12:33
温泉臭のする6km地点の沢を渡ると、軌道跡は川からやや離れ、緩やかな地形になった。
カラマツの純林に近い周囲の森は、古い植林地と思われたが、やはり最近人が出入りしている気配は皆無であった。
そして、地形は楽になっても、探索は楽にはならなかった。
全く地面が見えないほどに密生する笹藪が、迂回のしようもなく林床全体を覆っていたのである。
藪の丈は胸くらいだが、それでもかなりの抵抗だし、今も降っている雨でぐっしょりと濡れているのが、悲しい気持ちにさせた。
12:38
がさがさと獣の音を立てながら、立ち泳ぎをするような動きで辛抱強く藪の中を進んでいくと、25分前に【遠望した】印象的な大木の森が間近に現われた。
ここにある大木の樹種は、ヤマザクラの一種だろうか。樹木全体が淡い桃色に包まれる満開の状態で、周囲のどの木より高くそびえる花であった。
固まって同じ木が何本もあったが、いずれも巨木であった。
樹齢も相当であろうから、きっと林鉄が動いている姿を見たと思う。
12:45
特にコメントするような変化のない藪を黙々と歩き続け、太腿が完全に水を吸って重くなってしまった辺りで、ようやく藪を脱した。
そして、同時に地形の平穏が終わろうとしていた。
川側から急傾斜が迫ってきて、あっという間に軌道跡のある高さも危うい傾斜に呑み込まれた。
しかも、全体的に路盤は不鮮明で、本当にこの高さを進んでよいのか不安になった。
しばらく路盤を歩いている実感が全くない藪を歩き続けたせいである。
とはいえ冷静に考えれば、平らな地形で軌道が高度を大きく変化させる可能性はないのだから、藪の中で大きく道を誤っている可能性は低かった。
12:48 《現在地》
よし! 軌道跡を無事発見!
そして、この場所から先ではまたしても、白砂川の支流を渡るための迂回が始まる。
路盤の向こうに落ち込んでいる谷は、今回探索区間中では最後の名前がある支流で、その名も「ヒジ曲り沢」というらしい。
変った名前という感想以外の予備情報は全くないが、これまでの名のある支流たちはいずれも難所だった憶えがあるので、ここも気を引き締めていく必要があるだろう。
さあ、挑戦だ!
やっぱり難所じゃないか〜。
ヒジ曲り沢へと巻き込まれていく路盤は、その初っ端から細切れのように絶え絶えだった。断続的に崩壊に断ち切られていた。
この展開は、ミウラ沢の時とそっくりである。
しかも、路盤の状況だけでなく沢の状況も似ていて、ミウラ沢には滝があったが、この沢にも滝があるようだ。
左の谷の奥から盛大に音がするし、ちょっと滝が見える。
なお、同じように崩れまくっていたミウラ沢では、滝より上流には進まずに、その手前で路盤を降りて対岸へショートカットした。
今回もそのような選択をする余地があると思ったが、今のところ対岸に路盤は見えない。
見えないものを目指すのは不安が大きいし、まだ進めそうなので、このまま辿ってみよう。
滝の先まで行けるかどうかが、攻略のポイントになりそうだ。
まずはこの欠壊を越える。
橋があった様子はないので、元は地続きだったところが崩壊で断たれてしまったのだろう。
両岸ともかなり切り立っているので油断がならないが、少し高巻き気味に進むことで……
次の小さな残存路盤へ辿り着く。
前後を崩壊に切り取られた狭い空間だが、落ち着いて地形を確かめながら攻略ルートを選ぶには、こういうセーブポイント代わりの地形はとても有り難い。
(まあ、セーブしたつもりになっていても、ロード出来ないことが頻発するのがリアル探索だけど…)
12:51
この先も、状況はとても悪い。
正直、この沢がこんなに険しいと地図からは思わなかったが、厳しい状況だ。
下はまだ姿を見せない滝に落ち込む崖で、上もまた崖。ルートの選択肢は、進むか戻るの二択のみ。
当然進みたいが、これまでの続きとなる路盤の痕跡は全くなく、長年の崩壊が作り出した急な土斜面が、上下を崖に挟まれる形で見える限り続いていた。
崩壊地の終わりが見通せないから、頑張って進んだところで通り抜けられるのかは分からない。
