| ▼番号 | 書き込み日時 | 書き込みURL | 点数 |
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| コメント | |||
| 56,194 | 2025-02-23 00:36:17 | /road/toukou/main6.html [コメント一覧] | 10 |
| いつも楽しくレポートを読ませていただいております。 すでにご存じかもしれませんが、R113東港線BPに関して興味深い情報を得たので投稿いたします。 万代島ルート線沼垂道路について、昨2024年の9月に新潟国道事務所による地元向け設計説明会がありました。その際の資料が以下のURLにあります。 https://www.hrr.mlit.go.jp/niikoku/now/shichiku-kurinoki/pdf/nuttari_sekkei_zimoto_setsumei.pdf ここで見ていただきたいのがpp.31-34です。 まず、p.32の万国橋交差点。東港線BPから流出する側は2車線ですが、BPに流入する側が1車線しかございません。つまり高架の4車線のうち3車線のみが万国橋交差点と通じており、1車線が何処かへ消えているのです。 既に地上と接続している現在のオフランプか?あるいは・・・。p.34に記されたその答えを見て私は思わずアッと叫びました。ヨッキれん様にもぜひその目でご確認いただければと存じます。 以上、拙文失礼いたしました。まだまだ寒さが続きますがどうぞご自愛ください。 | |||
| 56,193 | 2025-02-23 00:17:39 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| �狎疚鶚瓩判颪�れた��の建物は、石炭倉庫ではないでしょうか。 本州では、古枕木を隙間なく立てて並べ、簡単な屋根をつけただけのものがありました。 正面の扉の上に空間があり、酷寒の地での居住や一般的な備品の貯蔵や留置には向かないことと、看板は石炭を取りに来る駅員に節約を呼びかける為と考えると、整合性があると考えます。 | |||
| 56,192 | 2025-02-22 22:37:53 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| イベント準備と車の故障で大変な中更新お疲れ様です。『ふるさとの駅』(父が当時買ったのが今も家にあります)で見たあの駅は今こんなになっていたのですね。 構内の建物のうち6は形状と立地から旅客用の便所で間違いないでしょう。1は貨物側線の脇なので貨物上屋ではないかと。貨物廃止後に撮られたNHKの映像では消えているので貨物関係の施設の可能性は高いと思います。3はご推察のとおり備品倉庫、4は軒先に梯子が掛かっているので保線か信号関係の倉庫ではないかと思われます。5はNHKの映像を見るとトタン張りの物置小屋(用途は不明)ですね。ふるさとの駅の写真には写っていないので新しい建物のようです。2は…確かに電気室と読めますね。これも比較的新しそう(昭和30年代後半〜40年代前半?)なので電気関係だとしたら連査閉塞と自動信号機導入のときにでも建てられたものでしょうか。 並木の中に落ちていた遺物のうち赤矢印の物体は駅事務室から信号とポイントを遠隔操作するための信号連動盤だと思われます。緑矢印は信号や踏切を作動させるための継電(リレー)を納めるための器具箱ですね。信号機の足元や警報機のある踏切の脇には必ず設置される重要な部品ですが、写真のような黒くて丸っこい形のものはなかなか見られなくなりました。 この2つがセットで存在するということはここがかつて信号が設置され職員が常駐する重要な駅または信号場だったことを示す貴重な生き証人と言えるかもしれません。 | |||
| 56,191 | 2025-02-22 20:48:38 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 記事内に保線用の電話ボックスとありますが、これは沿線電話端子箱です。 500mおきに沿線電話を設けなければならず、ローカル線ではこのような端子箱をもうけてあります。 私もローカルな某路線で、グルグル廻す磁石電話を持って、このような端子箱へ行き 使用したり、通信ケーブルの切替をしたりしたことあります。 この付近も真夜中に行ったことあります。 (鉄道の通信工事の関係) このあたりは、ヒグマの王国です。 無事に帰られて良かったです。 沿線電話は鉄道の保安設備であり、500mおきに設置するようになってます。 指令への直通電話や鉄道電話と言われる交換電話網に繋がってます。 列車無線がない頃は、運転士も駅間ではこの端子箱を使用してました | |||
| 56,190 | 2025-02-22 15:18:49 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| ホームに植えられていた木が、同じ木の形のまま巨大化しているのは、おもしろい発見ですね。 しかし、このあと、とカヤックまでの藪漕ぎと、カヤック係留地点への到達、そしてカヤックでの帰路があると思うと気が重くなるのはわかります。 | |||
| 56,189 | 2025-02-22 14:33:31 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 神路駅の詳細なレポありがとうございます。 改札柵とみられる鉄材やATS-S型地上子などは、不要になったあと駅本屋内に集積して保管してあったものが解体時の廃材搬出から漏れて捨て置かれた感じかもしれませんね。 駅進入時のジリリリリリ…キンコンキンコンキンコン…というATS-S型の動作音(いわゆる「ジリジリキンコン」)、最近とんと聞いてないので懐かしい思いがしました。 | |||
