2009/1/24 15:45
初めてこの場所に到達してから43分経ったいま、結局私は、この先500m区間の偵察をして戻ってきた形になる。
その際に、大切なリュックをその橋頭堡… つうか人質…に捧げて来た。
しかし、これからようやく本当の意味での前進再開。攻略再開を果たすことが出来るのだ。
その安心感は生半可ではなく、強いストレスからの解放によって、私は一時的に興奮状態になった。
目の前の命さえ脅かされる崩落現場に、二度と踏み込まなくても良い。
そんな安堵も大きかった。
チャリを小脇にして、いま上ってきたばかりの斜面を下る。
しかし、爪先の踏ん張りだけで直立のまま下っていけるほど、なまっちょろい斜面ではない。
すべって転倒する前にチャリを下ろした。
そして、支えのない斜面に下ろされたチャリは、主無きまま数メートルを駆け下り、狙い通りの木立に衝突して転倒、停止した。
乱暴なようだが、ここでノロノロ下っている場合ではない。
そうして斜面の最も急な上半分を下り、また下らせ、残るは比較的緩やかな下半分である。
ここで一度振り返ってみたが、おそらくもう同じ場所を登り返せないと思った。
つまり、チャリを路肩から放擲したその瞬間に、いよいよこの「回収行動」は不可逆となったのだった。
その事を実感して少々焦りを覚えたのは事実だが、ここはドーンと行くしか無かろう。
15:48 【現在地:B地点】
鮮明な足跡が泥の上に残された湖畔へ、今度はチャリと一緒に立つ。
まさかチャリも1日で2度路肩から“落ちる”とは、思ってなかっただろうな…。
見覚えのある場所だが、しかし少し変わっている気がする。
そういえば、さっきまでここにはまだ陽の光があったのに、今はもう無い。
そればかりか、日中は感じられなかった凛烈な空気が、頬をザラザラと撫でるではないか。
いま下りてきたばかりなのに、どこよりも早く闇に覆われてしまうだろうこの湖底から、早く抜け出したかった。
そんな気持ちから、私は疲れ切った足に鞭打ち、早足で来た道を戻り始めた。
おそらくダムが出来る前も含め、これまで一度もチャリが通ったことのない場所を通っている感じはしたが、そもそも道路上を走っているのではないので宜なるかなだ。
よく締まっているとはいっても泥は泥。
やはり体重を乗せたMTBが走るにはキツイ。
最初のうち少しだけ漕いで進んだが、後は押して歩いた。
もう二度と来ることはあるまい、沈黙の浜辺。
そう思うとそれなりに愛しさもあって、何度も振り返った。
いや、よく考えれば違うな。
こう何度も振り返りたくなる理由は、別だ。
それは、飯田線旧線の可愛らしい廃隧道達が見えるからだ。
振り返る度、その配置は微妙に変わって見えた。
ああ、愛しい。
15:53 【現在地:第三白神隧道】
…あっ!
ちょっ!
危うく素通りするところでした。
探索の時点では、一体ぜんたいこの区間に何本の廃隧道があったのか把握していなかったので、ほんと、ここで見付けなければ完全に素通りしていたはずだ。
もちろん、これも隧道。
飯田線旧線の、「白神第三隧道」だった。
もちろん、入る入る!
這い入る…
むあっ!
アツっ!
…いや、「アッチィィー!!」の方じゃなくて、蒸し暑い。
なんだこの蒸し暑さ…。
風がないからだというのはすぐに分かったが、それにしてもなんか、変。
すごく、蒸れてます…。
風が無く、とても蒸れている隧道。
外気温との差は、洞内に濃厚な霧を生じさせていた。
そして、洞内断面の大半を覆い尽くす膨大な量の泥。
意外にも外と同じでよく締まっており、這い蹲って歩いてもさほど泥まみれになると言うことはなかった。
どちらかというと砂っぽいせいもあるからだろうか。
しかし、閉塞がほぼ約束されているこの状況下で、得体の知れない霧の中に顔面から突っ込んでいくのは、結構勇気が要った。
しかも…、 耐え難いほどの… 天井の異変…
それに、気付いてしまう…!
うげーっ!
きっ キモイ…!
