廃線レポート 早川(野呂川)森林軌道 奥地攻略作戦 第10回

公開日 2023.07.24
探索日 2017.04.13
所在地 山梨県早川町〜南アルプス市

  ※ このレポートは長期連載記事であり、完結までに他のレポートの更新を多く挟む予定ですので、あらかじめご了承ください。


 驚きの切り返し


2017/4/13 14:13 《現在地》

奈良田橋からおおよそ8.6kmの地点、「尾根F」から南に分かれた枝尾根の上にて、それは現れた。

切り返し。

切り返しは、6年前の偵察探索の部分も含めて、早川(野呂川)林鉄で初めて目にする。
ここまでずっと、ただひたすら早川左岸を上流へ向かうというトラバースに没頭し、“身の毛のよだつ処の沙汰ではない”展開に耐えてきた道が、ここで初めて進路を逆転させて、高度を稼ぐために距離を伸ばすという選択を見せたのである。

これは事実上、本日のゴールである夜叉神エリアに到達するには、まだ高度レベルが足りないからレベルアップしろという門前払いを受けた形だ。
昔のコンピュータRPGにはしばしば登場した、この先へ進むにはレベルが足りないといって唯一の進路を通せんぼする、親切だけど邪魔なアイツがリアルに現れた。



地形図を改めて確かめると、GPSが表示している「現在地」と、(それが正しい位置とはもちろん限らない)事前の想定ルートの間には、おおよそ120mの高度差がある。
はたして、これだけの高度差をここからどうやって埋めるのか。
地形図から予想できる展開は、主に次の二つだ。

@、九十九折りをくり返して上る。

A、インクラインで一気に上る。

ぶっちゃけ、Aの方が嬉しい。
インクライン跡の直登は、体力的にはハードだが、時間的には比較的短く済む気がする。
対してここから延々と九十九折りを歩かされるのは時間が掛りそうであり、しかもその途中でどんな難所に出会うか分からない。

ここに来ていよいよ、残り時間の問題が大きくなってきた。
現在時刻(14:13)を考えると、無条件に前進して良いと思うのは、せいぜいあと50分くらいだ。
15:00になったら進退を決めるつもりでいる。(しつこいようだが、装備軽量化のため食料以外の野営道具を持ってきていない。寝るのは車か屋根がある場所にしたい)
それだけに、ここはぜひともコンパクトにインクラインで決着を付けて欲しいと思う。
地形的にも、ここはだいぶお誂え向きじゃないか? 私が技術者ならきっと、インクラインを選ぶ!

14:15 切り返しに向け、前進再開!




突如の急坂?!

イ…インクラインじゃないか?!




めっちゃ、インクライン味がある!!

山へ突っ込んでいく切り返しのカーブを、120度くらい回り終えたところで、路盤は突如、
これまでの水平に近い緩勾配を放り捨てて、ブルドーザーでもなければ登れないような角度となって、
山上を目指していくように見えた。写真はその急勾配が始まる掘り割りの末端だ。
なだらかなすり鉢状の地形になっており、周囲はほとんど見えない。

私はとりあえず“矢印”のように移動して、見通しを確保することにした。



切り返しの出現時に私が即興で予測した、今後の展開2パターン。
その中では“良い方”であるインクラインの出現を、早くも確信した私は、
初めて、この軌道を設計した何者か(私の命を危険に晒した張本人)と
意見が合った
ような、そんな頼もしい高揚感と親近感に包まれつつあった。

この明るい雑木林を一気にインクラインで突き上げれば、
当初予測していた標高1300mオーバーの「尾根F」通過地点はもう目の前だろう。
脚をだいぶ甚振られはするだろうが、今は時間の節約がなによりも必要だ。

それはそうと、画像の四角い枠の辺りに、何か窪んで見える場所があるな。



うおっ!