| 56,188 | 2025-02-22 13:38:50 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| NHKアーカイブスの映像を見てから読み直すと感慨一入ですね! | |||
| 56,187 | 2025-02-21 22:00:31 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 神路駅の駅舎は末期は待合室が壊されて事務所側の半分になり、保線用の休憩室になっていたようです。すべて消えたあと、駅舎があった付近に連絡用の電話BOXが置かれました。今でも、音威子府の保線員(冬は山腹の除雪をする人)が朝9時ごろの稚内行(4323D)を神路駅跡とは限らず途中で止めて乗務員扉から降り、13時ごろの名寄行(4326D)に乗り込んで引き上げる姿を見ることがあり、冬はともかく夏はヒグマなど大丈夫なのかと心配になります。 | |||
| 56,186 | 2025-02-21 19:58:11 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 本当に貴重な写真ですね。我々にも見せて下さりありがとうございます。 きれいに手入れされた植栽や整理整頓が行き届いた建屋。廃止直前でも、いつもの一日がそこにはあったんだなぁ・・・と思うと、何だかしんみりしてしまいます。 遙か昔に我が故郷にあった軽便鉄道も同様に、突然営業を停止するまでは、いつもの駅前でいつもの駅員さんだったそうです。 軽便鉄道の廃止が決まると、駅舎や停留所だけでなく機関車や客車も沿線住民の目の前で解体されていき、その様を見るのがとても切なかったと爺様が言ってました。 | |||
| 56,185 | 2025-02-21 19:13:48 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| わー!ぽっぽやがおる〜! | |||
| 56,184 | 2025-02-21 16:17:16 | /rail/kamiji/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| ワタクシがこの区間を始めて通過したのは1984年でした。こんな信号所があったとは。 | |||
| 56,183 | 2025-02-21 11:55:27 | /road/bansei/main13.html [コメント一覧] | 10 |
| 自撮り若いね! | |||
| 56,182 | 2025-02-21 11:09:58 | /tunnel/honzongan/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| 再訪編・調査1の拡幅工事中止時期の考察の中、『谷花岩体』と表記すべき箇所が『花谷岩体』とされています。 該当箇所を抜粋しますと『平成4年3月と翌5年4月に、本尊岩の西側に連なる花谷岩体で、』の部分です。 ご確認ください。 | |||
| 56,181 | 2025-02-20 14:18:35 | /road/r113_akasiba/main3.html [コメント一覧] | 10 |
| このレポ内で3代目橋について |また単径間ではなく、中間部に1本だけ橋脚を下ろしていたようだが、 |橋桁の半分(おそらく右岸側径間)と共に洪水で完全に流失したようで、 |谷底にも何も残っていない。 とされていますが、一昨年(2023年)8月に公開された 『ミニレポ第274回 JR米坂線 第4荒川橋梁 旧橋遺構』 にてリンクされていた小国町のウェブサイトを見ていたら、 落橋直後らしき3代目赤柴橋の写真があって、 橋桁は消え失せているものの橋脚はわずかに欠けただけで ゆるぎなく立っていて、しかも2本ありますよこれ。 橋脚は現橋の建設時に除去されたのでしょうね。 『橋脚部分だけが残った赤芝橋』 https://www.town.oguni.yamagata.jp/uploaded/attachment/512.jpg 山形河川国道事務所のPDFにも別アングルの写真がありますし。 http://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/river/disasterinfo/panel/04.pdf でもこれ、ミニレポ274を書くときにお気づきですよね。 忙しくて古いレポのアップデートには手が回らない感じでしょうか。 ほかにも、昭和40年台の写真のページに 現橋建設前の仮設橋の別アングルらしき写真もありますね。 これは被写体が遠くて細部がよく見えないのが残念です。 『赤芝峡 (昭和43年)』 https://www.town.oguni.yamagata.jp/uploaded/attachment/393.jpg あと、 『完成した国道113号赤芝峡 (昭和47年4月)』 https://www.town.oguni.yamagata.jp/uploaded/attachment/429.jpg | |||
| 56,180 | 2025-02-20 09:06:39 | /road/tpr236_seihou/main10.html [コメント一覧] | 10 |
| 廃道の探索と青ヶ島の歴史がよかったです。トンネルがなぜ作られたかも分かりました。 | |||
| 56,179 | 2025-02-19 19:14:30 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 読みました。 | |||
| 56,178 | 2025-02-19 17:41:09 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 思いの外深い内容が内在してるんですね。 よっきれんさんの慧眼をはぐらかす内容を秘めてるとは 侮れない・・ | |||
