2010/5/5(水) 6:25 《現在地》
ぐぬぬぬぬ! ヤラレタ。 危険度を少し見誤っていた。
ここは遠目で見た印象よりも遙かにやばい崩壊地だと思う。
遠目には、ただの大きなガレ場だと思っていたのだが、実際は、その手前に別の難所が隠れていたのだ。
少し説明する。
探索経験者なら分かると思うが、ガレ場というのは見た目は派手だが、様々な崩壊地の中では比較的に簡単だ。
というのも、ガレ場とは大量の瓦礫が重力の作用によって出来る自然の安息角の傾斜でもって堆積している状況なので、その斜度はまず45度を超えない。
そしてその上限に近い傾斜でも、だいたいは横断が可能である。
もちろん、それでも落石や滑落などのリスクが平地よりも遙かに高いのは言うまでもないが、同じ崩壊地であれば、岩盤が直に露出している状況や、硬い土の崩壊斜面の方が、遙かに難しく危険である。
ひるがえってこの崩壊地だ。
ガレ場そのものは谷底から遠望した際に想定した程度のものだったのだ。
だがしかし、路盤の末端とガレ場斜面の間に予想外の断絶があった。
ぐぬぬぬぬ!!
路盤の末端とガレ場斜面を隔てる、まるで“おろし板”のような岩場が問題だ。
この岩場を5mばかりトラバース(水平移動)できれば、あとはジャンプでガレ場に着地出来るだろう。
下にはガレ場の斜面があるので、万が一トラバースの途中で滑落しても死にはすまい。ただ、捻挫でもしたらほぼ遭難確定である。昨日通ってきた場所を壊れた足で帰れるとは思えない。
そうなると、ここはおとなしく引き返して、せっかく手にした前進を手放すべきなのだろうか?
人は言うだろう。無理は禁物だと。
だが、大の大人が自分の時間と金をかけて挑戦しているのだ。
千頭林鉄の奥地という、かつて誰が踏破したかも知れぬ場所を自らの足で解明するという、私にとってはかけがえのない挑戦だ。
ベストを尽くしたいし、出来ることはなんでもしたい。
そして、私は行けると思った。
自分の経験 “だけ” から来るこの判断は、信じるに足るものだ。
(←)
そしてこれは、“おろし板”の崖にへばりついている最中に撮影した動画だ。
動画の中で述べているように、ここで私は“ともだち”を失ってしまった。
“ともだち”というのは私の仲間うちの用語で、現地調達したストック代わりとなる木枝のことである。
昨日の【渡橋時の写真】にも写っていたので、気づいた人もいるかもしれない。
昨日の昼に大樽沢付近で拾って以来、全ての難所と宿を共にしていただけに、少しだけ寂しかった。
あともう少し……、
もう少しで、
ガレ場に着ける!!
なんて、未だかつてこんなにガレ場へ入ることを待ち望んだことなど、あっただろうか?(苦笑)
……つうか、こうして振り返って眺めると、上から見た以上に路盤の末端は高いところにあったのだな。
あそこから落ちたら、“捻挫”じゃなくて普通にワンミスだったくさい。
とはいえ、いくら高くても落ちなければ問題はないのだし、実際も決して無理をした印象はない。
“おろし板”みたいな崖のグリップ性は、期待したとおりに良好だったから。
6:29
祝!ガレ場到達!
あとはこの見慣れた程度のガレ場を横断するだけだ。
しかも嬉しいことに、ガレ場の向こう側の斜面には緑が多く見える。
それすなわち、傾斜の緩まりを教えている。
どうやら、昨日の撤退地点から続いた難所連発の危険地帯を突破したようだ!
朝日を満面に受けて輝く対岸の諸之沢山も、2日越しの前進を祝福してくれているようだった。
その後、残りのガレ場を高巻き気味に横断していくと、次なる路盤の姿が眼下に見えてきて……
橋キター!!!