そのことが心の重荷ではあったが、とりあえず次はチェンジ後のズーム写真に付した“矢印”の位置を目指したい。
あそこまで行けばおそらく滝が目前となり、滝の先の状況も見えるだろう。
逃げ場のない崩壊地を、一歩一歩爪先で慎重にステップを刻みながら、噛みしめるように前進している。
全天球画像だと私が置かれている状況の致命性やスケール感が分かりやすいと思う。
(赤矢印から、桃矢印へ向けて移動中)
この場所、実際に身を置いてみると、おそらく皆さまの想像よりも遙かに恐ろしい。
理由は、横断している斜面が急で、しかも土が締まっていて爪先が深く刺さらないことに加え、身体を保持するような掴めるものが途中に無く、上にも下にも逃げ場がない(特に下は絶壁で絶対に落ちれない)ことなど複合的。そのうえ雨が降っていて、濡れた石は滑りやすくなっている。
ぶっちゃけ、“手には負えない感”を覚え始めていたが、もうすぐ滝があるはずだ。
滝さえ回り込めればどうにかなるのではないかという、経験則から来る淡い期待と、何よりも軌道跡から大きく離れることを厭う気持ちが、相当に危険な斜面へ足を踏み入れさせたのであり、とても危険なことをしているという自覚もあった。
案の定、滝が見えてきた。
それもかなり高い! 地形図には描かれていないが、立派な滝だ。
この高さのおかげで、滝の向こう側では、路盤と谷底の高低差はほとんどなくなる見込み。
ようは滝さえ越せれば、ひとまずの危機を脱せる状況だと思う。
滝を目前にして、当面の目的地とした地点(矢印の位置)が間もなくだ。
木が生えているので、あの木に身体を支えて貰って休みたい。
命がけで力を込め続けている爪先が痛い。
探索開始から間もなく8時間、疲労もかなり蓄積している。
13:01
堅い壁に釘を打つような苦しい斜面横断を乗り越えて、滝を目前にした少し平らな場所に辿り着いた。一応路盤の名残だと思う。
写真は前方の様子だ。
樹木が多く見通しは良くないが、滝の先は谷底がグッと近くなり(滝そのものは直下で見えない)、仮に路盤が辿れなくても、谷底へ降りて対岸へ進むことは簡単そう。
軌道跡らしい痕跡は相変わらず見えないし、この谷を横断する橋の痕跡も見当らないが……
ん?!
前方対岸に“穴”を発見!!
隧道だッッ!!!
地形図上のこの位置に、本日5本目となる隧道の坑口らしきものを発見!
途中、おそらく隧道であったろうと判断した地点をカウントに入れているので、「隧道6」と表記した。
周辺の状況から判断して、ヒジ曲リ沢対岸の尾根を隧道で潜り、そのまま本流左岸に復帰する線形が想定された。
道理で、ミウラ沢の時にはすぐに見つけられた対岸の路盤が、一度も見えなかったわけである。
地中にあるんじゃ見えっこない! 再度再度の隧道発見、本当に嬉しいよっ!!!
それなのに!!
せっかく隧道を見つけたのに、ここから辿り着けないなんて酷い!
しかし、滝の隣のこの大きな涸れ谷。
私には渡れなかった。
渡る以前に、まず降りることからして出来ない状況。
代わりのトラバースや高巻きも不可能。
残念だが、ムリだった。
ここからは先へ進めない!!
結局は、この滝なのだ。
この滝をぐるりと取り囲む、滝と同じ高さの垂壁が、私にはどうにもならない障害物として存在している。
対岸の軌道跡は、それをおそらく隧道ですり抜けているのであるが、此岸については跡形もなくなっている。桟橋でも架かっていたのだろうか。
しかし、いくら口惜しく地団駄を踏んでみても、無理なものは無理であった。
全天球画像にて、私の「無理」を一緒に追認してほしい。
無理だったねと慰められたい。
このあとの私には、直前に決死の気分で横断してきた崩壊地を戻るという苦行が課せられるのだ。
慰めが必要だろう……。
隧道到達への一縷の望みは、まだある。
一旦は安全にヒジ曲リ沢を迂回できる地点まで後退するが、隧道の口は2つあるが世の常だ。
まだ見ぬ本流側の坑口が見つけられれば、復活大逆転勝利である!!
お預けを食らったにしても、決死の動きで滝の先に隧道を見つけ出したのは大きな成果だ。
胸を張って、一時撤退!
