廃線レポート 小坪井林用軌道(田代線)ヅウタ隧道 前編

公開日 2018.09.07
探索日 2018.03.07
所在地 千葉県君津市

千葉県にもかつて森林鉄道が存在したことを解き明かした「元清澄山の森林鉄道跡」こと小坪井林用軌道に関する第4次探索を、平成30(2018)年3月7日に行った。
これまでの3度の探索と同じく、丸一日を使った長い探索になったが、本編はその一部である“ヅウタ隧道再訪探索”を紹介する。

まずは、耳慣れないだろう“ヅウタ隧道”という名について説明する。
これは私が与えた仮称である。正式名不明のため(永遠に解明できない可能性が高い)区別の必要から付けた。ヅウタは隧道北口付近の小地名からの引用である。


今回再訪探索を行った「ヅウタ隧道」(仮称)の
2013年1月の姿(第1次探索時に撮影)。

ヅウタ隧道は、このシリーズの第5回(2013年の第1次探索)に初めて登場し、そこで現地調査と古老からの聞き取り調査の模様を紹介している。このレポートを読む前に(第5回だけでも)再読されることをオススメしたい。

今思えばこの隧道は、第3次探索の主役となった“田代線”との最初の遭遇であったわけだが、それはさておき、発見された南側坑口は大部分が笹川湖の水面下にあったため、対岸から見る以上に接近することができなかった。

また、同じ日に北側坑口へも挑戦した(第5回後半)が、笹川湖を取り囲む険しい崖に阻まれ、北側坑口の位置を特定できずに終わっている。

ヅウタ隧道は小坪井軌道田代線の頸部をなす重要な位置にあり、小坪井軌道の全隧道中最長の250m前後という推定延長を誇る、本軌道を代表する遺構である。
しかし笹川湖が絶妙に邪魔をしていて、存在を感知しながら思うように探索のできない、とてももどかしい存在であった。


ところで、この探索を含む第4次探索を実施するきっかけは、新たな情報の提供があったことだ。
その情報提供者というのは、以前にこちらの情報を提供して下さった、やセイジン氏に他ならない。
以下、2018年3月5日にいただいたメールを抜粋して一部紹介する。

こんにちは。初めておたよりします。館岡氏に写真を提供したやセイジンです。千葉市在住の56歳で千葉県中心に探索しております。
6月にトークショーが東京で開かれるというのを見て、必死にダム湖に沈んだ隧道が写っている写真を探しました。当日持っていったのですが、なんとSOLDOUTになっていることを知らなくて、渡せず失意のままもどってしまいました。

 (中略)
昨年の12月から現在まで、「山行が」のレポートを読んで、毎週のように、元清澄山近辺を探索しました。以下にその成果を報告します。
 (中略) ……成果が列記されており、第4次探索で確認できたものもあるので、いずれ紹介したい
水量が少なかったときに、間近で(ヅウタ隧道の)南口坑口を見ることができました。水が奥に入っていくのが確認されました。
 (中略)
また、(ヅウタ隧道の)北口をめざして、湖面沿いはレポートで行けないことがわかっていたので、山から行ってみました。
 (中略)
そうしたら、上だけ20cmくらい開いている北口坑口と思われる穴を見つけました。
やセイジン氏から2018/3/5に戴いたメールから抜粋


南口から水が流れ込んでるって、マジかよ?!
流れ込んだ水はいったいどこへ?! 隧道は今なお貫通しているということ?!
実は、ダムの水位が下がるとヅウタ隧道の南口から水が流入する様子が見られるという情報は、2018年1月にマンボウ氏からもいただいており、再訪の必要を感じていた。
さらに、北口坑口と思われる穴の発見だと?!


メールをいただいてから、私が現地で探索を開始するまで、たった48時間!(笑)



ヅウタ隧道南口に 最接近!


2018/3/7 13:51

ヅウタ隧道南口へのアクセスは以前紹介しているので、略していきなり坑口前へ。

レポートするのは第1次探索以来の2度目だが、第2次や第3次の探索時も様子見程度には訪れており、水位の変化を確かめていた。
そんな過去3回と比較して、今回は最も低水位だった。

もっとも、完全な浮上は最初から期待していなかったし、坑口前の水位が徒渉可能なレベルまで下がってくれればそれで良かった。



相変わらず坑口のほとんどは水面下にあり、立ち入ることはできそうにない。だが確かに水位は低い。坑口部分で比較すると20cmくらいの違いかな。
興味のない人からは誤差の範囲と片付けられてしまいそうな小さな水位差だが、坑口前の湖面は徒渉できそうだ。(←これが重要)

