9:34 《現在地》
私は今、早川の左岸に注ぐ楠木沢が削り出した巨大な谷の奥にいる。
水路橋の助けを借りて、なんとか楠木沢自体は渡る事が出来たが、これから再び早川本流沿いに戻り、それから少し北上したところが、昨日の探索の終点(反対側から来て断念した地点)の“青崖”(あおがれ)である。
行程としては残りあと少し(1km未満)といえるのかも知れないが、私は少しも楽観していなかった。
この道は、最終的に絶対全線踏破が出来ない事は分かっているのである。
これはどういうことかと言えば、「どこで納得して身を退くか」を自分一人で決めて行動しなければ、探索を終える事が出来ないということである。
引き際の判断は絶対に重要であり、特にこの廃道で状況を過信する方向に判断を誤った場合、高確率で生還できないのではないか。
少なくとも、ここは廃道が100本あれば間違いなく上位(ワースト?)3本に入る危険度だ。
どこかで引き返さなければならない。
この重い十字架とも言うべきものを背負って眺める先の道のりは、私の心を締め付けた。
これを読んでいる皆さまの多くは、私が実際に探索するペースよりもゆっくりの時間をかけて、初回からここまで読み進めてきたのだと思う。
だから感じて戴きにくいと思うが、実際の探索では、連続的にほとんど心の安まる時間がないまま、昨日も今日も、この同じ道に対して危険を冒し続けてきたのである。
これはさすがに疲労するし、嫌になっても来る。しかも、今や完全踏破という一番大きな“餌”は既に無い。
みんながそうかは知らないが、私の場合、命を危険に晒すことで感じられるスリルという快感や興奮は、それほどまで長持ちしないようだ。
今の私は、危険そうな未来が見えるほど、心が萎えていくのを感じていた。
この廃道で死ぬのは嫌だと、冷静にそう考えるようになっていた。
私にとってこの廃道は、肉体面だけでなく、精神面でも、“限界”を突きつけてきている。
ああああああ…
やっぱり隧道があった!!
対岸から見えていた坑口らしき影は、やっぱり隧道だったんだぁ。
これでまた少し頑張れそう。 報われた!!
ただし、この隧道がもし閉塞しているようなことがあったら、
その時はいさぎよく、……。
キターーーッ!
ここは素直に喜ぶところだ。
折角見つけた隧道が閉塞してて、反対側に辿り着けないっていうんじゃストレスが溜まりまくる。
しかし、この道の他の隧道がそうであったように、今回も隧道そのものは至って健在な様子。
繰り返しの発言にはなるけれど、この道にとって地上から地中に逃れられる隧道は、唯一のセーフティゾーンっぽい。
この道で発見した隧道は、これで通算4本目である。
昨日、青崖よりも北側で2本見つけているが、今日は南側で2本見つけたことになる。
また、この4本の隧道の中では今回のものが最も短く、緩やかに曲がってはいるものの、内部のどこにいても出入口を同時に眺める事が可能な程度だ。
隧道そのものについては、完全に素掘であることから、語るべき言葉をあまり多く思い付かないが、その短さ故か旧版地形図にさえ記載されていなかった隧道を現場で見つけられたことは、本当に嬉しかった。
そして、安穏とした地中より、再び凶悪な地表へと戻らさせる。
本当に苦しい道のりは、きっと、これから先なんだろうなとも思った。
なぜかって?
だって、曲がりなりにも新倉から楠木沢の水管橋までは、東電の職員がときおり巡視に歩いているという現役の巡視路だったのが、楠木沢から先の区間は、見るからに今はもう誰も通っていない感じがしたんです。
それは、対岸からこっち側を遠望しているときにも感じていたこと。
きっと、ここから先が(昨日と同じような)、本当の廃道区間なんだろう…。
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9:37 《現在地》
短い隧道を通りぬけた。
振り返ると、少し前に渡った水路橋はまだ近くにあって、「あそこは安全だ。いつでもあそこに戻れば生還できる」という、今後も前進する上では足枷ぐらいにしかならない、生ぬるい気持ちを生じさせた。
恐れていた事態が、ここで現実になったのだ。
本物の廃道の出現。
それが、私の直面している現実。もう、踏み跡が無い。
ちなみに、壁面に吹き付けられた赤いスプレーは解読不能だった。
しかし、なにやら不吉な雰囲気が…。
これが、隧道を出た私の前に現れた光景。 →
どう思う?
