10:30 前進再開。
なぜか疲弊した私は小屋を離れ、目的のために前進を再開した。
この辺りではごく最近も伐採が行われたらしく、まだ切り口の新しい杉材が積まれていた。
そして、その傍に一本だけ、古いタイプのデリニエータが残っていた。
リボンのような赤テープと“デンジャーストライプ”でおめかしをした、お洒落なデリニエータだ。
当然のように、「静岡県」を名乗っている。
明らかに県道時代の遺物である。(というか、ここは今も県道であるはずだが)
10:33 【現在地:山室沢】
“山室半島”という言い方が相応しいかは分からないが、その付け根に当たるところの小さな沢に着いた。
ここは水量も少なく、橋ではなく短い暗渠になっていた。
そして、ダムが出来る前にはこの沢の直下に飯田線旧線の「天龍山室(てんりゅうやまむろ)」という駅(停車場)が置かれていたので、沢の名前は「山室沢」と仮称した。
杉林の向こうの小さな水面を見下ろしてみても、そこに僅かの平地も見えない。
だから、駅の痕跡が地上に露出している希望はない。
だが「天竜」ではなく、より古くからある「天龍」の呼び名のまま時が止まってしまった旧駅は、本当にこんな所に貨物の取り扱いも行う有人の駅があったのかという信じがさとともに、私の心に強く刻まれている。
山室沢を過ぎて1分後…
軽トラが出た!!
しかも、2台!
来たのか…!
遂に廃道なのか…!
しかし、乗員(イヌ含む)はいずこへ?
そしてこの場所には、もっと重要なものが存在していた。
再びの「通行止」標識と、チェーンゲートの支柱である。
標識も支柱も、さほど古そうなものには見えなかった。
また、ゲートにチェーンは掛けられておらず、その先にもこれまでと同じように轍は続いているようだった。
…それでも、実際に2台の軽トラはここに止まっているわけであるが。
ともかく、道はまだ続いている。
既に表向きは封鎖されている道の奥に現れた、再びの「通行止」。
その意味を、私は考えた。
そして思った。
これこそが、“公式” 廃道区間8193mの始まりなのではないかと。
そんな私の、ある種確信にも近い予測に反して、道は依然としてそこに存在していた。
車も通ることが出来るであろう。
山室沢を越えて以来、緩やかだが登り坂が始まっている。
おそらく山室峠までこれは続くであろうし、その距離は長くてもここから1kmほどに過ぎないはずだ。
…ワンワン
…ワンワン
ワンワン ワンワン!
イヌの声が、つい先ほどから聞こえ始めた。
こんな所でイヌの声が聞こえるというのは、もう間違いなくあのときのイヌだと思う。
さっき見た軽トラに乗せられて、ダムのそばで私を追い抜いていった、あの2頭のイヌたちだ。
まだ少し遠いようだが、間違いなくこの方向に彼らもいる。
私はまた、ホイッスルが手放せなくなった。
そんな中で現れた久々のキロポスト。
「8000M」とあるから、峠まではあと500mくらいだろう。
10:40
なんと、さらにもう2台。
先ほどと同じような白い軽トラが現れたのである。
…ここは軽トラの野外展示場か…。
こんな杉林の中で山菜採りとも思えない。
それに、前に私を追い抜いていった軽トラは1台だけだったが、その前に既に3台も入山していたことになる。
少なくとも4人の乗員はどこへ消えたのだ。
さっきからイヌの声だけが徐々に近づいている。
イヌのそばに人がいると思われるが…、その確証もない。
はっきり言って、不安だ。 この状況……。
こ、 これは…
久々に見るガードレールだが、それによって画された路面には、今までない特徴があった。
枯れススキが茂っているという、特徴。
間違いなく轍の終焉は近い。
そう確信した瞬間だった。
やはりあの“二度目のゲート”には、意味があったのだ…。
50mほどのガードレール&枯れススキの区間が終わる頃には、もうすっかり轍は見えなくなっていた。
未だ路盤自体には大きなトラブルは無いものの、夏場なら背丈ほどのススキ原となり、訪れるものに強烈な廃の印象を与えているはず。
そして、再び元の杉林の木陰へ引っ込む道にしても、今見た“変化”と無縁でおられるはずはない。
杉林の中で路盤の轍が復活。
しかし、それはもはや残照に過ぎなかった。
かつて、ここまで車が入っていた頃の残照である。
硬い土に苔が浮いた轍は、もはや今日の轍たり得ない。
そして、おそらくそれさえも今に…。
道の規格自体はこれまでと何ら変わっていないように思う。
しかし、路上の様子は確実に“変化”した。
これはもう、明らかに廃道だ。
使われている道ではない。
すなわち、
廃道の始まり。
そしてこんな場面には、オブローダーとして大いに警戒すべきものがある。
それが何かと言えば、“変化”(廃道化)の直接の原因となった場面(多くは酷い崩壊だ)が近くにある可能性が高いということだ。
この“変化”の表面的な原因は、直前にあった「通行止」の標識やゲートであろう。
だが、それらがあんな何の変哲もないよう位置にあった理由は、まだ明かされていない。
「通行止」の先には、その直接的な原因となった何らかの現象があるのが普通なのだ。
例えば、直前のススキ藪などは“直接の原因”では無いはずだ。あれは最初の結果に過ぎないだろう。
もっとヤバイ原因が、何かあるはず…。
この近くに……。
あばばばばばばばばばばば!
思った通りだ!!! (涙)
きぃやがった。
こりゃひどい有様だ。
佐山峠から見えた【禿げた山腹】は、きっとここに違いない。
しかも、複数のワンワンの声が近い!
いるー!!
ワンワン! ワンワン!!
この崩壊地の先の尾根の上。
ここからよく見える岩場の突端に、一匹の白いイヌが現れたり向こう側に消えたりをせわしなく繰り返している。
そばでは別のイヌの吠える声もする。
そういえば、私が荷台に見たイヌは白くなかった。別のイヌのようだ。
今はこちらの存在に気付いているそぶりもなければ、近づいてくる様子もないが、周りに飼い主の気配もしないのが怖い。
…怖いが、野犬ではないはずだ。
こちらから何か仕掛けなければ、人間に襲いかかるということはまず無いはず。
とりあえず彼らの事は忘れて、目の前の崩壊現場の突破に専念しなければならない。
そのくらい、目の前にある“最初の崩壊”は危険そうだった。
最初の崩壊。
これより始まる、
無限にも思えた長き廃路。
それは廃道に好んで挑む私にとっても、過酷な試煉であった。
大嵐駅起点まで あと9.2km