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コメント
57,5472025-09-08 20:59:39/mini/268/main3.html [コメント一覧]10
すごい!近くの土地にこんなロマンがあったなんて!!ありがとうございます!
57,5462025-09-08 17:10:35/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
おそらく廃車体は最初路肩にあって山仕事の雨除け兼倉庫だったのではないでしょうか(タイヤホイールが外れてダルマになっているので)
この辺なら雪崩等の雪で路盤下へ押し出されたものだと思います
57,5452025-09-08 13:41:07/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
第2回の最後の1文がどうも日本語としておかしい気がするんだよな 読んでて気持ち悪い
ケモノと相反する行動を強調するなら 
「すぐにまた旧道と合流するはずだが、私は人類なので距離が長い旧道を進もうと思う」
あるいは
「すぐにまた旧道と合流するはず、しかし私は人類なので距離が長い旧道を進もうと思う」
こう書いた方が意味が通る

57,5442025-09-07 14:53:12/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
いつも厳しい探検記と詳しい分析ありがとうございます。

ヌプリコヤンベツ川がどれが正しいのか、ということですが、現在の河川名「丘平ノ沢川」はおそらく書籍【かえらざる川】の解釈[山・に・丘・がある・川]のそのまま訳と思われ、位置も明治同庁20万図をそのまま継承しているだけと思われます
 しかし狩猟民族であるアイヌは地形について熟知しており、正確に現地の地形を地名に適用していることから、現在の地理院地図の河川上流に平坦な地形が存在する地点をみると、おそらく正解は「栄川橋梁」の架かる川が本当の「ヌプリコヤンベツ川」と思われます(明治道庁20万図も地理院地図も間違っていることになります)
 一方で、アイヌ民族は地形に精通しているだけでなく、狩猟民族だからか和人よりもはるかに視力の良い傾向があり、飯田線など本州でも鉄道の測量に重用されたこともあり、そういう意味では石北線の「ヌプリコヤンベツ川疎水隧道」のある「右ノ沢川」が正しいかのようにも考えられますが、地理院地図でこの河川流域に丘のような平らな地形は全く見当たらず、これは「雲別川」でも同じであり、アイヌの命名を信じるならばやはり「栄川」=「ヌプリ」コヤンベツ川でいいと思われます

行政はどうしても誤りを修正したがらない傾向があり、地元では有名な話ですが、国道36号が札幌市内で渡る二本の橋、「望月寒川」に架かるのが「月寒橋」、「月寒川」に架かるのが「望月橋」で明らかに取り違えなんですが、長年そのままとなって修正されていません。石北線の橋梁名も単なる取り違えではないかと思っています                            F生
57,5432025-09-07 05:27:42/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
読みました!
57,5422025-09-07 02:54:32/mini/289/main.html [コメント一覧]10
コレと同じようなの、東名高速の横浜の江田辺りにもありますよ。
https://maps.app.goo.gl/SKLDKKfD62Ho1UUs9
深坪橋

歩いて渡れるってコメントが付いてますが、山側のアプローチ道路には途中でバリケードがあるし、海側の…荏田城跡側…は草生している上に私有地なので不法侵入になります。
57,5412025-09-07 02:17:33/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
ヌプリ==山 は道内に無数にある地名なので (ニセコアンヌプリなど) 本来の地名はヌプリコヤンペツが正なのでしょうね。和人にとって馴染みのなかった音便なので、手書き文字ベースの時代にはゲーメストほどではなくても誤植誤認があったとしても不思議ではないかと思います。
57,5402025-09-07 02:13:26/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
あ〜、「ス」と「ヌ」でしたか、ちょっぴり「ヌコ」ちゃんの親戚ですな
フォーマルな官公庁文書からあやしい外国産文書まで、音を聞かずに転記したりすると空目しがちな代表格ですね(…あやしい外国産は音の問題ではない気はしますが(笑))

