公開中コメント一覧

1,853ページ中 390ページ目を表示(合計55,575件)    1 ... 386 | 387 | 388 | 389 | 390 | 391 | 392 | 393 | 394 ... 1853    [前のページ] [次のページ]  
▼番号書き込み日時書き込みURL点数
コメント
48,4772021-10-11 21:59:45/mini/258/main.html [コメント一覧]10
登山中に東天井岳にある二ノ俣小屋跡の廃墟を見かけて興味を持ち、東天井岳から槍沢に降るルートがあることを知り、この山域の登山道の変遷に興味を持っていたので、今回のレポートは大変興味深いものでした。豊科槍ヶ岳線の「常念岳登山口」とされているのは、現在一般的な「一ノ沢」ではなく「三俣」ですね。現在メジャーな一ノ沢を上り詰めて常念乗越にゆくルートではなく、三俣から前常念岳を通るルートが認定されているが興味深いです。wikiの常念岳の項目には、ルート上の前常念岳に1919年(大正8年)に石室が作られたとあるので、常念岳の登山ルートも三俣→一ノ沢と変遷があったのかもしれません。大町槍ヶ岳線は、湯俣温泉から水俣乗越までは登山道ではありませんが、北鎌尾根にアタックする人々が使うルートです。下記サイトをみると、吊り橋など書いてあるので、登山道の痕跡があるようです。http://suji3.a.la9.jp/mr238.htmlなお槍ヶ岳の写真は、喜作新道から撮った写真と思われ、東鎌尾根を赤線がをたどっているので、あっていると思います。
48,4762021-10-11 17:09:35/mini/243/main2.html [コメント一覧]9
こんな殺人ICを放置するなんて馬鹿丸出しである
48,4752021-10-11 12:52:02/mini/258/main.html [コメント一覧]10
とても面白かったです。昔、安曇村の村史編纂室に超の字がつくほど博識な方がいらっしゃいました。その方がまだ存命であれば、思わぬことも聞けたかもしれないのが非常に残念です。
48,4742021-10-11 12:49:14/mini/258/main.html [コメント一覧]10
あの槍は、巨大な道路元標だったんですね
48,4732021-10-11 12:19:28/mini/258/main.html [コメント一覧]10
>一ノ俣から唐突に北上して東天井岳へ登るルートを採る。>この区間にかつては登山道が存在したのだろうか。これはかつて中房温泉を起点として槍ヶ岳に至る場合のメインルートでした。(燕岳→大天井岳→東天井岳南西尾根を下降→槍沢→槍ヶ岳、  ご参考 https://ameblo.jp/pitazou/entry-11934794371.html)が、大天井岳分岐から西岳・東鎌尾根経由で行程を一気に短縮する喜作新道が大正9年(1920)秋に開通すると、この東天井岳ルートは競争に敗れ、やがて廃道になりました。松本槍ヶ岳線が認定された大正11年にはまだ新旧両道が併存していたでしょうから、雪崩の影響を避けられる尾根上に両者をつないでルートを設定したのかなあ、と個人的には思います。
48,4722021-10-11 01:38:31/mini/258/main.html [コメント一覧]10
松本槍ヶ岳線について、ヤマレコに『100年ほど前までの槍ヶ岳へのメインルートは「中房温泉 - (合戦尾根) - 大天井岳 - 東天井岳 - (二ノ俣尾根) - 中山乗越 - (二ノ俣谷) - (槍沢) - 槍ヶ岳」だったようであるが、喜作新道ができる(1920年頃)とそちらに取って代わられ、現在では廃道となっている。』という記録があったので、これじゃないですかね。
48,4712021-10-11 00:34:01/mini/258/main.html [コメント一覧]10
大正の、観光バブルの、なれの果て、ですね。いつの時代も、観光資源を使って銭を得るという行政手法は変わらないようです。あんな険しい山頂までのルートに五本の県道って、笑い話にしか聞こえませんでした。
48,4702021-10-10 22:50:54/bridge/tanokasira/main2.html [コメント一覧]10
 脱出のシーンで阻まれた築堤ってもしかしたら索道の山麓駅かも。Google空撮は2004年12月や2005年4月のものが鮮明で、GSIにはすぐ隣のやつ(!)がそれっぽく写っているのがありました。3系統あるように見えなくもありませんし、山頂の559pまで伸びていたかもしれません。https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=545082&isDetail=true(MKT703X C5 1 1970/5/1) 考察が正しければトレッスル吊橋は集材作業用だったことになりますが、道路や集落は対岸なのでその役割は大きかったと思います。
