、背丈の高さまで数え切れない傷が刻まれていた。
落石にくり返しぶん殴られながら、ここまで育ってきたのである。
今は私がその落石避けになっているが、少しだけ落ちてこないでくれと祈るよりない。




私より下まで転落すると、その行き先に橋桁が待っている。

あわよくば、隧道とセットで攻略したかったが、これ以上は無理である。
ここから谷底へは行けない。
よって、これが現時点までの最接近と言う事になる。

橋桁は地面までは落ちておらず、両側が岩盤に引っ掛かるように止まっていた。
もし完全に落ちていたら、遠からず瓦礫に乗って逆河内まで押し流されるであろうから、現状は決して安定したものではないといえる。
ある日突然消えていても、不思議ではない。

構造はプレートガーダー(PG)で、長さは10m弱か。
リベットではなく溶接によって形成されている点が、昭和30年代後半のPGらしい。
また横構が少なく、PGとしては華奢な印象を受けるが、それでも高さ50cmはあろうかという主構を折り曲げる破壊力は想像を絶する。

本橋破壊の原因は、不明である。
しかし、2000年代まではちゃんと橋台に架されていた(その姿をどこかのサイトで見た憶えがあるが、URL不明)記録があり、当時なら隧道に辿り着くことで橋と対岸の橋台も踏破出来たわけだから、少しだけ悔しい。




慎重に歩みを進め、空手でここまでやって来た。

帰りが思いやられるが、今はそれよりも前進だった。


だって…



あと一歩だもの!


されど、その一歩が危うい。

ゴツゴツした裸の岩場を、2mほど、トラバースしなければならなかった。

もちろん、ここからの転落は即座に事故を意味する。

しかし、慎重に行こうとすると、上体の前に坑門の側面があるために、まともな手がかりを得らず、むしろ危ない。
ここからピョンと★印まで一気に跳んで、その勢いで向こうの大きな石に抱きつこう。
万が一右に反れても、隣にある木に手を伸ばせば、転落は免れるだろう。

…という判断で、最後のステップを敢行した。

ここまで来ると、恐怖に勝って到達の興奮が前進を促した。



ジャンプにゃ〜ん!

ガラガラ…




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5号隧道(仮称) 内部探索!


15:30 《現在地》

坑口到達!

辿り着いたのは、いきなり坑門のど真ん前。

そして、嫌でもすぐに入るしかない。

坑口前の3畳ほどの明り区間(=橋台上)の路盤には、牛よりも大きな岩が山となって積もっていて、草は一本も生えて居ない(木が数本生えているが)

そこは、いつ空から“死が降ってくる”か分からないうえに、坑門とオーバーハングした崖のため、その前兆を知ることさえ出来ないという、超が付く危険な場所だ。

私が到達成功の余韻に浸ることもせず、すぐに隧道へと潜り込んだのも、そういうワケからだった。




ここまでは、外から見えていたが、辿り尽き難かった場所。

ここからは、外から見えず、訪れる事だけが答えとなる場所。

喜色満面として、閉塞が確定している隧道へと歩みを進める、変態の時間。





谷の畔(ほとり)、あるいは谷底といった方が良い場所に口を空けているゆえ、
さらに、陽が傾きつつあるこの時刻にあってはなおのこと、

洞内の闇は濃く、洞口の寸前までを掌握していた。

ここは、ひたすらカビ臭かったということも、良く覚えている。
鼻の悪い私だけに、鈍感の鎧を打ち砕いてひとたび臭いが知覚されれば、その印象は強烈なのだ。



次回、念願の洞内探索。