ヒジ曲リ沢の対岸に、未知の素掘り隧道(仮称:隧道6)を発見したものの、滝に阻まれ、接近することが出来なかった。
ヒジ曲リ沢へ降りることは地形的に難しく、仮に無理して降りても対岸の軌道跡は隧道内にあるため、ショートカットも出来ない状況。
どうやって先へ進むかを考えたが、とにかく滝の存在が大きな障害で、選択肢の大半を奪っていた。
結局、前進を断念した滝の地点から、辿ってきた軌道跡を100mほど後退し、白砂川本流沿いに戻ったところ(【前回のこの写真の地点】)から、約30m下の本流河床へ降りて、ヒジ曲リ沢を出合から回避することにした。
13:18
撤退から15分後、本日4度目となる白砂川との再会となった。
毎度毎度軌道跡で“負ける”たびに降りてくる私を、その都度優しく迎え入れ、迂回路になってくれる白砂川は、マジ女神。
この川がもっと悪辣だったら、ここまで探索を進められていなかったと思う。
相変わらず、川は清く澄んでいた。澄んでいるを通り越し、少々青すぎるのが気がかりなほどに。
雨が降り始めて1時間は経っているが、水量が増えたり濁ったりしている様子はない。下流には前に言葉を交わした釣人も一人入っているはずだし、このまま荒れないことを願うばかりだ。
チェンジ後の画像は、この川へ下りた地点にいくつもあった、まるで人工物みたいな直方体の石たち。
間違いなく自然物なのであるが、最初はコンクリート橋桁の残骸か何かかと思って色めいてしまった。
下降した地点から上流方向を見ると、50mほど先に美しいナメ滝が左岸から本流へ注いでいた。
あそこがヒジ曲リ沢の出合である。
やはり河床に降りて正解だった。これなら簡単にヒジ曲リ沢を越せる。
それにしても、合う支流合う支流、どれも出合の近くには滝があった。
思うにこれは偶然ではなく、白砂川本流の浸食力が支流と比べ圧倒的に強いということだろう。
そして支流と出会う度、それを渡らねばならない軌道が(そして私も)、痛い目を見ている。まったく難儀なことだった。
13:21
ぐぬぬぬ……
地味に深いな……。
覚悟を決めて ざぶざぶ! したらば――
ヒジ曲リ沢出合を無事に通過!
なお、出合の奥にも滝が見えたが、あれも撤退地点にあった滝ではない。あの大きな滝は、さらに奥にある。
やはりヒジ曲リ沢に安易に降りなかったのは正解だった。この谷は通路として使える感じがしない険しさだ。うっかりヒジじゃなくて骨が曲がりかねない危険な谷だ。
ヒジ曲リ沢を越えたので、ここからはまた軌道跡への復帰を最優先に行動したい。
おそらく、【隧道6】のまだ見ぬ出口が、この本流のどこかに口を開けているはずだ。
とはいえ、こんな河床の近くではあり得ない。最低でも30m、おそらくは40mくらい高いところだと思う。
河床から軌道跡が見えれば、そこを目指して出来るだけ早く登りたいが、果たして見えるだろうか……。
向かって右側の左岸がターゲットだが、ここから見ても明らかに岩がちで相当険しい地形だ。
軌道がわざわざ隧道を掘って通過を試みたくらいだから、険しくないはずがなかった。
状況は困難そうだが、おそらくこれが探索最終盤へ向けての正念場だ!
ここまでの優良な探索成果の有終を飾るようなフィナーレにしたい!
ぐぬぅーー! 険しい!
