道路レポート 青ヶ島大千代港攻略作戦 第8回

所在地 東京都青ヶ島村
探索日 2016.03.05
公開日 2018.03.02

海抜0mから、最終アプローチの水平行程!


8:56 《現在地》

探索開始から1時間半、私は遂にここまで迫った!
悲願の大千代港到達まで、約250mの海岸歩行を残すのみ。
これまで常に見下ろされる存在だった大千代港の埠頭は、いまや海上に細く長く突き出した現役のそれと変わるところのない穏やかな側景を見せている。
あの一角に立ってみたいという私の中の渦巻く思いは、達成への現実感と相まって、過去最高に盛り上がっていた。

だが、ここに至ってもなお、達成が確約された状況ではないことを理解させられる。
地形図には砂浜があるかのように描かれていた海岸線だが、現実は全く異なっていたのだ。
ここにあるのは、小さなものでも自転車より大きく、大きなものなど私の住むアパートほどもある黒い巨石が雪崩のように折り重なってひしめき合う、凶悪な岩石海岸だった!



どっしゃーん!!!

はうあ! こえぇ……。
この状況はさながら、火を避けて水に陥るの感あり。
上も下も、ろくなもんじゃねぇぞ、この海岸!!

海面に近い位置の岩ほど小さく乗り越えやすいが、初めて触れるほど近くに接した青ヶ島に寄せる波は、遮るもののない外洋の迫力を存分に帯びて、容赦なく私を脅かしてきた。
これでも青ヶ島としてはとても平穏な波なのだろうが(だからこそ今日は船が出る)、ときおり目に見えて高い波が岩場にあたってきて高く飛沫をぶちまけているのを見ると、とてもぎりぎりを歩こうという気にはなれなかった。
大変だとは分かっていても、ある程度大きな岩を乗り越えて行くしかなかった。




青ヶ島という一個の閉じた世界の外壁は、この島に初めて上陸した何者かの苦闘に思いを巡らさずにいられない険しさだ。

しかしそれだけに、この外壁をよじ登った向こう側に緑のカルデラを目にした安堵は、いかばかりであったろうとも思う。

何人かは辿り着けず力尽きたであろうが、何人かは子孫を残すことができたからこそ、有人島の長い歴史が刻まれたのだ。

人は、しぶといものだと思う。



9:03 《現在地》

海岸を歩き始めて7分が経過した現在、私は難関に直面していた。
実は3分前からほぼこの場所に滞留している。
進む道を決めかねているせいだ。

現在地は、海岸に下降した地点から100mほど大千代港へ近づいた辺りである。
地形図では少しばかり海岸線が出っ張っているだけの表現だが、実際は、そんななまっちょろいものではなかった。
この海岸に降り立った時から、ひときわの存在感を漂わせていた“岩の尖塔”が、私の前に立ちはだかっていた。

この尖塔、当初は陸側にある凹みの部分を乗り越えられるものと見ていたが、近づいてみると、とてもとても徒手空拳では越えられない高さがあった。
こうなると、私の進路は呆気なくただの1本に絞られてしまった。

尖塔の海側を、越えるしかない!



だが、そこはご覧の有様である。
尖塔を海側に迂回するには、これまで立ち入ることを避けていたレベルまで波打ち際に近づかなければならなかった。

写真だと大きさを比較する対象がないので分かりづらいかもしれないが、私の背丈より大きな岩がゴロゴロしている荒磯に、その岩を覆い隠す勢いで白波が砕けている。
波飛沫に濡れるのはやむを得ないとしても、波そのものに打たれる場所は、さすがに遠慮したい。

見たところ、辛うじて通行の余地はありそうだが、それは見えている尖塔のこちら側に関してであり、回り込んだ先がどうなっているかはまだ分からない。
万が一、回り込んだ先に深い入り江のような地形があったら万事休すで、ここまでした海岸からの攻略も、一転して断念で終わりそう…。
そう考えると、いろいろな意味でこの尖塔を回り込む次の一歩には、躊躇いを感じてしまったのである。
できることなら、「これが駄目でも次の手がある」という心の余裕を得てから挑戦したかったのだが、それは許されなかった。もう祈ることしかできないということだ。



私の進路を脅かす、美しいが恐ろしい波。
おそらく、青ヶ島としては極めて平静に近い海況でこの有様だから、波の荒い日だったら、
ここからは1歩も先へ進めなかっただろう。私はきっと恵まれていたのだ。


意を決して、尖塔を回り込んだ、その先は…!




凄まじい岩場ッ!

波飛沫に黒く濡れた天衝く岩場は、私の覚悟を問うものだ。

ふんぬっ! 突破してみせる!!



一つ一つが建物のスケール感を有する巨大な溶岩の岩山を、全身を使って、強引に乗り越えていく。
この苦闘は、かつてコンビニ店員をしていた時代、近所の集合住宅でチラシのポスティングをした日の辛さを思い起こさせた。
登っては降り、降りては登る。なかなか前に進めない。しかも、転げ落ちれば無事では済まない。
見下ろす波濤は、私を引きずり込めないことに激しく立腹していた。

あまりに環境が厳しいために、草木皆無で見通しがよく、滑りやすい土や苔もない。そのことには助けられた。
この星に生命が誕生する以前の太古、岩石と海だけがあった若い地球の風景は、このようなものであったかもしれない。

今回の探索、できることなら“廃道”探索の範疇に収めたかったが、この島はそれを許さなかった。
結局は、こうした道なき道以前の天然山河の跋渉が、決定的に必要だった。

そして…




9:07

やった!

マジでこれはやったと思う! 到達できるぞ!! 

おぉぉー!(歓喜)




!!!

な、な、なんということだ……!