ところで、山行がの守備範囲を超えるとは思いますが、たぶん正解を知ってる河川管理者はどのように認識してるんでしょうね?
57,5392025-09-07 01:39:35/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
ニセコアンヌプリのヌプリ(山)ですよね。
ペッについてもアイヌ語ではペッ(-pet)とベッ(-bet)で前者は単に川、後者は氾濫を起こしやすい、いわゆる暴れ川を指し、漢字表記で概ね別(ベツ)と統合されてしまい混乱が起きたというような説を読んだことがあります。
(ググったらどうも同趣旨の北広島市郷土資料の一部が出てきました:https://adeac.jp/kitahiroshima-city/text-list/d100020/ht000100)

しかし、アイヌ語にはそもそも清濁音の区別がなく(上代日本語と同じ)、〜ペッ(-pet)ではない〜ベツ(-bet)系統(〜ヘジ、〜ベチ、〜べを含む)の古地名は東北にも多いことを考えると、この両者を分けるのは一部の特殊な方言、あるいは-betではない別の語の可能性がありそうなので、表記揺れとしてもよさそうな気がします…閑話休題。
57,5382025-09-07 00:03:14/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
ヌプリといえば、真っ先にニセコアンヌプリを想起しますが、あっちも「ヌプリ」で「山」ですね。
57,5372025-09-06 21:31:08/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
大変お疲れ様でした完走をしてもらいたいです続きがたのしみです
57,5362025-09-06 19:50:24/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
崖の下に事故ったらこうなるの見本が!うわー、わかりやすーい(震え&白目)
この先の道はいかにもクマさんが好きそうな笹地!(震え&白目)
ご安全に!

第1回最後の踏切跡付近で撮られた『消えたトンネル』の写真を見つけました。
http://northernrailways.blog.fc2.com/blog-entry-318.html
向こう側が見えるほど短いトンネルだったんですね。最初から切通しにしてもよさそうな長さと土被りなのに敢えてトンネルにしたのは上の山から木を伐り出すときのため?
57,5352025-09-06 19:12:05/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
対クマ用肩撃ち式ホーミングミサイルがあればいいのに。
(銃やロケット弾は訓練しないと当たらないし、特に銃は威力が弱いので一撃必殺を考慮するとそうなる)
許可出ませんかそうですか。しかも重そう高そう。
57,5342025-09-06 17:46:58/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
電電公社の石標ですが高知大森隧道(初代)の伊野側手前路上にありました。今年の1月確認です。上面の矢印は赤ペンキで塗られてましたが、落ち葉で埋もれていて電電公社のマークだけ確認できました。文字等は確認せず。旧国道上に看板の見出し標は複数確認できます。Xで旧国道標識や四国新幹線横坑などの写真をみたので行かれているようでしたらみてるかも
57,5332025-09-06 16:09:26/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
>しかばねロード
私はスマホの小さい画面で見てたら「しにかけロード」に見えたンですよね…
57,5322025-09-06 12:49:55/tunnel/fukuura/main2.html [コメント一覧]10
ハーヤークーシーテー
57,5312025-09-06 11:46:58/rail/shirasuna/main10.html [コメント一覧]10
読みました!
57,5302025-09-06 02:41:00/mini/289/main.html [コメント一覧]10
大津市内、けっこうこういう橋多いんですよね。京滋バイパスの南郷ICすぐ近くのアクセス方法すら地図に書いてないのに立派な謎の橋とか、膳所瀬田の市内の名神高速道の里道橋もなんだか不思議なものが多く、何度か訪れたことがあります。ボックスカルバートのパターンもありますね。
基本的に市内は丘陵地が多いので、それを開削した際に里道の補償として造られたパターンがほとんどのようです。今回の場合はNTへの計画道があったのかとも思ってしまいますね。
まぁとりあえず造っときゃいいやろ、後から作るの大変やしってノリでしょう。にしても規格が立派過ぎたりするんよなぁ。
57,5292025-09-06 01:53:06/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
廃車は一瞬、日産B110サニーかと思ったら、
プレスラインが細いし、ドアハンドルの高さも違いますね。
これはひょっとすると三菱のコルト1200(1968年〜)かも。
今となってはかなりの希少車ですな。
57,5282025-09-05 23:09:49/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
もうサイトが無くなってから相当時が経ちましたが、かつて「廃報アーカイブ(新潟廃報)」のひろみず氏がここを突破してましたね。もう15年くらい前でしょうが、当時もささやぶがひどすぎて、一部突破不能だったような記憶があります。