もしかしたら、田代川の堆積作用でこの5年の間に湖底が浅くなった可能性がある。この辺りは田代川のバックウォーターである。
片倉ダム(笹川湖)は平成12(2000)年に湛水を始めたばかりの新しいダムだから、たった5年で目に見える変化があっても不思議ではない。
実際、前回の写真と比較すると、坑口部分の浮上具合は大して違わないが、以前は青々としていてとても徒渉など考えられる雰囲気じゃなかった手前の湖面が、今回は20cmどころではない浅くなり方をしているように見える。




カメラのズームで拡大してみると、湖面が隧道の内部にも侵入している様子が見て取れる。
以前はあまりに水位が高く、奥行きがあるかどうか分からなかったため、単なる岩の窪みを坑口と誤認している可能性を棄てきれなかったが、こうして見るとやはり、人工的な隧道という思いはより強くなる。
そのうえで、情報通りに水が流入していることまで確かめられたら、貫通している隧道という可能性は極めて高くなる。
とりあえずここから見る限りでは、水の流れは分からないが…。

それにしても、小さく見える穴だ。
丸みを帯びている天井付近しか地上に露出しておらず、軌道隧道らしい大きさの断面は全て湖底にあるようだが、その湖底部分も水面下であると同時に泥面下になってしまっている。
ようするに、仮に湖の水が完全に引いたとしても、この隧道はほとんど天井近くまで泥に埋もれてしまっているということになる。
笹川湖の湛水が、このほとんど不可逆な変化を生じさせてしまったのだろう。ダムがなければ、洪水で堆積物が押し流されて元の隧道が復活する可能性も、あるかも知れないが…。




それでは参ろうか。

田代川ないし笹川湖の徒渉。

長靴は履いているが、もとより浸水は覚悟の上だ。




浅かった。

長靴はさすがに浸水したけど(何のための長靴かとか言ってはいけない)、膝くらいまでの水位だった。

拍子抜けするくらい簡単に、今まで近づかなかったヅウタ隧道南口へ辿り着くことができた。

そしてそのまま間髪入れず、開口部にカメラを向けた。

水の流れは確かにあった!

私は夢中になって、穴の奥へカメラを突っ込んで、動画を回した。



廃隧道を前に、これほど興奮したのは、いつ以来だ。

決して立ち入ることのできない廃隧道を前に、私の想像力は際限なく駆り立てられた。

この穴は半端なく魅力的で、蠱惑的で、震えが走るほど恐ろしい!!!

どこへ通じているか分からないのに、水が止めどもなく流れ込んでいる状況は、ヤバすぎる。

これは何を意味している?

水が流れ込んでいることは、隧道が貫通していることの証明と判断して良いのか?

私にはそれ以外の可能性を想像できないが、正直言って、信じがたい。

明確な根拠のない経験則から、この隧道は湖底の泥に埋もれて完全に閉塞していると考えていた。



この隧道の内部に人間が立ち入ることは、到底不可能に思える。

私の常識を遙かに超越した洞窟探検家ならば、異なる判断を下す可能性もあるが、

世界的探検の舞台でもなんでもない、20年前にできたばかりのありふれた人造湖で、

命懸けの地底探検をしたいと思う人がいるとは思えない。私が入ったら発狂してしまうだろう。当然御免被る。



穴の前に這いつくばって、カメラを限界まで穴の奥に押し入れて撮影したのが、この写真だ。

入口から1m付近の断面は、高さ30cm幅60cmほどの弓形で、このうち下20cmは水面下にある。

トロッコが行き来していた当時の隧道のサイズはもっと遙かに大きかったに違いないが、

現状は天井付近の僅かな部分が辛うじて残っている状況なのだろう。



Post from RICOH THETA. - Spherical Image - RICOH THETA

こちらは全天球画像。このシチュエーションに興奮しまくった私は、持てる全ての手段で記録しようとした。

この画像では、私の身体と比較したスケール感や、とても窮屈だが確かに奥行きがあることが感じられると思う。

数多くの廃隧道とまみえてきたが、こんなシチュエーションは本当に稀だ。



透き通った水が音もなく闇の中へ流れ込んでいた。穏やかな景色だが、流入量は相当のものがあるはず。

穴の奥に出口は見えないが、それも当然で、どんなに短く見積もっても全長は200m以上ある。

この穴に吸い込まれたものは、永遠に人の世界から消えてしまうという壮絶な雰囲気があった。

もしも笹舟を流したら、なんてことは想像するだけでも、愛くるしい笹舟が可哀想になる。



中へ入ることができないので、南口の探索はこれまでだ。

しかし、水が流れ込んでいるという事実をこの目で確かめられたことは、今後に重い意味を持つだろう。

次は、情報提供者に教えてもらったルートで、以前に一度失敗している北口へチャレンジしてみようと思う!