天井のボコボコしているのは、みな黒光りする貝だった。
口を空けているものもいれば、閉じているものもいる。
しかし、みな一様に黒く、やや細長く、そして直径3cmくらいの…川にいる貝としては、ちょっと大振りな感じがする。
もちろん貝だから、危害は加えてこない。
カマドウマの様に跳ねても来ないし、ゲジゲジほど気持ち悪くもないはず…本来ならば。
でも、この見慣れ無さと、頭上ギリギリという近さと、そしてこいつらが呼吸しているせいで蒸し暑いのではないかという「錯覚」とが相まって、相当にイヤらしかった…。
一体こいつらは何年周期ぐらいで生きて死んで、どんな暮らしをしているのだろう。
湖底には、こいつらがもっとびっしりと潜んでいるのだろうか…。でも、先に見た隧道には全然いなかったし…やはり、閉塞したような澱んだところが好きなのか?
いずれにしても、この洞内が天井も含めて普段は水没している時期が長いことを教えている、無言の貝の群だった。
そして私は、そんな洞内に一体何の用事があるのだろう。人間さまの身分で。
心細くなり、思わず自問自答してしまった。
閉塞寸前の洞口部をすり抜けると、意外にもその奥は広かった。
立ち上がって進めるようになったのは良いが、しかし霧はますます濃くなっている。
もはやフラッシュでの撮影が困難なくらいだ。
そして泥の洞床は、湖水位の高さへ向けて、さらに下っていくのだった。
現地では知り得なかったが、この隧道の全長は179mある。
結構長い。
やがて、天井の貝達も姿を消し…。
洞内汀線に到達。
いわゆる、水没…。
水自体が濁っているのではないと思うが、泥上の水は当然泥色。
流れがないせいか遠浅のようだが、残念ながら一歩も水域に立ち入ることは出来ない。
それをするのは、全くの自殺行為なのだ。
事実、水面の1m手前まで来ると、突如として地面の安定は失われ、一気に足が30cmもズボッと泥に沈んだ。
この泥は深さ2mくらいはあると思うから、下手すれば本当に出られないことになるだろう。
はっきり言って、ボートがあってもこれは無理。まだ奥行きはあるようだが…。
とにかく、死に神に片頬をベロリとやられた心地がして、即座に踵を返した。
これが、私が辿り得た洞内延長である。
約20mほどに過ぎまい。
全長を考えればごく一部に過ぎないが、これ以上洞内の水が引くことはあるのだろうか。そうならない限り、これ以上は無理だ。
それでもこの「極限的」な立地を踏まえれば、水没後ここまで人が入ったのもほとんど初めてに近いような気がする。
帰りは少し貝達を観察してみたいというイタズラ心が出たものの、まだまだ安泰にはほど遠い自身の状況を思い出し、早々に撤収した。
帰宅後ネットで調べた限りでは、貝はカラスガイかドブガイか。それくらいしか見あたらなかったが、貝博士の鑑定を求めたいところだ。
16:01
約7分間の洞内探索を終えて、爽やかな空気のもとへ復帰。
その方角には、これまで見てきた5本全ての隧道が見渡せたのである。
とてもいい眺め…。
湖上に弧状に並んだ、5本の隧道…
これってどっかで……
見なかったか??
これだ…。
これとほぼ同じ構図だ……。
古写真は、「白神駅付近」としか書かれていなかったが、まさに白神駅を含む範囲だったことになる。
全然駅自体が見えないので、分からなかったのだが…。
【水面表示】(←カーソルオン)
うおーっ!!
なんかアツイ!!