おそらくここに軌道跡は見えていないが、坑口発見に黄色信号が灯るのを感じて焦る。
こんな崖の上にポツンと隧道が口を開けていても、見つけられる気がしない。
13:28 《現在地》
焦りが行動に出た。
手近なところにある尾根の登り口がいくらか緩やかに見えたことに触発され、深く考えずに登り始めてしまった。
しかし、焦る気持ちに共感はして貰えると思う。
隧道を見つけたのに辿り着けなかったというのは、これまでの探索経験の中で初めてのことではなかったが、非常に心残りの大きな痛恨の展開であることは変わらない。
しかも、あの滝で撤退した判断にも少からず迷いがあって、こうするしかないのだろうかという心残りがあったからこそ、ここで早く反対側の坑口に辿り着き、それを呼び水に、辿り着けなかった坑口にもリベンジし、この後悔らしきものを無かったことにしたいと……、いわば功を焦っていた。
さらに雨が降っていることも、早く成果を決さなければますます状況が悪くなるという焦りに繋がっていた。
一言でまとめれば、見つけたが辿り着けなかった隧道野存在が、私の判断を狂わせている。
だから、こういう考えの浅い動きは、成功には結び付きづらい、難しい場面であればなおのこと。
チェンジ後の画像は登り始めてすぐの状況だが、早くも登っている尾根の両側が岩崖に変わってしまって、狭い尾根だけが辛うじて土の斜面として通じている状況だった。軌道跡があると考えられる高さまでなんとか登って状況を確認したかったが……。
13:40
結局、河床から20mくらい登ったところで、それ以上はどうにも危なっかしくて登れなくなってしまった。
せめて軌道跡の有無や、隧道でも確認できれば良かったが、それも失敗。
軌道跡があると見られる高度まで辿り着けていないし、地形が悪くとても崖の上など見通せなかった。
10分以上も不毛な崖でうぐぅウグゥと言っただけで、最後は寂しく元の河原へ戻る羽目になった。
幸い事故にはならなかったが、降りるときも怖い思いをしており、この一連の動きは不用意な失敗だったと思う。
事故にならなくて良かったが、ここでの無駄な登り降りでは20分以上の時間に加え、大切な精神力と体力を大量に消耗してしまった。
出発から8時間半を超え、蓄積した疲れが行動に影響し始めていた。
13:48 《現在地》
軌道跡へ辿り着けず、再び河床へ。
さらに上流へ移動しながら登れる場所を探している。
だが、なかなか見つけられないまま、既に隧道の西口擬定エリアを通り過ぎてしまった。
一度登高に失敗した後、左岸の地形はさらに険悪なものとなり、とても登れなかった。
チェンジ後の画像がその険悪な地形の一例である。
予想では、河床から30mよりもっと上を、隧道を潜った軌道が横断しているはずだが、登って確かめに行ける場所がなかなかなくてもどかしい。
しかも、雨がいよいよ本降りになって雨粒が大きくなり、さっきまでは乾いていた河原の石が一気に濡らされてしまった。
おかげで沢装備ではない私は河床を歩きづらくなった。歩けないわけではないが、滑りやすくてペースが稼げない。
もう最終盤だと思っているが、いろいろと条件が悪化してきている。
13:55
最終的には、軌道跡から河床へ下りた地点から300mほど上流へ移動したところ(前の写真の一番奥辺り)で、ようやく見える限りずっと上まで登れそうな傾斜が続く岸を見つけた。
ここから軌道跡への復帰を目指すことにする。
結果的にはこれが本日最大の迂回となった。それだけ地形が悪かった。
登高開始!
13:57
順調に河床から20mほど登って、さらに上を見ている。
ここでようやく軌道跡のラインを見つけた。
上と下に2本のそれらしいラインが見えたのだが、正解は上だった。(下のは自然の地形)
すなわち、この場所の軌道跡は、河床から40m以上も高い所へ達していた。
大抵の林鉄は、川を遡って終点に近づくと、次第に増強される河川勾配に負けて河床へ近づいていくが、どうもこの林鉄はそういう傾向にない。
最初から30mくらいの比高をずっと維持していたが、ヒジ曲リ沢を契機にして、さらにその比高を上げた感があった。
もっとも、軌道の側の積極的な上昇志向というわけではなく、白砂川の河川勾配がなかなか軌道を追い上げるほど増加しない中で、軌道の側は常に一定の片勾配を欲したという理由からかもしれないが。
あと少し!!
ようやく軌道跡へ復帰出来る。
雨で林床も濡れ始めており、斜面を登るのにまた時間を食ったが、なんとかここまで来た。
一時はこのまま軌道跡へ戻れないのではないかとも恐れたが、ゴールである白砂川大橋まで残り500mほどの位置でやっと復帰だ。
探索のゴールは、やはり軌道跡を辿って達したい。
14:04 《現在地》
約1時間ぶりとなる軌道跡との再会。
距離だけでなく時間的にも本日最大の迂回となった。
(軌道跡から外れて探索した部分のレポートは、もっと省略して欲しいという意見もあるかも知れない。実際、書いていても成果の少ない部分は結構辛いのだが(←重要な事実)、今回は探索のリアルを伝えるため、分量多めに入れました。)
当初の予想を越えて厳しい地形だった。
そして、そんな厳しい地形のただ中に、見つけた隧道を1本、置き去りにしてきてしまった!
この写真の方向へ進めばゴールはもう間近だと思われるが、引き返して、残してきたものを取りに戻りたい!
というわけで、今度はこの軌道跡を逆走して、下から見上げた【こんなところ】の上にあると想定される「隧道6」の西口を探しに行きたいと思う。
……もうこの最初の眺めからして、嫌な予感がプンプンするんだが……。
予感なんて蹴散らしてさ、頼むよ! 探索のクライマックスを素敵な成果で盛り上げて!
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