| 56,177 | 2025-02-19 12:32:48 | /mini/274/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 公開当時に忙しくて見れないでいたので落ち着いてから見ようと思ったら 橋梁レポの項に無いのでどうした事かと困惑していましたが、 ミニレポだったんですね。 いやミニレポってレベルじゃねーでしょ! | |||
| 56,176 | 2025-02-19 06:29:04 | /rail/jouban_1/main9.html [コメント一覧] | 10 |
| みました | |||
| 56,175 | 2025-02-19 00:10:31 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 「自明のことは資料に書かれない」という歴史の原則からすると、当時としてはあまりにも自明だった(そして、現代においてはその当たり前が無い)ことが資料外にある可能性は十分にある。 あとから歴史をトレースする人たちにとって、その点は当時の常識に照らし合わせて類推するより他に手立てが無く、このことは本当に悩みの種なのだ。 資料に書かれていない情報をいかにして吸い上げるか。 | |||
| 56,174 | 2025-02-18 17:29:45 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| もし訪ねたら終点をさがしてみます。 | |||
| 56,173 | 2025-02-18 16:31:30 | /road/momonoki2/main9.html [コメント一覧] | 10 |
| 感動しました! | |||
| 56,172 | 2025-02-18 15:16:31 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| こんな短い道にもちゃんとした歴史があるのですね。 | |||
| 56,171 | 2025-02-18 10:13:59 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 県道認定が大正十年。古い。 ならば参拝料を徴収する事にしたのはいつからなのか・・・なんて細かい事が気になる性分な私。 チョイと調べれば、竹生島に上陸するには入島料なるお金が必要との記載が。 ヨッキさんが支払った渡船の料金が、距離の割にはべらぼうに高い(失礼)のはこの入島料が含まれているのか? まあ、貴重な文化財とやらが多数あるそうなので、入島料や参拝料は維持管理や保護の為の協力金名目なんだろう。 これは全く個人的な推察で裏取りは全く無いが、恐らく空前の参拝ブームで参道や敷地が荒れて「こりゃかなわん」てな状況になったので維持や整備の為に参拝料を徴収する様になったのか?なんていう妄想が。桟橋状の通路を整備したのもこの参拝ブームのせいだったりして。 これが県道の通行に対する課金に当たるのか?・・。 まあ、神社側は「いやいや、あくまでも参拝料ですがな」てな逃げ口上を言うだろうが。 島という特殊な立地のこれまた特殊な県道。行政側も「深入りすれば面倒くせぇから放っておけ」と思っているかも。 | |||
| 56,170 | 2025-02-18 08:58:21 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 関係ないですが最短といえば、長野県道162号が有名ですね | |||
| 56,169 | 2025-02-18 07:02:35 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 最初はかるーく読み流すつもりだったけど、深堀りと意外な展開で、集中して読みました。ありがとうございます。 | |||
| 56,168 | 2025-02-18 03:04:38 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 先ほどの告示453号のデータが見つかりました。 区間:東浅井郡びわ村大字早崎1666番地先から東浅井郡びわ村大字早崎1666番地先まで 敷地の巾員:2.5メートル 延長:212.0メートル | |||
| 56,167 | 2025-02-18 02:22:24 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 既に入手されているかもしれませんが、竹生島線が関係する滋賀県告示の一部です。 路線認定:大正10年4月告示123号、路線名 虎姫停車場竹生島線、起点 東浅井郡虎姫町虎姫停車場、終点 東浅井郡竹生村竹生島、重要な経過地 東浅井郡速水村 路線認定:昭和33年7月26日告示第291号、路線名 竹生島線、起点 東浅井郡びわ村大字早崎、終点 東浅井郡びわ村大字早崎 路線廃止:昭和33年7月26日告示第292号、路線名 虎姫停車場竹生島線、起点 東浅井郡虎姫町虎姫停車場、終点 東浅井郡竹生島、重要な経過地 東浅井郡(旧)速水村 区域決定:昭和33年7月26日告示第453号、 (複写データが行方不明です!) 供用開始:昭和33年7月26日告示第454号、路線名 竹生島線、東浅井郡びわ村大字早崎から東浅井郡びわ村大字早崎まで 供用廃止:昭和33年7月26日告示第455号、路線名 虎姫停車場竹生島線、東浅井郡虎姫町虎姫停車場から東浅井郡びわ村竹生島まで またデータを探します。。。 | |||
| 56,166 | 2025-02-18 00:06:43 | /road/tikubujima/main2.html [コメント一覧] | 10 |
| 竹生島に行ったときは標柱を探してみます! | |||
| 56,165 | 2025-02-17 23:22:41 | /road/shimizu3/main5.html [コメント一覧] | 10 |
| トンネル見たかったです関井あほです銀山学園 | |||
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