北海道は私の地元なので、今後もレポ期待してます(層雲峡の旧道とかも、もちろん探索済みですよネ?)!
57,5272025-09-05 21:56:46/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
スプリヤコンベツについてなのですが,明治時代の地図にはヌプリコヤンペツと書いてあったらしく,恐らくスは本当はヌの誤字で,それが結局定着してしまったんだと思います。意味は「山(ヌプリ)に向かって(コ)上がる(ヤン)川(ベツ)」だそうです。
57,5262025-09-05 16:10:13/bridge/kamuriki/main3.html [コメント一覧]10
>異なる幅の桁を同じ時に架設したなんてことがあったら、それはもはや正気を疑ってしまう(笑)

朗報!異なる幅の桁を同じ時に架設したことがあります!
正気を疑っていいです!疑いましょう って思いました (笑)
57,5252025-09-05 08:44:48/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
指令車という事は消防の備品では?

山火事か何かの際に落としたのかも
57,5232025-09-05 00:58:11/rail/shirasuna/main10.html [コメント一覧]10
とてもよかった
57,5222025-09-04 21:15:05/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
昭和30年代は、トラック長距離輸送の黎明期から発展期となる時代ですね。
30年代前半くらいだと特に自然環境の厳しい北海道で峠越えを含む長距離輸送には
まだまだハードルが高すぎたのでは?
圧倒的に水準の低い道路状況(この道のように!)に加え、車両性能も貧弱でしたから
(登り坂でのオーバーヒート、下り坂でのブレーキ故障は日常茶飯事とも)
それでも30年代後半になると、高速道路も開通し始め、車両性能も飛躍的に向上して
いくのですが。
57,5212025-09-04 14:24:05/mini/262/main2.html [コメント一覧]10
2025年9月3日、八戸方面から弘前方面に向かうためR445を抜け十和田湖へ出るルートを選択しましたが先日からの豪雨被害で迷ヵ平付近土砂災害で通行止めという事に直前まで気づかずにUターンすることに…  ナビで迂回路選択すると新郷村から県道45線を指示されましたが、国道45ではなく県道45? 私、弘前市在住ですが生まれて初めて通行した道となりますが、すごく印象的(後藤川大橋はすごかった)なルートでした。 気になって本日調べてみて貴殿の投稿を大変興味深く、楽しく拝見させていただきました。 今後も様々な秘境ルート探索を楽しみにしています。 
57,5202025-09-04 13:57:01/mini/259/main3.html [コメント一覧]10
2012年には、旧トンネルが開封していたらしいです。
57,5192025-09-04 01:22:28/road/minamishiga/main4.html [コメント一覧]10
素晴らしい。こういう道のレポが好きなのです。
57,5182025-09-03 22:16:43/road/kitami/main2.html [コメント一覧]10
かぼちゃ陳情団というのを調べると、この道路があってもいかにこの地の交通が不便でそれゆえに貧困にあえいでいたというのが分かります。
遠回りの名寄本線経由で輸送費がかさみ地元では米が買えず主食はかぼちゃ、農産物だって出荷すれば輸送費がかさむだったのです。
陳情し工事が再開された石北線が開業しこの遠軽の生活は飛躍的に良くなったのです。
結局このころは犠牲者を出して道路を作って入植が進んでも、物を運ぶのは輸送は鉄道であくまで道路交通は補助だったということですね。
57,5172025-09-03 21:21:27/mini/243/main2.html [コメント一覧]10
そういえば、今年で名阪国道開通60周年なんですねぇ

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