なんだこれ……、

めっちゃ窪んでいる……。長軸直径10m、短軸直径6m、深さ3mはあるか。
綺麗な楕円形をしているな……。こういう地形って、自然に形成されるものなのか?
なんか、厭な予感?? ちょっとヤバイ気がしてきたな……。


14:18

謎の窪地の畔に立って、ほんの少し前までインクラインの存在を確信していた窪地上方の斜面を見上げてみる。

インクラインに適しているように見える滑らかな斜面が、立ち木の重なりで視界が尽きる遙か上部まで続いていた。
そこに道(インクライン斜路)らしきものは、特に見当らない。
まあ、余り目立つ構造物がないインクラインは多いので、この程度のことはそこまで不安視すべきじゃないが…。




それよりも早急に気になるのが、この窪地の存在だ。
廃道探索で窪地と言えば、おそらく誰もが連想する(?)可能性を、私も疑わざるを得なくなっている。

写真は、窪地の長軸方向の東端から、いま歩いてきた西側を振り返っている。
根張りが物凄い大木が、窪地がこれ以上東へ広がることを防いでいるよう見える。
雨が降れば周囲からこの窪地に水が流れ込むのは必然で、すぐに池が出来そうな感じだが、窪地の中は乾ききっていた。
どこか(地下)に、秘密の水捌けがあるのだろうか……。




14:20

やったな。

「\(^ ^)/ ヤッター」じゃなくて、 「(# ゚Д゚)やったな。」 の方だ。

隧道だったろココ!

しかも、両側坑口は完全に埋没し、中間部が陥没している、完全死亡パターン。

未知の隧道跡を発見したことはもちろん嬉しいんだけど……、どうせなら開口していて欲しかったし、
なにより、一瞬だけ設計者と心通じ合ったと思った“インクライン発見”は、実は通じ合っておらず
現実には恐れていた“九十九折りパターン”に入ったらしきことが、ショックであった。

それでも、凄いものを見つけたという歓びは小さくなかった。



凄く予想外過ぎるよ! こんな所に隧道を掘るなんて!

尾根を掘り割りで削って、そこに切り返しのカーブを置くのはありがちだが、その掘り割りが深くなりすぎて隧道になっているのは、意外すぎる。
結果、直前に明りで通過した尾根を、直後に隧道で潜り直すなんていう、変なことになっている。初めて見たぞ…、こんなのは。

しかも、ここがもう少し険しい岩山とかなら分かるのだが、この尾根は緩い土山で、普通ならまず隧道なんて不要だろ。
隧道ではなく、最後まで掘り割りとして貫通させることは出来なかったのか?
まあ確かに、長くて深い掘り割りを完成させるよりは、隧道の方が土工量が少なかったのかも知れないけどさ……、土山の下に極端に土被りが小さな隧道を掘った結果、偏圧や雨水の浸透を受けて、呆気なく圧壊したんだろうよこれ…。巨大な陥没孔まで残しちゃってよ……。
設計ヘタクソかよ……。
でもまあ、とにかく1日でも早く軌道を敷きたかったんだろうなと思う。そういう無理な要求が、この設計になったのかも。隧道の断面が凄く小さかったようだから、尚更、掘り割りにするより土工量を省けたんだろう。

もし、陥没地形を見なければ、隧道があったとは考えなかった可能性が高い。
そしてその場合、この先の軌道跡を見つけず退散した可能性もある。
無理矢理インクライン説を押し切って、尾根を直登したかもしれない。
そういう意味では、値千金の陥没孔だった。



離れる前に最後に、この三次元的に複雑な形状をしている尾根上のルートを、全天球画像で振り返ってみる。

隧道を用いてさえいなければ、特段に奇異な線形ではないのだが……。

…………驚いたぜ全く……。


時間が押しているので、さっそく気を取り直して、

前進再開!



 行けども往けども、心通じ合わず 


2017/4/13 14:21 《現在地》

前代未聞の隧道によって尾根上にて切り返した軌道跡は、ほんの数分前に横断した斜面を逆方向に進む。下の路盤はまだすぐそこに見えており、今なら行き来することは容易いが、今後は上りと下りの勾配が加算されることにより、速いペースで離れていくだろう。特段の名残はないけれど、見納めになる。

下段とは離れていく一方で、今後再び切り返した先に辿り着く上段の路盤が、上から近づいてくるはずだ。
今はまだそれらしきものは見えないが、どこで現れるのか待ち遠しい。
そして、全部で何回切り返すのかも分からないが、いち早く先を知り、今は残距離が分からなくなってしまったゴールまでの道のりを少しでも見通したかった。