ここに来てはじめて露わになった港の一部の状況に、私は声を失った。

今までは決して見えることがなかった、港の山側に最も近い一角。

そこには巨大な鉄骨によって組み立てられた巨大な工事用プラットフォームのような部分があった。

そしてそこは、これまで見た港のどの部分よりも激しく壊れており、施設としての再起不能を思わせるほどだった…。


港へのアクセス道路が崖の崩壊により寸断され使用出来ない状況にあります。

出発前に何度も見た八丈支庁公式サイトの大千代港の説明文には上記のように書かれているだけで、
一緒に掲載されている遠目の空撮写真でも、さほど破壊されているようには見えなかったのだが、
この島の自然環境は、人が訪れない人工物を20年も温存するほどに甘くはなかったということか。

この港を取り巻く全ての冷徹さには閉口する。

とはいえ、もしかしたらこの崩壊がなければ、私が今回のルートで港へ辿り着くことができなかった可能性も少なくない。
この鉄骨の部分が完全な姿で建っていたら、階段か梯子でもない限り、見上げるだけでどうにもできなかったかもしれない。
そう考えると、これは私にとって特別に僥倖な展開であったとも考えられるのだ……。恐ろしい巡り合わせだ。



誰も見ていないのを良いことに、平沼義之(当時)38歳、険しい岩場の上で手踊りと放声を見せる。

非常に近くに迫ったため、少し移動する度に見え方の変化していく埠頭も、雲間の光を浴びてさっきよりも晴れやかだ。
私という、どれだけぶりかも分からない訪問者の到着を、今かと今かと待ち望んでいるように思えてくる。

あの最終目的地の埠頭へと辿り着くには、どうやってもまずは目前にある破壊された港の基部を越えねばならない。
当初の予想以上に施設が破壊されている状況を目の当たりにして、最後まで気を抜けないという自戒を心すれども、次から次へと心の底から噴き上がってくる喜びを、狂喜を、抑えつけることはできない。
今が人生の一番の盛りかと思うほどに、私は盛り上がった。




しかしこんなときも、振り返ることは忘れない。

童話の主人公が、帰り道を迷わぬようにパンくずを零して森を歩いたように、私もしばしば、特に道なき道では頻繁に、こうして振り返って撮影をする。
撮影しながら景色を目にも焼き付けて、自分がどこを通ってきたかを記憶・記録していく。
これは実際の安全上の意味もあるうが、多分に気持ちの整理のためにしている行動だ。
おそらく、現状ここへ来られるルートがひとつしかないように、帰りに使えるルートもここしかない。だからこそ、確実に帰り道を覚えて進まないと。

(チェンジ後の画像は、見上げる岩壁。やはり私が通ったルートの他に、この付近の海岸へ上り下りする手段はなさそう…)




近づくほどに無残な巨体を聳え立たせる、鋼鉄の廃墟。

なぜこれほど激しく破壊されているのか。原因は全く不明だが、落石に打ちのめされた可能性は大きそう。

目の前に土俵ほどの大岩が転がっているが、これが上部から墜落してきて施設を砕いたのではないか。……まさに地獄絵図なり…。



9:13

大千代港、初タッチ!

が! とんでもない荒廃ぶりに、笑顔も凍るわ!

コンクリートの土台の上に、2階建てくらいの高さまで鉄骨の台が積み上げられているが、その一角が押しつぶされたように崩れていた。
しかも常に潮気を浴びる最悪の環境のせいで、太い鉄骨も猛烈に錆びつき、全てが錆色の液体となって溶け出しつつあるような異様な風景になっている。

この崩れっぱなしの足元の悪さは筆舌に尽くしがたく、錆びた針山地獄を歩かされる亡者の姿を想像してもらえば、たぶん間違っていない。
廃道探索中、滅多なことで直撃などしないと知っている落石をあまり恐がらない私だが、この勝手の分からぬ鋼鉄の廃墟は、いつ崩れてくるか分からないような怖さがあって、できれば遠巻き遠巻きに乗り越えたかったが――



どう考えても迂回は不可能であり、その腐った腹中に深く潜って進むよりなかった。

本来ならば数十トンの荷重をゆうに支える工事施設であったと思うが、芯まで錆びきった鋼鉄は、色味からして似ている“パイ生地”と大差ないような強度になっていた。

一抱えもあるH鋼のフランジ部分に足をかけたところ、厚さ2cmを超えるそれが、くしゃりと落ちた。
危うく私まで一緒に落ちるところだった!!
大袈裟でなく、マジでここにあるのは、等身大のパイ生地によって支えられた、パイ生地の廃墟だ!!

結局、そんな折り重なるパイ生地の上を歩いて行くよりはだいぶマシだろうと、パイ生地の屋根の下を歩いたのだ。
そこには土台であるコンクリートの地面が存在し、それだけは信用に値するものだった。
万が一屋根が崩れ落ちてきたら、コントみたいなパイ塗れになるのではなく、ぺしゃんこになって死ぬだろうから、怖かったが…。



廃墟探索、怖えぇー!(怖じ気)

道じゃねーところは、怖いんだって!根本的に! よく平気で探索する人とかいるよ…

ここなんか、なんの嫌がらせか知らないが、万が一落ちたらそのまま荒海にボッシュートされる、

そんな狂った“滑り台”状の溝(幅1m)を越えさせられた。 こんな死に方だけは、したくない。




空だっ!

崩れた床材から、空が大きく覗いているッ!

ここから上に出られるぞ!



よっこいしょ。







着いたぞ……。




9:18 《現在地》

ここが、大千代港…。




Post from RICOH THETA. - Spherical Image - RICOH THETA

やったな。 ははは…

こりゃすげぇや…… はは……







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