どう、思いますかよ?
マジで、一瞬で豹変しちまった…。
まあ、見えるよ。
見えた。
ルートは確かに有る。 私にはそれが見えた。
見えなければ、大人しく引き返す口実に出来たのに(前から繰り返し書いているが、こういう場面は第一印象で越せると思えば大抵越せるし、そうでない場合は駄目な場合が多い)、ルートが見えてしまったなら行くしか無いじゃないか。
この状況は…?
これは、難場を突破する途中、精神的にどうにもすり減ってきた私が、一時でも安心出来る状況を手に入れたくて、斜面に生えていた丈夫そうな木に足を預けて、しばし休憩しているシーンである。
こうでもしないと、少しも気が休まらない斜面だった。
写真に地面が写っていないから、状況が分かりづらいと思うが……、もし見えたら気色悪くなるような斜面だ…。
もちろん、長居無用なことは火を見るよりも明らかで、身体の芯に怯えが染みこむ前に動き出した。
そして、一番の危機的斜面を越えて…。
9:41 《現在地》
大きなガレ谷が行く手を遮った。
これは地形図にも水線が描かれている楠木沢(ないしはその支流)である。
水量などというものはまるでないが、流れていたら全体が滝になるのではないかというような急谷で、当然のように横断する路盤なんて跡形も無い。
とりあえず、よほどのことが無い限り、引き返すよりは進む方が良いだろうという感じはあるが、谷の向こう側はどうなってるんだ…。
道が、見えない……。
イヤになってきました!!
探索してても、楽しくなくなってきました!
怖くなってきました。
探索なんて楽しいばかりでないのは分かっているし、能面みたいな無表情でいる場面の方が多いのも普通。
でも、ここは無表情というか、恐怖に顔を引きつらせる場面が多すぎる。
行くよ。
これでさえ、おそらく引き返すよりは…… 無難だ。
なにせ、もう俺は復路のことを考えていない。
怒られるかも知れないが、さっきから超絶的に自己主張が激しい“アレ”を使って帰るに決まってるのだ。
だから、今一度きりここを越せれば良いのだし、越せないと引き返すしかないから、それは凄く嫌だ。
水が少なく、ほとんど凍り付いている谷。
まずは、転び石に気をつけながら、これを横断する。
その後で右岸のガレ場を20mほど下降し、水路管が架かっている谷(本流?)に入る。
それからさらに下流へ向けて、ガレ場を20mくらいトラバースする。
ここまで、上の写真のピンクのラインに則った動きだ。
そこからは、ただがむしゃらに斜面をよじ登る。
ガレ場なので、途中まで(右の写真の辺り)は上りやすい。
だが、最後の10mくらいは、岩混じりの土の斜面で、ガレが残らないほどの急斜面なので真剣に登る(それ以外言いようがない)。
ちなみに、この攀じ登りの最中は、あまり写真を撮る余裕もなく、下の1枚しかを撮っていなかった。
とにかく、憧れた。
こんな谷をものともしない“存在”に。
俺は人間だから、“せめて人間らしく”、谷を渡りたいと切に願う。
よじ登ってきた斜面を振り返っての1枚。
細かな草付きや、土の表面に露出した岩の出っ張りを利用しながら、慎重によじ登った。
ちなみに、少しばかり重大な発言をすると、
私の技量ではここを登れても、(安全に)降りられないと思った。
それでも登ったのは、ここを登りさえすれば…。
水管路という名の“生還路”が、そこに架かっているからだ。
この長く険しすぎる右岸道路の中でも、楠木沢右岸のごく短い区間は、ガチで危険を感じたエリアであった…。
だが、とりあえずその危難もこれで終わり、安全に立ち去るという選択が可能な場所まで辿りついた。
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