実は、谷もまだ相当に深いことが分かる。
現状だけを見ていると、川底にかなり近いところに旧線は敷かれていた印象だが、それは間違いだった。
泥が溜まりすぎなのだ…。
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16:03
【A地点】に戻ってきた。
……
………
無理だな。
こっからは、登り返せそうにない。
あーあ…。
で、でも、もちろん、これで「チャリ諦め」とはならない。
むしろ、こうなる予感もしていた。
いくら私が適当人間でも、何の根拠もなく闇雲にこの回収行動を取っていたのではなかった。
A地点は尾根の先端であった。
その下を飯田線旧線の「第三白神隧道」が潜っている訳だが、尾根を登れないのならば、その隣にある沢(仮名だが「ボンガ塚沢」と呼ぶ)を使って県道へ復帰することを期待すべきである。
「すべきである」というか、それしかない。
幸い、この沢も意外に緩やかそうであることを、地形図と、そしてA地点に最初下った時にも軽く確かめておいた。
だから、私はまだまだ諦める必要はなかったのだ。
…これに失敗すれば、いよいよチャリは放棄するしかなかったが。
A地点の尾根の「ボンガ塚沢」側に、「第三白神隧道」の北口跡と思しき凹んだ地形があった。
ほぼこの場所と見て間違いないだろうが、大量の土砂に埋もれてしまっている。
柔らかそうなので、スコップでもあればガシガシ掘れそうではあったが…。
いずれにしても、これでは洞内に空気の流れがあるはずもなく、排水も不良で水没していたのである。
さらに、この地点が坑口跡であった最大の証左として、この沢の真向かいには…
ぬ ふ。
ぬふふふふふふ。
さっきから同じような顔をした隧道ばかり見付けているが、やっぱり嬉しい隧道発見。
場所が場所なら一つ探すのに半日かかったりもする廃隧道だが、この飯田線旧線では次から次と、惜しげもなく現れて来る。
もっとも、未だにその路盤自体については、全て泥の下であって全く確認できていない。
まさに隧道だけが、この旧線の存在を伝える痕跡なのである
例によって、僅かな開口部を除いてほとんど泥の中に埋もれていた「第四白神隧道」。
またしても風はなく、当然見える出口もなく、長い枯れ木が生き物のように洞奥めがけのたくっていた。
着実に登り勾配を重ねている旧線は、いよいよ水気の薄い高さ(とはいえ満水時には水深3mくらいの位置だが)にさしかかり、洞内も意外なほどに乾いている。
一本前の隧道では天井一面に貝が棲んでいた事を思えば、大きな違いだ。
そしてこの隧道、資料によると全長233mと、この界隈では長い部類に入る。
だが、その事を自身で確かめることには終ぞならなかった。
入洞から僅か10m。
早くも私の耐久力は限界になった。
物理的にはまだ這い蹲って進める感じはしたのであるが、この全くの無風状態は、私の気力をそぐのに十分すぎた。
ただでさえ時間の余裕がないのに、天井に背中を擦らねば進めないような穴を往復するのは、耐え難いと感じてしまった。
まあ、おそらくはもう少し先で天井まで土砂が達し、完全に閉塞しているものであろう。
隧道から外へ戻る。
そしてここは…。
まるで急に水位が上がってしまったかのような景色だが、「ボンガ塚沢」より北側の湖畔は、こんな風になっていたのである。
さらに水位が下がればやはり泥の浜辺が現れるのかも知れないが、この日は青々とした水をたたえていた。
これでは、チャリを持ったまま夏焼まで湖畔を進むことは出来ない。
やはり面倒であっても、チャリは県道の高さまで引き上げなければならないのである。
これは、絶対だ。
しかし、チャリをボンガ塚沢の浜辺に残したまま、私はなおもこの急な湖畔の崖をへつって歩いていた。
何を目指していたかと言えば、「第四白神隧道」の北口の所在である。
暗くなる前に早くチャリを脱出させるルートを探した方がいいのではないかという考えもあったが、おそらく少し歩けばまた出てくるだろう隧道のイメージは、私を容易にこの場所から遠ざけなかった。
引き寄せられたと言っていい。
ほーら、出た…。
次の隧道だ!!
いよいよ、路盤は完全に離水している感じがする。
これは、初めて本来の路盤を見ることが出来るだろうか。
楽しんでいる場合じゃないのかも知れないが(チャリもリュックも散り散りだよ…)、終盤になって、廃線歩きの醍醐味を満喫中!
うふふふふふ。
たまらん!!
いい絵が撮れた。
対面する隧道2本。2連続隧道!
右は先ほど内部で引き返した「第四白神隧道」。
そして左は、新たなる「第五白神隧道」である。
2時間くらい前までは、「このまま飯田線旧線に関してはほとんど何の収穫もなく終わるのではないか」と半分諦めかけていたのだが、いやはや、色々と残っていてくれる!
し
あ
わ
せ
の
挟
み
撃
ち
!
越えねばならぬ現実の壁からは目を背け、間近の廃隧道と束の間の逢瀬を楽しんだ私だったが、
当然、決着は付けねばならなかった。
大嵐駅起点まで あと2.?km
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