14:26

5分ほど進んだところで、珍しいものを見つけた。

茶碗の欠片がポツンと一つ、道の真ん中に転がっていた。
古い生活道路だったような廃道では比較的よく見る遺物だが、この道が利用されていた時代や期間を考えると、こういう生活感の感じられるゴミの存在は意外であり、今日の探索では初めて見つけた。
6年前の偵察探索では、ここよりずっと下界に近いところで、林鉄廃止後に通過したハイカーが飲み捨てたような【古い空き缶】を一度見つけているが、茶碗より多く落ちていそうな空き缶すらも、今日は全く見ていない。

山域としては多くの登山者を迎え入れている南アルプスの一画にありながら、この長い廃道がどれほど誰からも注目されてこなかったということが、ゴミという一面からも分かる気がする。



14:27

おーーい。

おおおーーーーい。

軌道くん、君は、

どこへ行こうというのかね。

そっちは険しいぞ、たぶん…。深入りするのは、あまり良くないと思うんだがねぇ…。せっかく一度手懐けた“飼い犬”に、ガップリ噛みつかれるような愚かな真似を、私はしたくないんだがねぇ。

せっかく隧道まで掘って切り返したあの尾根は、とても緩やかじゃなったか?
その周囲に広がる、地形図の等高線が比較的緩やかな領域だけで、九十九折りを完結させる気はないのかね?
私は、きっとそうしてくれると信じていたんだがね……。




14:29

あああ〜〜(涙)

谷へ入っていっちゃうー。

この大きくくびれた谷は、先に下を横断した時には特に進路上の問題を起こさなかった“良い子”だったが…、

そこから20mくらい上を再び逆方向に横断しようとしている今回は、だいぶ急になってしまっている。

それに、未だにこの先どこかで切り返してから通るはずの“上の段”が、全く見えてこない。

おいおい……、これどこまでこの方向に進み続けるつもりなんだ……。

単純にゴールから遠ざかっていく方向だし、つらいぜ……。



14:31 《現在地》

下の段では水涸れしていたように見えた谷だが、それより上のこの場所では、少量ながらも清澄な水が勢いよく流れ落ちていた。下段では落葉に隠れて見えなかったのだろうか。

原理的には、この水に沿って谷をよじ登って進めば、確実にまだ見ぬ上段の路盤へ辿り着けるだろう。
もちろん、遭難するかどうかみたいな状況になったら迷わずそれを選ぶが、ここでショートカットを選んだことで切り捨ててしまう部分は、きっと私の中では永遠に謎のままで終わってしまうことになるだろう。それが分かる立地なだけに、普段以上に切り捨てがたいものがあった。
どうせショートカットするくらいなら、ここまで来る必要もなかったしな。先ほど切り返した尾根をそのまま登るのが一番ラクだったはずだ。

チェンジ後の画像は、横断した谷を振り返って撮影した。
尾根に入るまでの下段の道は、全体的によく保存されていて歩き易かったのだが、切り返して以来、調子が良くない。
命の危機を感じるような場所はないが、全体的に道が斜面化していて、分かりづらく、そして歩きづらいのである。
当然、キビキビ歩くことは出来ない。とても疲れているし。



14:36

くびれた谷を横断し、再び明るい雑木林の斜面に入った。
地形は悪くないが、道は本当に不鮮明だ。
うっかり切り返しを見落として、路盤と関係のない場所へ盲進しているんじゃないかと不安になる。
そうでなくても、いつまでこの九十九折り作業にかかずらっているのだろうかと、時間の面での不安が大きくなってくる。

そういや、ケモノ道がなくなったんだな。
それが、道が分かりづらくなった理由の一つだ。
ケモノたちは、わざわざ九十九折りなんて選ばないものな、どこでも通れるくらいの傾斜の中では。

チェンジ後の画像は、振り返り見る、最初に切り返した尾根だ。
谷を一つ戻って、こんなに離れてしまったのが心苦しい。
どこかで切り返してから、また戻らねばならないと分かっている尾根に背を向けて進み続ける、この苦しさよ。
今から1時間くらい前に湧き上がっていたあの楽天的な気持ちは、いつの間にか消え去っていた。ほんと一時の夢だったな。