48,4692021-10-10 22:50:27/mini/258/main.html [コメント一覧]8
いつも楽しみに拝見しております。明治から大正期にかけて日本アルプスに登山ブームがあったとのことですが、芥川龍之介も登山に行った一人で、遺作となった「河童」の主人公も上高地から登山に出発し、河童の国に迷い込んだ記述があります。
48,4682021-10-10 21:50:51/mini/258/main.html [コメント一覧]10
素晴らしい完結編、ありがとうございました。旧安曇村の廃道群また最初から読みたくなりました。まさか県道とは夢にも思わず登っていました!(1978年頃)登山人口が多かったので、槍の穂先直下は離合困難、対面通行、大渋滞と言う感じでした。それにしても、県道…やっぱり長野県素敵ですね。
48,4672021-10-10 21:37:38/mini/258/main.html [コメント一覧]10
派生レポとは思えない良質な記事でした。どういう意図で県道指定したのか、オーラルヒストリー的な資料を探したくなりますね。
48,4662021-10-10 21:23:43/mini/258/main.html [コメント一覧]10
多分、もう一回は読むヨ!長野県トヤ
48,4652021-10-10 19:48:52/koneta/koneta_117.html [コメント一覧]10
現道がない区間の調査もいただけるとうれしいです!
48,4642021-10-10 19:06:28/mini/258/main.html [コメント一覧]10
槍ヶ岳山頂に5本が集中する路線図が、ターミナル駅のバス路線図のようだw
48,4632021-10-10 18:43:51/mini/258/main.html [コメント一覧]10
「槍の県道」なんて素晴らしい響きでしょう。槍ヶ岳を目指したあの登山道たちが、槍ヶ岳の名を冠する長野県道だったとは驚き・感動です。槍ヶ岳の写真の記述、訂正させてください。この赤線のある尾根は北鎌尾根です。5本の旧県道が通っていた東鎌尾根はこの写真だと槍の穂先から左に下りたところから左手前に下りながら伸びる方の尾根です。穂先から下りたところで水平になった尾根上に槍ヶ岳山荘があるので間違い無いかと。現在の登山道もその経路です。ちなみに槍ヶ岳を頂点として東西南北に尾根が伸びますが北鎌尾根は健脚なだけ・登山経験有りますだけ、では行ってはいけないところですね。東鎌は要所要所に山小屋が有りますので、登山経験と体力があれば大正時代の「明科槍ヶ岳線」「豊科槍ヶ岳線」は本気の登山としてラインを辿ることは可能かと思います。(よっぴ)
48,4622021-10-10 16:22:02/mini/257/main3.html [コメント一覧]10
 立派な公民館がうらやましいですが、あんな戸数でいったい区費はいくらなのかと。 「謎の穴」地点の川岸に土工の跡がありますね。護岸ではないように見えるので、赤松頭首工に統合された14の取水口の1つだったような気がします(自信なし)。 Google Earthを見ると2015年10月版から新道架橋地点の地点の右岸に動きが見られ、年々拡大していますがいまいち建設っぽい感じがしません(作業所や資材置き場にも見えませんが)。ストリートビューを見ても工事の戒名がかかっていませんね。タワーラインソリューションの旗が確認できますけどこの会社は橋とか道路はやらなさそうです。 新橋の名前は「八景山春夏秋冬橋」が妥当でしょうか(かな銘板無理かも)。でも赤松の地名もアピールしないとそのうちしんしみゃしみゃに……。 この記事、大作の「旧安曇村の廃道たち」シリーズに加えたいですね。ぎりぎり入りますし、旧にゃがわ村の記事もあったはずです。
48,4612021-10-10 16:15:31/tunnel/kama/main7.html [コメント一覧]10
約30年前、旧トンネルをバスで通ったことがありますが・・・天井が低い特製のバスでした。
48,4602021-10-10 14:59:21/road/spr39/main2.html [コメント一覧]1
最終更新からもう4年ですか。
48,4592021-10-10 12:40:06/road/spr75/main3.html [コメント一覧]8
中部横断道も全線開通したことですしこれを機に続きがみてみたいです
48,4582021-10-10 00:41:57/rail/motokiyosumi/main21.html [コメント一覧]10
ヅウタ隧道の後編が読みたいです!