ちゃんと架かってくれているようで、まずは一安心だ。
あとは、これがどんな橋かだが……
6:33〜6:40 《現在地》
小根沢停車場から約600mの地点に架かるこの橋は、久々のコンクリート桁橋だった。
この形式の橋は、昨日はじめ氏と別れた地点以来だから、おおよそ4kmぶりで、数としては2本目だ。
プレートガーダーを用いるほどではない短径間ということで、安価なこの形式が選ばれたのだろうか。
例によってコンクリート桁には製造銘板が取り付けられておらず竣工年は不明だが、おそらく各地のプレートガーダーやトラス橋と同じで、昭和30年頃に木橋を架け替えたのであろう。
そのほか、橋の上にのみレールが残っていることも、これまでと同じである。
(橋の上にしかないレールがなぜ転落せず残っているかについてだが、どの橋のレールも、両端部が地面に埋め込まれるような加工を受けていた(【写真】)。そのおかげで枕木による橋との固定が失われても、転落せず残っているのだ。このような手間のかかる加工も、林鉄廃止後に“千頭車道”(詳しい説明はここ)として使うために施されたのだろう。レールを残すことで、枕木の転落をある程度防ぐことができ、橋を渡りやすい状況に保つことが出来る。(現状ではその枕木が朽ちすぎていて、むしろ渡橋の邪魔者になっているが)
6:45
橋を渡って少し進むと、これまた久々の登場である木製電信柱を発見した。
前に見たのは諸之沢停車場だから、約2kmぶりか。回数としてはやはり2回目。
電信柱の上部には、横木と碍子が綺麗に残っていた。
カーブの突端という景色映えする場所に立っているのも嬉しいポイント。
昔日の面影を物語るアイテムとして、電信柱はなかなかに人間くさくて有能だ。
写真がえらくピンボケしていて恥ずかしいが、これは未だ朝日の届いていない薄暗さのためと、何よりも、興奮による手ぶれのためである。
前方、
暗い。
もしかしてこれは――
はずれ。
残念ながら、隧道ならず。
でも、かなり惜しいと思える深さを持っている。
もしかしたら、昭和30年頃の大規模な改築以前は、短い隧道であったかも知れない。
………にしても、
隧道を、ずっと見ていないな。
最後に見たのは大樽沢の手前で、しかもあれは前回の探索でも確認済みのものだ。
つまり今回の新規探索区間では、まだ1本も現れていない。4km以上も“開拓”しているのだが、これは少し残念だ。
これだけ橋を貰っていて贅沢を言うなと、普段の私にしこたま怒られそうだが(笑)。
深い切り通しを抜けたことで、行く手にはまた新しい谷の眺めが用意されたので、心して凝視する。
… … … …
またしても、岩場の縁を伝うような狭い路盤が続いているようだ。
さっきみたいな目に遭わないか、怖いなぁ。
ん?
あ!
遂に、隧道発見であります!
やっぱりあるじゃないかー(安堵)
それと、もう一つ…
プレートガーダー桁の残骸らしき物体が、谷底に散乱してるぅ…。
なんなのこの不吉さ……(涙)
近づけないので、正体は不明である。
望遠で見た感じでは、左右ばらばらになったプレートガーダー(PG)に見えるのだが、側面にほとんど補剛材が見られない点はIビーム桁的だ。しかし、溶接で作るIビーム桁にあるまじきリベットの列が見えるので、やはりPGの可能性が高い。
あるいは、そもそも橋桁ではない可能性もあるが。
この谷は林鉄だけの世界ではない。
高さにして200mの上部を、左岸林道が横断している。これは軌道跡からは全くうかがい知れない、現状では天上界に等しい存在だが、あるはずだ(私の帰路でもある)。
とりあえず、いま出来ることは祈るくらいか。
この不吉な感じのする何物かの残骸が、私の進路を阻む障害と関係しないということを。
隧道を前に、橋が落ちていて進めないなんてなったら、泣く。
6:52
隧道が見えた場所は、だいたい100mくらい先だった。
楽しみだけど、なんか怖い。
きっと、いまは喜びより怖さが勝っている。
隧道は、怖いものだから。
世間的にはまず意識されない種類の怖さが、廃道の隧道にはある(廃道の橋にもある)。
顔面をピリピリさせながら、歩行で距離を埋めていく。
50mくらい進んだところには、小さな木造桟橋があった。路肩に片側のレールと枕木が並んでいた。
地味だが、現存桟橋も珍しいので、側面や下から眺めてみたかったが、無理だった。
橋の跡だ!!
そして、奥にはもう隧道が見えている。
良かったー。
とりあえず、落ちた橋は問題にならなかった。
河床に転落している残骸が、この橋の桁であったとは断定できないが、かなり土石流にやられている谷の状況的にも可能性は高いと思う。
おそらくは10年くらいしか使われていないPGだけに、気の毒…というかもったいない。
橋を渡った袂で、埋蔵物を発見!
上手くカムフラージュされているが、ふたつある。
いくら隧道前で気が逸っているからって、俺の目はごまかせねぇぞ! いま掘り起こしてやる!
キタキター!!
埋もれていた林道標識を2枚発見!
(←)これは、「屈曲標」。
現代の道路標識にもあるデザインだが、盤面のサイズが小さく、また盤面に対する矢印が相対的に太いなど、微妙に異なっている。
林鉄跡でこれを見るのは、2週間前に同じ千頭林鉄の大間川支線で見て以来2度目だった。
(→)こちらは、「警笛標」。
警笛標は小根沢でも見つけている【写真】が、これとは微妙にデザインが違っていた。この違いの正体は、林道標識の「森林鉄道用」と「自動車道用」の差である。
以前掲載したこの図を見て貰えば分かるとおり、ここに落ちていた2枚の林道標識は、どちらも「自動車道用」である。
林鉄廃止後の“千頭車道”時代に設置された可能性もあるが、詳細は(多分永遠に)不明だ。
そして、きた。
6:58 《現在地》
千頭林鉄奥地探索初の隧道。
嬉しい、とても嬉しい。
だけど……頼むぞ、
貫通。
マジで。
栃沢(軌道終点)まで あと3.4km
柴沢(牛馬道終点)まで あと11.8km
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