14:40 《現在地》 

切り返したところから、20分が経過した。

……どこまで戻るの、これ……。

マジで先が見えなくなってきてないか…。

ひたすらミヤタ沢の右岸上部斜面の逆走を続けており、いま前方に見えてきた切れ込んだ谷は、ミヤタ沢を徒渉した直後の13:44に横断した枝谷であるらしい。
前回の横断地点よりも40mくらいは高い位置に入っているようだが……、正直、40mか〜って感じだ。
だって、ミヤタ沢の徒渉地点からもう1kmも歩いているはずだからな。

現在地点は、奈良田橋より9kmの距離だ。
事前の予測だと、奈良田橋から9km地点は、標高1300mで「尾根F」を越えるその場所だったはずなので、もうほぼ確実に、予測よりもキロの単位で多く歩かねばゴール出来ないということになっている。

まだ今日のうちに夜叉神隧道へ辿り着く最高形のプランを諦めてはいないが、前提として、まず「尾根F」に辿り着くことだ。
それが済むまでは、その先のことをあれこれ考えても、あまり意味がないだろう。
どうにか、進退決定時刻と事前に定めていた15:00までには「尾根F」を極めたいところだったが、ムリっぽい…。



やはり橋は残骸さえもなく、対岸に見える平場を目指し、ナメ滝のような濡れた岩場を渡って対岸へ行くよりない。
一度は攻略を終えたはずのミヤタ沢に再接近しているせいで、地形がかなり険しくなってきている。
ほんと冗談でなく、わざわざ飼い犬の逆鱗に触れてパックンされるのはゴメンなんだが…、
さっきから「行くな行くな〜」って思っている方向にばかり行きやがるこいつ(軌道跡)……。

で、渡り終えて少し進んだところで、谷を振り返って見たのが次の写真――




14:47

ラインが見えるぞ! ここよりも高い位置に!

これこそが、切り返しから30分後にようやく見つけた、待ちにも待った、

もう一度切り返した先の“上段の道”だった。



“上段の道”をようやく見つけることが出来たが、辿り着いたわけではない。

まだ30mくらいの比高があると思う。

とはいえ、いったいどこまで連れて行かれるものかと本当に不安に思っていたので、

遠からずまた切り返して「尾根F」を目指すであろう方向性が見えたことには安心した。




(↑)これは13:44に撮影していた、いまいる枝谷を見上げて撮った写真だ。

撮影した時点では、こんなところに行先があると思っていなかったので全く気付かなかったが、

改めて写真を確認すると、ちゃんと2段の軌道跡が見えていた。下段がいま歩いている段だ…。(「現在地」は右に見切れているが)




14:48

一度は垣間見えた“上段の道”だが、次の小さな尾根に近づくと当然見えなくなった。
進行方向前方には、ミヤタ沢の上部、夜叉神峠の並びである主稜線へと突き上げる著しく高い山壁が立ちはだかっており、そんな絶対に険しいと分かっているような場所にこれ以上近づいて欲しくないと思っているのに、聞きやしない。遠慮なくどんどん突き進んでいきやがる。




14:50

再び小さな谷を越える。もうミヤタ沢を最初に徒渉した地点より上流に入っている。
そして再び垣間見る“上段の道”の姿。近づいてはいるんだろうけど、近づかない。
あと10分で私の中では重要な15:00というリミットだが、まだ切り返しに辿り着けない。
もどかしい。強引に斜面をよじ登れば行けるのだろうが、ここまで着いてきてやったのに“最後”(次の折り返し)だけを見ないで帰るのは、さすがに悔しいじゃないかと思う。



14:52

ほらー、険しくなってきたじゃーん。いわんこっちゃない……。

チェンジ後の画像は、見下ろすミヤタ沢の本流だ。
凄い勢いで登ってきているので、早晩追いつかれるだろう。
この先の地形はきっともっと険しいところだろうに、どうやって切り返すんだ……?
怖いけど、時間もなくて凄く焦るけど、とっても気になるな。




14:54 《現在地》

………………


…………


……嘘だろ。





あんなところに




隧道ガガガガガ!!!

冗談じゃなくて、“上段”に隧道だ!!

お鼻血でりゅぅ……



(本日最終目的地)
夜叉神隧道西口直下まで(推定) 不明

(明日最終目的地)
軌道終点深沢の尾根まで(推定) 不明