48,4572021-10-10 00:35:16/koneta/koneta_161.html [コメント一覧]10
最後の「次の探索区間へ」のリンク先、間違ってませんか?
48,4562021-10-09 21:33:21/road/spr83/main4.html [コメント一覧]10
地元出身なので興味深く読みました。新橋計画などよく調べられ、感心するばかりでした。
48,4552021-10-09 20:31:08/mini/257/main3.html [コメント一覧]10
この区間、自分が「島内」に住んでいた頃、父親のバイクに乗せてもらって通った記憶があります。まだ保育園に行くか行かないかの幼少期のため若干おぼろげな記憶ですが。。。(昭和40年代前半)バイクで走り回るのが大好きだった父親がその頃「レール」がある場所が大好きだった自分に現新島々駅近くにあった奈川度ダムの資材集積場を見せるために立田→八景山→新渕橋→赤松 のルートで連れて行ってくれました。その後波田→山形→今井→洗馬→塩尻と辿って当時塩尻駅にあった転車台を見せてくれました。その頃の道路事情を考えると125�侫丱ぅ�で辿るには結構な長時間になる「小旅行」で自分の小さい頃の大きな思い出のひとつです。県道278号線がどこまで舗装されていたのかはっきりとは覚えていませんが崖の下から新渕橋にいたるあたりでは未舗装で道幅も狭く梓川に向かって比較的高さを感じる場所を走っていたこともあり(実際にはさほどの高所ではなかったかもしれませんが幼児だったからより高さに対する恐怖があったとも思います)父親と母親に挟まれてバイクのサドル後部の把手?にしがみついて怖い思いをしていた覚えがあります。(三人乗りwしてました)この付近には対岸に梓川の砂利を採取する採取場があったのか採取した砂利を選別するためらしい「ガラガラ」という音がしていました。かなり脳裏に焼き付いたらしくその後風邪などで高熱を出すとこの時の光景を夢で見ることがありました。
48,4542021-10-09 16:35:56/mini/257/main3.html [コメント一覧]9
この新橋の予定地より少し下流では別の橋(中部縦貫道?)の橋脚工事が始まっていてそちらは住民は逆に架橋に反対しているという・・・
48,4532021-10-09 01:32:08/mini/257/main3.html [コメント一覧]10
ちなみに事実上廃道になった区間のストビューってどうなるんでしょうね。もはや撮影によるアップデートはないわけで、いつかの時点で削除(賞味期限的な)されたりするんですかね。もしそうならヨッキさんが360度カメラと共に踏破された映像をアップされれば、よりリアルな現状を確認できる... なんて。
48,4522021-10-08 22:25:40/mini/257/main3.html [コメント一覧]8
ここ数年のヤマイガ的にはメジャーどころでしたね。以前にここを通ったときは何事もなく、特に気にしなかったけど、これを読むと無事でなによりだった。探索から3年経っているということは、あの”道形らしきライン”を探索済み?
48,4512021-10-08 21:47:41/mini/254/main2.html [コメント一覧]7
お待ちしております。
48,4502021-10-08 21:00:30/mini/257/main3.html [コメント一覧]10
ストリートビューは、更新されても過去のものが見られるようになってますよ。
48,4492021-10-08 20:52:31/mini/257/main3.html [コメント一覧]7
これだけ落石や事故が頻繁すれば全面通行止にして然るべきだな…。
48,4482021-10-08 19:39:24/mini/257/main3.html [コメント一覧]10
>廃止見込み ←悲しい言葉。長野県トヤ

1,853ページ中 390ページ目を表示(合計55,575件)    1 ... 386 | 387 | 388 | 389 | 390 | 391 | 392 | 393 | 394 ... 1853    [前のページ] [次のページ]  

この画面の説明