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コメント
61,0462026-10-10 23:46:33/road/saroma/main5.html [コメント一覧]10
帰りの片勾配ほぼ自専道トンネルのフラグかな??
61,0452026-10-10 22:48:04/road/r17_futai/main7.html [コメント一覧]10
不謹慎ですが、谷底へ落ちたトラックの残骸捜しなんてのも面白いかも。
荷を回収できる術があったなら当然、谷底へ昇降するルートはあったはずで。
早川の川底で洗われていたトラックの残骸のイメージ
61,0442026-10-10 22:14:10/road/hotokenoyama/main2.html [コメント一覧]10
昔の人は偉かったんだなぁ!
いまや便利さに慣れてすっかり忘れ去られてるけど、こうした先人の努力の歴史が、そこかしこの道にも秘められてるんでしょうね。
61,0432026-10-10 18:56:01/tunnel/naganuma/main4.html [コメント一覧]10
私が中学生の頃、50年程前ですが、この「トンネル(長沼側)」はまだ有りましたね。私は長沼側から「沢登り」をしていて辿り着きました。その当時は入口から50m位までは行けましたがその先は既に落盤していて塞がっていました。中は20cm位水が溜まり既に「ヤバい感じ」で「その奥」に行こうという感じでは有りませんでした。場所的にはまさに「明治迅速図」の通りでもうすぐ尾根道の手前で沢が崖に行き当たった様な場所でした。数年後に再訪した時には丸太で中に入れない様になっていた記憶画あります。何れにしてもその経緯から管轄の八王子市が安全対策を行って来たと思われ、長沼公園整備の中で安全対策として埋め戻しをした事は間違いないでしょう。
ですので八王子市にその工事記録が残っているかもしれませんね!
61,0422026-10-10 09:37:38/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
忘れていいといわれると予想したくなる。
新佐呂間トンネルを抜ける気苦労?
歩道はろくになし、大型車もバンバン通るから追い抜いてもらえない。ベタすぎるから違うか…
61,0412026-10-09 23:04:46/road/sabukawa/main6.html [コメント一覧]10
VIDEOTAPEMUSICというアーティストのライブで海水浴場現役時代のカラー映像が使われていました。(曲自体も集落で歌われていた富山の民謡をモチーフにしています)もちろん吊り橋と洞穴もばっちり映っていました。web上ではこの映像は見つからないのですが、小田島水産という会社の人の函館紹介ビデオ(noteに断片があります)と同一の映像かもしれません。
ホームビデオがカラー映像の時代まで吊り橋が現役だったのかもしれませんね。ライブ用に演出のついた映像でも吊り橋のしっかりしたつくりが確認できたので、けっこう重要な資料かもしれません。
61,0402026-10-09 22:40:55/tunnel/ikura/main3.html [コメント一覧]10
乗り鉄旅でちょうど伯備線のこの区間を通ったので現場を目視してみましたが、まったくもって隧道がある気が全くしない崖ですね笑
なお、鬼女洞からの下降地点も探してみましたが、車窓からでは全くわかりませんでした笑
61,0392026-10-09 22:01:14/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
チェーンが?
61,0382026-10-09 22:01:08/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
チェーンが?
61,0372026-10-09 18:41:02/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
トンネルがずっと登りに1ゲロ藪
61,0362026-10-09 17:12:46/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
苦しみは、登り一直線…ってのは普通の感覚ですね…
61,0352026-10-09 01:37:27/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
帰りの4km以上もある新佐呂間トンネルは全て上り坂だった、とか?
61,0342026-10-08 23:19:32/road/r257_miogo/main4.html [コメント一覧]10
楽しく読ませて頂きました
私も2011年のGWにこの道を通りました
当時友人と車中泊をしながら能登半島を一周しての帰り道、太平洋側に抜ける最短ルートを探していてツーリングマップルを見ながら入って行った思い出があります。
工事などは一切されておらず、作りかけの橋桁や道路など、急遽終了したような光景でした。
ちなみにトンネル予定地辺りまで車で進んだ所、山側から突然熊が車の前に出てきてクラクションを鳴らして事なきを得た記憶があります。
61,0332026-10-08 10:12:35/road/oomori/main3.html [コメント一覧]10
明日はまだ来ていないのか?失踪していないか心配。
61,0322026-10-08 08:24:23/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
在りし日はこの道は快走路だったのでしょうね…この規格感じる廃道っぷり。未舗装のなかでは
61,0312026-10-07 18:09:31/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
クマさんの落とし物も無かったのかな。。。落ちてたらもう逃げ出したくなりますよねぇ
61,0302026-10-07 10:23:01/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
やっぱり、貴殿は最高の馬鹿野郎ですね!(笑)→誉め言葉ですよ!(#^.^#)
61,0292026-10-06 20:13:33/road/kirigakubo/main7.html [コメント一覧]10
こんにちは。池波正太郎の「真田太平記」を読んでいて「切ヶ窪」が出てきたので、以前読んで感銘を受けたこの記事をまた開いてしまいました。実際に馬頭観音の場所までまで行ったこともあります。
小説なのでどこまで実際のことかは分かりませんが、豊臣の北条征伐の前のころ、北条方の中山城を見張るための真田の小屋があったという内容でした。(3巻の真ん中あたり)
名胡桃城、大道峠などが出てきてわくわくしました。
61,0282026-10-06 17:52:52/road/saroma/main4.html [コメント一覧]10
ONSEN T で温泉マークの入ったTシャツを思い浮かべた…。

こんな藪の中に温泉あったら良いのに。

熊もいそうだけど…。
61,0272026-10-06 13:32:56/mini/308/main.html [コメント一覧]10
この都道ファン、全国に25万人いるんだ…
どうやって算出したのか気になるw
61,0262026-10-06 12:57:10/road/bodai/main7.html [コメント一覧]10
去年くらいから拝見させていただいてます。ハイペースで隧道8本、極め付けに片洞門。堀割りからの急展開が楽しかったです。
古いレポートもたまには読んでみるものですね。
61,0252026-10-05 21:12:09/road/saroma/main3.html [コメント一覧]10
ちょっと状況は違いますが名鉄三河線碧南−吉良吉田が廃止されてから、矢作川を渡る橋は橋台橋脚含めてきれいさっぱり撤去されましたね。並走する道路橋からではどこに橋があったかさっぱりわかりませんw
61,0242026-10-05 18:19:11/road/sukki/main5.html [コメント一覧]10
大変面白かったです。
61,0232026-10-05 18:08:17/road/abura/main5.html [コメント一覧]10
大変面白かったです・トップページの道路レポートのサムネ社員はこのレポートだったとは
61,0222026-10-05 17:51:41/mini/301/main.html [コメント一覧]10
面白かったです
61,0212026-10-05 17:16:29/road/saroma/main3.html [コメント一覧]10
続きが楽しみです
61,0202026-10-05 17:16:24/road/saroma/main3.html [コメント一覧]10
続きが楽しみです
61,0192026-10-05 13:37:01/road/saroma/main3.html [コメント一覧]10
なんでいつも日没との戦いなの?
61,0182026-10-05 10:58:50/road/saroma/main3.html [コメント一覧]10
これを読めているのは、ヨッキさんが無事に帰っている証なのですが、ドキドキしますね。
61,0172026-10-05 09:16:36/road/saroma/main3.html [コメント一覧]10
「通ればリーチ!」はやり続けると、いつかは当たる。

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